辺境の娘 英雄の娘

リコピン

文字の大きさ
25 / 74
第二章

4-2.

しおりを挟む
4-2.

執務室に、三人分の筆の音だけが聞こえる。ここ数日、鬱屈うっくつを溜め込んでいる己を刺激しないためか、黙々と書類に向かう二人に更に―理不尽な―怒りが募る。

「…なんで報告に来ねえ」

「…そりゃあ、報告することが無いからじゃないですか?」

至極当然と言った返事が返る。

「…んなことはわかってる。でも何か、あんだろ?」

「…」

「…四日前の報告で、懸念事項が解消されるまで任務は継続するとおっしゃっていましたから。何かあれば、報告もあるのではないですか?」

処置なし、と言わんばかりのダグストアの代わりに、マイワットが口を挟む。その言葉はその通りで、自分でもわかっている。ただ、わかっていて、どうしようもないのだ、このイラつきは。

「…飯食ってくる」

「え!?どこに?まさか、食堂ですか!?やめてくださいよ、ここで召し上がって下さい!」

「大隊長が食堂を利用すると、兵達に無用の混乱と緊張を招きます。後は保安上の問題も。…なぜまた急にそのようなことを?」

「いいだろ、たまには」

有言実行とばかり、さっさと部屋の扉に手をかける。

「ああ!もう!しょうがない!マイワット、お前も来い!」

慌てる背後は振り向かず、廊下へと足を踏み出した。





「…多いな」

「だから言ってるじゃないっすか!?」

大扉を抜けると、人混みでごった返す食堂。その多さにげんなりしながらも、視線をめぐらす。

―いた。

食堂に並べられたいくつもの長机、それらの中ほどに探していた黒髪を見つける。補佐官二人に挟まれて席につく、その背に歩み寄ろうとして―

「…」

「ダメっすよ?」

掴まれた腕を確認し、掴んだ男をねめつける。

「あんな密集地帯、行かせるわけないでしょ!だいたい、座る席もありませんよ。周りのやつら蹴散らすつもりじゃないですよね?座るならあっちですあっち」

人気の少ない、食堂の端を示される。

「マイワット悪い。なんか適当に取ってきて。俺、この人捕まえとくから」

「仕方ありません」

絶対に離さないと肘を掴まれたまま、グイグイと引きずられていく。己が通過する度に、周囲の男達がギョッとした顔で食事の手を止める。突き刺さる視線は完全に無視した。

連れていかれた席は、成る程、周囲に人がおらず、三人で占有しても問題は無さそうだ。目的の姿も―声は聞こえないまでも―顔は見える距離にあるので、良しとする。

「あー。後で聞かれんだろうなあ。何て答えんだよ?食堂の視察してました?」

ダグストアの愚痴を聞き流しながら、マイワットが運んだ食事を口にする。視線の先、眺める姿はいつもより遠いのに、浮かべる表情は鮮やかで―

「!?」

「…ラギアス様、顔恐いですよ。髪、結び直してもらってるだけでしょ。レイはヴィアンカ様の従者のようなこともしてるみたいですから」

小柄な少年を信頼しきっているのか、穏やかな顔で身を任す女に、おさまりかけていた苛立ちが戻ってくる。

髪をなおして食事を再開した女が、今度は大柄な青年の皿を指して何かを言う。わずかに躊躇した青年はその何かを口に運んだ。女はそれを確認すると、自分の皿から肉の塊を隣へと移して―

「っ!!」

「…仲いいんっすねえ」

自分より大柄な青年の髪を、伸ばした手でくしゃりと撫でる。その口元にうっすらと、しかし見間違いようのなく浮かぶ笑みにー否応なく感じる彼我ひがの距離。

「下の二人がヴィアンカ様慕ってんのは知ってましたけど。ヴィアンカ様も二人を可愛がってんすねえ」

「勧誘も断られました。特務官殿の下でなければ意味がないそうです」

「…あいつら距離がちけぇ」

少年が大柄な青年にくってかかり、立腹した少年の口に女が果物を運んでやる。

「!」

「…やめてくださいよ。座ってて下さい。立つな」

「っち!」

口を開けて果物を受け取った少年が、その頬を染める。ムカつく光景に―見なければいいと思うが―目が離せずにいると、彼らが食事を終えて席を立った。

扉に消える女の姿を見送って、ふと手元を見れば、己の皿が全く減っていないことに気づく。

「もういいでしょ。ナイフとフォーク動かして、さっさとそれ食って下さい」

言われて手を動かす。何を食べているのかもわからないまま、機械的に口へと運ぶ。

「…あいつらのあれはどうなんだ?隊の風紀を乱してんだろ」

「あー。はい、そうっすね」

「一度、厳重注意を、」

「いらないっす。しないっす」

手も止めずに、ぞんざいに返される言葉。

「…」

「…」

「…特務の補佐官や協力者は、特務官の裁量による直接雇用ですからね。通常の軍での上下関係よりも距離が近いのではないですか?」

ピリピリしているダグストアに、珍しく、マイワットの方が話を振る。諦めたのか、ダグストアが渋々と答えた。

「…俺の会ったことある特務は、男だったっすけど、ハーレム作ってましたよ」

「!?ハッ!?」

驚愕に皿から顔を上げるが、食えと食事を指される。

「前に任務で。25くらいだったかな?間諜系の特殊スキル持ってるやつで、そういうのを女にやらせてたんすよ。で、その女達を侍らせて、ベッドにも連れ込んでましたね」

「…」

あの補佐官のどちらか、もしくは両方があの女の愛人?その可能性を考えて、あの距離の近さから、あり得ぬことではない、と思う。

他の男に抱かれる―考えたこともなかった、考えたくもない―女を想像して、血が凍る。

「…ラギアス様?」

「先に戻る」

何故俺があの女を気にしなければならない。苛立つなんて馬鹿らしい。言ったはずだ。お前の好きにはさせないと。もういい、決めた。俺は、俺のやりたいようにやる―




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

「結婚しよう」

まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。 一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。

処理中です...