社畜さん、ヒモになる〜助けた少女は大富豪の令嬢だった〜

空野進

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11.

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 食事を終えると昼間の陽気に当てられて、小さくあくびが出る。


「ふわぁぁぁ……」
「有場さん、眠たいのでしたらどうぞ」


 莉愛が自分の足を軽く叩く。

 膝枕してあげると言うことだろう。


「いや、大丈夫だ……」
「そう……ですか」


 莉愛は少し残念そうな顔をする。
 ただ、莉愛の顔をよく見るとうっすらとした化粧で隠されているものの目の下にはクマができている。

 昨日も楽しみでほとんど寝られなかったみたいだし、朝も弁当を作ってくれるために早起きをしたんだ。
 ろくに寝ていないのならクマくらいできていてもおかしくない。

 しかし、そんな様子を一切出さずに楽しもうとしてくれている。
 全く……、無理なんてしなくて良いのにな……。

 俺は小さくため息を吐くと莉愛の頭を自分の足の方へと押し寄せる。


「えっ、あ、有場さん!?」


 驚きのあまり聞き返してくる。


「俺より莉愛の方が眠いんだろう? 気にせず少しでも寝ると良い……」
「で、でも、有場さんと遊園地に来てるんですから――」


 そう言いながらも莉愛の頭はふらふらと揺れ出している。
 目もトロンと垂れてきており、眠ってしまうのをなんとかこらえている状態みたいだ。


「いいから寝てろ。適当なところで起こしてやるから」
「……ありがとうございます」


 素直におとなしくなる莉愛。
 目の前に莉愛のさらさらとした髪があると無意識のうちに手が伸びてしまう。


「あっ……」


 莉愛が小さく声を漏らす。


「起こしてしまったか?」
「いえ、そのままなでてください……。有場さんの手……暖かいですから……」


 ゆっくりなで始めると莉愛の髪からはシャンプーの良い香りが漂ってくる。

 あれだけ遊んでいても匂いは変わらないんだな……。

 微笑ましく思っていると莉愛がゆっくりとした口調で言ってくる。


「有場さんの足……、意外とがっちりとしてるんですね……。なんだか頼もしいです……」


 ゆっくりした動きで俺の足を触ってくる莉愛。
 ただ、その動きも次第にゆっくりとなっていき、そして、スヤスヤと可愛らしい寝息が聞こえてくる。


 やっぱり相当無理していたんだな……。


 眠った後も俺は莉愛の頭をなで続ける。

 それにしても意外とこの体勢ってつらいな……。

 膝枕なんて生まれてこの方初めてするので知らなかったが、長時間していると足がしびれてきて痛くなってくる。
 足を動かしたら治りそうなのだが、莉愛の頭がある以上体勢を変えることは出来ない。

 そんな状態のまま一時間ほど、莉愛を膝枕し続けた。

 ただ、遊園地で遊びたがっていたので、あまり長時間寝かせているのもどうかと思い、ゆすり始める。


「莉愛、そろそろ目を覚ました方がよくないか?」


 まずはゆっくり肩を揺らす。
 すると莉愛がにやついた表情で寝言を言う。


「ありばさん……」


 寝言で俺の名前を言うなんて一体どんな夢を見ているんだろうな。
 苦笑を浮かべながら更に強く揺らしていく。


「起きろー! 昼だぞー!」
「う……うにゅ? 朝……?」


 寝ぼけ眼をこすりながら莉愛がゆっくり顔を起き上がらせる。


「いや、もう昼だな」


 覗き込むように莉愛をみると彼女は顔を真っ赤にしていた。

「あ、有場さん!? ど、どうして!? あっ、そうか……、私、有場さんに膝枕してもらっていたんだった……」
「そうだな。そろそろ起こした方が良いかなと思って声をかけたんだ」
「ちなみに私ってどのくらい寝ていましたか?」
「一時間くらいだな……」
「へ、変な顔をしていませんでしたよね!?」
「寝言で俺の名前を言っていたくらいだな。一体どんな夢を見ていたんだ?」


 それを言った瞬間に莉愛の顔が更に赤く染まり、動きが固まる。
 恥ずかしさのあまり肩を震わせて俺の方に飛びついてくる。


「わ、忘れてください――!!」


 莉愛の飛びつきを支えようとするが足のしびれでうまく動けずにそのまま莉愛に押し倒されてしまう。


「もう……、有場さんには恥ずかしいところをみられてばかりですね……」
「そんなことないと思うが……。それで一体どんな夢だったんだ?」
「そんなの私の口から言えるはずないですよー!!」


 莉愛が頬を膨らませて怒ってくる。
 ただ、本気で怒っているというわけでは無く、何度か軽く叩いた後に笑い声を上げ始める。


「それにしてももうこんな時間ですね。まだ乗りたいアトラクションがいっぱいあるのに……」
「とりあえず乗れるだけ乗りに行くか!」
「はいっ!」


 俺は起き上がると莉愛に手を差しのばす。
 莉愛がその手を取ると俺の方に引き寄せて、起き上がらせる。


「せっかくハンカチを引いていたのに汚れてしまったな」


 莉愛の服を軽くはたいてあげるが、どうしても完全に汚れが落ちることはなかった。


「大丈夫ですよ……。これも有場さんと一緒に遊園地に来た思い出……なんですから……」
「そうか……。それならあとから記念に何か買って帰ろうとしたが、それはいらないな」
「いりますよ!! これも思い出ですけど、有場さんに買ってもらったものも思い出なんですから!」
「わかった、それじゃあ先に見に行くか……。どうせだったら良いものを買いたいもんな」


 すると莉愛がポンッと手を叩く。


「それならペア――」
「却下!」
「ど、どうしてですかー!?」
「だって俺とおそろいのものなんて恥ずかしいだろう?」
「そんなことないですよ。とっても嬉しいです……」


 いや、俺が恥ずかしいんだが……。
 まぁ目立つものじゃなかったらいいか。


「わかったよ。それじゃあおそろいのものを買いに行くか」
「……いいのですか?」


 莉愛が不思議そうに聞いてくる。

 そんなにおかしいことだっただろうか?


「いらないならいいが……?」
「いりますよ! それじゃあ早速買いに行きましょう!」


 当然のように莉愛に腕組みをされると入り口付近にあるお土産ショップへと足を運ぶ。



「やっぱり土産はおかし系が多いな……」


 配るにはちょうど良いものだからな。
 ただ、どこの場所でもどうしてここまで箱が大きいのだろうか?
 かさばって仕方ないのだが……。


「でも、こっちにはぬいぐるみがたくさんありますよ。えっと……、神楽坂オーシャンパーク、マスコットキャラクターのかっしー君?」


 莉愛が手に取っていたのはデフォルメされ、可愛らしい姿になっているペンギンのぬいぐるみだった。
 確かにこれなら手に取る人はいるだろうな。


「私、このかっしー君ほしいです……。有場さん、一つ買ってきても良いですか?」
「あぁ、いいけど、ペアのものはどうするんだ?」
「それもゆっくり見ます!!」


 それだけいうと莉愛はレジの方へと向かっていった。

 そして、戻ってくるとその手には巨大なペンギンのぬいぐるみが握られていた。


 おい……、莉愛の半分ほどのサイズってどうやって持って回るんだ?


 そんな俺の不安をよそに莉愛は幸せそうにとろけた笑みを浮かべる。


「えへへ……、この子、かわいいですよね……」


 確かに莉愛と一緒ならすごく可愛らしく見えるが……。


「さすがに持ち運び大変じゃないか?」
「いえ、これは郵送で家まで送ってくれるそうです。でも、先に有場さんに見せてくると言って借りてきました」


 なるほど、そこはしっかりと考えていたようだ。


「これでまた思い出が一つ増えましたね……」
「そうだな……」
「次はペアのものを探しましょうか。有場さんはどんなものが良いですか?」


 どんなもの……か。


「できるだけ邪魔にならない、小さめのものが良いな」
「わかりました。それでしたら……」


 ガサゴソと商品棚をあさり始める莉愛。
 そして、見つけてきたのは莉愛が持っているかっしー君の小さなぬいぐるみが付いたキーホルダーだった。


「これなら邪魔にならないし、一緒のものをつけていてもおかしくないですもんね」


 一応莉愛なりに気を遣ってくれたようだ。


「そうだな。それじゃあこれを二つ買うか」
「はいっ」


 俺はレジにそのキーホルダーを持って行くとお金を払い、そのまま受け取る。
 一応袋に入れるかと聞かれたが、莉愛が「今すぐつけますから大丈夫です」と答えていた。
 そして、キーホルダーを受け取った莉愛はまず自分の鞄にそれをつけると、今度は俺が持っている鞄にも同じようにつけてくる。


「おそろいです……」


 無事に鞄に付くと莉愛は嬉しそうな表情を浮かべていた。



 それから俺たちは時間の許す限りアトラクションに乗り続け、気がつくと日が暮れ始めていた。


「そろそろ次のアトラクションが最後だな……」
「……そう、ですね」


 楽しかった時間はやはりすぐに過ぎてしまうもので莉愛が寂しそうな表情を見せていた。


「最後はもちろん……あれだな」
「……観覧車ですね」


 目立つ位置にありながらもずっと我慢して乗らなかった観覧車。
 やはり帰る前のこの時間に乗る方が綺麗だからな。


「それじゃあ早速行くか……」
「はいっ」


 笑顔の莉愛と手をつないで観覧車の方へと歩いて行く。

 ◇

 俺たちは観覧車で向かい合うように座る。
 観覧車はゆっくりと上空を目指して動いていく。
 中は動くと意外と揺れるのであまり身動きを取る気にならない。

 それにこの密室された空間ではいつもと雰囲気が違い、照れくさくて喋ることができなかった。
 それは莉愛も同じようでお互い無言で見つめ合ったまま固まっていた。

 そんな中、観覧車はゆっくり進んでいく。
 窓の外に見える景色は次第と高度を上げていき、遊園地や街の明かりで綺麗な風景が広がっていた。
 そして、莉愛が真剣な表情で俺の目をジッと見てくる。


「あの……有場さん……?」


 ついに耐えきれなくなったのか、この沈黙を破ったのは莉愛だった。


「どうした?」
「いえ、今日は楽しかったです……。ありがとうございます」


 莉愛が頭を下げてくる。

 むしろ一日の仕事がこれほど楽しかったことはない。
 その点からも俺の方が感謝したいくらいだった。

 それに仕事と考えなくても、莉愛との過ごす日はすでに俺にとってはなくてはならないもの……のように感じられる。


「気にするな。俺のほうも……その……楽しかったからな」
「それなら嬉しいです。他の人じゃ……、有場さんと一緒じゃなかったらこうはならなかったですから……」


 夕焼けを背にはにかむ莉愛の笑顔。
 あまりにもまぶしいその姿に思わず俺もドキッとなる。


 今の……なんだ?
 相手は女子高生だぞ?
 とりあえず落ち着け。場に流されるんじゃないぞ……。


 大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
 そして、平静を装いながら答える。


「俺も莉愛と一緒に来られて楽しかったぞ」
「それならよかったです。こんなお仕事を準備してくれたお父様に感謝しないと」


 だんだんと莉愛の笑顔が儚いものへと思えてくる。
 顔をうつむけ、何か話さないとと言葉を探しているようだった。

 だから俺は今の席を立ち上がると莉愛側の席に座る。
 その際に観覧車が大きく揺れる。


「えっ、あ、有場さん……?」
「せっかくだからな。一緒に景色を見ておこうと思ってな。ほら、良い景色だぞ」


 さっきから窓の外を一切見ていない莉愛を促して窓の外を見させる。


「うわぁぁぁぁ……、すごく、きれい……」


 莉愛は思わず感嘆の声を上げていた。
 うっとりと窓を覗き込むように眺めていたので、その横で俺も同じように眺める。


「本当にすごいな、この景色は……」
「はいっ、また見に来たいくらいです!」
「それならオープンしてから二人で来るか……」
「えっ……!?」


 驚きのあまり、莉愛は俺の顔を見てくる。


 何か変なことでも言っただろうか?


「ほらっ、今回乗れなかったものとかもたくさんあるし、水族館とかプールとかも行ってみたいもんな」


 なんだか言い訳がましくなってしまう。
 そんな俺の様子を見て莉愛はクスクスと微笑んだ。


「そうですね。……そうですよね。絶対にまた来ましょうね!」


 莉愛は俺の両手をギュッと握りしめて顔を近づけてくる。
 そして、視線が合うと莉愛の顔は一瞬で真っ赤に染まっていくが、視線をそらすようなことはしなかった。

 むしろ、更に顔がゆっくり近づいてる気がする。
 莉愛も目を閉じて、口を近づけてくる。


 しかし、その瞬間に大きく風が吹き、観覧車が大きく揺れて莉愛の体が俺の方に倒れてくる。
 慌ててそれを抱きしめると莉愛は少し驚いた顔をしていた。


「あ、ありがとうございます……」


 上目遣いを見せながらお礼を言ってくる。
 腕の中にすっぽりと収まって嬉しそうな表情を見せていた。

 ただ、すぐに残念そうな表情を浮かべていた。
 俺の腕の中で、小さく呟いていた。


「もう……、タイミング、悪いです……」




 そして、観覧車が地上に帰ってくる。


「着いたな。降りるか」
「そうですね……」


 俺の腕にいた莉愛は離れると俺の方に振り返り、ジッと俺の顔を見てくる。
 そして、何か覚悟を決めたようで顔を真っ赤にしながら一度頷いていた。


「どうかしたか――」


 全てを言い切る前に莉愛はその唇を俺の頬に当ててくる。

 頬に莉愛の柔らかい感触が伝わってきて俺自身も顔が赤くなっていく……。


「えへへっ、隙ありですよ……」


 顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに観覧車を降りていく莉愛。

 ただ、俺はしばらく頬に手を触れて固まってしまっていた。

 危うく観覧車をもう一周回る羽目になりかけた俺はスタッフの呼びかけで我に返り、なんとか地上に足をつけることが出来た。

 そして、慌てて莉愛を追いかける。


「り、莉愛……さっきのは一体……」


 莉愛は俺の方に振り返り、恥ずかしそうに答えてくれる。


「絶対に忘れない思い出……です――」
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