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第二章
4-5.
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4-5.
「ヂアーチ大隊長」
部下二人を連れて執務室に戻って来たところに、声をかけられた。
察知していた気配に、さほど危険は感じられなかったが、初めて見る女の顔に、部下二人も僅かに身構える。
「誰だ?」
「ふふ。初めまして。フランティア・アーベル、フランでいいわ。ヴィアンカ様の協力者よ」
「!」
媚を含んだ馴れ馴れし過ぎる態度に、一瞬さっさと追い払うかと考えたが、続く言葉に興味をひかれた。
「なるほど。お前があいつのとこの、魔物探知ができるっていうやつか」
「ええ。興味ある?私、あなたに話があって来たのよ。…二人で」
言ってすり寄る女には嫌悪しか感じないが、話とやらには興味がある。
「聞いてやる。入れ」
視線で部下二人を下がらせ、女を執務室に入れる。
己は立ったまま、来客用の椅子へと促せば女は大人しく座った。
「で?話ってのは何だ?」
「せっかちねえ。とりあえずあなたも座ったら?」
女が自分の隣を示すが、無言で拒絶する。肩をすくめた女が己を見上げ、赤い唇を歪ませた。
「ヴィアンカ様の首はあなた?」
「…」
何か、つい先日も同じようなことを問われた気がする言葉に、眉間に力が入る。
「やだ怖い顔。やっぱりあなたなんだ」
何も言わない己に勝手に納得し、女は楽しそうに言葉を続ける。
「あれね、見つけたの私。私たち同じ部屋だから気がついたんだけど、ねえ、ヴィアンカ様のどこが良かったわけ?」
女の目に嘲りが浮かび、たっぷりと艶を含んだ声がささやく。
「あんなのに手を出すくらいなら―私にしない?」
あからさまな誘いの言葉に、そう言えばダグストアにどこぞで発散でもして来いというようなことを言われていたな、と思い出す。
しかし、目の前の女を見てみても、どうこうしたいと言う気が全く沸いてこない。
「…話と言うのはそれだけか?だったらもういい。出てけ」
「!ちょっと待ってよ!私、部屋からあんまり出られないのよ!今だってこっそり出て来たんだから!」
拒絶の言葉に女が焦り出す。どうでもいい女の話に、部屋から追い出そうと動くが―
「ヴィアンカ様は私に嫉妬して、男と合わせないようにしてるのよ!私が部屋から出られないようにして、自分は補佐官を侍らして、独り占めしてるんだから!」
最後の言葉に、どこかが軋んだ。やはり、と言う思いが絡み付く。沸き上がる暗い感情、見下ろす己に、何を勘違いしたのか女がすり寄る。
「ねえ?ひどいでしょ?」
「…お前、ヴィアンカと同室つったか?」
「!ええ!」
女の瞳が輝く。何を思ったのかは知ったことではない。そう、決めたはずだ。俺の好きにすると。
「夜、俺の部屋へ来い―」
夜の帳の中、自室に置かれたカウチに深く身を投げ、度数の高いアルコールを口に運ぶ。
もうすぐ、丸一本空けてしまいそうなそれに、しかしいっこうに酔いが訪れる気配はない。これからの時間の憂鬱を思えば、酔ってしまえばまだ楽かと杯を重ねたが。
扉の外、近づく気配。軽く扉を叩く音、扉がそっと開かれ、今日初めて見知った女の身体が滑り込んできた。
「ラギアス様、お待たせしちゃったかしら?」
上掛けを落とし、薄い肌着に包まれた身体をさらす。その露な身体の線を見せつけるようにして近づくと、女は己の座るカウチの肘掛けに浅く腰を下ろす。
「私も一杯欲しいわ」
「勝手にしろ」
空いたグラスに酒を満たし、一気に煽る女。
「部屋から出てくるとき、やっぱりヴィアンカ様に止められたの」
女が可笑しそうに笑う。
「でも、ラギアス様に喚ばれたって言ったら凄く驚いてた。いい気味だわ」
「…そうかよ」
結局、この女をここに喚んで、俺は何がしたかったのだ?ヴィアンカへの単なる嫌がらせ、意趣返しか。嫉妬でもさせて、この女を止めさせたかったのか。昼間の己の行いを、猛烈に後悔した。
こちらに伸ばされた手をかわし、不満気な女の顔を見ながら、さて、これから本当にどうするか、と思考を巡らせていると、扉に近づく足音を察知した。
警戒するまでもなく、足音高く近づいた何者かは、戸を叩くこともせずに勢いよく扉を開いた。
「失礼いたします!!」
飛び込んできた顔は、どこか見覚えのあるもので、己の隊に所属するものであることは間違いない。緊急事態かと、報告を聞くために立ち上がる。
己を認めた闖入者が、側まで駆け寄ると勢い良く頭を下げた。
「大隊長!どうか、お許し下さい!フランと自分は将来を誓い合った中なのです!どうか、ご慈悲を!彼女をお返し下さい!」
言って、更に頭を深く下げる男に混乱する。フランとは誰だ?返すとは?今頃、酔いが回ったか、呆気に取られて、一瞬、言葉が出てこない。
「ちょっと!なに勝手なこと言ってるのよ!私とあなたは何も関係無いでしょ!」
代わりに応えた女に、そう言えばこの女はそんな名だったか、と遅まきながら理解した。
君を愛しているだの、あなたとは遊びだっただの言い合う男女に、げんなりする。なんだこの状況は、バカみたいな展開は。
「うるせえ。人の部屋でごちゃごちゃやんな」
二人ともさっさと出ていけと命じれば、上官の命令に従った男が、女を引きずるようにして、出ていく。
グラスに残った酒をあおるが、それでも足りずに新しいボトルへと手を伸ばした。
元はと言えば、自分でも何を考えていたのかわからない、己の愚かな行為が招いた悪夢だ。結果が、こうやって出来上がった、酒に酔っ払って、部下の女を寝とろうとしたマヌケな上官、ただの道化だ。
いっそ、今日の記憶全て無くしてしまいたい。あと何本かボトルを開ければ―少なくとも己の記憶からは―今日の出来事を無かったことにできるかもしれない。僅かな期待を込めて、次のボトルを開けた―
「ラギアス」
部下を連れて戻った執務室の前、女の声に呼び止められる。昨日の再現のような光景、しかし、そこに立つのは、制服をきちんと着こなした黒髪の女で。
―こいつからの誘いなら、或いは
埒もないことを考えながら女に言葉を促すと、出し抜けに頭を下げられた。その意外な行動に、些か虚をつかれていると―
「すまない。部下が迷惑をかけた」
恐らく、その部下自身から報告を受けたのであろう女は、果してどんな報告を受けて今ここにいるのか。
「アーベルは能力は高いのだが、派遣先で度々問題を起こしている。私の判断で、今回は着任の挨拶もさせず、部屋からも出さなかったのだが。私の判断ミスだった」
淡々と説明されるが、勝手な後ろめたさにこちらが何も言えずに黙っていれば、
「事前にアーベルについて説明をしておくべきだったな。いや、根は悪いやつでは無いのだ。伽に喚ぶなら、」
「ちがう」
「?」
「伽に喚んだわけじゃねえ」
突き動かされるように、そこだけは強く否定した。
「そうなのか?本人の報告になるが、」
「何を勘違いしてたのか知らねえが、俺はあの女をうちの隊に引き抜くために喚んだだけだよ」
「ふむ」
なぜ大隊長自らが?なぜわざわざ夜分に?なぜ私室に?突っ込みだらけの苦しい言い訳に、自分自身、何を言っているんだと殴り付けたくなる。
「なるほど。しかし、アーベルはここのような男所帯には不向きだ。残念だが、諦めた方がいいだろう」
「昨日で充分わかってる」
「そうか。ならば問題無い。話は以上だ。失礼する」
短い言葉をいくつか残して、ヴィアンカの背が遠ざかる。見送って、部下の二人が静かなことに気づく。いつもなら、あれこれうるさく言うであろう副官までもが黙っていることに、落ちつかない。
「…何も言わねえのかよ」
「ああ、はい…」
己が何も言わなくとも、昨夜の当事者の一人は彼の部下だ。夜分に大隊長の私室に押し入った騒ぎの顛末を報告しないわけにはいかなかっただろう。
上司の不始末を知った副官が何も言わないわけが無いのだが、決まり悪そうな顔を浮かべるばかりだ。
「いやあ。今回は俺も無責任に煽るようなこと言っちゃったし。今のヴィアンカ様とのやり取り見てたらなんか、ラギアス様、全然眼中に無いし、可哀想になってきたと言いますか…」
独り言のように溢された言葉は、残念ながら全て耳が拾ってしまった
「私が彼女の引き抜きを提案したのも事実ですし」
苦し紛れの言い訳に使った言葉にまで助け船を出され、いたたまれなくなる。
結果、酒はいくら飲んでも記憶を消す助けにはならなかった。ならば、後はもうひたすら仕事に励むしかない。書類を片付け、身体をいじめているうちに、少しは忘れられるかもしれない。
「ヂアーチ大隊長」
部下二人を連れて執務室に戻って来たところに、声をかけられた。
察知していた気配に、さほど危険は感じられなかったが、初めて見る女の顔に、部下二人も僅かに身構える。
「誰だ?」
「ふふ。初めまして。フランティア・アーベル、フランでいいわ。ヴィアンカ様の協力者よ」
「!」
媚を含んだ馴れ馴れし過ぎる態度に、一瞬さっさと追い払うかと考えたが、続く言葉に興味をひかれた。
「なるほど。お前があいつのとこの、魔物探知ができるっていうやつか」
「ええ。興味ある?私、あなたに話があって来たのよ。…二人で」
言ってすり寄る女には嫌悪しか感じないが、話とやらには興味がある。
「聞いてやる。入れ」
視線で部下二人を下がらせ、女を執務室に入れる。
己は立ったまま、来客用の椅子へと促せば女は大人しく座った。
「で?話ってのは何だ?」
「せっかちねえ。とりあえずあなたも座ったら?」
女が自分の隣を示すが、無言で拒絶する。肩をすくめた女が己を見上げ、赤い唇を歪ませた。
「ヴィアンカ様の首はあなた?」
「…」
何か、つい先日も同じようなことを問われた気がする言葉に、眉間に力が入る。
「やだ怖い顔。やっぱりあなたなんだ」
何も言わない己に勝手に納得し、女は楽しそうに言葉を続ける。
「あれね、見つけたの私。私たち同じ部屋だから気がついたんだけど、ねえ、ヴィアンカ様のどこが良かったわけ?」
女の目に嘲りが浮かび、たっぷりと艶を含んだ声がささやく。
「あんなのに手を出すくらいなら―私にしない?」
あからさまな誘いの言葉に、そう言えばダグストアにどこぞで発散でもして来いというようなことを言われていたな、と思い出す。
しかし、目の前の女を見てみても、どうこうしたいと言う気が全く沸いてこない。
「…話と言うのはそれだけか?だったらもういい。出てけ」
「!ちょっと待ってよ!私、部屋からあんまり出られないのよ!今だってこっそり出て来たんだから!」
拒絶の言葉に女が焦り出す。どうでもいい女の話に、部屋から追い出そうと動くが―
「ヴィアンカ様は私に嫉妬して、男と合わせないようにしてるのよ!私が部屋から出られないようにして、自分は補佐官を侍らして、独り占めしてるんだから!」
最後の言葉に、どこかが軋んだ。やはり、と言う思いが絡み付く。沸き上がる暗い感情、見下ろす己に、何を勘違いしたのか女がすり寄る。
「ねえ?ひどいでしょ?」
「…お前、ヴィアンカと同室つったか?」
「!ええ!」
女の瞳が輝く。何を思ったのかは知ったことではない。そう、決めたはずだ。俺の好きにすると。
「夜、俺の部屋へ来い―」
夜の帳の中、自室に置かれたカウチに深く身を投げ、度数の高いアルコールを口に運ぶ。
もうすぐ、丸一本空けてしまいそうなそれに、しかしいっこうに酔いが訪れる気配はない。これからの時間の憂鬱を思えば、酔ってしまえばまだ楽かと杯を重ねたが。
扉の外、近づく気配。軽く扉を叩く音、扉がそっと開かれ、今日初めて見知った女の身体が滑り込んできた。
「ラギアス様、お待たせしちゃったかしら?」
上掛けを落とし、薄い肌着に包まれた身体をさらす。その露な身体の線を見せつけるようにして近づくと、女は己の座るカウチの肘掛けに浅く腰を下ろす。
「私も一杯欲しいわ」
「勝手にしろ」
空いたグラスに酒を満たし、一気に煽る女。
「部屋から出てくるとき、やっぱりヴィアンカ様に止められたの」
女が可笑しそうに笑う。
「でも、ラギアス様に喚ばれたって言ったら凄く驚いてた。いい気味だわ」
「…そうかよ」
結局、この女をここに喚んで、俺は何がしたかったのだ?ヴィアンカへの単なる嫌がらせ、意趣返しか。嫉妬でもさせて、この女を止めさせたかったのか。昼間の己の行いを、猛烈に後悔した。
こちらに伸ばされた手をかわし、不満気な女の顔を見ながら、さて、これから本当にどうするか、と思考を巡らせていると、扉に近づく足音を察知した。
警戒するまでもなく、足音高く近づいた何者かは、戸を叩くこともせずに勢いよく扉を開いた。
「失礼いたします!!」
飛び込んできた顔は、どこか見覚えのあるもので、己の隊に所属するものであることは間違いない。緊急事態かと、報告を聞くために立ち上がる。
己を認めた闖入者が、側まで駆け寄ると勢い良く頭を下げた。
「大隊長!どうか、お許し下さい!フランと自分は将来を誓い合った中なのです!どうか、ご慈悲を!彼女をお返し下さい!」
言って、更に頭を深く下げる男に混乱する。フランとは誰だ?返すとは?今頃、酔いが回ったか、呆気に取られて、一瞬、言葉が出てこない。
「ちょっと!なに勝手なこと言ってるのよ!私とあなたは何も関係無いでしょ!」
代わりに応えた女に、そう言えばこの女はそんな名だったか、と遅まきながら理解した。
君を愛しているだの、あなたとは遊びだっただの言い合う男女に、げんなりする。なんだこの状況は、バカみたいな展開は。
「うるせえ。人の部屋でごちゃごちゃやんな」
二人ともさっさと出ていけと命じれば、上官の命令に従った男が、女を引きずるようにして、出ていく。
グラスに残った酒をあおるが、それでも足りずに新しいボトルへと手を伸ばした。
元はと言えば、自分でも何を考えていたのかわからない、己の愚かな行為が招いた悪夢だ。結果が、こうやって出来上がった、酒に酔っ払って、部下の女を寝とろうとしたマヌケな上官、ただの道化だ。
いっそ、今日の記憶全て無くしてしまいたい。あと何本かボトルを開ければ―少なくとも己の記憶からは―今日の出来事を無かったことにできるかもしれない。僅かな期待を込めて、次のボトルを開けた―
「ラギアス」
部下を連れて戻った執務室の前、女の声に呼び止められる。昨日の再現のような光景、しかし、そこに立つのは、制服をきちんと着こなした黒髪の女で。
―こいつからの誘いなら、或いは
埒もないことを考えながら女に言葉を促すと、出し抜けに頭を下げられた。その意外な行動に、些か虚をつかれていると―
「すまない。部下が迷惑をかけた」
恐らく、その部下自身から報告を受けたのであろう女は、果してどんな報告を受けて今ここにいるのか。
「アーベルは能力は高いのだが、派遣先で度々問題を起こしている。私の判断で、今回は着任の挨拶もさせず、部屋からも出さなかったのだが。私の判断ミスだった」
淡々と説明されるが、勝手な後ろめたさにこちらが何も言えずに黙っていれば、
「事前にアーベルについて説明をしておくべきだったな。いや、根は悪いやつでは無いのだ。伽に喚ぶなら、」
「ちがう」
「?」
「伽に喚んだわけじゃねえ」
突き動かされるように、そこだけは強く否定した。
「そうなのか?本人の報告になるが、」
「何を勘違いしてたのか知らねえが、俺はあの女をうちの隊に引き抜くために喚んだだけだよ」
「ふむ」
なぜ大隊長自らが?なぜわざわざ夜分に?なぜ私室に?突っ込みだらけの苦しい言い訳に、自分自身、何を言っているんだと殴り付けたくなる。
「なるほど。しかし、アーベルはここのような男所帯には不向きだ。残念だが、諦めた方がいいだろう」
「昨日で充分わかってる」
「そうか。ならば問題無い。話は以上だ。失礼する」
短い言葉をいくつか残して、ヴィアンカの背が遠ざかる。見送って、部下の二人が静かなことに気づく。いつもなら、あれこれうるさく言うであろう副官までもが黙っていることに、落ちつかない。
「…何も言わねえのかよ」
「ああ、はい…」
己が何も言わなくとも、昨夜の当事者の一人は彼の部下だ。夜分に大隊長の私室に押し入った騒ぎの顛末を報告しないわけにはいかなかっただろう。
上司の不始末を知った副官が何も言わないわけが無いのだが、決まり悪そうな顔を浮かべるばかりだ。
「いやあ。今回は俺も無責任に煽るようなこと言っちゃったし。今のヴィアンカ様とのやり取り見てたらなんか、ラギアス様、全然眼中に無いし、可哀想になってきたと言いますか…」
独り言のように溢された言葉は、残念ながら全て耳が拾ってしまった
「私が彼女の引き抜きを提案したのも事実ですし」
苦し紛れの言い訳に使った言葉にまで助け船を出され、いたたまれなくなる。
結果、酒はいくら飲んでも記憶を消す助けにはならなかった。ならば、後はもうひたすら仕事に励むしかない。書類を片付け、身体をいじめているうちに、少しは忘れられるかもしれない。
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