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第三章(最終章)
4-4.
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4-4.
ラギアスに閉じ込められているために顔は見えなかったが、その覚えのある声と気配に訪問者の正体を知る。
非常に面倒なことになる気はしているが、いつまでもこのままと言うわけにもいかない。ラギアスの胸元を叩いて解放を促す。
「え!?ヴィアンカさん!?」
腕から抜け出した先、視界に入ったのは記憶通りのピンクブロンドの髪。さすがに少しは大人びた気はするが、とても同い年だとは思えない少女のままのような女性が立っていた。
彼女を背後に庇うようにした男がラギアスを睨む。
「…ラギアス、これはどういうことだ?」
「別にどういうも何もねえだろ。結婚したんだよ、ヴィアンカと」
「うそ!?」
彼女達からすれば、嘘のように聞こえるのは仕方がないが、当事者がそう言っているのだ。六年、それだけの年月があれば、変わるものもあるとは思い至らないのだろうか。
「あ!ごめんなさい!こんなこと言うつもりなくて!」
「ああ、別に」
ラギアスが不機嫌を隠さずに言う。
「ごめんね。ありがとう、ラギアスくん」
「いや」
ラギアスの不穏を気にもせずに、サリアリアが手を叩く。
「あ!そうだった!私、ラギアスくんに聞きたいことがあって来たんだよ」
「何だ?」
「ラギアスくん、さっきの試合、本当に酷かったね。私、すごく心配しちゃった。…どうして魔術が使えなくなっちゃったの?」
サリアリアの発言に、ラギアスの怒気が膨らむ。辛うじて抑え込んでいるようだが、今の己にはそれを止める余裕がない。
「…別に使えねえわけじゃねえ。今日は使わなかったってだけだ」
「そうなの?本当に?」
それ以上答える様子の無いラギアスに、サリアリアがチラとこちらに視線を送る。気づいたラギアスがそれを体で遮り、
「…理由があんだよ。ヴィアンカは関係ねえ」
「理由って?」
「言わねえよ。それをお前に言う必要ねえだろ」
サリアリアの瞳に―かつて、よく見た―独善の灯火が点る。
「理由があるなら、お願い教えて!私、ラギアスくんの力になりたいの!だって、ラギアスくんは私の命の恩人だから!」
「っ!それは…」
サリアリアが無神経に持ち出した誘拐事件での顛末。ラギアスが言葉をのむ。
彼自身は、私の無実を既に確信してくれている。しかし、サリアリア達にとっての私は―釈明をするつもりも無いが―有罪のまま。それを平気で口に出来るのは、彼女の浅慮故か、或いは―
言い淀んだラギアスに、サリアリアが一歩近づく。
「ラギアスくんは、私のために剣を握ってくれた。例え悪人だったとは言え、人の命を奪うようなことをさせてしまったのは、私だから」
だから今度は自分の番だというサリアリアの前に立ち塞がる。彼女がそれ以上ラギアスに近づくことの無いように。
「サリアリア、勘違いするな。そんなものでラギアスは縛れない」
「!?私、縛るだなんて!」
「そうか?」
では何だと言うのだ、彼女の言葉は。ラギアスのためと言いながら、過去でラギアスを繋ぎ止めようとする。彼女はそれを真実、ラギアスのためだと思っているのかもしれないが。仮にそうだとして―
「ラギアスのことを決めるのは、彼自身だ。貴女がどうしたいと思っていても、ラギアスがそれを必要ないと言っている」
―そして、何より
顔に、声に、抑えきれない怒りが滲むのを自覚する。
「彼のあの試合、彼のあの剣を見て、先程のような感想が出る時点で、貴女に出来ることなど、何もない。いや、その資格さえない」
サリアリアを庇おうとするマクライドを見据える。
「私を妻にと選んだのはラギアス自身だ。それを私が受け入れた。他人にどうのと言われる筋合いはない」
暫し視線を交差させるが、マクライドの視線がラギアスへと移った。
「ラギアス、少し話をしたい」
「必要ねえよ」
短い言葉で返したラギアスの目に本気を見てとって、マクライドが諦めたように首を振る。
「サリア、行こう」
「え!でもっ!」
最後までラギアスを振り返るサリアリアを連れて、マクライドが退出して行った。
彼らが部屋に居たのは大した時間では無かったはずなのだが、思った以上の疲労に、思わず溜め息が漏れた。
「ふぅ、疲れたな」
「…」
「…ラギアス?」
無言のまま背中にのし掛かる重みに振り返りたいが、がっちりと捕らえられて身動きが取れない。
「…ヴィア」
「どうした?」
頭の上で囁かれる声の力無さに、目の前にある彼の腕を軽く叩いて元気づける。
「ありがとな。俺のために怒って、色々言ってくれたのが、まあ、なんだ、嬉しかった」
気落ちしているわけではない様子に安堵する。
「そんなことか。私はその色々をいつもあなたにしてもらっている。ラギアスが今感じている気持ちを、私はいつもあなたにもらっているんだ」
伝わっただろうか、いつも彼に伝えたいと思っている気持ちの欠片でも。
「あー!くっそ!」
ラギアスの腕に強い力がこもる。
「やばい。今すぐ押し倒してえ。宿までとか無理だ」
「…何を言っている。元気になったのなら帰るぞ」
「めちゃくちゃ元気になったけどよ!」
恨めしそうな目で見られてもどうしようもない。疲労はあるが、折角だ。彼の勇姿を称えたい。宿に帰って、二人きりの祝杯をあげるのもいいだろう。彼の勝利と、その剣に。
ラギアスに閉じ込められているために顔は見えなかったが、その覚えのある声と気配に訪問者の正体を知る。
非常に面倒なことになる気はしているが、いつまでもこのままと言うわけにもいかない。ラギアスの胸元を叩いて解放を促す。
「え!?ヴィアンカさん!?」
腕から抜け出した先、視界に入ったのは記憶通りのピンクブロンドの髪。さすがに少しは大人びた気はするが、とても同い年だとは思えない少女のままのような女性が立っていた。
彼女を背後に庇うようにした男がラギアスを睨む。
「…ラギアス、これはどういうことだ?」
「別にどういうも何もねえだろ。結婚したんだよ、ヴィアンカと」
「うそ!?」
彼女達からすれば、嘘のように聞こえるのは仕方がないが、当事者がそう言っているのだ。六年、それだけの年月があれば、変わるものもあるとは思い至らないのだろうか。
「あ!ごめんなさい!こんなこと言うつもりなくて!」
「ああ、別に」
ラギアスが不機嫌を隠さずに言う。
「ごめんね。ありがとう、ラギアスくん」
「いや」
ラギアスの不穏を気にもせずに、サリアリアが手を叩く。
「あ!そうだった!私、ラギアスくんに聞きたいことがあって来たんだよ」
「何だ?」
「ラギアスくん、さっきの試合、本当に酷かったね。私、すごく心配しちゃった。…どうして魔術が使えなくなっちゃったの?」
サリアリアの発言に、ラギアスの怒気が膨らむ。辛うじて抑え込んでいるようだが、今の己にはそれを止める余裕がない。
「…別に使えねえわけじゃねえ。今日は使わなかったってだけだ」
「そうなの?本当に?」
それ以上答える様子の無いラギアスに、サリアリアがチラとこちらに視線を送る。気づいたラギアスがそれを体で遮り、
「…理由があんだよ。ヴィアンカは関係ねえ」
「理由って?」
「言わねえよ。それをお前に言う必要ねえだろ」
サリアリアの瞳に―かつて、よく見た―独善の灯火が点る。
「理由があるなら、お願い教えて!私、ラギアスくんの力になりたいの!だって、ラギアスくんは私の命の恩人だから!」
「っ!それは…」
サリアリアが無神経に持ち出した誘拐事件での顛末。ラギアスが言葉をのむ。
彼自身は、私の無実を既に確信してくれている。しかし、サリアリア達にとっての私は―釈明をするつもりも無いが―有罪のまま。それを平気で口に出来るのは、彼女の浅慮故か、或いは―
言い淀んだラギアスに、サリアリアが一歩近づく。
「ラギアスくんは、私のために剣を握ってくれた。例え悪人だったとは言え、人の命を奪うようなことをさせてしまったのは、私だから」
だから今度は自分の番だというサリアリアの前に立ち塞がる。彼女がそれ以上ラギアスに近づくことの無いように。
「サリアリア、勘違いするな。そんなものでラギアスは縛れない」
「!?私、縛るだなんて!」
「そうか?」
では何だと言うのだ、彼女の言葉は。ラギアスのためと言いながら、過去でラギアスを繋ぎ止めようとする。彼女はそれを真実、ラギアスのためだと思っているのかもしれないが。仮にそうだとして―
「ラギアスのことを決めるのは、彼自身だ。貴女がどうしたいと思っていても、ラギアスがそれを必要ないと言っている」
―そして、何より
顔に、声に、抑えきれない怒りが滲むのを自覚する。
「彼のあの試合、彼のあの剣を見て、先程のような感想が出る時点で、貴女に出来ることなど、何もない。いや、その資格さえない」
サリアリアを庇おうとするマクライドを見据える。
「私を妻にと選んだのはラギアス自身だ。それを私が受け入れた。他人にどうのと言われる筋合いはない」
暫し視線を交差させるが、マクライドの視線がラギアスへと移った。
「ラギアス、少し話をしたい」
「必要ねえよ」
短い言葉で返したラギアスの目に本気を見てとって、マクライドが諦めたように首を振る。
「サリア、行こう」
「え!でもっ!」
最後までラギアスを振り返るサリアリアを連れて、マクライドが退出して行った。
彼らが部屋に居たのは大した時間では無かったはずなのだが、思った以上の疲労に、思わず溜め息が漏れた。
「ふぅ、疲れたな」
「…」
「…ラギアス?」
無言のまま背中にのし掛かる重みに振り返りたいが、がっちりと捕らえられて身動きが取れない。
「…ヴィア」
「どうした?」
頭の上で囁かれる声の力無さに、目の前にある彼の腕を軽く叩いて元気づける。
「ありがとな。俺のために怒って、色々言ってくれたのが、まあ、なんだ、嬉しかった」
気落ちしているわけではない様子に安堵する。
「そんなことか。私はその色々をいつもあなたにしてもらっている。ラギアスが今感じている気持ちを、私はいつもあなたにもらっているんだ」
伝わっただろうか、いつも彼に伝えたいと思っている気持ちの欠片でも。
「あー!くっそ!」
ラギアスの腕に強い力がこもる。
「やばい。今すぐ押し倒してえ。宿までとか無理だ」
「…何を言っている。元気になったのなら帰るぞ」
「めちゃくちゃ元気になったけどよ!」
恨めしそうな目で見られてもどうしようもない。疲労はあるが、折角だ。彼の勇姿を称えたい。宿に帰って、二人きりの祝杯をあげるのもいいだろう。彼の勝利と、その剣に。
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