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七月になり、気温が随分と上がってきた。
気温も最高だと三十度を軽く超えてくるということもあり、俺自身も半袖を着ることが増えてきた。
ただ、もっと大きな差は莉愛の格好だった。
学校の制服も衣替えが起こり、涼しげな半袖の制服に変わっていた。
色合いは白と青を基調したもので、そこまで大きな変化はないのだが、やはりそれを実際に莉愛が着てみたらずいぶんと印象が変わっていた。
「どうですか?」
家で支度をしているとわざわざ制服を着て見せに来る。
俺の目の前でくるっと一回転したあとに笑顔を見せながら聞いてくる。
「あぁ、似合ってるんじゃないか?」
さすがにどういう態度をして良いのかわからない。
素っ気なく答えるが、それが莉愛のお気に召さなかったようだ。
少し頬を膨らませながらジリジリと俺の方に近づいてくる。
「むぅ……、もっとよく見てください」
ゆっくりと近づいてくる莉愛。
すぐ目と鼻の先にまで近づいてくる。
俺は大きくため息を吐くと今度は思ったことを口にする。
「しっかり見えてるぞ。ただ、莉愛はどんな服を着ても可愛いからな」
言ってて恥ずかしくなるが、この回答が正解だったようで莉愛は頬を染めて照れていた。
「あ、ありがとうございます……」
恥ずかしそうに顔をうつむける莉愛。
逆にそこまで露骨に照れられると言った俺自身も恥ずかしくなってくる。
結局、二人してしばらく動けなくなり、学校に向かうのが時間ギリギリになってしまった。
◇
途中に伊緒と合流してから学校へ向かって歩いて行く。
ただ蒸し暑い時期でもあってこうやって並んで歩いていると、どうしても汗ばんでしまう。
「ふぅ……、今年は暑いですね……」
パタパタと手をうちわ代わりにして仰いでいる莉愛。
「これからは車で行った方が良いかもしれないな」
おもむろに莉愛に告げてみる。
すると彼女が必死に首を横に振ってくる。
「だ、駄目です! 車で行くと有場さんと一緒にいられる時間が減っちゃうじゃないですか!」
「いや、でも、外は暑いだろう?」
「暑くても大丈夫です! 有場さんと一緒にいられるなら……」
ギュッと俺の腕を掴んで来る。
すると隣にいた伊緒が冷やかしてくる。
「お兄ちゃんたちが熱々すぎて見てるこっちが火傷しちゃいそうなんだけど」
口を尖らせていう伊緒。
それに気づいた瞬間に莉愛は顔を真っ赤にしていた。
ただし腕は放さずに……。
「そうだな、伊緒もいたんだったな……」
「あっ、私のこと忘れてたんだ! お兄ちゃんも莉愛ちゃんもひどいよ!」
伊緒が頬を膨らませて拗ねていた。
「ご、ごめんね、伊緒ちゃん……」
「す、すまん……」
二人で謝るとようやく伊緒が機嫌を直してくれる。
「二人が熱々なのは今に始まったことじゃないもんね。許してあげるよ。でも、そうやってぴったりくっついていると汗とか気にならない?」
それを聞いて莉愛が慌てて離れる。
「あ、有場さん、へ、変な臭いがしませんでしたよね?」
不安そうに聞いてくる。
まぁ莉愛も女の子なだけあって汗の臭いとかが気になるのかもしれない。
ただ、莉愛から漂ってきたのはシャンプーの良い香りだけだった。
「いつもの莉愛の良い匂いしかしなかったが?」
普通に伝えただけなのに、莉愛が真っ赤になって顔をうつむけてしまった。
「もう、また周りの気温を暑くして……」
伊緒は呆れたように言っていた。
◇
「そういえば、もうすぐしたらお祭りがあるね。莉愛ちゃん達はどうするの?」
「えっと、私は――」
莉愛が軽く俺の方を見てくる。
もしかして一緒に行きたいと思っているのだろうか?
「それなら俺と一緒に行くか?」
「えっ、いいのですか!?」
莉愛が驚いて聞き返してくる。
いやいや、今の莉愛の表情は誘ってるようにしか見えなかったぞ?
「あぁ、別にかまわないぞ。ただ、どこでそんなお祭りがあるんだ?」
「近くの神社だよ。お兄ちゃんは見たことないかな?」
伊緒が教えてくれる。
ただ、その場所に覚えがなくて俺は首をかしげていた。
神社か……。あまり印象には残っていないな……。
「だ、大丈夫です! 私が案内できますから……。だから行きましょう!」
莉愛がグッと手を握りしめると顔を近づけて言ってくる。
俺が行かないという可能性を潰しておきたいのだろう。莉愛が真剣な表情を見せてくる。
まぁ莉愛が場所を知ってるのなら着くことも出来るだろうし、問題ないか……。
「よし、それなら俺と一緒に行くか。伊緒はどうするんだ?」
「お兄ちゃん達二人で楽しんできてよ。私は二人の邪魔をしたくないからね」
「そ、そんなことないですよ。ただ、有場さんと二人も……その……」
莉愛は更に顔を真っ赤にしてうつむく。
ただ、心持ち二人で行きたそうな表情をしていた。
そして、それは伊緒にもはっきりとわかったようで苦笑いしながら話してくる。
「でしょ。私は馬に蹴られたくないからまた別の日に遊んでもらうことにするよ」
伊緒がにっこりと微笑んでくる。
すると莉愛が思い出したように言う。
「あっ、でも、お祭りの前にまたテストがありますね。それが終わったら夏休みですけど……」
「テスト……」
伊緒の顔が真っ青になる。たしかに中間テストの時はかなり苦戦していたようだった。
今回も同じように苦戦をするんだろうな……。
「でも、中間テストはなんとか乗り切ったんだろう? 莉愛は休んだ分を今度で取り戻さないといけないだろうけど……」
「えぇ、でも、無理をする必要はないですからね。やれる範囲で頑張ります」
莉愛はグッと手を握りしめる。
本人にやる気があるのは良いことだな。ただ、それが空回りしないかだけは注意してみないといけないな。また風邪でも引かれたら困るからし……。
あのときは俺のせいでもあったわけだから今度は余計なことをしないように気をつけよう。
「うぅ……、次のテスト、赤点だったら夏休みに補習があるんだよ……。補習だけは嫌だ……」
伊緒が頭を抱えていた。
この反応を見る限りだと伊緒は補習を経験したことがあるようだ。
「大丈夫だ。中間テストの時は赤点はなかったんだろう?」
「う、うん……、すごくギリギリだったけどね」
「それならまた俺の部屋で勉強をするか?」
さすがに伊緒の様子を放っておくことは出来ずに聞いてみると目を輝かせてくる。
「いいの、お兄ちゃん!?」
ギュッと手を掴んで来る。
その瞬間に莉愛がムッと頬を膨らませていた。
「あぁ、別に良いぞ。その方がはかどるんだったらな。あとは……大家さんにも声をかけてみるか……」
「わーい、お兄ちゃん、ありがとう!!」
伊緒が飛びついてくる。
それを見た莉愛が慌てて俺から伊緒を引き離そうとする。
「だめーーー!! いくら伊緒ちゃんでも有場さんは渡さないですよ!!」
そして、無理やり莉愛に引き離された。
そんな莉愛の様子に苦笑する。
「それでテストっていつからなんだ?」
「今月の半ばですね。まだ時間はありますよ」
「うん、それじゃあ今日はたっぷりと遊んでおこう。学校が終わったら莉愛ちゃんの家に遊びに行くからね」
伊緒が笑顔で言ってくる。
さて、俺も大家さんに会いに行かないといけないな。
◇
莉愛達を学校に連れて行った後、俺は大家さんを探して昔のアパートへとやってきた。
するとアパートの前でビニールプールを広げて水をためている大家さんを発見する。
「何をしてるんですか?」
「見てわからないですか? プールを作ってるんですよ……」
それは見たらわかる。
ただ、どうしてそんなことをしているのかがわからなかった。
「もしかして、その歳になって大家さんがこのビニールプールで遊ぶんですか?」
「そんなわけないですよ!! ただ、今度のお祭りで水風船すくいをするから、それでこのプールが使えないかを試していただけですよ」
大家さんが大声を上げてくる。
なんだ、そんな理由か……。
理由がわかってしまってはどうってことはなかった。
ただ、大家さんが膨らませていたプールはどこかで穴が開いているようですぐに空気が抜けていってしまう。
「これじゃあ駄目ですね……」
「うーん、かといって新しいものを買うお金は――。そうだ、有場さん、もしよかったらなんですけど……」
大家さんがにっこり微笑みながら俺の方を見てくる。
ビニールプール数千円分か……。
まぁ、前の時もご飯をおごったわけだし、このくらいお礼に買ってあげるのは悪くないか……。
「はぁ……、わかりましたよ。でも、俺も大家さんにお願いがあったんですよ……」
「何ですか? 私に出来ることなら何でもしますよ。……あっ、莉愛ちゃんが悲しむことはしませんからね!」
なぜか大家さんが自分の体を押さえながら言ってくる。
確かに大家さんの体つきは女性として魅力的なものではあった。
でも、それ以上の感覚にはならなかった。
なんでだろうか?
俺の脳裏には自然と莉愛の笑顔が浮かんでいた。
「そんなことしませんよ……」
ため息交じりに答えると、大家さんにまた莉愛達のテストを見て欲しいことを伝える。
「なんだ、そんなこと……。いいですよ。いくらでも見ますよ、プールのために!」
大家さんがグッと親指を突き立ててくる。
その様子を見るとなぜか頼もしさではなく、不安が押し寄せてきてしまう。
でも、確かに前のテストではしっかりと点を取ってくれたわけだし、今回も問題ないと思って良いだろう……。
「では、来週の頭からお願いできますか? プールはまた買ってきておきます」
「ありがとう、有場さん! 本当に助かりますよ」
「それは俺の台詞ですよ。ではこれで失礼しますね」
大家さんの準備はできた。
後は……おやつとかの買い出しか……。
この時期だと冷たい飲み物が恋しくなってくるんだよな……。
でも、食堂までそれを取りに行くのは大変だし……。
……小さな冷蔵庫とかを部屋に買っても良いかもしれないな。
そんなことを思いながら俺は買い出しに行った。
◇
そして、学校が終わる時間になるといつも通りに莉愛達を迎えに行く。
「この時間でも暑いよ……」
伊緒が眉をひそめていた。服の裾をパタパタと扇いでいた。
やめろ、そんなことをしたら肌が見える……。
心の中ではそう思いながらもそれを言うのもまた問題がありそうなので、結局口に出すこと無く視線をそらしていた。
「そうですね……。早く涼しくなってくれると良いんですけど……」
莉愛もハンカチを取り出すと自分の汗を拭っている。
「そうだ、今度の夏休み、一緒に海に行かない?」
「えっと、さすがに私たちだけだと……」
「大丈夫、いつもなら断られてたけど、今年はお兄ちゃんが一緒なんだから……」
伊緒が目を輝かせて俺を見てくる。
まぁ、誰か大人がいるというのなら俺は適任なんだろうな。
「どこかに行くというのなら俺がついて行こうか?」
「ほらっ、これで海に行けるよ!」
「そう……ですね。今度お父様に相談しておきますね」
少し迷った後、莉愛は頷いていた。
海か……。行くのは何年ぶりだろうな……。
普段はあまり行くことが出来ないし、行ったとしても人が多すぎてまともに楽しめなかったことが多いからな。
でも、莉愛達と一緒ならまた違った楽しみもあるよな……。
銀色に光る左の薬指を見て、俺は少しだけ微笑む。
ただ、しっかりと身分を証明するものも持って行かないと下手をすると危険人物として注意される可能性もあるな……。
これは勇吾さんに相談しておこう……。
「夏休みの楽しみが一つ増えたね……」
「でも、宿題もいっぱい出るから早めにやっておきましょうね」
「うわぁ、そうだった……」
伊緒が頭を抱えて悩んでいた。
まぁ宿題で喜ぶやつはいないからな……。
俺も苦笑を浮かべていたが、すぐに伊緒は顔を上げていた。
「だ、大丈夫! 今年は別の楽しみがあるもん。莉愛ちゃんのところのプライベートビーチに遊びに行けると考えたらやる気にもなるよ!」
グッと両手を握りしめる伊緒。
ただ、俺は聞き慣れない単語で思わず言葉を詰まらせてしまう。
「えっと、プライ――?」
「プライベートビーチだよ。お兄ちゃん、知らないの? 莉愛ちゃんが持っている個人用のビーチでとっても綺麗なんだよ」
伊緒が両手でその素晴らしさを表現してくれようとしていた。
「そんなにすごいものでもないですよ……。ただ、ちょっとお父様に昔、「海で遊びたい」って言ったら買ってきてくれたもので、そこまで大きな所でもないですから……」
いや、大きさ云々よりそれを持っていることだけですごいことに思えるんだが――。
俺は苦笑を浮かべつつ、でも、莉愛ならそのくらい持っててもおかしくないかと一人頷いていた。
気温も最高だと三十度を軽く超えてくるということもあり、俺自身も半袖を着ることが増えてきた。
ただ、もっと大きな差は莉愛の格好だった。
学校の制服も衣替えが起こり、涼しげな半袖の制服に変わっていた。
色合いは白と青を基調したもので、そこまで大きな変化はないのだが、やはりそれを実際に莉愛が着てみたらずいぶんと印象が変わっていた。
「どうですか?」
家で支度をしているとわざわざ制服を着て見せに来る。
俺の目の前でくるっと一回転したあとに笑顔を見せながら聞いてくる。
「あぁ、似合ってるんじゃないか?」
さすがにどういう態度をして良いのかわからない。
素っ気なく答えるが、それが莉愛のお気に召さなかったようだ。
少し頬を膨らませながらジリジリと俺の方に近づいてくる。
「むぅ……、もっとよく見てください」
ゆっくりと近づいてくる莉愛。
すぐ目と鼻の先にまで近づいてくる。
俺は大きくため息を吐くと今度は思ったことを口にする。
「しっかり見えてるぞ。ただ、莉愛はどんな服を着ても可愛いからな」
言ってて恥ずかしくなるが、この回答が正解だったようで莉愛は頬を染めて照れていた。
「あ、ありがとうございます……」
恥ずかしそうに顔をうつむける莉愛。
逆にそこまで露骨に照れられると言った俺自身も恥ずかしくなってくる。
結局、二人してしばらく動けなくなり、学校に向かうのが時間ギリギリになってしまった。
◇
途中に伊緒と合流してから学校へ向かって歩いて行く。
ただ蒸し暑い時期でもあってこうやって並んで歩いていると、どうしても汗ばんでしまう。
「ふぅ……、今年は暑いですね……」
パタパタと手をうちわ代わりにして仰いでいる莉愛。
「これからは車で行った方が良いかもしれないな」
おもむろに莉愛に告げてみる。
すると彼女が必死に首を横に振ってくる。
「だ、駄目です! 車で行くと有場さんと一緒にいられる時間が減っちゃうじゃないですか!」
「いや、でも、外は暑いだろう?」
「暑くても大丈夫です! 有場さんと一緒にいられるなら……」
ギュッと俺の腕を掴んで来る。
すると隣にいた伊緒が冷やかしてくる。
「お兄ちゃんたちが熱々すぎて見てるこっちが火傷しちゃいそうなんだけど」
口を尖らせていう伊緒。
それに気づいた瞬間に莉愛は顔を真っ赤にしていた。
ただし腕は放さずに……。
「そうだな、伊緒もいたんだったな……」
「あっ、私のこと忘れてたんだ! お兄ちゃんも莉愛ちゃんもひどいよ!」
伊緒が頬を膨らませて拗ねていた。
「ご、ごめんね、伊緒ちゃん……」
「す、すまん……」
二人で謝るとようやく伊緒が機嫌を直してくれる。
「二人が熱々なのは今に始まったことじゃないもんね。許してあげるよ。でも、そうやってぴったりくっついていると汗とか気にならない?」
それを聞いて莉愛が慌てて離れる。
「あ、有場さん、へ、変な臭いがしませんでしたよね?」
不安そうに聞いてくる。
まぁ莉愛も女の子なだけあって汗の臭いとかが気になるのかもしれない。
ただ、莉愛から漂ってきたのはシャンプーの良い香りだけだった。
「いつもの莉愛の良い匂いしかしなかったが?」
普通に伝えただけなのに、莉愛が真っ赤になって顔をうつむけてしまった。
「もう、また周りの気温を暑くして……」
伊緒は呆れたように言っていた。
◇
「そういえば、もうすぐしたらお祭りがあるね。莉愛ちゃん達はどうするの?」
「えっと、私は――」
莉愛が軽く俺の方を見てくる。
もしかして一緒に行きたいと思っているのだろうか?
「それなら俺と一緒に行くか?」
「えっ、いいのですか!?」
莉愛が驚いて聞き返してくる。
いやいや、今の莉愛の表情は誘ってるようにしか見えなかったぞ?
「あぁ、別にかまわないぞ。ただ、どこでそんなお祭りがあるんだ?」
「近くの神社だよ。お兄ちゃんは見たことないかな?」
伊緒が教えてくれる。
ただ、その場所に覚えがなくて俺は首をかしげていた。
神社か……。あまり印象には残っていないな……。
「だ、大丈夫です! 私が案内できますから……。だから行きましょう!」
莉愛がグッと手を握りしめると顔を近づけて言ってくる。
俺が行かないという可能性を潰しておきたいのだろう。莉愛が真剣な表情を見せてくる。
まぁ莉愛が場所を知ってるのなら着くことも出来るだろうし、問題ないか……。
「よし、それなら俺と一緒に行くか。伊緒はどうするんだ?」
「お兄ちゃん達二人で楽しんできてよ。私は二人の邪魔をしたくないからね」
「そ、そんなことないですよ。ただ、有場さんと二人も……その……」
莉愛は更に顔を真っ赤にしてうつむく。
ただ、心持ち二人で行きたそうな表情をしていた。
そして、それは伊緒にもはっきりとわかったようで苦笑いしながら話してくる。
「でしょ。私は馬に蹴られたくないからまた別の日に遊んでもらうことにするよ」
伊緒がにっこりと微笑んでくる。
すると莉愛が思い出したように言う。
「あっ、でも、お祭りの前にまたテストがありますね。それが終わったら夏休みですけど……」
「テスト……」
伊緒の顔が真っ青になる。たしかに中間テストの時はかなり苦戦していたようだった。
今回も同じように苦戦をするんだろうな……。
「でも、中間テストはなんとか乗り切ったんだろう? 莉愛は休んだ分を今度で取り戻さないといけないだろうけど……」
「えぇ、でも、無理をする必要はないですからね。やれる範囲で頑張ります」
莉愛はグッと手を握りしめる。
本人にやる気があるのは良いことだな。ただ、それが空回りしないかだけは注意してみないといけないな。また風邪でも引かれたら困るからし……。
あのときは俺のせいでもあったわけだから今度は余計なことをしないように気をつけよう。
「うぅ……、次のテスト、赤点だったら夏休みに補習があるんだよ……。補習だけは嫌だ……」
伊緒が頭を抱えていた。
この反応を見る限りだと伊緒は補習を経験したことがあるようだ。
「大丈夫だ。中間テストの時は赤点はなかったんだろう?」
「う、うん……、すごくギリギリだったけどね」
「それならまた俺の部屋で勉強をするか?」
さすがに伊緒の様子を放っておくことは出来ずに聞いてみると目を輝かせてくる。
「いいの、お兄ちゃん!?」
ギュッと手を掴んで来る。
その瞬間に莉愛がムッと頬を膨らませていた。
「あぁ、別に良いぞ。その方がはかどるんだったらな。あとは……大家さんにも声をかけてみるか……」
「わーい、お兄ちゃん、ありがとう!!」
伊緒が飛びついてくる。
それを見た莉愛が慌てて俺から伊緒を引き離そうとする。
「だめーーー!! いくら伊緒ちゃんでも有場さんは渡さないですよ!!」
そして、無理やり莉愛に引き離された。
そんな莉愛の様子に苦笑する。
「それでテストっていつからなんだ?」
「今月の半ばですね。まだ時間はありますよ」
「うん、それじゃあ今日はたっぷりと遊んでおこう。学校が終わったら莉愛ちゃんの家に遊びに行くからね」
伊緒が笑顔で言ってくる。
さて、俺も大家さんに会いに行かないといけないな。
◇
莉愛達を学校に連れて行った後、俺は大家さんを探して昔のアパートへとやってきた。
するとアパートの前でビニールプールを広げて水をためている大家さんを発見する。
「何をしてるんですか?」
「見てわからないですか? プールを作ってるんですよ……」
それは見たらわかる。
ただ、どうしてそんなことをしているのかがわからなかった。
「もしかして、その歳になって大家さんがこのビニールプールで遊ぶんですか?」
「そんなわけないですよ!! ただ、今度のお祭りで水風船すくいをするから、それでこのプールが使えないかを試していただけですよ」
大家さんが大声を上げてくる。
なんだ、そんな理由か……。
理由がわかってしまってはどうってことはなかった。
ただ、大家さんが膨らませていたプールはどこかで穴が開いているようですぐに空気が抜けていってしまう。
「これじゃあ駄目ですね……」
「うーん、かといって新しいものを買うお金は――。そうだ、有場さん、もしよかったらなんですけど……」
大家さんがにっこり微笑みながら俺の方を見てくる。
ビニールプール数千円分か……。
まぁ、前の時もご飯をおごったわけだし、このくらいお礼に買ってあげるのは悪くないか……。
「はぁ……、わかりましたよ。でも、俺も大家さんにお願いがあったんですよ……」
「何ですか? 私に出来ることなら何でもしますよ。……あっ、莉愛ちゃんが悲しむことはしませんからね!」
なぜか大家さんが自分の体を押さえながら言ってくる。
確かに大家さんの体つきは女性として魅力的なものではあった。
でも、それ以上の感覚にはならなかった。
なんでだろうか?
俺の脳裏には自然と莉愛の笑顔が浮かんでいた。
「そんなことしませんよ……」
ため息交じりに答えると、大家さんにまた莉愛達のテストを見て欲しいことを伝える。
「なんだ、そんなこと……。いいですよ。いくらでも見ますよ、プールのために!」
大家さんがグッと親指を突き立ててくる。
その様子を見るとなぜか頼もしさではなく、不安が押し寄せてきてしまう。
でも、確かに前のテストではしっかりと点を取ってくれたわけだし、今回も問題ないと思って良いだろう……。
「では、来週の頭からお願いできますか? プールはまた買ってきておきます」
「ありがとう、有場さん! 本当に助かりますよ」
「それは俺の台詞ですよ。ではこれで失礼しますね」
大家さんの準備はできた。
後は……おやつとかの買い出しか……。
この時期だと冷たい飲み物が恋しくなってくるんだよな……。
でも、食堂までそれを取りに行くのは大変だし……。
……小さな冷蔵庫とかを部屋に買っても良いかもしれないな。
そんなことを思いながら俺は買い出しに行った。
◇
そして、学校が終わる時間になるといつも通りに莉愛達を迎えに行く。
「この時間でも暑いよ……」
伊緒が眉をひそめていた。服の裾をパタパタと扇いでいた。
やめろ、そんなことをしたら肌が見える……。
心の中ではそう思いながらもそれを言うのもまた問題がありそうなので、結局口に出すこと無く視線をそらしていた。
「そうですね……。早く涼しくなってくれると良いんですけど……」
莉愛もハンカチを取り出すと自分の汗を拭っている。
「そうだ、今度の夏休み、一緒に海に行かない?」
「えっと、さすがに私たちだけだと……」
「大丈夫、いつもなら断られてたけど、今年はお兄ちゃんが一緒なんだから……」
伊緒が目を輝かせて俺を見てくる。
まぁ、誰か大人がいるというのなら俺は適任なんだろうな。
「どこかに行くというのなら俺がついて行こうか?」
「ほらっ、これで海に行けるよ!」
「そう……ですね。今度お父様に相談しておきますね」
少し迷った後、莉愛は頷いていた。
海か……。行くのは何年ぶりだろうな……。
普段はあまり行くことが出来ないし、行ったとしても人が多すぎてまともに楽しめなかったことが多いからな。
でも、莉愛達と一緒ならまた違った楽しみもあるよな……。
銀色に光る左の薬指を見て、俺は少しだけ微笑む。
ただ、しっかりと身分を証明するものも持って行かないと下手をすると危険人物として注意される可能性もあるな……。
これは勇吾さんに相談しておこう……。
「夏休みの楽しみが一つ増えたね……」
「でも、宿題もいっぱい出るから早めにやっておきましょうね」
「うわぁ、そうだった……」
伊緒が頭を抱えて悩んでいた。
まぁ宿題で喜ぶやつはいないからな……。
俺も苦笑を浮かべていたが、すぐに伊緒は顔を上げていた。
「だ、大丈夫! 今年は別の楽しみがあるもん。莉愛ちゃんのところのプライベートビーチに遊びに行けると考えたらやる気にもなるよ!」
グッと両手を握りしめる伊緒。
ただ、俺は聞き慣れない単語で思わず言葉を詰まらせてしまう。
「えっと、プライ――?」
「プライベートビーチだよ。お兄ちゃん、知らないの? 莉愛ちゃんが持っている個人用のビーチでとっても綺麗なんだよ」
伊緒が両手でその素晴らしさを表現してくれようとしていた。
「そんなにすごいものでもないですよ……。ただ、ちょっとお父様に昔、「海で遊びたい」って言ったら買ってきてくれたもので、そこまで大きな所でもないですから……」
いや、大きさ云々よりそれを持っていることだけですごいことに思えるんだが――。
俺は苦笑を浮かべつつ、でも、莉愛ならそのくらい持っててもおかしくないかと一人頷いていた。
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「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
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