辺境の娘 英雄の娘

リコピン

文字の大きさ
26 / 74
第二章

4-3.

しおりを挟む
4-3.

「よお、わざわざこんな時間に鍛練かよ。ご苦労なこった」

灯りの乏しい訓練場に、上衣を脱いだいつもより軽装の女を見つける。

「ヂアーチ大隊長。お邪魔でしたら、」

「それ、やめろ」

己の存在を認め、退出しようとする女。

「?それとは?」

「名で呼べ。後、言葉もだ。普通に喋れ、気色悪い」

女は少し逡巡して、結局、首肯しゅこうした。

「…わかった。ラギアス殿が、」

「『ラギアス』だ。殿も様も無しだ」

「…ラギアスがその方がやりやすいなら、そうしよう」

「わかりゃいいんだよ」

短い言葉だが、会話が普通に続いたことに自分で驚く。

「?何か用があったのでは?」

「別にねえよ」

「では、私は鍛練に戻る」

言って、身体を伸ばし始めた女の動きを目で追う。

「お前、俺を避けてんだろ?」

「ラギアスが私に嫌悪を抱いているのは知っているからな。なるべく不快にさせないよう、不要な接触は避けていた」

その返答に、構える様子はない。偽りでは無いのだろう。

「避けてんなよ。そっちの方が気分わりい」

「そうか?それはすまなかった。今後は気を付けよう」

身体を伸ばし終わった女が立ち上がる。女の手には何も握られていない。

「…なんの鍛練だ?剣は?」

「私は剣を使えない。体力強化の訓練と近接格闘の型をいくつかこなす予定だ」

「いつも腰にぶら下げてんのは飾りかよ。…組手、相手してやる」

返事は待たずに、さっさと上衣を脱ぎ捨てた。

「その必要は、」

「俺がやるっつってんだから、やるんだよ」

「わかった、いいだろう」

訓練場の暗さでは、ヴィアンカの姿がよく見えない。ここ数年の実戦で身に付いた夜目のスキルを使う。

構えた後、確認するように軽く打ち込まれる拳を流し、続く蹴りを耐える。次第に速くなる攻撃に捕らえるのが難しくなる。

しかし、やはりその攻撃は軽い。いくつかかわしきれずに入ったまともな当たりも、重さが無いため、大した傷みにはならない。

それでも、真剣な打ち込みと、その回避に動き回れば、身体からは汗が吹き出した。一回り以上の体格差、見上げる頬はうっすらと上気し、そんな場合ではないとわかっていても、女の色香に惑わされる。

「!ラギアス?」

「逃げてみろよ」

打ち込まれた拳を捕らえる。すかさず動いた右足の蹴りをわざと受けて、その足も掴んだ。

体勢を崩した身体を抱き込んで、背中から倒れる。転がるようにして体を入れ換えて、ヴィアンカを床に縫い止めた。

「どうした?早く逃げろよ」

足を挟み込まれ、両手首を床に押さえつけられた女の目が瞬いた。驚いているのか、何も言わず、己を見上げる。その濡れた黒に、ドクリと己の一部が反応した。

「…組手につきあってくれるのでは?」

「付き合ってんだろ?今」

ヴィアンカが抵抗しないのをいいことに、のしかかったまま硬くなったものを、彼女の下半身に押し付ける。柔らかい足の付け根、その肉に己を、何度も擦り付けて快感を追う。

「どいてくれ、ラギアス」

「っ!はあ、クッソ。服、邪魔だ」

服の下、この柔らかな肉の奥に己を埋めて、欲望を全てぶちまけたい。

「ラギアス」

服の中で暴発しそうになり、動きを止める。荒い息のまま、見下ろせば、耳の下から続く、白く滑らかな肌。血の流れさえ見えそうな―普段は上衣に隠された―透き通った肌をなめあげる。

「!ラギアス!いい加減にしろ」

「…だから、逃げろよ」

耳をみ、首に吸い付く。赤い痕が一つ。ダメだ。こんなんじゃ、全然足りねえ。

「ラギアス。痛い思いをしたくなければ、どけ」

「は!どうやって?お前は弱い。この柔い身体で、逃げることもできねえだろうが」

本当に、こんな身体で魔物とやりあって、よく無事で来た。下手をすれば、こうやって押さえつけられ、この柔らかい首に鋭い牙や爪が―

ろくでもない想像に動揺する。ダメだ。誰にも、何にも触れさせない。惹き寄せられるまま顔を近づけ―

「ッ!」

強く立てた己の歯。その痕をヴィアンカの首筋に確認し、獰猛な喜びが膨れ上がり、自然口角があがる。

―瞬間、黙りこんだ女の気配が膨れ上がり、身体を押し退けられた

「ぐっ!?」

股間に走る激痛、息が上手く吸えずにうずくまった。自由になったヴィアンカが立ち上がり、衣服の乱れをなおす。

「警告はした」

「っ!!」

一瞥して、後は振り返りもせず去っていく。訓練場に一人とり残された。

激痛を逃すために蹲ったまま、屈辱や怒りを感じてもいいはずで、しかし、ひいてくる痛みとともに浮かんで来たのは、己の滑稽さに対する可笑しさ。

痛快だ。調子に乗りすぎて、手痛い反撃を受ける。これが他人事なら大笑いしてやるところなのだが。

わかってはいるが戻る気配の無い女。存外に楽しんだ時間、早々に壊してしまった己に、やり過ぎたことを後悔した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

「結婚しよう」

まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。 一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

処理中です...