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第7章:未来への学びと絆
第248話「報告と再会、そして……先生の雷」
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王都アルヴェインの王宮文官棟。
朝の陽光がアーチ型の窓から差し込み、書類が整然と並ぶ応接室の机に淡い光を落としていた。
「ご苦労さまです、エルヴィン殿。……そして皆さんも」
ゆったりとした口調で迎えたのは、王立魔導研究所の上席研究官にして、王宮技術顧問も務めるマクシミリアン・フォン・ヴェルトナー伯爵だった。
「本日もお時間をいただきありがとうございます、ヴェルトナー殿」
エルヴィンは背筋を正し、丁寧に一礼する。隣にはリヴィア、カトリーヌ、レオンの姿もあった。
「君たちの功績はすでに各所で耳にしておりますよ。とりわけ、転写核を用いた魔力供給の安定化と試験運用――青蓮市場とヴィルゲン商会での導入成功は、研究所でも話題になっております」
ヴェルトナーは微笑を浮かべ、手元の資料をめくる。
「非常に意義深い報告ですね。技術としてはもちろん、社会への波及効果という観点からも価値があります。……ただし、ひとつだけ、別件で伝えておきたいことがありまして」
その言葉に、エルヴィンの笑顔がわずかにこわばる。
「あ、えっと……もしかして、それって……」
「察しの通りです」
ヴェルトナーが頷く。
「カレドリア学院の講師陣から“エルヴィン・シュトラウスが講義において一度も姿を見せていない”という連絡を受けました。……期間はおおよそ、三ヶ月と少し。半年には届かぬものの、十分長い」
「…………うぅ……」
エルヴィンは思わず視線を逸らす。
「それって、私たちにも言及されてましたか?」
リヴィアが少し気にしたように口を開く。
「いや、君たち――リヴィア嬢、カトリーヌ嬢、レオン君に関しては、ときどき報告や講義にも顔を出していたと聞いております」
ヴェルトナーは穏やかに答えると、少しだけ口元を緩めた。
「どうやら“完全にサボっていた”のは、エルヴィン殿一人だったようですね」
「うぐ……」
エルヴィンは頭を抱えた。
「だって僕、いつも報告書作ってたし、あっちで魔力制御回路の試作もあって……つい」
「エルヴィン様、私たちも忙しい合間を縫って、最低限の課題と出席はしておりましたのよ?」
カトリーヌが涼しい笑顔で言う。
「うん、講義内容の連絡も共有してたし」
リヴィアも軽く頷いた。
「俺だって、実技の提出期限ギリギリで出したぜ? あの重たい“演習ノート”さ」
レオンが肩を竦める。
「まさか……みんな、こっそり通ってたの?」
エルヴィンの問いに、三人はそれぞれ微妙に目を逸らした。
「……ま、講義だけがすべてじゃねーけどな。けど先生にはちゃんと報告しねぇとな」
レオンがぽつりと漏らした。
「うん、わかったよ……今から謝ってくる」
◇
カレドリア学院。
白い石造りの校舎が朝日を浴びて輝き、校庭には魔道演習の準備をする生徒たちの声が響いていた。
「なんか、すごく懐かしい……」
エルヴィンは講義棟の前で足を止め、感慨深げに呟いた。
「最後に来たのって、魔道回路設計の授業の時だよな」
レオンが思い出すように言う。
「確か、転写核の設計に入り始めた頃でしたわね……もう三ヶ月以上前になりますわ」
カトリーヌも柔らかく微笑む。
そして、彼らが講義棟に足を踏み入れたその瞬間――
「――シュトラウス、久しいな。もう忘れたのかと思っていたよ、学院のことを」
低く、しかし静かに響いた声が、廊下を満たす。
「げ……」
エルヴィンが身を固めて振り返ると、そこにはひとりの壮年の男性が立っていた。
黒のローブに銀の刺繍。背筋を伸ばした姿勢に、切れ長の目と口元の皺が厳格な雰囲気を醸し出している――魔道工学科主任講師、オリバー・ヘルムートだった。
「ヘ、ヘルムート先生……お久しぶりです……」
「“お久しぶり”で済むとでも思ったかね」
オリバーの声は抑えられていたが、その中に確かな怒気が含まれていた。
「君が最後に講義に出席したのは三ヶ月と十日ほど前。実験課題の提出も途中で途切れ、その後は研究棟や王都での活動に没頭――事情は把握しているよ」
「は、はい……えっと……その」
「君の活動が社会的意義を持ち、多くの成果を挙げていることは認めよう。だが、君が“学院に在籍している”という事実も変わらん。講義に出ず、課題を放置し、連絡もなしに動き続けることを正当化はできん」
エルヴィンは完全に肩を落とし、神妙な面持ちでうなずくしかなかった。
「申し訳ありませんでした、先生……」
「ふむ……」
オリバーはエルヴィンをしばらく見つめた後、溜息混じりに言葉を継いだ。
「学院としては、君に“特別研究扱い”の申請を認める方針だ。ただし、それは君が今後も最低限の出席と報告義務を果たすという前提での話だ。わかったな?」
「はい! 必ず出席します!」
エルヴィンは即座に答えた。
「よろしい。では、次の講義には出席するように。それと、掲示板に貼り出してある“特別研究課題”の詳細にも目を通すこと。いいな?」
「はい、ありがとうございます!」
ようやくオリバーが立ち去ると、レオンが苦笑しながらエルヴィンの背中を叩いた。
「お疲れさん、エルヴィン。久々に絞られてたな」
「ほんとに……心臓止まるかと思ったよ……」
エルヴィンは額を押さえながら、ふぅっと息を吐いた。
「でも、ちゃんと顔を出してよかったわね」
カトリーヌが優しく言い添える。
「……うん。原点を忘れないためにも、やっぱりここに戻ってくるのは大事だよね」
エルヴィンは講義棟の天井を見上げながら、小さく微笑んだ。
そしてまた、新たなページがめくられようとしていた。
朝の陽光がアーチ型の窓から差し込み、書類が整然と並ぶ応接室の机に淡い光を落としていた。
「ご苦労さまです、エルヴィン殿。……そして皆さんも」
ゆったりとした口調で迎えたのは、王立魔導研究所の上席研究官にして、王宮技術顧問も務めるマクシミリアン・フォン・ヴェルトナー伯爵だった。
「本日もお時間をいただきありがとうございます、ヴェルトナー殿」
エルヴィンは背筋を正し、丁寧に一礼する。隣にはリヴィア、カトリーヌ、レオンの姿もあった。
「君たちの功績はすでに各所で耳にしておりますよ。とりわけ、転写核を用いた魔力供給の安定化と試験運用――青蓮市場とヴィルゲン商会での導入成功は、研究所でも話題になっております」
ヴェルトナーは微笑を浮かべ、手元の資料をめくる。
「非常に意義深い報告ですね。技術としてはもちろん、社会への波及効果という観点からも価値があります。……ただし、ひとつだけ、別件で伝えておきたいことがありまして」
その言葉に、エルヴィンの笑顔がわずかにこわばる。
「あ、えっと……もしかして、それって……」
「察しの通りです」
ヴェルトナーが頷く。
「カレドリア学院の講師陣から“エルヴィン・シュトラウスが講義において一度も姿を見せていない”という連絡を受けました。……期間はおおよそ、三ヶ月と少し。半年には届かぬものの、十分長い」
「…………うぅ……」
エルヴィンは思わず視線を逸らす。
「それって、私たちにも言及されてましたか?」
リヴィアが少し気にしたように口を開く。
「いや、君たち――リヴィア嬢、カトリーヌ嬢、レオン君に関しては、ときどき報告や講義にも顔を出していたと聞いております」
ヴェルトナーは穏やかに答えると、少しだけ口元を緩めた。
「どうやら“完全にサボっていた”のは、エルヴィン殿一人だったようですね」
「うぐ……」
エルヴィンは頭を抱えた。
「だって僕、いつも報告書作ってたし、あっちで魔力制御回路の試作もあって……つい」
「エルヴィン様、私たちも忙しい合間を縫って、最低限の課題と出席はしておりましたのよ?」
カトリーヌが涼しい笑顔で言う。
「うん、講義内容の連絡も共有してたし」
リヴィアも軽く頷いた。
「俺だって、実技の提出期限ギリギリで出したぜ? あの重たい“演習ノート”さ」
レオンが肩を竦める。
「まさか……みんな、こっそり通ってたの?」
エルヴィンの問いに、三人はそれぞれ微妙に目を逸らした。
「……ま、講義だけがすべてじゃねーけどな。けど先生にはちゃんと報告しねぇとな」
レオンがぽつりと漏らした。
「うん、わかったよ……今から謝ってくる」
◇
カレドリア学院。
白い石造りの校舎が朝日を浴びて輝き、校庭には魔道演習の準備をする生徒たちの声が響いていた。
「なんか、すごく懐かしい……」
エルヴィンは講義棟の前で足を止め、感慨深げに呟いた。
「最後に来たのって、魔道回路設計の授業の時だよな」
レオンが思い出すように言う。
「確か、転写核の設計に入り始めた頃でしたわね……もう三ヶ月以上前になりますわ」
カトリーヌも柔らかく微笑む。
そして、彼らが講義棟に足を踏み入れたその瞬間――
「――シュトラウス、久しいな。もう忘れたのかと思っていたよ、学院のことを」
低く、しかし静かに響いた声が、廊下を満たす。
「げ……」
エルヴィンが身を固めて振り返ると、そこにはひとりの壮年の男性が立っていた。
黒のローブに銀の刺繍。背筋を伸ばした姿勢に、切れ長の目と口元の皺が厳格な雰囲気を醸し出している――魔道工学科主任講師、オリバー・ヘルムートだった。
「ヘ、ヘルムート先生……お久しぶりです……」
「“お久しぶり”で済むとでも思ったかね」
オリバーの声は抑えられていたが、その中に確かな怒気が含まれていた。
「君が最後に講義に出席したのは三ヶ月と十日ほど前。実験課題の提出も途中で途切れ、その後は研究棟や王都での活動に没頭――事情は把握しているよ」
「は、はい……えっと……その」
「君の活動が社会的意義を持ち、多くの成果を挙げていることは認めよう。だが、君が“学院に在籍している”という事実も変わらん。講義に出ず、課題を放置し、連絡もなしに動き続けることを正当化はできん」
エルヴィンは完全に肩を落とし、神妙な面持ちでうなずくしかなかった。
「申し訳ありませんでした、先生……」
「ふむ……」
オリバーはエルヴィンをしばらく見つめた後、溜息混じりに言葉を継いだ。
「学院としては、君に“特別研究扱い”の申請を認める方針だ。ただし、それは君が今後も最低限の出席と報告義務を果たすという前提での話だ。わかったな?」
「はい! 必ず出席します!」
エルヴィンは即座に答えた。
「よろしい。では、次の講義には出席するように。それと、掲示板に貼り出してある“特別研究課題”の詳細にも目を通すこと。いいな?」
「はい、ありがとうございます!」
ようやくオリバーが立ち去ると、レオンが苦笑しながらエルヴィンの背中を叩いた。
「お疲れさん、エルヴィン。久々に絞られてたな」
「ほんとに……心臓止まるかと思ったよ……」
エルヴィンは額を押さえながら、ふぅっと息を吐いた。
「でも、ちゃんと顔を出してよかったわね」
カトリーヌが優しく言い添える。
「……うん。原点を忘れないためにも、やっぱりここに戻ってくるのは大事だよね」
エルヴィンは講義棟の天井を見上げながら、小さく微笑んだ。
そしてまた、新たなページがめくられようとしていた。
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