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これからどうするか悩みながらも、ビルを出た俺は急いで莉愛を迎えにいく。
すると、少しだけ時間が遅れてしまったようで、莉愛と伊緒が心配そうに待っていた。
「す、すまない。遅れてしまった……」
走ってきた反動で少し息を荒らげる俺。
しかし、莉愛はそんなこと気にした様子も無く笑顔で言ってくる。
「大丈夫ですよ、私たちは。それよりも有場さんの方が大丈夫ですか? 何か用事があったのでは?」
「いや、それが終わってから来たんだが、少しだけ長引いてしまって遅れてしまった。伊緒も本当にすまなかった」
「私は大丈夫だよ。お兄ちゃんが後からポテチくれるからね!」
伊緒が笑顔でねだってくる。
逆にこのくらいで許してもらえるなら安いものだった。
「あぁ、そのくらいならいくらでもおごってやる」
「やたっ、言ってみるものだね」
伊緒が指でブイの字を作る。
それを見て莉愛は苦笑していた。
「それよりも……有場さん、何かあったのですか?」
莉愛が不思議そうに首をかしげながら俺の方を見てくる。
「いや、なんでもないぞ……」
なるべく平静を装って答えるが、莉愛はじっと俺の顔を覗き込む。
何か変なところがあっただろうか?
ただ、さすがにさっきの話は莉愛には言うわけにはいかないもんな。
「私に言えないようなことでもあるのですか?」
疑いの眼を見せながらグッと近づいてくる莉愛。
その真剣な目つきを見せられて思わず目をそらしてしまう。
すると隣にいる伊緒がニヤけながら言う。
「相変わらず二人は仲が良いね」
するとそれを聞いた莉愛が恥ずかしそうに顔を染めて一歩後ろに下がる。
「そ、そんなことないですよ。ふ、普通ですよ……」
「うん、わかってるよ。それが莉愛ちゃんの普通なんだよね……」
楽しそうに伊緒が告げると莉愛は更に真っ赤な表情になっていた。
そして、恥ずかしそうに莉愛達はじゃれ合っていた。
ふぅ……、なんとか話を逸らせたみたいだな。
俺は心の中でため息を吐いていると伊緒が横目で「ポテチの追加よろしく」と呟いてくるように見える。
やはり俺が隠してることは莉愛だけではなく、伊緒にもバレてしまっていたようだ。
これは早いうちに解決する必要がありそうだ。
それに俺が莉愛を悲しませることはないと信じてくれているからこそ伊緒も手を貸してくれたわけだもんな。
だからこそ俺も莉愛を悲しませる決断だけはしないようにしよう。
苦笑しつつも頷くと伊緒は満足したように莉愛に抱きついてじゃれあいを再開していた。
◇
家へと戻ってくると大家さんが既に客間に通されて待っているみたいだった。
そのことを使用人から聞き、俺たちもその客間に行ってみる。
するとなぜか大家さんとその愚痴を聞く遠山という珍しい組み合わせができていた。
「全くね、アパートの人たちも有場さんみたいな人ばかりだったらいいんですよ。ほとんど部屋にいないから悪いこともしないし……。でも、部屋で騒がれてクレームが起きるとどんな時間でも私が出向くわけ! 夜中でも……ですよ!」
「それは大変苦労をなさっているのですね」
「ですよね! 全く、どうして大学生はああも大声を上げるんでしょうね! 全く……」
まるで酔っ払ってるみたいに早口になっている大家さん。でも、その手に持っているのはサイダーでおそらく雰囲気に酔っているだけだろうな。
そして、それを真面目に聞いて相づちを打つ遠山。
仕事柄、客の相手をしないといけないのはわかるけど大変だな……。
俺だったらとてもじゃないが今の大家さんは相手にしたくない。
流石にこの空気を邪魔しては悪いとそのまま扉を閉めると、その瞬間に大家さんが走ってきて扉を開いてくる。
「どうして閉めるんですか!?」
「いえ、お邪魔かなと思いまして……」
「そんなことないですよ! ずっと待っていたんですから」
必死に言ってくる大家さん。
ただ、どうしてか、彼女がいうと裏があるようにしか思えない。
ジト目で大家さんを見ながら聞いてみる。
「……何が目的ですか?」
「もちろんお肉……いえ、莉愛ちゃんたちにお勉強を教えるためですよ!」
なるほど、ご飯目当てか。
逆にそのくらいわかりやすいほうがいいな。
莉愛の方を見ると彼女は苦笑を浮かべながら頷いた。
大家さん一人くらい増えても問題なさそうだ。
「それなら伊緒も食べていくか?」
「えっ、いいの?」
「はい、伊緒ちゃんも一緒に食べてくれると嬉しいです」
「それじゃあちょっとお母さんに電話してくるね」
それだけ言うと伊緒は少し離れて電話を始めていた。
「私も晩御飯、大丈夫だったよ!」
伊緒が戻ってくると嬉しそうに言ってくる。
その回答を聞いて、俺は遠山の方に向く。
「かしこまりました。では本日のお食事は肉料理を作らせていただきます」
「やったー!」
大家さんが両手を挙げて喜ぶ。
その仕草は子供にしか見えない無邪気なものだった。
よほど肉が食べたかったんだな……。
遠山は軽く会釈を見せるとそのまま食堂へと足を運んでいった。
◇
そして、勉強をするために俺の部屋にやってくる。
まるでここが勉強部屋だと言わんばかりに自然な流れできてしまった。
しばらくの間はものを散らかすことは出来ないな……。
中央に置かれたテーブルに向かい合って勉強をする莉愛たち。
この部屋に男女比一対三……というと羨ましい状況かもしれないが、実際は三人で楽しげに話し合って、俺は一人少し離れた位置で考え事をしていた。
これはさすがにハーレム状態とは言えないだろう。
でも、こうやって伊緒や大家さんと楽しげにしている莉愛を見ると、彼女は一人でも大丈夫かな……とも思えてくるな。
そう考えると俺も普通に働いても……っ!?
やっぱり、そのことを考えると胸が痛む。
かといっても、いつまでもヒモでいる……と考えても胃が痛くなってくる。
たしかに今の生活はのんびりほのぼのと過ごすことができる。
ただ、ただ何もしていないということは意外といろんなことが心配になってくる訳だ。この生活はいつまで続けられるのだろうかと……。
どっちも一長一短があるせいで悩んでしまう。
決めるのに時間がかかりそうだ。
すると、勉強していたはずな莉愛が不思議そうに聞いてくる。
「有場さーん、そんなところで何してるのですか?」
「ちょっと考え事だな……。というかこれからのことを少し――」
「これからのこと――」
莉愛の顔が突然真っ赤に染まり、恥ずかしそうに頬に手を当てていた。
その反応を見て今とんでもないことを言ってしまったのではないかと冷や汗を流す。
「べ、別にへ、変な意味じゃないからな!?」
「だ、大丈夫……です。突然だったので少し動揺してしまっただけですから――」
莉愛は大きく深呼吸をすると、まだ恥ずかしそうにしながらも笑みを見せてくれる。
「それでどうかしたのか?」
「あっ、いえ、そろそろ休憩をしようと思いまして――。有場さんもどうですか?」
「そうだな。それならお菓子を……もう食べてるな」
いつのまにか伊緒がポテチの封を開けて、ぽりぽり食べ始めていた。
「おいしいよ、お兄ちゃん。……ぽりぽり」
「食うか喋るかどっちかにしろよ……」
苦笑を浮かべながら言うと伊緒は食べる方に集中し始める。
まぁポテチは約束だったからな。
それにしても毎回要求してくるとはよほど好きなんだろうな。
「莉愛は何か食べるか?」
お菓子が入った袋を見せる。
しかし、莉愛は首を横に振った。
「いえ、私はこの飲み物だけで……」
莉愛がオレンジジュースが入ったコップを見せてくる。
「有場さんはどうしますか?」
「俺も同じものをもらおうかな」
「お、同じ……。ど、どうぞ……」
莉愛は顔を真っ赤にしながら手に持っていたオレンジジュースを渡してくる。
まだ完全にさっきの動揺が収まっていないのかもしれない。
「いや、同じってのは同じ飲み物を……ってことだから、莉愛の飲みかけが欲しいってことじゃないぞ……」
「そ、そうですよね……。今準備します……」
莉愛が慌てて新しいコップにオレンジジュースを入れて渡してくれる。
「どうぞ……」
「ありがとう……」
コップを受け取るととりあえず転職の誘いのことは今は考えないようにする。
自分一人で考えていては泥沼にはまりそうだし、ここは誰かに相談するべきだろう。
一番適任なのはやはり神楽坂グループの代表である勇吾さんか……。
おそらく俺の情報が漏れたのも勇吾さんから……だろうし、その辺りの対処も含めて相談するべきだろうな。
気持ちを切り替えると俺も莉愛達の談笑の中に入る。
◇
その夜、俺は執事長の遠山に会いに行った。
報告書を渡してからずっと出かけたままの勇吾さん。
もしかしたら遠山なら勇吾さんが戻ってくる日がわかるかもしれない。
そんな期待を持って遠山を探していると食堂で後片付けをしているところを発見する。
「遠山さん、少しよろしいでしょうか?」
「なんでございましょうか?」
「勇吾さんが戻ってこられる日って聞いておられますか?」
「勇吾様がお戻りになる日……でございますか? 勇吾様なら一週間後にお戻りになりますよ」
ちょうど莉愛のテストが終わる日……か。
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさらずに。それで勇吾様にどのようなお話でしょうか? もしよろしければ私の方から事前にお伝えさせていただきますが?」
「それでしたら、別の会社からの勧誘を受けまして、そのことについて話をしたい。とお伝えしてもらえますか?」
すると遠山は軽く頭を下げてくる。
「かしこまりました。でも、有場様はどうされるおつもりなのですか?」
「俺は……少し迷ってるんですよ。この家や莉愛には恩がありますし、何より莉愛が側からいなくなるのはもう考えられないんです。ただ、いつまでも仕事をしないままでいいのか……という悩みもありまして――」
「ふふふっ、それならもう答えは出ているじゃないですか? どちらも満たした上で今の生活を続ける方法が……」
「ほ、本当ですか!?」
「でも、有場様の人生です。下手に私がこうするべき……というよりも一度じっくり考えられた方がよろしいかもしれませんね。勇吾様にはそのことも合わせてお伝えさせていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
軽く会釈をして、食堂を出て行くと遠山が微笑んで見送ってくれる。
◇◇◇◇◇
(莉愛視点)
有場さん、どうしたんでしょうか?
今日の昼からどこか心ここにあらずだった有場さん。
時々、私の方を見て顔を伏せていたし何かあったのでしょうか?
今までそんなことがなかっただけに少しだけ不安になってしまう。
まさか有場さん、この家を出て行く……なんて言い出したりしませんよね?
そんな不安が唐突に襲ってくる。
と、とりあえず有場さんに会えばこの気持ちも拭えますよね……。
嫌な予感を抱きながら私は有場さんの部屋へと向かう。
「有場さん、ちょっとよろしいでしょうか?」
扉をノックするけど、中からは返事がなかった。
あれっ、どうしたのでしょうか?
さすがにまだ眠っている時間ではないと思ったのですが……。
扉から光が漏れている様子もないので、どこか別の場所に行っているのかも……。
そう思って近くの場所を探してみる。
すると食堂の方から有場さんの声が聞こえてくる。
(勇吾さんが戻ってこられる日って遠山さんは聞いておられますか?)
有場さん、お父様に何のようなんでしょう?
もしお急ぎなら私から電話をかけても良いかと思い、食堂の方へと足を運んでいく。
すると次に聞こえてきた言葉で思わず絶句してしまう。
(別の会社からの勧誘を受けまして、そのことについて話をしたい)
一瞬何のことかわからずに固まってしまう。
その後の言葉が耳に入らないくらいに動揺をしてしまった。
えっ!? あ、有場さんが転職!? ど、どうして!?
も、もしかして、有場さんはこの家にいたくないのでしょうか?
今日悩まれていたのもそれが原因で……。
…………。
……嫌、そんなの絶対に嫌。
でも、それならどうやって有場さんを引き留めたらいいの?
……そうだ、テストの約束!
私が学年一位を取れたら有場さんが一つ願いを叶えてくれるって約束!
有場さんに『これからもずっと一緒にいてください』とお願いすれば良いんだ!
うん、それなら有場さんはまだこの家にいてくれるかもしれない。
そうと決まったらこんなところで油を売っている暇はないです。
有場さんとこれからも一緒に過ごすために、今は勉強をしないと!
ぐっと覚悟を決めると私は急いで部屋へと戻っていく。
そして、体力が限界になるまでずっと勉強を続けていた。
すると、少しだけ時間が遅れてしまったようで、莉愛と伊緒が心配そうに待っていた。
「す、すまない。遅れてしまった……」
走ってきた反動で少し息を荒らげる俺。
しかし、莉愛はそんなこと気にした様子も無く笑顔で言ってくる。
「大丈夫ですよ、私たちは。それよりも有場さんの方が大丈夫ですか? 何か用事があったのでは?」
「いや、それが終わってから来たんだが、少しだけ長引いてしまって遅れてしまった。伊緒も本当にすまなかった」
「私は大丈夫だよ。お兄ちゃんが後からポテチくれるからね!」
伊緒が笑顔でねだってくる。
逆にこのくらいで許してもらえるなら安いものだった。
「あぁ、そのくらいならいくらでもおごってやる」
「やたっ、言ってみるものだね」
伊緒が指でブイの字を作る。
それを見て莉愛は苦笑していた。
「それよりも……有場さん、何かあったのですか?」
莉愛が不思議そうに首をかしげながら俺の方を見てくる。
「いや、なんでもないぞ……」
なるべく平静を装って答えるが、莉愛はじっと俺の顔を覗き込む。
何か変なところがあっただろうか?
ただ、さすがにさっきの話は莉愛には言うわけにはいかないもんな。
「私に言えないようなことでもあるのですか?」
疑いの眼を見せながらグッと近づいてくる莉愛。
その真剣な目つきを見せられて思わず目をそらしてしまう。
すると隣にいる伊緒がニヤけながら言う。
「相変わらず二人は仲が良いね」
するとそれを聞いた莉愛が恥ずかしそうに顔を染めて一歩後ろに下がる。
「そ、そんなことないですよ。ふ、普通ですよ……」
「うん、わかってるよ。それが莉愛ちゃんの普通なんだよね……」
楽しそうに伊緒が告げると莉愛は更に真っ赤な表情になっていた。
そして、恥ずかしそうに莉愛達はじゃれ合っていた。
ふぅ……、なんとか話を逸らせたみたいだな。
俺は心の中でため息を吐いていると伊緒が横目で「ポテチの追加よろしく」と呟いてくるように見える。
やはり俺が隠してることは莉愛だけではなく、伊緒にもバレてしまっていたようだ。
これは早いうちに解決する必要がありそうだ。
それに俺が莉愛を悲しませることはないと信じてくれているからこそ伊緒も手を貸してくれたわけだもんな。
だからこそ俺も莉愛を悲しませる決断だけはしないようにしよう。
苦笑しつつも頷くと伊緒は満足したように莉愛に抱きついてじゃれあいを再開していた。
◇
家へと戻ってくると大家さんが既に客間に通されて待っているみたいだった。
そのことを使用人から聞き、俺たちもその客間に行ってみる。
するとなぜか大家さんとその愚痴を聞く遠山という珍しい組み合わせができていた。
「全くね、アパートの人たちも有場さんみたいな人ばかりだったらいいんですよ。ほとんど部屋にいないから悪いこともしないし……。でも、部屋で騒がれてクレームが起きるとどんな時間でも私が出向くわけ! 夜中でも……ですよ!」
「それは大変苦労をなさっているのですね」
「ですよね! 全く、どうして大学生はああも大声を上げるんでしょうね! 全く……」
まるで酔っ払ってるみたいに早口になっている大家さん。でも、その手に持っているのはサイダーでおそらく雰囲気に酔っているだけだろうな。
そして、それを真面目に聞いて相づちを打つ遠山。
仕事柄、客の相手をしないといけないのはわかるけど大変だな……。
俺だったらとてもじゃないが今の大家さんは相手にしたくない。
流石にこの空気を邪魔しては悪いとそのまま扉を閉めると、その瞬間に大家さんが走ってきて扉を開いてくる。
「どうして閉めるんですか!?」
「いえ、お邪魔かなと思いまして……」
「そんなことないですよ! ずっと待っていたんですから」
必死に言ってくる大家さん。
ただ、どうしてか、彼女がいうと裏があるようにしか思えない。
ジト目で大家さんを見ながら聞いてみる。
「……何が目的ですか?」
「もちろんお肉……いえ、莉愛ちゃんたちにお勉強を教えるためですよ!」
なるほど、ご飯目当てか。
逆にそのくらいわかりやすいほうがいいな。
莉愛の方を見ると彼女は苦笑を浮かべながら頷いた。
大家さん一人くらい増えても問題なさそうだ。
「それなら伊緒も食べていくか?」
「えっ、いいの?」
「はい、伊緒ちゃんも一緒に食べてくれると嬉しいです」
「それじゃあちょっとお母さんに電話してくるね」
それだけ言うと伊緒は少し離れて電話を始めていた。
「私も晩御飯、大丈夫だったよ!」
伊緒が戻ってくると嬉しそうに言ってくる。
その回答を聞いて、俺は遠山の方に向く。
「かしこまりました。では本日のお食事は肉料理を作らせていただきます」
「やったー!」
大家さんが両手を挙げて喜ぶ。
その仕草は子供にしか見えない無邪気なものだった。
よほど肉が食べたかったんだな……。
遠山は軽く会釈を見せるとそのまま食堂へと足を運んでいった。
◇
そして、勉強をするために俺の部屋にやってくる。
まるでここが勉強部屋だと言わんばかりに自然な流れできてしまった。
しばらくの間はものを散らかすことは出来ないな……。
中央に置かれたテーブルに向かい合って勉強をする莉愛たち。
この部屋に男女比一対三……というと羨ましい状況かもしれないが、実際は三人で楽しげに話し合って、俺は一人少し離れた位置で考え事をしていた。
これはさすがにハーレム状態とは言えないだろう。
でも、こうやって伊緒や大家さんと楽しげにしている莉愛を見ると、彼女は一人でも大丈夫かな……とも思えてくるな。
そう考えると俺も普通に働いても……っ!?
やっぱり、そのことを考えると胸が痛む。
かといっても、いつまでもヒモでいる……と考えても胃が痛くなってくる。
たしかに今の生活はのんびりほのぼのと過ごすことができる。
ただ、ただ何もしていないということは意外といろんなことが心配になってくる訳だ。この生活はいつまで続けられるのだろうかと……。
どっちも一長一短があるせいで悩んでしまう。
決めるのに時間がかかりそうだ。
すると、勉強していたはずな莉愛が不思議そうに聞いてくる。
「有場さーん、そんなところで何してるのですか?」
「ちょっと考え事だな……。というかこれからのことを少し――」
「これからのこと――」
莉愛の顔が突然真っ赤に染まり、恥ずかしそうに頬に手を当てていた。
その反応を見て今とんでもないことを言ってしまったのではないかと冷や汗を流す。
「べ、別にへ、変な意味じゃないからな!?」
「だ、大丈夫……です。突然だったので少し動揺してしまっただけですから――」
莉愛は大きく深呼吸をすると、まだ恥ずかしそうにしながらも笑みを見せてくれる。
「それでどうかしたのか?」
「あっ、いえ、そろそろ休憩をしようと思いまして――。有場さんもどうですか?」
「そうだな。それならお菓子を……もう食べてるな」
いつのまにか伊緒がポテチの封を開けて、ぽりぽり食べ始めていた。
「おいしいよ、お兄ちゃん。……ぽりぽり」
「食うか喋るかどっちかにしろよ……」
苦笑を浮かべながら言うと伊緒は食べる方に集中し始める。
まぁポテチは約束だったからな。
それにしても毎回要求してくるとはよほど好きなんだろうな。
「莉愛は何か食べるか?」
お菓子が入った袋を見せる。
しかし、莉愛は首を横に振った。
「いえ、私はこの飲み物だけで……」
莉愛がオレンジジュースが入ったコップを見せてくる。
「有場さんはどうしますか?」
「俺も同じものをもらおうかな」
「お、同じ……。ど、どうぞ……」
莉愛は顔を真っ赤にしながら手に持っていたオレンジジュースを渡してくる。
まだ完全にさっきの動揺が収まっていないのかもしれない。
「いや、同じってのは同じ飲み物を……ってことだから、莉愛の飲みかけが欲しいってことじゃないぞ……」
「そ、そうですよね……。今準備します……」
莉愛が慌てて新しいコップにオレンジジュースを入れて渡してくれる。
「どうぞ……」
「ありがとう……」
コップを受け取るととりあえず転職の誘いのことは今は考えないようにする。
自分一人で考えていては泥沼にはまりそうだし、ここは誰かに相談するべきだろう。
一番適任なのはやはり神楽坂グループの代表である勇吾さんか……。
おそらく俺の情報が漏れたのも勇吾さんから……だろうし、その辺りの対処も含めて相談するべきだろうな。
気持ちを切り替えると俺も莉愛達の談笑の中に入る。
◇
その夜、俺は執事長の遠山に会いに行った。
報告書を渡してからずっと出かけたままの勇吾さん。
もしかしたら遠山なら勇吾さんが戻ってくる日がわかるかもしれない。
そんな期待を持って遠山を探していると食堂で後片付けをしているところを発見する。
「遠山さん、少しよろしいでしょうか?」
「なんでございましょうか?」
「勇吾さんが戻ってこられる日って聞いておられますか?」
「勇吾様がお戻りになる日……でございますか? 勇吾様なら一週間後にお戻りになりますよ」
ちょうど莉愛のテストが終わる日……か。
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさらずに。それで勇吾様にどのようなお話でしょうか? もしよろしければ私の方から事前にお伝えさせていただきますが?」
「それでしたら、別の会社からの勧誘を受けまして、そのことについて話をしたい。とお伝えしてもらえますか?」
すると遠山は軽く頭を下げてくる。
「かしこまりました。でも、有場様はどうされるおつもりなのですか?」
「俺は……少し迷ってるんですよ。この家や莉愛には恩がありますし、何より莉愛が側からいなくなるのはもう考えられないんです。ただ、いつまでも仕事をしないままでいいのか……という悩みもありまして――」
「ふふふっ、それならもう答えは出ているじゃないですか? どちらも満たした上で今の生活を続ける方法が……」
「ほ、本当ですか!?」
「でも、有場様の人生です。下手に私がこうするべき……というよりも一度じっくり考えられた方がよろしいかもしれませんね。勇吾様にはそのことも合わせてお伝えさせていただきます」
「はい、よろしくお願いします」
軽く会釈をして、食堂を出て行くと遠山が微笑んで見送ってくれる。
◇◇◇◇◇
(莉愛視点)
有場さん、どうしたんでしょうか?
今日の昼からどこか心ここにあらずだった有場さん。
時々、私の方を見て顔を伏せていたし何かあったのでしょうか?
今までそんなことがなかっただけに少しだけ不安になってしまう。
まさか有場さん、この家を出て行く……なんて言い出したりしませんよね?
そんな不安が唐突に襲ってくる。
と、とりあえず有場さんに会えばこの気持ちも拭えますよね……。
嫌な予感を抱きながら私は有場さんの部屋へと向かう。
「有場さん、ちょっとよろしいでしょうか?」
扉をノックするけど、中からは返事がなかった。
あれっ、どうしたのでしょうか?
さすがにまだ眠っている時間ではないと思ったのですが……。
扉から光が漏れている様子もないので、どこか別の場所に行っているのかも……。
そう思って近くの場所を探してみる。
すると食堂の方から有場さんの声が聞こえてくる。
(勇吾さんが戻ってこられる日って遠山さんは聞いておられますか?)
有場さん、お父様に何のようなんでしょう?
もしお急ぎなら私から電話をかけても良いかと思い、食堂の方へと足を運んでいく。
すると次に聞こえてきた言葉で思わず絶句してしまう。
(別の会社からの勧誘を受けまして、そのことについて話をしたい)
一瞬何のことかわからずに固まってしまう。
その後の言葉が耳に入らないくらいに動揺をしてしまった。
えっ!? あ、有場さんが転職!? ど、どうして!?
も、もしかして、有場さんはこの家にいたくないのでしょうか?
今日悩まれていたのもそれが原因で……。
…………。
……嫌、そんなの絶対に嫌。
でも、それならどうやって有場さんを引き留めたらいいの?
……そうだ、テストの約束!
私が学年一位を取れたら有場さんが一つ願いを叶えてくれるって約束!
有場さんに『これからもずっと一緒にいてください』とお願いすれば良いんだ!
うん、それなら有場さんはまだこの家にいてくれるかもしれない。
そうと決まったらこんなところで油を売っている暇はないです。
有場さんとこれからも一緒に過ごすために、今は勉強をしないと!
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「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
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