辺境の娘 英雄の娘

リコピン

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第三章(最終章)

6-2.

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6-2.

「ヂアーチ殿!」

囲む人垣の向こう、つい先日耳にした声がする。呼ばれた声にラギアスのみでなく―結局一緒に出席することとなった―彼の父親と祖父もが振り返った。

「ヂアーチ殿!先日は当家にお越しいただき!」

人波を掻き分けて近づいた男は、ラギアスの隣に立つ男達を見て、目を輝かせる。

「おお、これは!軍部大臣閣下に、元帥閣下!ご子息におかれましては、先日、当家の!」

「ああ、レイド候か。愚息が迷惑をかけたようだな。候には二度と関わるなと言い含めてある」

「そ!そのようなことは!」

デューターの言葉に、レイドの顔が一気に青ざめる。何やら言い訳めいた言葉を並び立てるのを眺めていれば、そっと腕をひかれた。

「ヴィアンカさん、後は殿方に任せて、抜け出しましょ。紹介したい方達がいるの」

微笑むアンネリエに連れられて人垣を抜け出す。

「母上!」

背後でラギアスが呼び止めるが、彼女の足が止まることはない。

「ふふ。ラギアスったら、あんなに慌てて。…こんなに綺麗な奥さんをもらったんだもの、あの子もうかうかしてちゃダメよね?」

場違いを自覚している身には、義母の気遣いが有り難い。自然、頬が緩む。

「あら可愛い!」

義母の口から冗談めかした賛辞が溢れた。次いで、誰かを探すようにさ迷っていたその視線が、背後、たった今脱け出てきた人垣の方へと向けられる。

「あらあら、レイド候は追い出されてしまったみたいね」

デューターにあしらわれていたレイドは、軍の中枢である彼らの取り巻き達にも邪険にされたらしい。結局、輪の中に戻ることも出来ずに遠ざかっていく。

「あ、いらっしゃったわ。ヴィアンカさん、今から紹介する方々が社交界のお歴々よ。ごめんなさいね、大変だとは思うけど、ご挨拶だけはお願いするわ」

探していた人物を見つけたアンネリエの視線が、大広間の一角を見つめる。どこか落ち着いた、しかし人を寄せ付けない雰囲気を放つ集団―

「構いません。こちらこそご迷惑をおかけします」

「ふふ。覚悟はいいわね?」

大広間の奥、豪奢ごうしゃ調ととのえられた長椅子に優雅に腰を下ろす女性。アンネリエよりも一回りは年かさのその女性の周りには、なるほどと思わせる雰囲気の女性達がはべっている。

「…アンネリエ、久しぶりね。元気にしていたかしら?」

こちらを平猊へいげいする視線が鋭く突き刺さる。

「カミラ様、お久しぶりでございます。家族共々、健やかにやっております」

アンネリエに促されて、隣に進み出る。

「紹介させて頂きます。新たに家族に迎えました。ラギアスの妻、ヴィアンカでございます」

「ヴィアンカと申します。お見知りおき下さい」

腰をおり、頭を下げる。

「…そう、貴女が、ラギアス・ヂアーチに道を踏み誤らせた、平民の女なのね」

返されるのは明確な敵意と侮蔑。顔を上げ、前を見据える。

「…であれば、光栄だと思います」

「…どういう意味かしら?」

「私の夫は、義にあつく、正道を重んじる貴族です。そう易々と道を誤る男ではありません。それでも、真実、彼が道を誤ったと、それが私ゆえだと言うのなら、」

それだけの思いを、向けられていると言うのなら―

「それは、私にとって大変に名誉なこと」

恥ずべきものなど、一つも無い。

「!生意気な娘ね。ヂアーチの名を借りて、平民が堂々とこの場に立つなんて」

「いえ、本日、私はダマンドール辺境伯名代である夫の伴侶として出席しております」

「ダマンドール?」

意外だったのか、彼女に侍る人々からも囁き合う声が聞こえる。

「ラギアスは私の養父ちちの後を継いで、ダマンドール領軍団長を勤めておりますれば」

「北の軍団長?君はラスタード卿のお嬢さんなのかい?」

「はい」

ご婦人の背後、会話から外れるようにしていた老年の男性が声をかけてきた。

「それはそれは!彼は元気かね?」

「はい。軍団長の座こそ夫に譲りましたが、まだまだ若い者には負けぬと、兵に混じって剣を振るっております」

「ははは!実に彼らしい!」

養父ちちを知るのであろう男性の心安い言葉に、張った気が緩む。

「…お待ちなさい。貴女は平民ではないの?」

「平民の父と母の間に生まれました。早くに二親ふたおやを亡くしましたので、養父に庇護され領軍に所属しております」

「そう…」

『ラスタード』の姓は、養父ちちが、伯父が、従兄あにが、この身に与えてくれた盾。その盾を使うに相応しい、己で在らねばならない。

「…昨今は、貴族階級にない者が平然と社交界を荒らし回っているわ。…公爵家までがそれを許しているのだから、世も末ね」

何かを思い出したのか、ご婦人の顔が不快に歪む。

「貴女は、身の程をわきまえておくように」

「はい。承知致しました」

「…弁えた上でなら、その辺を彷徨うろついているくらいは許しましょう」

言って満足したのか、ひらひらと手を振り辞去を促される。腰を折って暇を告げ、義母の後に続けば、その口から愉しそうな笑いがこぼれる。

「素敵だったわ、ヴィアンカさん!凛々しくて!…貴女、カミラ様に気に入られちゃったわね」

「私がですか?」

「そうよ。カミラ様がご自分と同じ会に出席することを許されたのだから」

義母曰く、彼女の最後の台詞がそういう意味なのだと言うことだが、やはり己には難しい。

「ヴィア」

「遅かったわね、ラギアス。ヴィアンカさんがカミラ様に虐められてたのよ?もっと早くに助けに来ないとダメじゃない」

「…あの婆さんは苦手なんだよ」

「まあ、ラギアスったら!あなた、わざと来なかったのね!」

ラギアスが気まずげに目をそらす。

はなから俺が出てけば、ヴィアが侮られんだろ。守られるだけじゃヴィアの女が廃る…何かありゃ割って入るつもりだった」

「あら!あなたがそんなことまで考えられるようになっていたとは思わなかったわ」

「もう、いいだろ。ヴィア、向こうで何か飲もうぜ。おふくろは、親父んとこ戻れ」

「もう、仕方ない子!わかったわ。ヴィアンカさん、また後でね」

ラギアスに手を引かれて大広間を横切り、テラスへの戸を開く。庭園を望むそこには、僅かな灯り。

「ラギアス、何か飲みたかったのではないのか?」

「中だと人目があんだろ」

言葉が終わると同時に、その広い腕の中へと閉じ込められた。頭の上で深い吐息が聞こえる。

「言ったか?今日のお前は滅茶苦茶綺麗だ。この場の、誰よりも」

「それは聞いていないな。出がけに、世界で一番綺麗だと言うのは聞いたが」

「…下がってるじゃねえか」

抱き締める腕を解放したラギアスに、まじまじと見つめられる。

「…似合ってんな。そういう格好も」

「あなたが選んでくれたおかげだ。私はこういうことから逃げて生きてきたからな」

ラギアスの指がこちらに延ばされる。サイドに下ろしている後れ毛を拾って、耳にかけ、その指がそのまま首をなぞる。逡巡した指が動きを止め―

「…もう、帰るか」

それに、首を振って答える。

義母はは上達と帰るのだろう?」

「っくそ!」

悪態をついた唇が下りてくる。己のそれと重なりそうになった時、ラギアスの後方、遠目だが、灯りの下、見間違いようの無いピンクブロンドを見つけ―

「待て、ラギアス!」

「!くっそ!お前、これくらいさせろよ!」

覆い被さる男を押し退けて、視界を確保する。やはり―

「ラギアス、まずい雰囲気だ」

「あ?」

状況のわからないラギアスを置いて駆け出す。彼が追ってきてくれると確信して。動きにくい服装ではあるが、駆けるだけなら問題ない。

今は一刻も早く追い付かねば。回廊の奥、多く個室の並ぶ一角へと消えていった集団を追った。




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