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カフェを出てからも莉愛はどこか膨れっ面を見せていた。
「……有場さんは私が養っていくんですから」
もごもごとほとんど聞こえないくらいの小声で呟く莉愛。
すると突然俺の腕にしがみついてくる。
「お、おいっ、何を……?」
「えへへっ、さっきのお願いですよ……」
約束は手を繋ぐ……だったはずだ。ただ、こうすることで莉愛の機嫌が良くなるのなら仕方ないか……。
ため息を吐くと、俺は空いている手で頭を掻く。
「……まぁ、今だけだぞ」
「いいの……ですか?」
掴んだあとから「いいの?」はないと思うが、とにかく俺は頷いていた。
「ありがとうございます」
莉愛は腕だけに留まらず、そのまま体全体で抱きついてくる。
そして、頬を赤く染めながらも笑みを浮かべてくる。
さすがにこれは恥ずかしいので体を押しどけて腕だけに我慢させる。
ただ、それだけでも嬉しそうに微笑んでくれた。
仕方ない……。これで機嫌を直してくれるならしばらくはこのままでいるか……。
もう日も暮れ始めているためあまり長居もできないだろうから……。
「……そろそろ帰らないといけないか」
俺が呟いた言葉を聞いて莉愛は更に強く腕を掴んでくる。
「も、もう少し見て回っても……」
莉愛の顔はどこか寂しそうだった。
「大丈夫だ、また一緒に来よう。それにまだ買えてないものもあるからな」
時間に余裕ができたことで始められる趣味も探したかったけど、今日のところはもう時間も押している。
また今度来るしかないからな。
「うん、わかりました。それじゃあ次も絶対に来ましょうね」
ようやく莉愛が笑みを見せてくれたので俺はホッとする。
そして、莉愛はスマホを取り出すとどこかに電話をかけていた。
その数分後、俺たちの前には来るときに乗ったリムジンが止まっていた。
「やっぱりこれに乗るんだな……」
やはりこんな町中でリムジンが止まっていたら注目されてしまう。
しかも、莉愛はいまだに腕を組んだまま……。
動揺をする俺に対して、莉愛は嬉しそうに微笑んできた。
そして、リムジンに乗り込むと莉愛は手に持っていたスマホをジッと見ていた。
「どうしたんだ?」
「いえ、有場さんってスマートフォン、持っていましたよね?」
「……あぁ、それがどうかしたのか?」
もう前の会社のデータも消していたので、今は連絡先に誰の登録もなく、アプリ等も碌に入っていなかった。
連絡も来ないスマホは持っている意味があるのか……。
少し苦笑を浮かべながらスマホを取り出す。
「少しお借りしてもいいですか?」
「……? まぁいいが面白いものは何もないと思うぞ?」
電話とメールくらいしか使っていないため、ほぼ初期状態のスマホを莉愛に渡す。
すると莉愛はスマホの画面を操作し出す。
慣れているのか、かなりの速度で俺と莉愛自身のスマホと触っているかと思ったら、何かをし終わったようで俺に返してくる。
「これで大丈夫です。ありがとうございました」
「いや、気にする必要はないが……」
一体何を触ったんだ?
実際に俺も触ってみるが特に何かのアプリを入れたとかでもなく、変わったところはなかった。
触ってみたかっただけだろうか?
ただ、莉愛の機嫌が完全に良くなっていたのでそれ以上気にすることはなかった。
◇
館へと戻ってくると莉愛は自分の部屋へと戻っていった。
「有場さん、明日は私もどこにも行きませんから部屋でのんびりしてくださいね。では、私は服を着替えてきます」
ゆっくり部屋の扉が閉まっていく。
その完全に閉まりきる直前に莉愛が嬉しそうに微笑んでいたのが見える。
そして、小さく手を振ってくれるので俺も同じように返すとそのまま扉が閉まっていった。
「さて、俺も服を着替えるか……」
手には莉愛が買ってくれた高級な服がたくさん。
正確な数は数えていないけど、店員が持ってきてくれたものを全部買っていたのだから十着は最低でもあるだろう。
着るのは恐れ多い気もするがせっかく買ってくれたものだから着ないのも悪い気がする。
自室に戻るととりあえず袋を椅子の上に置く。
そして、浴室へ向かい汗を流してくる。
◇
こうやってゆっくり風呂に入るのも久々だったな。
いつもなら寝る時間を優先してさっとシャワーを浴びるだけだったので、ゆっくり湯船に浸かるということが珍しかった。
風呂から上がると俺は体の火照りを感じながら深々と椅子に腰掛けていた。
上下の服装は今日、莉愛と買ったものを着てみた。
似合ってるかどうかはわからないが、少なくとも着心地は良い。
なるほど、確かに高いだけはある。きっと良い素材を使っているのだろう。もちろんそれが何かはわからないが。
体の火照りが治まってくると、今度はベッドに飛び込む。
ただ、今日選んでいたものに比べるとやはりどこか違うような気がした。
確かにふわふわで柔らかく、上で眠ると疲れがとれそうだった。
しかし、微妙な差があるのだろう。
今日、家具屋で選んでいたものはもっと俺に合っていた気がする。
おそらく莉愛が言いたかったのはこういうことなのだろうな。
もちろん今までの俺はそんなこと気にしたこともなかったが――。
仰向けに寝転がるとスマホの画面を眺める。
仕事の電話が鳴り止まなかったその電話も今ではウンともスンとも言わなくなっていた。
届いているメールは三件。
通販サイトの広告。
迷惑メール。
迷惑メール。
一切俺に関係ないものばかりだ。
それらを全て削除するとボーッとその画面を眺めていた。
本当に俺は前の会社を辞めたんだな……。
一日経ち、初めてそのことを実感できる。
それと同時にどうしてあの会社にこだわっていたのだろうと後悔すら浮かんでくる。
「もうこうやって画面を見続ける必要もないんだな……」
どうせ誰からの連絡も来ないならもう解約してしまってもいいか……。
そんなことを考えていると突然スマホが震え出す。
画面には『メッセージが一件届いてします』と表示されている。
また迷惑メールでも届いたのだろうか? いや、メッセージか。それなら携帯会社からの連絡だろうか?
早速メッセージを開いてみると差し出人が神楽坂莉愛となっていた。
「あれっ、どうして莉愛の名前が表示されているんだ?」
特に登録した覚えもないし、そもそも連絡先を知らない。不思議に思い、電話帳を開いてみる。
誰もいなかったはずの電話帳には莉愛の名前が表示されていた。
しかもご丁寧に電話番号や写真までつけて……。
何をしてるんだ、莉愛は……。
莉愛の楽しそうな顔を見て、俺は小さく微笑んでいた。
もしかして、車の中でしていたのはこれだったのだろうか。
わざわざこうやって驚かそうと俺に内緒で……。
部屋でいたずらが成功したと笑っている莉愛の姿が想像できた。
とりあえずメッセージを開いてみる。
『有場さん。本日はありがとうございました』
なるほどな。口でも言えばいいようなことだけど恥ずかしかったのだろうか。
そんな莉愛を微笑ましく思っていると更にメッセージが届く。
『色々と無理を言ってたくさんのものを買ってしまいましたがご迷惑ではなかったでしょうか?』
確かに半ば強引に高い服や家具を買ってきたもんな。ただ、それも莉愛の好意から来るもので値段のことだけを除いたら悪い気はしなかった。
『いや、気にするな』
素っ気ない返事だろうかと思ったが、これ以上何を打っていいのかわからずにそのまま送信してしまう。
すると更にすぐメッセージが届く。
『それにあの綿菓子……とってもおいしかったです』
『あとあと、あの女の人のことはごめんなさい。わがままを言っちゃって……』
『それとそれと……』
一度に大量の文字が送られてくる。
さすがに普段からこうも連続で打つことに慣れていない俺には返信が追いつかなかった。
そして、ようやく莉愛からのメッセージが途切れる。
『有場さんと出かけられて本当に嬉しかったです。あと、本当に申し訳ないのですけど、有場さんと初めて出会った日……。あのときに有場さんに出会えて私は本当に幸せです』
莉愛の感情が込められたメッセージを見て思わず呟いてしまう。
「俺と一緒に出かけられて嬉しかった……か」
素直に好意をぶつけてきてくれる莉愛に俺自身も悪い気はしなかった。
ただ、数年早い……。
それにもっと問題になりそうなのは改めて理解した神楽坂……の財力だった。
特にあの高級家具屋で買ったオーダーメイド品の数々……。
それをポンっと出せることを見ると全く底が見えない。
こんな生活をしているのだから、俺を養う……というのもあながち間違いではないようだ。
事実、今のところ俺が金を使ったのは莉愛に買った綿菓子くらいだ。
これも俺が買ってあげたいと思ったからで、生活に必要な分は全部莉愛が払ってくれている。
このままでは俺は身も心もヒモになってしまいそうな気がする。
いやいや、俺に何かできることを探そう。
堕落した生活は絶対にしない!
ベッドに寝転がりながらそう決意する。
俯き姿勢に変えると莉愛から来たメッセージを数回見返していた。
すると再びスマホが鳴り出す。
もう一度開くとまた莉愛からのメッセージで、今度は写真だけ送られてきた。
食堂で撮られた写真には並べられた食事を自撮りする莉愛。
料理ができたと教えてくれたのだろう。
それと同時に扉がノックされる。
「有場様、お食事の準備が整いました。食堂のほうへお越しください」
「ありがとうございます。すぐに行きます」
ベッドから起き上がると俺は莉愛にメッセージを送る。
『今から行く』と……。
◇
莉愛と二人で豪華すぎる食事を取ると、再び部屋に戻ってくる。
心地よい疲れを感じている。
このまますぐにでも眠れそうだ……。
俺はベッドに入るとゆっくり目を閉じていく。
ただ、完全に目を閉じる前に部屋の扉がノックされる。
「有場さん……、今よろしいでしょうか?」
その声は莉愛か?
こんな時間にどうしたんだろう?
首を振って眠気を覚ますと部屋の扉を開ける。
するとピンク色の寝間着を着た莉愛が不安げな表情を見せていた。大きな枕をギュッと抱きしめて、上目遣いを見せながら……。
「どうしたんだ?」
「眠れなくて……。ここで一緒に寝ていいですか?」
さすがに同じ部屋はまずいだろうと思ったが、肩を震わせている莉愛を見ると断るという選択肢はなくなった。
「今日だけだぞ……」
「はいっ!」
俺が承諾するとは思っていなかったのか、莉愛は驚いていた。
ただ、嬉しそうに大きく頷いていた。
莉愛がベッドに飛び込んでいく。
それを見て、俺は椅子をそばに持っていく。
「それで、どうしたんだ? 何か怖いことがあったのか?」
「ううん、今日はすごく楽しかったです。ただ、すごく楽しかった分、今日が終わるのが怖くなって……」
今日の出来事を思い出して、莉愛は笑みを浮かべる。
「もし明日起きたら有場さんがいなくなってるかもって……」
「いや、俺はどこにも行かないぞ。そもそも、莉愛が養ってくれるんだろう?」
その言葉を聞いて莉愛は大きく目を見開いた。
「そうですね。私が養っていくって言いましたもんね。でも、有場さんからその言葉が出るとは思いませんでした」
「これでも感謝してるんだ。あのままあの会社で働いていたらどうなっていたかわからないからな。だから困った時くらいいつでも手を差し伸べてやるぞ」
莉愛はくすくすと笑う。
「な、何かおかしいことを言ったか?」
「いえ、ありがとうございます、有場さん。やっぱり、助けてくれた時から思ってましたけど、とっても優しい方ですね……」
ようやく安心してくれたのか、莉愛はベッドに横になる。
するとすぐに目が微睡んでいき、瞼を重そうにゆっくり閉じていくとそのままスヤスヤと眠りについていた。
そんな莉愛の頭を軽くなでながら俺はどこで寝るかを考える。
さすがに一緒のベッドはまずいからな。
椅子で寝るか?
莉愛から離れようとするが彼女はいつの間にか俺の服を掴んで離さなかった。
ほどこうとすれば簡単に放せるのだが、心地よさそうに笑みを見せながら眠っている莉愛の表情を見ると俺はこの手を振りほどくということはできなかった。
ただそうなるとベッドにもたれかかるように寝るしかないか……。
少し疲れが溜まりそうな寝かただが、会社にいたときは机を枕に寝てることは日常茶飯事だったし、柔らかいベッドにもたれかかれるだけまだマシだった。
「莉愛、おやすみ……」
さすがに俺も限界が来て、ゆっくり目を閉じていく。
◇
翌朝、珍しく日が昇った後に目が覚めた。
俺も疲れていたのだろうか?
いや、莉愛と一緒に寝たからか?
不思議に思い、莉愛が眠っていた場所を見ると、彼女はすでに起きていたようで俺と目が合うとにっこり微笑んでくる。
「おはようございます、有場さん」
もしかして、じっと見られていたのか……。
俺の顔なんて見ても楽しくないだろう……。
俺は苦笑をしながら頭をかく。
そして、莉愛に返事をする。
「あぁ、おはよう、莉愛」
「……有場さんは私が養っていくんですから」
もごもごとほとんど聞こえないくらいの小声で呟く莉愛。
すると突然俺の腕にしがみついてくる。
「お、おいっ、何を……?」
「えへへっ、さっきのお願いですよ……」
約束は手を繋ぐ……だったはずだ。ただ、こうすることで莉愛の機嫌が良くなるのなら仕方ないか……。
ため息を吐くと、俺は空いている手で頭を掻く。
「……まぁ、今だけだぞ」
「いいの……ですか?」
掴んだあとから「いいの?」はないと思うが、とにかく俺は頷いていた。
「ありがとうございます」
莉愛は腕だけに留まらず、そのまま体全体で抱きついてくる。
そして、頬を赤く染めながらも笑みを浮かべてくる。
さすがにこれは恥ずかしいので体を押しどけて腕だけに我慢させる。
ただ、それだけでも嬉しそうに微笑んでくれた。
仕方ない……。これで機嫌を直してくれるならしばらくはこのままでいるか……。
もう日も暮れ始めているためあまり長居もできないだろうから……。
「……そろそろ帰らないといけないか」
俺が呟いた言葉を聞いて莉愛は更に強く腕を掴んでくる。
「も、もう少し見て回っても……」
莉愛の顔はどこか寂しそうだった。
「大丈夫だ、また一緒に来よう。それにまだ買えてないものもあるからな」
時間に余裕ができたことで始められる趣味も探したかったけど、今日のところはもう時間も押している。
また今度来るしかないからな。
「うん、わかりました。それじゃあ次も絶対に来ましょうね」
ようやく莉愛が笑みを見せてくれたので俺はホッとする。
そして、莉愛はスマホを取り出すとどこかに電話をかけていた。
その数分後、俺たちの前には来るときに乗ったリムジンが止まっていた。
「やっぱりこれに乗るんだな……」
やはりこんな町中でリムジンが止まっていたら注目されてしまう。
しかも、莉愛はいまだに腕を組んだまま……。
動揺をする俺に対して、莉愛は嬉しそうに微笑んできた。
そして、リムジンに乗り込むと莉愛は手に持っていたスマホをジッと見ていた。
「どうしたんだ?」
「いえ、有場さんってスマートフォン、持っていましたよね?」
「……あぁ、それがどうかしたのか?」
もう前の会社のデータも消していたので、今は連絡先に誰の登録もなく、アプリ等も碌に入っていなかった。
連絡も来ないスマホは持っている意味があるのか……。
少し苦笑を浮かべながらスマホを取り出す。
「少しお借りしてもいいですか?」
「……? まぁいいが面白いものは何もないと思うぞ?」
電話とメールくらいしか使っていないため、ほぼ初期状態のスマホを莉愛に渡す。
すると莉愛はスマホの画面を操作し出す。
慣れているのか、かなりの速度で俺と莉愛自身のスマホと触っているかと思ったら、何かをし終わったようで俺に返してくる。
「これで大丈夫です。ありがとうございました」
「いや、気にする必要はないが……」
一体何を触ったんだ?
実際に俺も触ってみるが特に何かのアプリを入れたとかでもなく、変わったところはなかった。
触ってみたかっただけだろうか?
ただ、莉愛の機嫌が完全に良くなっていたのでそれ以上気にすることはなかった。
◇
館へと戻ってくると莉愛は自分の部屋へと戻っていった。
「有場さん、明日は私もどこにも行きませんから部屋でのんびりしてくださいね。では、私は服を着替えてきます」
ゆっくり部屋の扉が閉まっていく。
その完全に閉まりきる直前に莉愛が嬉しそうに微笑んでいたのが見える。
そして、小さく手を振ってくれるので俺も同じように返すとそのまま扉が閉まっていった。
「さて、俺も服を着替えるか……」
手には莉愛が買ってくれた高級な服がたくさん。
正確な数は数えていないけど、店員が持ってきてくれたものを全部買っていたのだから十着は最低でもあるだろう。
着るのは恐れ多い気もするがせっかく買ってくれたものだから着ないのも悪い気がする。
自室に戻るととりあえず袋を椅子の上に置く。
そして、浴室へ向かい汗を流してくる。
◇
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体の火照りが治まってくると、今度はベッドに飛び込む。
ただ、今日選んでいたものに比べるとやはりどこか違うような気がした。
確かにふわふわで柔らかく、上で眠ると疲れがとれそうだった。
しかし、微妙な差があるのだろう。
今日、家具屋で選んでいたものはもっと俺に合っていた気がする。
おそらく莉愛が言いたかったのはこういうことなのだろうな。
もちろん今までの俺はそんなこと気にしたこともなかったが――。
仰向けに寝転がるとスマホの画面を眺める。
仕事の電話が鳴り止まなかったその電話も今ではウンともスンとも言わなくなっていた。
届いているメールは三件。
通販サイトの広告。
迷惑メール。
迷惑メール。
一切俺に関係ないものばかりだ。
それらを全て削除するとボーッとその画面を眺めていた。
本当に俺は前の会社を辞めたんだな……。
一日経ち、初めてそのことを実感できる。
それと同時にどうしてあの会社にこだわっていたのだろうと後悔すら浮かんでくる。
「もうこうやって画面を見続ける必要もないんだな……」
どうせ誰からの連絡も来ないならもう解約してしまってもいいか……。
そんなことを考えていると突然スマホが震え出す。
画面には『メッセージが一件届いてします』と表示されている。
また迷惑メールでも届いたのだろうか? いや、メッセージか。それなら携帯会社からの連絡だろうか?
早速メッセージを開いてみると差し出人が神楽坂莉愛となっていた。
「あれっ、どうして莉愛の名前が表示されているんだ?」
特に登録した覚えもないし、そもそも連絡先を知らない。不思議に思い、電話帳を開いてみる。
誰もいなかったはずの電話帳には莉愛の名前が表示されていた。
しかもご丁寧に電話番号や写真までつけて……。
何をしてるんだ、莉愛は……。
莉愛の楽しそうな顔を見て、俺は小さく微笑んでいた。
もしかして、車の中でしていたのはこれだったのだろうか。
わざわざこうやって驚かそうと俺に内緒で……。
部屋でいたずらが成功したと笑っている莉愛の姿が想像できた。
とりあえずメッセージを開いてみる。
『有場さん。本日はありがとうございました』
なるほどな。口でも言えばいいようなことだけど恥ずかしかったのだろうか。
そんな莉愛を微笑ましく思っていると更にメッセージが届く。
『色々と無理を言ってたくさんのものを買ってしまいましたがご迷惑ではなかったでしょうか?』
確かに半ば強引に高い服や家具を買ってきたもんな。ただ、それも莉愛の好意から来るもので値段のことだけを除いたら悪い気はしなかった。
『いや、気にするな』
素っ気ない返事だろうかと思ったが、これ以上何を打っていいのかわからずにそのまま送信してしまう。
すると更にすぐメッセージが届く。
『それにあの綿菓子……とってもおいしかったです』
『あとあと、あの女の人のことはごめんなさい。わがままを言っちゃって……』
『それとそれと……』
一度に大量の文字が送られてくる。
さすがに普段からこうも連続で打つことに慣れていない俺には返信が追いつかなかった。
そして、ようやく莉愛からのメッセージが途切れる。
『有場さんと出かけられて本当に嬉しかったです。あと、本当に申し訳ないのですけど、有場さんと初めて出会った日……。あのときに有場さんに出会えて私は本当に幸せです』
莉愛の感情が込められたメッセージを見て思わず呟いてしまう。
「俺と一緒に出かけられて嬉しかった……か」
素直に好意をぶつけてきてくれる莉愛に俺自身も悪い気はしなかった。
ただ、数年早い……。
それにもっと問題になりそうなのは改めて理解した神楽坂……の財力だった。
特にあの高級家具屋で買ったオーダーメイド品の数々……。
それをポンっと出せることを見ると全く底が見えない。
こんな生活をしているのだから、俺を養う……というのもあながち間違いではないようだ。
事実、今のところ俺が金を使ったのは莉愛に買った綿菓子くらいだ。
これも俺が買ってあげたいと思ったからで、生活に必要な分は全部莉愛が払ってくれている。
このままでは俺は身も心もヒモになってしまいそうな気がする。
いやいや、俺に何かできることを探そう。
堕落した生活は絶対にしない!
ベッドに寝転がりながらそう決意する。
俯き姿勢に変えると莉愛から来たメッセージを数回見返していた。
すると再びスマホが鳴り出す。
もう一度開くとまた莉愛からのメッセージで、今度は写真だけ送られてきた。
食堂で撮られた写真には並べられた食事を自撮りする莉愛。
料理ができたと教えてくれたのだろう。
それと同時に扉がノックされる。
「有場様、お食事の準備が整いました。食堂のほうへお越しください」
「ありがとうございます。すぐに行きます」
ベッドから起き上がると俺は莉愛にメッセージを送る。
『今から行く』と……。
◇
莉愛と二人で豪華すぎる食事を取ると、再び部屋に戻ってくる。
心地よい疲れを感じている。
このまますぐにでも眠れそうだ……。
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ただ、完全に目を閉じる前に部屋の扉がノックされる。
「有場さん……、今よろしいでしょうか?」
その声は莉愛か?
こんな時間にどうしたんだろう?
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するとピンク色の寝間着を着た莉愛が不安げな表情を見せていた。大きな枕をギュッと抱きしめて、上目遣いを見せながら……。
「どうしたんだ?」
「眠れなくて……。ここで一緒に寝ていいですか?」
さすがに同じ部屋はまずいだろうと思ったが、肩を震わせている莉愛を見ると断るという選択肢はなくなった。
「今日だけだぞ……」
「はいっ!」
俺が承諾するとは思っていなかったのか、莉愛は驚いていた。
ただ、嬉しそうに大きく頷いていた。
莉愛がベッドに飛び込んでいく。
それを見て、俺は椅子をそばに持っていく。
「それで、どうしたんだ? 何か怖いことがあったのか?」
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今日の出来事を思い出して、莉愛は笑みを浮かべる。
「もし明日起きたら有場さんがいなくなってるかもって……」
「いや、俺はどこにも行かないぞ。そもそも、莉愛が養ってくれるんだろう?」
その言葉を聞いて莉愛は大きく目を見開いた。
「そうですね。私が養っていくって言いましたもんね。でも、有場さんからその言葉が出るとは思いませんでした」
「これでも感謝してるんだ。あのままあの会社で働いていたらどうなっていたかわからないからな。だから困った時くらいいつでも手を差し伸べてやるぞ」
莉愛はくすくすと笑う。
「な、何かおかしいことを言ったか?」
「いえ、ありがとうございます、有場さん。やっぱり、助けてくれた時から思ってましたけど、とっても優しい方ですね……」
ようやく安心してくれたのか、莉愛はベッドに横になる。
するとすぐに目が微睡んでいき、瞼を重そうにゆっくり閉じていくとそのままスヤスヤと眠りについていた。
そんな莉愛の頭を軽くなでながら俺はどこで寝るかを考える。
さすがに一緒のベッドはまずいからな。
椅子で寝るか?
莉愛から離れようとするが彼女はいつの間にか俺の服を掴んで離さなかった。
ほどこうとすれば簡単に放せるのだが、心地よさそうに笑みを見せながら眠っている莉愛の表情を見ると俺はこの手を振りほどくということはできなかった。
ただそうなるとベッドにもたれかかるように寝るしかないか……。
少し疲れが溜まりそうな寝かただが、会社にいたときは机を枕に寝てることは日常茶飯事だったし、柔らかいベッドにもたれかかれるだけまだマシだった。
「莉愛、おやすみ……」
さすがに俺も限界が来て、ゆっくり目を閉じていく。
◇
翌朝、珍しく日が昇った後に目が覚めた。
俺も疲れていたのだろうか?
いや、莉愛と一緒に寝たからか?
不思議に思い、莉愛が眠っていた場所を見ると、彼女はすでに起きていたようで俺と目が合うとにっこり微笑んでくる。
「おはようございます、有場さん」
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