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嫌い
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わたしは、お母さんたちが離婚を決めたときに、おじいちゃんとすごく揉めていたってことぐらいしかもうほとんど覚えていないけれど。でも、そうじゃない、いい思い出だって、きっとそれぞれにたくさんあったはずなんだ。
それなのに、現実を見たくないばっかりに、芸能界を憎むことに囚われすぎて、『芸能界の人間』というだけで誰も彼も一括りにして、遠ざけてきた。
でも、それはきっと現実からただ逃げるためだけの行為であって、なにも解決してくれてはいない。
それどころか、わたしの目の前にいる悠李くんのことすら、そのフィルターを通してしか見ることができなくなっていた。
芸能人。嘘つき。嫌い――。
そう気付いたら、悠李くんのことを、もっとちゃんと知りたくなってきた。
最初に会ったときは、金髪に着崩した制服姿で、挨拶もいい加減で、そういう人なんだなと思っていたけれど。
満元さんだけじゃなく、悠李くんも役にのめり込んでいたせいで、そう振る舞っていただけだったのかもしれない。
ねえ、本当の悠李くんって、どんな人なの?
悠李くんのこと、もっと知りたいよ。
「なあ、あれってギターだよな?」
居間の片隅に置かれたギターケースを見つけて、悠李くんが指さした。
「日菜、弾けんの?」
「いえ、わたしは全然。祖父のなんですけど、弾いてみますか? 多分、貸してくれると思いますよ」
「うん、弾きたい。実は、映画でギターを弾くシーンがあってさ。ま、どんだけ練習したって、映画の中ではプロの演奏に差し替えられるんだけど。でも、まったく弾けないってのも、なんか噓ついてるみたいで嫌でさ。時間見つけて、ずっと練習してたんだよね。だから、よかったら日菜にも聴いて欲しい」
「わたしも。悠李くんの演奏、聴いてみたいです」
わたしが素直にそう言うと、ちょっと意外そうな顔をしながらも、悠李くんが嬉しそうに微笑んだ。
「義男さん、このギター、お借りしてもいいですか?」
「ああ、構わんよ」
台所で、取ってきたばかりの野菜を洗うおじいちゃんに、悠李くんが声を掛ける。
名前でおじいちゃんのことを呼ぶなんて。なんだかすっかり仲良しになったみたい。
ジャラ~ン。
和音を一度大きくかき鳴らしてから、丁寧にチューニングして音程を合わせていく。
さっき悠李くんが言っていたように、いくら練習したって差し替えられてしまうのに。
本当に一生懸命練習してきたんだろうなという悠李くんの本気が、真剣にギターと向き合う表情から伝わってくる。
それに、満元さんや他の出演者、スタッフだってそうだ。
みんな、本気でいい映画にしようと思って、本気でやっている。
それなのに、そういう思いをなにも知らず、芸能界の人間というだけで軽蔑していた自分が恥ずかしくなってくる。
それに……そんな悠李くんたちのことが、ちょっとだけ羨ましく思えた。
「まだ本当は秘密なんだけど、星夜が弾く予定の、映画の主題歌。聴いて」
切ないメロディーが、悠李くんのギターから流れ出す。
二人で過ごす、なんでもない日常。
そこへ、突然二人を引き裂くような試練が訪れる。
彼女の聴覚が、病によって徐々に失われていくのだ。
ミュージシャンを目指す彼を精いっぱい応援する日々に、真っ暗な影を落とす。
一緒にいることを選んだとしても、別れを選んだとしても、どちらを選んだとしても、きっと辛い思いをすることは避けられない。
そんなとき、わたしならどちらを選ぶだろうか。
胸が張り裂けそうで、わたしは思わず胸元をぎゅっと握りしめた。
「……日菜?」
悠李くんの遠慮がちな声に、ハッと我に返る。
「あ、ご、ごめんなさい。あれっ……わたし、なんで泣いてるんだろ? もうっ、悠李くんのギターがすごすぎるからいけないんですよ」
慌てて目元を拭ってごまかそうとしたけれど、全然止まってくれない。
「こんなに上手なのに、プロの演奏に差し替えられちゃうんですか? そんなの、すごくもったいないですよ。おと……監督に直談判してみたらどうですか?」
ひゅっと胃が縮む思いがした。
思わず「お父さん」って言いそうになってしまった。
もし、お父さんに悠李くんの見張りを頼まれていたのだと知られてしまったら……この関係も終わってしまうかもしれない。
そんな危うさに、今改めて気がついた。
嫌だ。まだ終わらせたくない……。
「いやいや、いくら練習したって、そう簡単にプロに負けないような演奏なんかできるようになんないって」
わたしの失言に対して、悠李くんは特に気にした様子もなく、わたしはこっそり胸をなでおろした。
「でも、ありがとな。日菜がそう言ってくれただけで、すげー嬉しいわ」
そう言って、悠李くんがはにかんだ笑みを浮かべた。
それなのに、現実を見たくないばっかりに、芸能界を憎むことに囚われすぎて、『芸能界の人間』というだけで誰も彼も一括りにして、遠ざけてきた。
でも、それはきっと現実からただ逃げるためだけの行為であって、なにも解決してくれてはいない。
それどころか、わたしの目の前にいる悠李くんのことすら、そのフィルターを通してしか見ることができなくなっていた。
芸能人。嘘つき。嫌い――。
そう気付いたら、悠李くんのことを、もっとちゃんと知りたくなってきた。
最初に会ったときは、金髪に着崩した制服姿で、挨拶もいい加減で、そういう人なんだなと思っていたけれど。
満元さんだけじゃなく、悠李くんも役にのめり込んでいたせいで、そう振る舞っていただけだったのかもしれない。
ねえ、本当の悠李くんって、どんな人なの?
悠李くんのこと、もっと知りたいよ。
「なあ、あれってギターだよな?」
居間の片隅に置かれたギターケースを見つけて、悠李くんが指さした。
「日菜、弾けんの?」
「いえ、わたしは全然。祖父のなんですけど、弾いてみますか? 多分、貸してくれると思いますよ」
「うん、弾きたい。実は、映画でギターを弾くシーンがあってさ。ま、どんだけ練習したって、映画の中ではプロの演奏に差し替えられるんだけど。でも、まったく弾けないってのも、なんか噓ついてるみたいで嫌でさ。時間見つけて、ずっと練習してたんだよね。だから、よかったら日菜にも聴いて欲しい」
「わたしも。悠李くんの演奏、聴いてみたいです」
わたしが素直にそう言うと、ちょっと意外そうな顔をしながらも、悠李くんが嬉しそうに微笑んだ。
「義男さん、このギター、お借りしてもいいですか?」
「ああ、構わんよ」
台所で、取ってきたばかりの野菜を洗うおじいちゃんに、悠李くんが声を掛ける。
名前でおじいちゃんのことを呼ぶなんて。なんだかすっかり仲良しになったみたい。
ジャラ~ン。
和音を一度大きくかき鳴らしてから、丁寧にチューニングして音程を合わせていく。
さっき悠李くんが言っていたように、いくら練習したって差し替えられてしまうのに。
本当に一生懸命練習してきたんだろうなという悠李くんの本気が、真剣にギターと向き合う表情から伝わってくる。
それに、満元さんや他の出演者、スタッフだってそうだ。
みんな、本気でいい映画にしようと思って、本気でやっている。
それなのに、そういう思いをなにも知らず、芸能界の人間というだけで軽蔑していた自分が恥ずかしくなってくる。
それに……そんな悠李くんたちのことが、ちょっとだけ羨ましく思えた。
「まだ本当は秘密なんだけど、星夜が弾く予定の、映画の主題歌。聴いて」
切ないメロディーが、悠李くんのギターから流れ出す。
二人で過ごす、なんでもない日常。
そこへ、突然二人を引き裂くような試練が訪れる。
彼女の聴覚が、病によって徐々に失われていくのだ。
ミュージシャンを目指す彼を精いっぱい応援する日々に、真っ暗な影を落とす。
一緒にいることを選んだとしても、別れを選んだとしても、どちらを選んだとしても、きっと辛い思いをすることは避けられない。
そんなとき、わたしならどちらを選ぶだろうか。
胸が張り裂けそうで、わたしは思わず胸元をぎゅっと握りしめた。
「……日菜?」
悠李くんの遠慮がちな声に、ハッと我に返る。
「あ、ご、ごめんなさい。あれっ……わたし、なんで泣いてるんだろ? もうっ、悠李くんのギターがすごすぎるからいけないんですよ」
慌てて目元を拭ってごまかそうとしたけれど、全然止まってくれない。
「こんなに上手なのに、プロの演奏に差し替えられちゃうんですか? そんなの、すごくもったいないですよ。おと……監督に直談判してみたらどうですか?」
ひゅっと胃が縮む思いがした。
思わず「お父さん」って言いそうになってしまった。
もし、お父さんに悠李くんの見張りを頼まれていたのだと知られてしまったら……この関係も終わってしまうかもしれない。
そんな危うさに、今改めて気がついた。
嫌だ。まだ終わらせたくない……。
「いやいや、いくら練習したって、そう簡単にプロに負けないような演奏なんかできるようになんないって」
わたしの失言に対して、悠李くんは特に気にした様子もなく、わたしはこっそり胸をなでおろした。
「でも、ありがとな。日菜がそう言ってくれただけで、すげー嬉しいわ」
そう言って、悠李くんがはにかんだ笑みを浮かべた。
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