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第三章(最終章)
6-1.
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6-1.
兄は凡庸な男だった。己に勝るものなど、何も持ち合わせていない。ただ、己より先に生まれただけ。それだけで一族の全てを受け継ぎ、己を出し抜いた。ただただ幸運なだけの男。いや、幸運さえも、結局、あの男は持ち合わせていなかったのだ。
兄の事故死の報が届いたとき、沸き上がったのは歓喜。次いで、これでレイドの家はあるべき姿になるという充足感。けれど、その思いも直ぐに打ち砕かれることとなる。
兄の遺した娘、ユニファルアが己を蔑ろにし、自ら当主代理として立ったのだ。後見につくことこそ出来たものの、小賢しい娘は己をレイドの家、事業から排除することで、その実権を独占しようと画策した。暫くは様子見を兼ねて好きにさせていたが、ついに好機が訪れる。
―ユニファルア嬢との婚約を破棄したい
セウロンの倅がそう話を持ってきたのだ。家同士の契約である以上、当主代理であるユニファルアの意向は無視できない。彼女に有無を云わせぬための爵位継承、その為のべブスファー公爵家の後押しもあるという。
―やはり、選ばれるのは私だ
最後まで生意気だったユニファルアをレイドから追い出したことで、家も事業も早々に掌握することができた。私が舵取りを行えば、新規事業の開拓も容易に進み、正に順風満帆、レイドの家はますます栄光に輝いていった。
―しかし
その前途洋々たる道に、僅かではあるが影が差し始めたのはいつの頃だったか。利益の上がらない部署をいくつか潰し、あるいは売りに出すことで立て直しをはかり、今は爵位を継いだ当時とそう変わらない事業規模に落ち着いている。
事業の新規立ち上げなどで資産をいくらか減らす結果とはなったが、それはまあ仕方の無い損失。今後の展開でいくらでも回収可能。そう、何とでもなるはずだったのだ。
建国祭の要とも言える大夜会。仰々しい装飾の施された大広間。着飾った者達で溢れ返っている。皇家主催のこの夜会に招かれるのは高位貴族や国の重鎮達。居並ぶ面々を見れば、この場に呼ばれることが如何に名誉なことであるかがわかろうというもの。
近くで談笑する集団に見知った顔を見つけ、顔に笑みを貼り付ける。
「これは、シエルネル卿。先日は」
「おや、レイド候ではないですか。先日はお招きありがとう」
「いえいえ。ところで、シエルネル卿、以前お話ししていた魔石加工品の販路拡大についてのお話ですが、」
「ああ!すまない、あれはもう他で話がついてしまっていてね」
「何と!?」
「まあ、今宵は建国を祝う宴。このような無粋な話はやめておきましょう」
「しかし!」
「おや?申し訳ない、レイド候。ご挨拶したい方が見えられたようなのでね、失礼するよ」
「っ!」
先日まで事業提携に乗り気だった男の手のひら返し。ここ一週間で同じ様なことが続いている。
―それもこれも、あの小娘のせいで
かつて追い出したユニファルアにそっくりな姿が浮かぶ。
「?」
ザワリと会場の一角が五月蝿くなる。皇帝陛下のおなりには些か早すぎる気がするが―
「!?」
人混みの先に見つけた、一際目立つ赤髪。先日取り逃がした大物の姿に、心が沸き立つ。
―あの男を上手く取り込めれば
名家の息子とは言え、相手は荒事に長けるだけの爵位も持たない若造。多少へりくだってその武勇でも褒め称えてやれば、取り入るのは容易。平民の女に現を抜かしていると言う話だが、現状維持の役にしか立たないセウロンを捨て、カシアナを与えるのも有りかもしれぬ。
私には才のみでなく、幸運までもが味方する。兄とは違うのだ。
逆転の一手を掴むため、人の輪の中心へと足を向けた。
兄は凡庸な男だった。己に勝るものなど、何も持ち合わせていない。ただ、己より先に生まれただけ。それだけで一族の全てを受け継ぎ、己を出し抜いた。ただただ幸運なだけの男。いや、幸運さえも、結局、あの男は持ち合わせていなかったのだ。
兄の事故死の報が届いたとき、沸き上がったのは歓喜。次いで、これでレイドの家はあるべき姿になるという充足感。けれど、その思いも直ぐに打ち砕かれることとなる。
兄の遺した娘、ユニファルアが己を蔑ろにし、自ら当主代理として立ったのだ。後見につくことこそ出来たものの、小賢しい娘は己をレイドの家、事業から排除することで、その実権を独占しようと画策した。暫くは様子見を兼ねて好きにさせていたが、ついに好機が訪れる。
―ユニファルア嬢との婚約を破棄したい
セウロンの倅がそう話を持ってきたのだ。家同士の契約である以上、当主代理であるユニファルアの意向は無視できない。彼女に有無を云わせぬための爵位継承、その為のべブスファー公爵家の後押しもあるという。
―やはり、選ばれるのは私だ
最後まで生意気だったユニファルアをレイドから追い出したことで、家も事業も早々に掌握することができた。私が舵取りを行えば、新規事業の開拓も容易に進み、正に順風満帆、レイドの家はますます栄光に輝いていった。
―しかし
その前途洋々たる道に、僅かではあるが影が差し始めたのはいつの頃だったか。利益の上がらない部署をいくつか潰し、あるいは売りに出すことで立て直しをはかり、今は爵位を継いだ当時とそう変わらない事業規模に落ち着いている。
事業の新規立ち上げなどで資産をいくらか減らす結果とはなったが、それはまあ仕方の無い損失。今後の展開でいくらでも回収可能。そう、何とでもなるはずだったのだ。
建国祭の要とも言える大夜会。仰々しい装飾の施された大広間。着飾った者達で溢れ返っている。皇家主催のこの夜会に招かれるのは高位貴族や国の重鎮達。居並ぶ面々を見れば、この場に呼ばれることが如何に名誉なことであるかがわかろうというもの。
近くで談笑する集団に見知った顔を見つけ、顔に笑みを貼り付ける。
「これは、シエルネル卿。先日は」
「おや、レイド候ではないですか。先日はお招きありがとう」
「いえいえ。ところで、シエルネル卿、以前お話ししていた魔石加工品の販路拡大についてのお話ですが、」
「ああ!すまない、あれはもう他で話がついてしまっていてね」
「何と!?」
「まあ、今宵は建国を祝う宴。このような無粋な話はやめておきましょう」
「しかし!」
「おや?申し訳ない、レイド候。ご挨拶したい方が見えられたようなのでね、失礼するよ」
「っ!」
先日まで事業提携に乗り気だった男の手のひら返し。ここ一週間で同じ様なことが続いている。
―それもこれも、あの小娘のせいで
かつて追い出したユニファルアにそっくりな姿が浮かぶ。
「?」
ザワリと会場の一角が五月蝿くなる。皇帝陛下のおなりには些か早すぎる気がするが―
「!?」
人混みの先に見つけた、一際目立つ赤髪。先日取り逃がした大物の姿に、心が沸き立つ。
―あの男を上手く取り込めれば
名家の息子とは言え、相手は荒事に長けるだけの爵位も持たない若造。多少へりくだってその武勇でも褒め称えてやれば、取り入るのは容易。平民の女に現を抜かしていると言う話だが、現状維持の役にしか立たないセウロンを捨て、カシアナを与えるのも有りかもしれぬ。
私には才のみでなく、幸運までもが味方する。兄とは違うのだ。
逆転の一手を掴むため、人の輪の中心へと足を向けた。
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