辺境の娘 英雄の娘

リコピン

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第二章

9-2.

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9-2.

「ラギアス君は?驚かないの?」 

愛する女の衝撃の事実だと思うんだけど。黙り込んだままの男に問う。

「驚いてはいるが、ヴィアンカ、いや、ヘスタトル殿がそう言うならそうなんだなと納得した」

「…なるほど」

この男も厄介というか、なんというか。自分も大概だという自覚はあるが、こじらせた挙げ句にここまで腹をくくった男というのは―

味方でいてくれるのは非常に有り難い。

「ラギアス君、大っぴらには出来ないけど私達も明日には親族になるんだ。『ヘスタトル』でいいよ」

「…わかった」

まあ、納得が早いならそれにこしたことはない。

傾向として、軍に関わる者ほど英雄への憧れが強い。恐らくどっぷりとその冒険譚に浸かって育った彼が、英雄の虚像を暴くような発言をどう受け止めるかと思ったが。

「ついでに言うとリュクもそう。ヴィーとは母親が違うけど、父親がカイン・アスタットなんだよね」

「…信じられない」

ユニファルアが眉をひそめる。英雄の血がどうのと言うよりは、彼女らしい潔癖さから、あちこちで子どもをつくる男への嫌悪、といったところだろうか。

「まあ、彼には彼の理由があったんだろうけどね。それを知るすべはもう無いから、推測するしかない」

「…彼はもう?」

英雄の物語は数あれど、その最期を語るものは皆無。ユニファルアの問いに、ヴィアンカが口を開く。

「恐らく死んでいる。幼少時代、私は母に連れられて各地を巡ったんだが。あれは、カイン・アスタットの後を追っていたのだと思う。実際、道中何度か彼と道連れになったこともあった」

ヴィアンカは英雄を『父』とは呼ばない。

「リュクは…赤ん坊のあの子を、母が突然連れて来たんだ。『貴女の弟だ』と。それからは、基本的には三人で旅して回った」

彼女の目に、懐古の念が浮かぶ。

「リュクの、恐らくは私の名も、名づけたのはカイン・アスタットだ」

「…ヴィアンカ、リュクムンド、それにサリアリア。…季節の四神、か」

ラギアスの言葉にヴィアンカが頷く。静寂と死を司る冬の姉神、繁栄と力を司る夏の兄神、そして、萌芽と生を司る春の妹神。

神々にあやかった名づけは多く、個々の名前そのものはありふれていると言えるが。

「朧気な記憶だが…リュクを連れてきた母に請われ、カイン・アスタットがリュクに名づけた。その後、母が何かを言って、呆れたように笑っていたんだ」

彼が何を思って、我が子らにその名をつけたのか。

「…思えば、彼といる時の母はいつもそんな風に笑っていたな」

ヴィアンカの瞳が伏せられる。

「私が七つになった頃、母が突然旅を止めた。カイン・アスタットを追うのを止めたんだ。宿の部屋で塞ぎ込むことが増えて…体を壊してからは早かった。あんなに強いと思っていた人が呆気なく逝ってしまった」

ヴィアンカの表情に、ラギアスが落ち着きを無くす。

「恐らくあの頃に英雄は死んだのだろう。…母は、死の床にあって初めて自分の出自を語った。私に路銀を渡し、この地を頼れと言い残した」

静まり返った室内。ヴィアンカにそのつもりは無かったのだろうが、ユニファルアの表情が陰っているのは頂けない。

愛する女を慰めることも出来ずに、ワタワタしているだけの役立たずに声をかけた。

「…ラギアス君はさ、英雄の強さって何だったと思う?誰もが成し得なかった『不滅の王を封じる』強さって?」

「…単純に魔力が強かったってことじゃねえのか?」

「それなら、一人では無理でも複数の魔術師で囲んじゃえばなんとかなるでしょ?」

努めて軽く、今度は自分の妻に話をふる。

「ユニは?何故、大戦を起こした魔人が『不滅の王』って呼ばれてるか知ってる?」

「…どれだけ倒しても復活し、決して滅ぼすことができなかった。そう聞いています」

「そう。それも不思議でしょ。復活するって何?どんだけ治癒力が高かろうが、回復、再生魔法に秀でようが、囲んで叩いて魔石を砕けばいい。違う?」

『魔のもの』と呼ばれる生き物は、人や動物、または魔石そのものを喰らい、その内包された魔力を糧とする。その身に魔石という核を宿し―スライムだろうが、不死者だろうが、その種に数多あれど―魔石を破壊されれば死ぬ。

「ここ十年でね、私達が把握しているだけで八件。『魔のものが復活する』っていう事象が起きてる。内、七件が魔人だったから、とりあえず『不滅の王』から取って、やつらに『不滅者』という呼び名をつけてみた」

ラギアスの顔が険しくなる。軍の中枢に近い彼にとっても初めて触れる情報だろう。恐らくこれは、国でもまだ把握していない。

「さすがに不滅の王のように倒されて即、復活ってことはなくて、最長で五年、最短でも一月くらいはかかってる。まあそういう意味では、不滅の王っていうのはやっぱり規格外の化け物だよね」

「…なんで、そいつらがその期間で復活したってのがわかる?」

「単純な話だよ。私達は奴等が復活するって前提で調査したからね。倒したのと同一個体だと思われる魔のものの存在を過去に遡って調べた。昔話だったり、つい先月も出た、みたいな話だったり」

まあ、話は単純なんだけど、調査自体はそこそこ大変だったわけで。視線をやれば、実際に調査を行ったヴィアンカが口を開いた。

「対象をある程度、討伐に苦労するような強力な個体に絞ってはいる。後は、魔物探知系の特殊スキルだな。フランがそうなのだが、彼女は不滅者を感知することができるんだ」

「…特殊スキル。後天的なものか?」

「フランの他に二名、同じスキルを持つ者が領軍に居る。彼らは皆、過去に不滅者と直接対峙した経験がある。奴等に対する強い恐怖心からスキルを習得したのでは、と推測している」

実際、彼らの能力に助けられている部分は大きい。ただ、その習得過程を考えれば、手放しで喜べるわけもなく。

「…まあ、そんなスキルも使って見つけたやつらを調べてて、わかったことが一つ。不滅者には共通して無かったんだ、魔石が」

「!」

今度は、ラギアスも分かりやすく驚きを顔に出した。

「こっちも意識してたからね。徹底的に洗ったけど、どんな小さな魔石も発見できなかった。魔石に代わる『何か』も今のところ見つけられていない」

核が無いということはないだろうから。魔石に替わる何らかのもの。

「まだ未知の部分が多すぎて、検証も充分ではないんだけど。『不滅者は倒されても周囲に散った自分の魔力をかき集めて復活している』、そう仮説を立てている」

体を喪っても復活する魔のものなんて、人類にとっての悪夢でしかない。

「英雄の力、封じる力ってのは、実際にはやつらの魔力を拡散させることなく吸収する力。それによって、復活を阻止した、そういうことだったとみている」

「どうしてそうなる?」

「ヴィーの力だ。ヴィーは実際にそうやってさっき言った八体の不滅者を倒している。最後の一体はラギアス君も知ってる、南の辺境で遭遇したやつだから、正確にはまだ復活が阻止出来たかわからないけどね」

これについては、今後の監視が必要だろう。

「カイン・アスタットがいつ自分の力に気がついたかはわからないけれど、そんな魔術もスキルも他で聞いたことがない。突然変異のようなもんなんだろうね、英雄は」

ラギアスが険しい顔で考え込んでしまった。

さすがに不信かな?荒唐無稽に聞こえるのは仕方ない。それでも彼には、ヴィアンカの隣にいて欲しいんだけれど。

「…さすがに、信じられない?」

「いや、そこは疑ってねえ。ただ、実際にどうやるんだ?どうやって、その魔力を吸収する?」

簡単に返される信頼。わかってる?これがどれ程得難いものか。

その信頼を受ける相手を見れば、

「皮膚接触だ」
 
「…なに?」

ヴィアンカの返答に、ラギアスが訝しげになる。

「素手で相手の露出部分を殴る。服の上や体毛が厚すぎる部分は避けてな」

「…おい」

声が低くなった。ラギアス君の気持ちはわかる。

「恐らくは、カイン・アスタットも同じだったはずだ」

「何だと?」

「英雄譚にもあるだろ?」

「ねえよ!」

うん、僕も無いと思ったよ。

「『刀折れ、魔力尽くとも、徒手空拳にて』うんぬん、というやつだ」

「え?待て、あれってそういう意味なのか?」

うん、僕もおんなじこと言った。ほら、ラギアス君、真面目に考え込んじゃったじゃない。

頭を抱えていたラギアスが何かに思い当たったらしく、顔を上げた。

「…なあ」

「なんだ?」

「お前が剣も魔法も使わねえのは、その力のためか?」

「そうだな。下手に使えれば、つい使ってしまう。不滅者の魔力を欠片も残さずに吸収する為には、最初から最後まで殴り倒したほうがいい」

「…」

頼もしいよね。僕もそう思うよ。

「ただ、吸収し過ぎると体内の魔力循環を阻害されてしまう。毒に侵されるみたいなものだ。そういう時は、人の魔力を吸って循環を正常に戻す必要がある。…南ではラギアスに助けられたな」

「!?」

「因みにそれも皮膚接触で行う。接触面積が広い方が効率もいい」

「なっ!」

珍しい、からかいを含んだヴィアンカの微笑。ラギアスの顔が朱に染まる。まあ、男の赤面なんて楽しくも何ともないんだけれど。

―それにしても

ラギアスと自然に会話するヴィアンカを見て思う。随分、彼を信頼したものだ。

受け継いだ力について、話すと決めたのはヴィアンカ自身。身内である自分達にさえ、打ち明けたのは出会って三年、彼女が10になってからだった。

それを思えば、ラギアスとは出会って七年経っているとは言え、再会してからは一年も経っていない。

そこにはまだ、信頼や友愛を越えるような熱は感じないけれど。情の無い女ではない。表に出ることが少ないだけで。

彼の熱にほだされてしまえばいい。そこに打算は多分にあるが―彼女を守る盾は多い方がいい。

それでも、彼女の中にいつか生まれる熱を期待している自分がいる。大切な妹分に一番の理解者が出来たことが、思った以上に寂しくて、こんなにも喜ばしいー




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