その男、モブにつき 〜警戒されない一般人は最高の暗殺者でした〜

19.

「あっ、お帰りなさい。先にお風呂入らせてもらいましたよ」


　宿の部屋にチルが寝間着姿で濡れた髪を乾かしていた。


「そうか、それじゃあ俺もすぐに入らせてもらうよ」
「それにしてもカイさん、そんな服も持っていたんですね。なんかすごく暗殺者っぽいです」


　今のカイは黒ローブを着込んで夜を歩いていても目立ちにくそうな格好をしていた。


「夜闇を歩いているなら良いんだけどな。それ以外だとこの格好は逆に目立つからあまりしたくないんだ……。まぁ、どうしても必要な時は着るけどな」


　そういうとすぐに服を脱いでしまう。
　そして、上半身裸になるとチルが慌てて顔を背けていた。

　顔を赤くしてたまにチラチラとカイの方を見てくる。


「んっ、どうした？」
「い、いえ、なんでもありません……」


　チルは再び顔を背ける。その反応を不思議に思いながらカイは風呂の方へと向かっていった。


◇


（行動開始は明後日だな。とりあえず明日は兵士を一人殺したことでどんな騒ぎになっているか様子を見た方が良いだろうな)

　風呂に浸かりながらカイはこれからの行動を考えていた。

（あとは王国にいるやっかいそうな相手の洗い出しか……。一応冒険者の面々は記憶しているし、暗殺者は以前の国王暗殺失敗でろくなやつはいないだろう。となると王国騎士団とか魔法師団とかそういった面々だな）

　今のところその辺りがわかればなんとかなるか……。

　カイはゆっくり体を流して疲れを取る。

　そして、風呂から上がると部屋に戻ってくる。

　するとチルがベッドの端にちょこんと座っていた。


「どうかしたのか？」
「い、いえ、そ、その……、一緒の部屋で寝るのは初めてですから……、しかも一緒のベッドなんて……」


　顔を俯けて恥ずかしそうに頬を染めていた。


「まぁ、これだけ大きなベッドだったら問題ないだろう。それじゃあ俺は先に寝るよ。おやすみ」
「お、おやすみなさい……」


　それだけいうとカイはベッドに寝転がる。
　するとすぐに寝息を立てていた。


「えっと、カイさん、もう寝てますか……？」


　チルが小さな声で聞いてくる。
　ただ、既に寝息を立てているカイからは返事がなかった。


「こんなに無防備で大丈夫なのでしょうか？　眠っているときに暗殺者の人から狙われたり……とかもあるんじゃないでしょうか？」


　少し不安に思いながらカイの寝顔をのぞき込む。
　すると不満そうな声が聞こえる。


「さすがに敵意を向けられたら目が覚めるぞ……」
「あ、あれっ、カイさん……、起きていたのですか？」
「耳元で喋られたら嫌でもな……」
「そ、それは申し訳ありません」


　チルが頭を下げてくる。


「いや、その不安もわかるよ。だからこそ一切警戒されないように……。少しでも疑われないように行動しているんだ。不意を突かれたらただでさえ能力差があるんだから勝ち目がないからな」
「カイさんがそこまで注意しているなら問題なさそうですね」


　ようやくチルが安心してベッドの上に寝転がる。
　それを見た後、カイは再び寝息を立て始めていた。


◇


　翌朝目が覚めるとなぜかカイはチルに抱きしめられていた。


「えっと、これはどういう状況だ？」


　全く殺意も感じず、気配すらなかった。
　それなのにどうしてここまで引っ付かれているのか……。

（いや、それだけ俺がチルに心を許しているということか……）

　苦笑を浮かべながらチルを起こさないようにベッドを離れる。

　そして、窓の外を見る。
　王国の兵士が死んだというのに大通りは平然としている。
　一人死んだくらいじゃ騒ぎすらしないと言うことだろうか？

　それならあとは行動に移すだけだな。


「んっ、カイさん？　もうお出かけですか？」


　チルも起こしてしまったようで瞼を擦りながら聞いてくる。


「あぁ、チルはここでゆっくりしててくれ。ちょっと危険があるかもしれないからな」
「わかりました……」


　ねむそうな表情を浮かべ、再び目を閉じてしまうチル。
　まぁこれなら大丈夫だろうな。

　カイは安心してまずは城の方へ向かって歩いて行った。