辺境の娘 英雄の娘

リコピン

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第二章

4-4.

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4-4.

部下の視線が痛い。書類仕事を片付けながら、顔のニヤつきを止められない己は、相当、奇異だ。言われなくともわかる。

しかし、気がつけば昨夜のことを思いだして、口元が勝手に緩む。

「…こえぇ」

ダグストアがわななく。終始不機嫌なまま執務を終え、翌朝には上機嫌になって現れた上司に、意味がわからないのだろう。説明してやる気は更々ないが―

「…ラギアス様、特務官殿の首はあなたですか?」

「!?」

知るはずのない事実を問い質してきたマイワットに驚く。顔に出ていたのだろう、説明する言葉が続いた。

「今朝、医務室長から報告がありました。『痛みは無いが、目立つので治療して欲しい』と特務官殿が訪問されたと。首の歯形はラギアス様ですか?」

「歯形!?は!?」

「…」

黙秘すれば、信じられないという目でダグストアに凝視された。次いで、己の沈黙を持って有罪と判断した怒声が響く。

「マジかよ!?ほんと、最近のあんたはろくなことしねえ!あのね、相手は特務官様なの!問題起こすとまずい相手なの!」

「…わかってる」

「わかってないからしつこく言ってんでしょ。…はぁ。大体、ヴィアンカ様のこと嫌って、というか少なくとも信用はしてないんじゃないんですか?」

冷静な指摘に、浮わついていた気分に水をさされる。確かに、そうだ。返す言葉が出てこない。黙り込んでいると、席を立ったマイワットが書類を差し出す。

「照会していた、特務官殿の在学時の資料が届きました」

「!」

「来たの?俺も見せて」

ざっと目を通して、眉間にしわがよる。隣で覗き込んでいたダグストアが困惑ぎみに顔を上げた。

「見た限り、スゴい成績優秀だったように見えるんだけど。士官学校の難易度ってのがわかんないけど、これって平均?」

「いえ。評価は優良可の相対評価ですので。科目にもよりますが、優を取れるのは受講者の上位3%程度です」

「『優』しかないじゃん?」

「そうですね。取得済みの科目は全て優評価でした。三年次の途中で退学となっていますが、残りの科目を同じような成績で取得していれば、三年次終了とともに卒業可能だったでしょう。恐らくは相当な余裕を持って」

「…滅茶苦茶、優秀」

話が違うのでは?と副官の目がこちらに問うてくる。

「いや待て。ヴィアンカの卒業はない。あいつは必須の演習科目をとってなかったんだぞ?」

「…『ヴィアンカ』?」

耳ざとい副官に、自分が女の名を呼んだことを気づかされる。

「っ!?それはいんだよ!ともかく、必須科目取らずに卒業は無理だろが?」

「演習科目の免除については申請書がついていました。機密性で言えば、こちらの書類が一番重要でしょうね」

「何書いてあんの?」

ダグストアの気が書類へとそれた。

「免除事由について『北方辺境領での討伐任務を以て取得単位に替える』とあります。在学時から北方領軍にも籍を置いていたということでしょう」

「はあ!?あいつ、その頃15とかだぞ!」

当時のヴィアンカを思い出しても、本当にただの15の少女だったのだ。それが、戦場に立つ―?

「領軍ならそのくらいのもいますけどね?戦闘を伴うような任務に着くかはともかく。てか、知らなかったんですか?討伐任務受けてたのとか」

「知らねえよ!」

「領軍に関する内容も含まれています。本来なら校外秘。本人の在学当時なら、かなり厳しく閲覧制限がかかっていたはずです。今回御協力頂いたシューベイン殿であれば閲覧も可能だったかもしれませんが」

そこまで確認しようと思ったことがなかったのだ。必須科目に出席しないのはヴィアンカの能力不足。免除されているなんて、それに対する言い訳程度にしか考えていなかった。今も、未だ納得はできていない。

「…無理だろ?あいつ、魔力も全然だぞ?俺らの魔圧に耐えられなくて、動けなくなってたこともあるし」

「高位貴族の魔圧なんて、普通に耐えれるもんじゃないですよ」

「剣だって使えねえって、体術を…いや、ちょっと待て」

ふと、昨夜の彼女が見せた力を思い出す。

「何か心当たりが?」

何かと聡い副官には、告げたくないのだが。

「…昨日、あいつと訓練場であって、まあ、近接格闘の練習相手してたんだよ」

白けた視線を送ってくる副官は無視する。

「一回、完全に抑え込んだんだが、そっから俺の身体を持ち上げやがった。ありゃ多分、身体強化だ」

「へえ、身体強化。珍しい。あれ、無茶苦茶難しいんすよね」

「私は経験が無いのですが、修得が難しいとは聞いたことがあります」

マイワットの言葉に頷く。

「剣なんかに魔力のせるのとは、わけがちがうからな。魔力操作の腕がかなりいるし、魔力も馬鹿みてえに持ってかれる。強化中はとにかくずっと魔力消費し続けんだよ」

「おまけに、使用後は反動でかなり身体がしんどい」

日頃以上に身体を酷使するのだ。魔力が切れれば、途端に疲労に襲われてしまう。

「大戦後に対魔物戦略の一つとして考案されて、一時は流行ったらしいがな。そもそもそれだけの魔力があって、魔力操作にも長けるなら、巨大魔法の一発でもぶちこんだ方が早いだろ?」

「結局廃れて、今は実戦で見ることはまずないですもんね。年寄連中の中には、『何事も経験だ!』とか言って強要してくるのもいんだけど」

ダグストアがうんざりしたように言う。

「それを特務官殿が使用したと?」

「一瞬だったし、気ぃ抜いてたから、確証はねえ」

「…組手中に気を抜くって。新兵じゃないんすから…。一体、何に気を取られてたんすかね?」

ダグストアの言葉に険が戻り、己の失言に気づく。

「溜まってんじゃないすか?これ以上問題起こさない為にも、どっかで適当に抜いて来てくださいよ」

「…」

吐かれた言葉は聞かなかったことにする。

「では仮に、特務官殿が身体強化を修得しているとしても、討伐任務を可能にするものではないと?」

「だな。なんか、虚偽とまでは言わねえけど、誤魔化しがあんだろ」

「申請書類には、北方領軍の軍団長と士官学校のフーバー教授の名がありましたね」

その名に、浮かぶ男の姿。

「!フーバーか!あいつの入学に手ぇ貸してた男だ。単位を取らせるのにも手を回してたのかもしれねえ」

思い出すのは、ヴィアンカを守ろうと戦った男の姿で。己の知らぬ二人の絆。不快な思いが沸き上がってくる。

「これ以上は、実地で確認するしかないでしょうね。少なくとも、座学が優秀であることと、人物評は知ることができました」

釈然としないものはあるが、まあいい。今まで、ヴィアンカを知る機会が少なかったのは確かだ。思えば、候補生時代も一対一で顔を合わせるということはほとんど無かった。

いいだろう。時間はある。これから知ってやろうじゃねえか、あいつが隠している秘密も、何もかも。




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