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第三章(最終章)
5-1.
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5-1.
古めかしい廊下を案内のままに進めば、覗き見る好奇心いっぱいの瞳たち。向けられるそれらに、しかし不快感はない。
「ヴィアンカ様!」
ラギアスと二人、通された応接間に、明るい少女の声が飛び込んで来た。開いた扉の向こうにも、好奇心で目を輝かせる少女達の顔が並ぶ。愛らしさに思わず口元が緩めば、甲高い歓声とともに走り去る複数の足音。
「ヴィアンカ様ったら、ここは女子寮なんですよ?みんな免疫無いんですから、そんな風にたらしこんじゃダメです」
「…リリアージュ、久しいな」
「ええ!お会いできて嬉しいです!」
笑顔を浮かべたリリアージュが、隣に並ぶラギアスへと視線を向ける。
「リリアージュ、こちらは私の夫となったラギアス・ヂアーチだ。ラギアス、こちらはユニファルアの妹、リリアージュだ」
「初めまして」
「…リリアージュ嬢」
挨拶をするリリアージュに、ラギアスが返す表情は険しく、
「六年前、幼い君からレイドの名を奪い、苦難を強いたことを謝罪したい。申し訳なかった」
深々と下げたラギアスの頭を、平淡な眼差しで見下ろすリリアージュ。しかし、直ぐに面倒だと言わんばかりに、パタパタと手を振った。
「ヂアーチ軍団長、昔のことは気にしないで下さい」
「俺のことはラギアスと。…気にするなとは…。ユニファルアにも言われたが」
ラギアスの言葉にリリアージュが首肯する。
「確かにあの時は、恐ろしい思いもしましたけど、直ぐにヴィアンカ様が助けて下さいましたし、姉も私も今幸せです。私はともかく、姉にとってはいいことの方が多かったくらいですから」
リリアージュの言葉に頷きはしたが、ラギアスの顔は晴れない。
「あ!じゃあ!」
そんなラギアスを見ていたリリアージュが、手元から何かを取り出す。
「ヴィアンカ様に相談しようと思ってたんですけど、この夜会、ヴィアンカ様に連れて行ってもらうのを許して下さい!」
「それはダメだ!」
取り出されたのは夜会への招待状。ラギアスが即座にそれを却下したが、招待状をヒラヒラと振りながら、リリアージュが話す。
「これ、レイドの叔父のところからなんですけど、今までにも度々こうして届いてたんです」
リリアージュが顔をしかめる。
「多分、カシアナの嫌がらせ、落ちぶれた従妹を呼び出して、みんなの前で笑い者にでもしたいんだと思うんです。本当、悪趣味」
「今までにも、こういったことがあったのか?」
「一度、夜会でカシアナに遭遇して、居場所がバレてしまってからはちょくちょく。大したことはないんですけど、いい加減うんざりしちゃって。この辺で、一度ガツンとやり返しておけば、少しは大人しくなるだろうし」
リリアージュの説明に、ラギアスが嘆息する。
「…仕方ねえ。だが、ヴィアはダメだ。俺が、」
「嫌です!私はヴィアンカ様に付き添いしてもらいたいんです!」
「っお前!何だかんだ言って、ヴィアを連れて歩きたいだけか!?」
リリアージュが肩をすくめた。
「…いいじゃないですか。過去のこともこれで無かったことにするって、言ってるんてすから」
「お前…」
冗談半分だろうが、それが彼女の助けとなるなら。
「わかった。リリアージュの随伴は私がしよう」
「!」
「本当ですか!?やった!ありがとうございます!ヴィアンカ様!」
跳び跳ねて喜びを表す少女に、こちらの気持ちも温かくなるが、隣からは明確な不機嫌が伝わってくる。
「…ラギアス」
「…わかってる」
全く納得のいっていない声が返ってきた。
「ヴィアンカ様!」
少女達の歓声を背景に、リリアージュが階段を駆け降りてきた。玄関ホールの薄暗い明かりの下でも、少女の顔が喜びに輝いているのがわかる。
「思った通り!とっても素敵!領軍の礼装自体は知ってましたけど、ヴィアンカ様が着ているところは初めて見ました!とてもお似合いです!」
「ありがとう。リリアージュこそ美しいな、よく似合っている」
「ふふ。ありがとうございます!ラギアス様も」
「いや」
リリアージュが身に纏う水色のドレスは、こちらに来る前にラギアスが彼女へと仕立てたものだ。それを彼女が選んでくれたことが、素直に嬉しい。
「あの…ところで、ラギアス様?」
「何だ?」
「その、早合点してたらすみません。その格好、もしかして、ラギアス様もご一緒されるおつもりですか?」
「当たり前だろ?」
「えー!ヴィアンカ様を貸して頂けるんじゃないんですか!?」
リリアージュの抗議に、ラギアスが不敵な笑みを返す。
「貸してやるよ。けどな、残念ながら、ヴィアにはもれなく俺が付いて来るんだよ」
「…何ですか、それ」
呆れを示すリリアージュを取り成す。
「そう言うな、リリアージュ。ラギアスもお前のためにと色々考えている」
リリアージュの視線がラギアス、その礼装に着けられた勲章の数々に向けられる。その視線にラギアスの方が目をそらした。
「…何だか、すごいことになってますね」
「ああ、素晴らしい功績だ。ヂアーチの家に足を運んで、国軍時代のものも持ち出させてもらった。母君がとても喜ばれていたな。やはり誇らしいものなのだろう」
これだけの働きをしてきた男を、己も誇らしく思う。
「…馬鹿みたいに重ぇし、じゃらじゃら鬱陶しいし、派手すぎて道化になった気分だが」
厄介そうに言って、また不敵に笑う。
「けど、お姫様の騎士には、このくらいでちょうどいいんだろ?」
リリアージュに向けられる眼差しが柔らかい。
「他の守り方だっていくらでもあんだが、お前が求めてんのはこういうことだって、ヴィアが言うからな」
「ふふ。そうですね。私は自分のことは自分で守りたい。それでもどうしようも無いことはちゃんと頼りますけど、これはそうじゃないから」
「まあ、これくらいは甘えてろ。…それでは、お手をどうぞ、お姫様」
「ふふ!」
ラギアスの腕へ、リリアージュがするりと腕を絡ませる。反対の手、空いたその手で、今度はこちらの腕を絡めとる。
「素敵!今日の私には二人の騎士が付いてるのね!」
楽しそうに歩き出したリリアージュに、背後から彼女の学友達の声がかかる。
「リリィ!楽しんできて!」
「お土産話、待ってるわ!」
リリアージュが振り返り、手を振った。
古めかしい廊下を案内のままに進めば、覗き見る好奇心いっぱいの瞳たち。向けられるそれらに、しかし不快感はない。
「ヴィアンカ様!」
ラギアスと二人、通された応接間に、明るい少女の声が飛び込んで来た。開いた扉の向こうにも、好奇心で目を輝かせる少女達の顔が並ぶ。愛らしさに思わず口元が緩めば、甲高い歓声とともに走り去る複数の足音。
「ヴィアンカ様ったら、ここは女子寮なんですよ?みんな免疫無いんですから、そんな風にたらしこんじゃダメです」
「…リリアージュ、久しいな」
「ええ!お会いできて嬉しいです!」
笑顔を浮かべたリリアージュが、隣に並ぶラギアスへと視線を向ける。
「リリアージュ、こちらは私の夫となったラギアス・ヂアーチだ。ラギアス、こちらはユニファルアの妹、リリアージュだ」
「初めまして」
「…リリアージュ嬢」
挨拶をするリリアージュに、ラギアスが返す表情は険しく、
「六年前、幼い君からレイドの名を奪い、苦難を強いたことを謝罪したい。申し訳なかった」
深々と下げたラギアスの頭を、平淡な眼差しで見下ろすリリアージュ。しかし、直ぐに面倒だと言わんばかりに、パタパタと手を振った。
「ヂアーチ軍団長、昔のことは気にしないで下さい」
「俺のことはラギアスと。…気にするなとは…。ユニファルアにも言われたが」
ラギアスの言葉にリリアージュが首肯する。
「確かにあの時は、恐ろしい思いもしましたけど、直ぐにヴィアンカ様が助けて下さいましたし、姉も私も今幸せです。私はともかく、姉にとってはいいことの方が多かったくらいですから」
リリアージュの言葉に頷きはしたが、ラギアスの顔は晴れない。
「あ!じゃあ!」
そんなラギアスを見ていたリリアージュが、手元から何かを取り出す。
「ヴィアンカ様に相談しようと思ってたんですけど、この夜会、ヴィアンカ様に連れて行ってもらうのを許して下さい!」
「それはダメだ!」
取り出されたのは夜会への招待状。ラギアスが即座にそれを却下したが、招待状をヒラヒラと振りながら、リリアージュが話す。
「これ、レイドの叔父のところからなんですけど、今までにも度々こうして届いてたんです」
リリアージュが顔をしかめる。
「多分、カシアナの嫌がらせ、落ちぶれた従妹を呼び出して、みんなの前で笑い者にでもしたいんだと思うんです。本当、悪趣味」
「今までにも、こういったことがあったのか?」
「一度、夜会でカシアナに遭遇して、居場所がバレてしまってからはちょくちょく。大したことはないんですけど、いい加減うんざりしちゃって。この辺で、一度ガツンとやり返しておけば、少しは大人しくなるだろうし」
リリアージュの説明に、ラギアスが嘆息する。
「…仕方ねえ。だが、ヴィアはダメだ。俺が、」
「嫌です!私はヴィアンカ様に付き添いしてもらいたいんです!」
「っお前!何だかんだ言って、ヴィアを連れて歩きたいだけか!?」
リリアージュが肩をすくめた。
「…いいじゃないですか。過去のこともこれで無かったことにするって、言ってるんてすから」
「お前…」
冗談半分だろうが、それが彼女の助けとなるなら。
「わかった。リリアージュの随伴は私がしよう」
「!」
「本当ですか!?やった!ありがとうございます!ヴィアンカ様!」
跳び跳ねて喜びを表す少女に、こちらの気持ちも温かくなるが、隣からは明確な不機嫌が伝わってくる。
「…ラギアス」
「…わかってる」
全く納得のいっていない声が返ってきた。
「ヴィアンカ様!」
少女達の歓声を背景に、リリアージュが階段を駆け降りてきた。玄関ホールの薄暗い明かりの下でも、少女の顔が喜びに輝いているのがわかる。
「思った通り!とっても素敵!領軍の礼装自体は知ってましたけど、ヴィアンカ様が着ているところは初めて見ました!とてもお似合いです!」
「ありがとう。リリアージュこそ美しいな、よく似合っている」
「ふふ。ありがとうございます!ラギアス様も」
「いや」
リリアージュが身に纏う水色のドレスは、こちらに来る前にラギアスが彼女へと仕立てたものだ。それを彼女が選んでくれたことが、素直に嬉しい。
「あの…ところで、ラギアス様?」
「何だ?」
「その、早合点してたらすみません。その格好、もしかして、ラギアス様もご一緒されるおつもりですか?」
「当たり前だろ?」
「えー!ヴィアンカ様を貸して頂けるんじゃないんですか!?」
リリアージュの抗議に、ラギアスが不敵な笑みを返す。
「貸してやるよ。けどな、残念ながら、ヴィアにはもれなく俺が付いて来るんだよ」
「…何ですか、それ」
呆れを示すリリアージュを取り成す。
「そう言うな、リリアージュ。ラギアスもお前のためにと色々考えている」
リリアージュの視線がラギアス、その礼装に着けられた勲章の数々に向けられる。その視線にラギアスの方が目をそらした。
「…何だか、すごいことになってますね」
「ああ、素晴らしい功績だ。ヂアーチの家に足を運んで、国軍時代のものも持ち出させてもらった。母君がとても喜ばれていたな。やはり誇らしいものなのだろう」
これだけの働きをしてきた男を、己も誇らしく思う。
「…馬鹿みたいに重ぇし、じゃらじゃら鬱陶しいし、派手すぎて道化になった気分だが」
厄介そうに言って、また不敵に笑う。
「けど、お姫様の騎士には、このくらいでちょうどいいんだろ?」
リリアージュに向けられる眼差しが柔らかい。
「他の守り方だっていくらでもあんだが、お前が求めてんのはこういうことだって、ヴィアが言うからな」
「ふふ。そうですね。私は自分のことは自分で守りたい。それでもどうしようも無いことはちゃんと頼りますけど、これはそうじゃないから」
「まあ、これくらいは甘えてろ。…それでは、お手をどうぞ、お姫様」
「ふふ!」
ラギアスの腕へ、リリアージュがするりと腕を絡ませる。反対の手、空いたその手で、今度はこちらの腕を絡めとる。
「素敵!今日の私には二人の騎士が付いてるのね!」
楽しそうに歩き出したリリアージュに、背後から彼女の学友達の声がかかる。
「リリィ!楽しんできて!」
「お土産話、待ってるわ!」
リリアージュが振り返り、手を振った。
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