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第二章
9-1.
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9-1.
正直、ここ三ヶ月のことは、もう思い出したくもない。圧倒的に時間が足りない中、特に女性陣からの非難は凄かった。その筆頭が自分の妻なのだから、たまったものではない。
当の本人達は自分達の式に興味がないのだから、更に始末に終えない。自分の時以上にキリキリした思いに、こんな騒ぎは二度とごめんだと思う。自分の息子達には、その辺をしっかり教育しておかなければ。
何にしろ、その式もいよいよ明日。夜が明ければ主役となる二人を部屋に招いて、取って置きの一本を開ける。妻を隣に座らせ、四人だけのささやかな宴、前夜祭と洒落こもう。
―酒の肴には、とびきりの昔ばなし
「とりあえず、二人に乾杯」
やる気の出ない乾杯の音頭に、隣のユニファルアが困った顔を浮かべる。だけど、許して欲しい。二人の式に一番奔走したのは自分自身。本来ならば、この乾杯は自分への労いとして送りたいくらいなのだ。
「さて、今日、四人で集まったのはね。ユニとラギアスに話しておきたいことがあったからなんだ」
私もですか?と首を傾げるユニファルアの仕草に幼さを感じる。3人の子を産んで、それでもこうしたあどけなさを感じさせるユニファルアに、可愛いなぁなんて見惚れていたら、突き刺さる視線。やれやれ、少しくらいの癒しは許されていいと思うんだけど。
「うん。ユニにもいつか話さなきゃなぁと思ってたんだ。でも、ひょっとしたら必要ないかもしれないし、なるべく君を危険から遠ざけて置きたかった」
これは、僕のエゴだね。次代の辺境領を担う一翼としての、君の矜持を踏みにじることになっていたかもしれない。だけど、もう覚悟を決めたから。
「実はね。僕とヴィーは結婚する予定だった」
「!」
隣で息をのむユニファルア。感じるのは絶望。ヴィアンカの隣でこちらを睨み付けるラギアスからは怒りと嫉妬。全くの予想通りで可笑しくなる。
「…ヘスタトル様、貴方はまたわざとそのような言い方を。ユニファルア大丈夫だ。安心しろ」
ヴィアンカがユニファルアを慰めるが、その前に隣のラギアスをどうにかして欲しい。先程から、チリチリと魔力で焼かれているんだが。
「…ラギアスも、落ち着け」
怒りの視線で人を焼くのをやめたラギアスは、今度は不安を隠さずに隣に座る女を見つめている。もう少し、この状況を楽しんでもみたいけれど―
「ごめんね、ユニ。君を心配させて。でも、君が私とのことで不安になってくれるのは実にいいね。愛されていると実感できる」
ぎゅっと隣の体を抱き締めれば、向かいから辛辣な声がとんでくる。
「…ヘスタトル様、いい加減にしてください」
ユニファルアのこととなると、途端に過保護になるヴィアンカ。それは私の役目のはずなんだけどね。
「はいはい。まあ話を続けると、一応、結婚の話はあったんだけど、お互いそんな気にもならなくてね。ヴィーも若かったし、とりあえず、ヴィーの成長を待ってということになってた。実際のとこは、父さんは完全に諦めてたし、私自身、期待はしていなかったんだよね」
まだ、不安を残したユニファルアの瞳を覗きこむ。
「で、そんな時に私がユニに出会っちゃったからね」
微笑んで見せるが、ユニファルアの顔がまた絶望に染まっていく。本当に、この真面目さが善良さが愛しくて堪らない。
「違うからね。ユニがヴィーから私を奪ったわけでも、横から婚約を壊したわけでも。そんなんじゃないからね」
言葉を重ねれば、ようやく顔色が戻ってくる。それでも、一抹の不安が残っていたのか。ヴィアンカに視線を送り、大きく頷いてもらって、やっと笑顔がこぼれた。
多分に、自分に責任があるとわかってはいるけれど、この信頼感の差には釈然としない。
「まぁ、そういうわけで、今は全然そんな話は無いから二人とも安心して。無いとは思うけど、万が一どこかでこの話を聞いても誤解しないように」
ユニファルアを娶る際に、徹底的に箝口令を敷いたから、可能性は低いけれど。ラギアスはともかく、自分の知らないところでユニファルアが傷つけられては堪らない。
「で、ここからが機密事項。知ってるのは本当に限られてるから、わかってるとは思うけど、他言無用で」
頷く二人を確認する。
「私達はね、従兄妹同士なんだ」
「え!でも?」
ユニファルアが驚きの声をあげる。
「そう。私の父にも母にも兄弟はいない」
「はい、お義父様に年の離れた妹がいらっしゃったとは聞きました。けれど既に亡くなられていると」
「うん。その死んだ叔母と言うのが、ヴィーの母親なんだ」
自分と3つしか年の離れていない、姉のようだった叔母。辺境を愛し、辺境に愛されたお転婆姫は、やがて家を捨て、愛する男に人生をかける烈女となった。
「叔母は17で出奔した。お腹にヴィーが出来て、相手の男を追いかけて行ったんだ。その時点で叔母は死亡扱いとなった。貴族の外聞とか何とかでね」
全く、下らない。
「で、本当の問題って言うのは、その相手の男の素性。ヴィーの父親は…カイン・アスタットなんだ」
「!」
「そんな!」
ユニファルアの瞳が驚愕に見開かれる。本当に、私だってどんな冗談かと未だに思っているさ。だけど、逃げられない事実。
婚家に婿入りし、裕福な妻の実家の姓を得たのちも、その名の知名度の高さから、旧姓―カイン・アスタット―で呼び続けられる男―
「ヴィーには、大戦の英雄の血が流れてる」
正直、ここ三ヶ月のことは、もう思い出したくもない。圧倒的に時間が足りない中、特に女性陣からの非難は凄かった。その筆頭が自分の妻なのだから、たまったものではない。
当の本人達は自分達の式に興味がないのだから、更に始末に終えない。自分の時以上にキリキリした思いに、こんな騒ぎは二度とごめんだと思う。自分の息子達には、その辺をしっかり教育しておかなければ。
何にしろ、その式もいよいよ明日。夜が明ければ主役となる二人を部屋に招いて、取って置きの一本を開ける。妻を隣に座らせ、四人だけのささやかな宴、前夜祭と洒落こもう。
―酒の肴には、とびきりの昔ばなし
「とりあえず、二人に乾杯」
やる気の出ない乾杯の音頭に、隣のユニファルアが困った顔を浮かべる。だけど、許して欲しい。二人の式に一番奔走したのは自分自身。本来ならば、この乾杯は自分への労いとして送りたいくらいなのだ。
「さて、今日、四人で集まったのはね。ユニとラギアスに話しておきたいことがあったからなんだ」
私もですか?と首を傾げるユニファルアの仕草に幼さを感じる。3人の子を産んで、それでもこうしたあどけなさを感じさせるユニファルアに、可愛いなぁなんて見惚れていたら、突き刺さる視線。やれやれ、少しくらいの癒しは許されていいと思うんだけど。
「うん。ユニにもいつか話さなきゃなぁと思ってたんだ。でも、ひょっとしたら必要ないかもしれないし、なるべく君を危険から遠ざけて置きたかった」
これは、僕のエゴだね。次代の辺境領を担う一翼としての、君の矜持を踏みにじることになっていたかもしれない。だけど、もう覚悟を決めたから。
「実はね。僕とヴィーは結婚する予定だった」
「!」
隣で息をのむユニファルア。感じるのは絶望。ヴィアンカの隣でこちらを睨み付けるラギアスからは怒りと嫉妬。全くの予想通りで可笑しくなる。
「…ヘスタトル様、貴方はまたわざとそのような言い方を。ユニファルア大丈夫だ。安心しろ」
ヴィアンカがユニファルアを慰めるが、その前に隣のラギアスをどうにかして欲しい。先程から、チリチリと魔力で焼かれているんだが。
「…ラギアスも、落ち着け」
怒りの視線で人を焼くのをやめたラギアスは、今度は不安を隠さずに隣に座る女を見つめている。もう少し、この状況を楽しんでもみたいけれど―
「ごめんね、ユニ。君を心配させて。でも、君が私とのことで不安になってくれるのは実にいいね。愛されていると実感できる」
ぎゅっと隣の体を抱き締めれば、向かいから辛辣な声がとんでくる。
「…ヘスタトル様、いい加減にしてください」
ユニファルアのこととなると、途端に過保護になるヴィアンカ。それは私の役目のはずなんだけどね。
「はいはい。まあ話を続けると、一応、結婚の話はあったんだけど、お互いそんな気にもならなくてね。ヴィーも若かったし、とりあえず、ヴィーの成長を待ってということになってた。実際のとこは、父さんは完全に諦めてたし、私自身、期待はしていなかったんだよね」
まだ、不安を残したユニファルアの瞳を覗きこむ。
「で、そんな時に私がユニに出会っちゃったからね」
微笑んで見せるが、ユニファルアの顔がまた絶望に染まっていく。本当に、この真面目さが善良さが愛しくて堪らない。
「違うからね。ユニがヴィーから私を奪ったわけでも、横から婚約を壊したわけでも。そんなんじゃないからね」
言葉を重ねれば、ようやく顔色が戻ってくる。それでも、一抹の不安が残っていたのか。ヴィアンカに視線を送り、大きく頷いてもらって、やっと笑顔がこぼれた。
多分に、自分に責任があるとわかってはいるけれど、この信頼感の差には釈然としない。
「まぁ、そういうわけで、今は全然そんな話は無いから二人とも安心して。無いとは思うけど、万が一どこかでこの話を聞いても誤解しないように」
ユニファルアを娶る際に、徹底的に箝口令を敷いたから、可能性は低いけれど。ラギアスはともかく、自分の知らないところでユニファルアが傷つけられては堪らない。
「で、ここからが機密事項。知ってるのは本当に限られてるから、わかってるとは思うけど、他言無用で」
頷く二人を確認する。
「私達はね、従兄妹同士なんだ」
「え!でも?」
ユニファルアが驚きの声をあげる。
「そう。私の父にも母にも兄弟はいない」
「はい、お義父様に年の離れた妹がいらっしゃったとは聞きました。けれど既に亡くなられていると」
「うん。その死んだ叔母と言うのが、ヴィーの母親なんだ」
自分と3つしか年の離れていない、姉のようだった叔母。辺境を愛し、辺境に愛されたお転婆姫は、やがて家を捨て、愛する男に人生をかける烈女となった。
「叔母は17で出奔した。お腹にヴィーが出来て、相手の男を追いかけて行ったんだ。その時点で叔母は死亡扱いとなった。貴族の外聞とか何とかでね」
全く、下らない。
「で、本当の問題って言うのは、その相手の男の素性。ヴィーの父親は…カイン・アスタットなんだ」
「!」
「そんな!」
ユニファルアの瞳が驚愕に見開かれる。本当に、私だってどんな冗談かと未だに思っているさ。だけど、逃げられない事実。
婚家に婿入りし、裕福な妻の実家の姓を得たのちも、その名の知名度の高さから、旧姓―カイン・アスタット―で呼び続けられる男―
「ヴィーには、大戦の英雄の血が流れてる」
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