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第五章(最終章) 自分のための一歩
エピローグ(終)
しおりを挟む「ごめんください」
店の入り口ではなく、家の玄関から聞こえた声に立ち上がる。人の声にも反応しない母を部屋に残して、玄関へ向かった。
ここ数日、店を閉めっぱなしの母を心配して、ご近所や常連の人達が顔をのぞかせてくれる。今日もその内の誰かだろうと思ったのだが―
「すみません、突然お邪魔してしまって」
そう言って頭を下げた女性は、『オオシマ サナエ』と名乗った。
彼女を部屋にあげたのは、その浮わついていない雰囲気と、澄子と同じくらいの年齢の彼女に、何かを期待してしまったからだった。
―澄子のことを、何か知っているだろうか
淡い期待の元、向かい合わせに座る彼女の言葉を待った。
「本当に、突然申し訳有りません。見ず知らずの人間の訪問に驚かれたと思います」
「…いえ」
彼女の言葉に、澄子の知り合いではないのかと胸に失望が広がっていく。
「今日、お邪魔したのは、こちらをお届けに来たんです」
そう言って彼女が広げた大きな手荷物の中、解かれた風呂敷から現れた物に、目を疑った。
「!?母さん!!」
部屋を飛び出し、ダイニングに居る母の元へ走った。ボンヤリとしたままの母を無理矢理に立たせ、客の元へと引きずって行く。
「母さん!!これ!この着物!」
「!?」
母の顔にも驚愕がうつった。
「…こ、れ、」
かすれた声、震える手が見覚えのある柄へと伸ばされる。その着物を撫でる母の目から、涙が溢れた。
「…何故、あなたがこの着物を持っているのですか?」
知らず、客に向ける声は厳しいものになる。場合によっては、警察を呼ぶことも考えて、オオシマと名乗る女を見据えた。
「…やっぱり、何か大切なモノ、何ですね?」
「…」
女の言葉は穏やかなまま。そこに悪意を感じることは出来ない。
「こちらの着物は、私が祖母から託されたものなんです」
「…あなたの、祖母?」
「はい。祖母は更に彼女の祖母、私の高祖母から託されたと言っておりました」
―では、この着物は澄子のものではない?
そう言われて、改めて着物を見れば、確かに経年によるものなのだろう綻びや色褪せが見える。
「…そんな、」
澄子への手がかりかと思ったものが、霧散していく。
「あの、それで、こちらが着物と一緒に託されている手紙なんですが、」
差し出された、固い紙で出来た封筒のようなものに手を伸ばす。その表に書かれた文字に、今度こそ確信する。
「…とう、こ」
見慣れた文字。丁寧に書こうとする時のあの子の字で、母と自分の名が書かれた宛先。
「本当だ、あの子の字…」
横からのぞきこむ母と共に、開いた手紙。その文字を目で追う。
そこに書かれていた言葉は、とうてい信じられないようなことばかりで。だけど、その状況を懸命に言葉で伝えようとするあの子の姿が伝わってきて、涙が止まらなくなった。
「…これは、祖母から聞いたことなのですが、」
静かに語り出した声に耳を傾ける。
「私の高祖母は、若い頃に、所謂『神隠し』にあったそうなのです」
「…」
「ただ、高祖母は一年程でまた突然、家に帰ってきました。私の家は神社なのもあって、高祖母は何かに呼ばれたのだろう、お役目を果たして帰って来たのだと、当時はそういう風に受け入れられたそうです」
女性の瞳がこちらを見つめる。
「そして、その高祖母を追うようにして、こちらの着物と手紙も高祖母の元に突然現れたのだとか」
「それは…」
「100年程前の話になります」
100年も前。着物と手紙だけが、現れた。
「どうやら、高祖母に向けての手紙もあったようで、彼女はこの手紙と着物を、『来るべき時まで大切に保管するように』と周囲に厳命しました。この手紙の送り主は、自分の『同士』なのだから、と」
神隠しにあった女性の同士。帰ってきたのは手紙と着物だけ。ではやはり、手紙にあったように、澄子はもう―
溢れそうになるものを必死に堪える。
「…元気に、やってるのかしら?」
「…母さん?」
食い入るように手紙を見つめていた母が口を開いた。
「…『大切な人が出来た』って書いてる。『一人じゃない』って」
「…」
「『心配しないで』っていうのは、無理な話よね。だけど、あの子が元気にやっているんなら、」
あの子が幸せなら、それで―
最後に、ポツリと呟かれた母の言葉を耳が拾う。
まだ、心の整理なんてつかない。手紙を読んでも、あの子の手紙だと確信していても、信じられない思いはゼロにはならない。
心配だって当然してしまうし、あの子が居ないことが寂しくてつらい。
だけど―
見知らぬ場所で、生き抜くと決めた妹の手紙に、背中を押されてしまった。
このまま、私が立ち止まっているわけにはいかない。今、あの子が居なくなって初めて―涙を滲ませたままでも―僅かな笑顔を見せた母の側に居るのは、私なのだから。
二人なら、あの子のくれた希望を支えに、歩き出すことだって出来るはずだ。この先の未来を。『心配するな』と、こちらを心配するあの子のためにも。
そう、そしていつか、ひょっとしたら、帰って来るかもしれないあの子を、笑顔で迎えることが出来るように。
(終)
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