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19.孤児院での悪行(2)
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ルミに連れられて、ユーリたちは元貧困街へやってきた。
以前は臭気と病気すら蔓延しそうな汚い場所だったが、ユーリがここにいた人たちを強制的に立ち退きさせ、町を清掃、新たに作り直した建物にそのまま住まわせた(ランベルトが勝手に)ことによって、今ではすっかり普通の町並みに変わっていた。
ユーリの知らないところで。
その中で、ひときわ大きな建物が今、目指している場所である。
「ユーリ様、孤児院では暴れないでね」
「……相手次第だな」
「もう、そう言うと思ったよ!」
ルミは頬を膨らませながらも、もう諦めが付いたのか素直に案内していた。
そして、大きな建物の中に入ると子供たちがたくさんルミに近づいてくる。
「ルミお姉ちゃん、いらっしゃい。今日もお土産を持ってきてくれたの?」
「ごめんね。今日は急に来ることになったから何も準備できてないんだ」
「えーっ」
「今度ちゃんと持ってくるからね」
ルミが優しい笑みを見せながら子供たちと戯れている。
その様子を見てユーリは、
――ここの子供を人質にすれば、ルミは簡単に従わせることができるな。
と、悪いことを考えていた。
すると、子供の一人がユーリに近づいてくる。
「んっ、なんだ?」
「このお兄ちゃん、悪い人だ! 絶対に悪い人だ!」
突然指を差されて、大声を上げられる。
「ほう、俺のことが分かるか。なかなか見所のある子供だな」
――人質にするのは中止だな。一目で俺のことを見抜く力があるなら、部下として使ってやろう。
ユーリは笑みを浮かべると、子供が声を上げる。
「僕はガキじゃないやい。ちゃんとソルって名前があるんだい!」
「そうか、ソルと言うんだな。お前、なかなか見所のあるやつだな。世界の半分をやるから俺の仲間にならないか?」
「えっ、半分もくれるの? もちろんなるよ!」
ソルはあっさり食いついてくる。
その様子を見ていたルミが慌ててユーリに近づいてきた。
「こらっ、ソル! そんなにあっさり付いていったら駄目だよ! ユーリ様も変なこと言わないで!」
「俺は本心だぞ?」
何の疑いもなく、自信たっぷりに答えるユーリ。
「尚更悪いよ!」
「僕も本心だよ!」
「ソルも余計なことを言わないで!」
ルミが息を荒くしながら、必死にソルが悪の道に逸れるのを止めようとする。
――ちっ、最大の難関はルミだったか。
ユーリは心の中で舌打ちをしながら、次の隙を見計らうことにした。
「それでこのガキたちに話を聞くのか?」
「あーっ、またガキって言ったなー!」
ソルが鋭い視線を向けてくるが、ユーリはそれを無視する。
そんな様子にため息を吐くルミ。
「違うよ。院長ならこの辺りのことに詳しいからね」
「なら、早く呼べ」
「……やっぱり帰っていいかな?」
「もう、話が進みませんよ。院長はこの奥にいるのですか? 私が呼んできますね」
呆れ顔になっていたミーアが奥の扉を開くと、そこから巨大な体つきをした神父服の男が現れる。
金色の短髪。青い瞳。服の上からでも分かる筋骨隆々とした体つき。
どう見ても孤児院の長というよりは、戦闘職の人間だった。
突然現れたその姿に思わずミーアはぶつかってしまうが、あっさりとその体にはじき返されていた。
――もしかして、ルミのやつ、悪を滅ぼすために戦士職の人間を雇ったのか!? くっ、油断した。
今この場にいるのはユーリとミーア。
敵はルミと戦士と子供が大勢。
どう考えても多勢に無勢。
勝ち目がない以上、この場から逃げるしかない。
速攻で判断を下したユーリは周囲を確認する。
逃げ場は入ってきた扉か窓。
扉の側にはルミがいて、逃げるには邪魔になっている。
かといって、扉へ向かうまでにあの戦士に捕まるだろう。
残念ながら、今のユーリはそこまで自分の力に自信はない。
最低限、王子として剣や魔法を学ぶ場は設けられていたのだが、もちろんしっかりとサボってきた。
真面目に受けるよりサボった方が悪人らしいという理由で。
ここでサボっていても実はチート級の能力を持っていた、とかだとなお良かったのだが、特にユーリはそういった能力を持っていなかった。
しかし、それでも困ることはない。
困ったことがあれば部下にやらせたら良い。
自分が先陣をきって戦うのは悪人らしくない。
むしろ、何もせずに後ろで控えていてこその悪人だ。
そういう固い決意の元、訓練をサボってきた。
しかし、今になってほんの少し。砂粒ひとかけらほどは後悔をしていた。
――こうなったらミーアを突っ込ませて、その隙に俺は逃げるか。
そんなことを考え始めていたとき、戦士が口を開く。
「ルミ、来ていたのか?」
「院長、久しぶり。相変わらずでかいね」
「ルミが小さいだけだ」
「そんなことないよ。ぼくはこれでも一般女性……より少しだけ小柄だけど、院長の方ははるかに大きいでしょ」
「そんなことはない。俺も普通に人に比べたらちょっと大きくて、力が強くて、無敵なだけだ」
「それは普通の人って言わないでしょ」
ルミと楽しそうに話す院長と呼ばれた戦士。
――俺を倒すために連れてきた相手ではないのか。見た目に騙された。
ユーリはその二人の様子を見て、悔しそうに口を噛みしめていた。
「それで、今日はどうした……。おやっ?」
院長の視線がユーリの方で止まる。そして、興味深そうにジッと見てくる。
「……なんだ?」
「まさか、こんなところにユーリ王子がお越しくださるなんて、光栄の極みにございます」
男が膝をつき、頭を下げてくる。
その様子に一瞬戸惑ったユーリだが、すぐに気分が良くなる。
それは当然だった。
まさか絶対にユーリが勝てないであろう男が、自分に平伏し頭を垂れているのだ。
これを見て嫌がる人間なんているはずもない。
「俺はただ用事があってきただけだ。ここに来たのもたまたまだ。わざわざ頭を下げなくて良い」
「いえ、ユーリ王子のご命令がなければ、この孤児院もここまで綺麗な建物になりませんでした。感謝してもしたりないくらいです」
――あれっ、この感じ。もしかして、この巨漢は俺の部下になり得るやつなのか?
思わずユーリは笑みがこぼれてしまいそうになる。
しかし、それを必死に堪え、あるべく威厳のある態度を取ろうとする。
「くくくっ、そこまでいうなら感謝してくれてもいいぞ。ただ、そろそろ俺の用事も済ませたい」
「はっ、このアランドールに分かることがありましたら、何なりと聞いてください」
アランドールといった男はもう一度頭を下げてくる。
しかし、そのあとすぐに顔を上げてくると、最初同様の威圧を放ちだして、ユーリの高ぶった気持ちをへし折っていた。
――この男、普通にしていると怖すぎるな。敵ではないから良いが。
一瞬怯んだものの負けじとユーリも腕を組み、悪人らしい態度を取っていると、ルミが声を上げて笑う。
「はははっ、相変わらず院長は怖いよね」
すると、速攻でアランドールが否定していた。
「俺みたいなベビーフェイスを差し置いて、怖いとは何事だ」
「鏡を見てから言おうね」
「そんな高いものは買えん!」
「まぁ、そうだよね」
再びルミとアランドールの雑談が目の前で繰り広げられていた。
そんな中、意を決してユーリは尋ねる。
「お前はこの辺りについて詳しいと聞いたのだが、本当か?」
「えぇ、仰る通りです。私はこの辺りに住んで長いので、一通りの情報は仕入れております。特に孤児になりそうな子をあらかじめ見つけるためには必須でして」
「盗みを働いている子供について知ってるか?」
ユーリの問いかけにアランドールの顔色が少し変わる。
ただでさえ威圧のある姿なのだが、それがより険しいものになり、ユーリは思わず唾を飲んでいた。
「もちろん知っておりますが?」
「なら、そいつらの所へ案内しろ」
「どうするおつもりなのですか? もし酷い罰を与えようとするなら……」
「俺に逆らうやつの末路は二つだ。破滅か服従か。どちらでも好きな方を選ばせてやるつもりだ」
悪い笑みを浮かべるユーリの言葉を聞いて、ルミは慌てだす。
事前にユーリから子供たちを懐柔する、と聞いていたルミには、今の言葉の真意がわかった。
しかし、初めて聞いたアランドールには、悪人にしか見えなかっただろう。
そして、アランドールは子供に手を出す相手を許さない。相手がどんな権力者だろうと。
それが分かっているからこそルミは不安になり、ユーリを止めようとする。
しかし、そのことを聞いたアランドールは一瞬目を見開き、そして、大口を開けて笑っていた。
「はははっ、確かに噂通りのお方ですね、ユーリ王子は」
英雄、ユーリの名前はここ孤児院にも広がっている。
だからこそ、アランドールにはユーリが子供たちを破滅させるような事はない、と分かっていた。選択肢は実質一択。服従、つまり、悪いことをしたら駄目だと説教に来たのだろう。
それならアランドールがさっきまで行っていたことだ。
ただ、アランドールが行うより英雄ユーリが行った方がより効果があるかもしれない。
そう判断したアランドールは、ユーリを信じて頷いていた。
しかし、アランドールの考えは最初から間違っていた。
ユーリがそこまで深い考えを持っているはずがないのだ。
先ほどの二択も敢えて言うことで自分をより悪人らしく見せよう、という考えでしかなく、それ以上深い考えは持っていなかったのだ。
そうとは知らずにアランドールは声を上げる。
「かしこまりました。そういうことでしたら、来なさい!!」
すると、彼が今までいた部屋から盗みを働いていた子供たちが出てきた。
「もしかして、ここの孤児だったのか?」
「えぇ、ここの経営もギリギリで、なんとか私の力になりたいと思ってしてくれたことだったようです。もちろん犯罪は犯罪なので、叱りつけたあと、店員に謝りに行こうと思っていたのですよ」
「そういうことか。ルミ、この孤児院は危ういのか?」
「うん、ぼくもいくらか寄付したりしてるんだけど、それでも孤児は増える一方だったからね。最近になってようやく人数も減りだしてきたけど、それでもギリギリだね」
大飢饉が起こる瀬戸際だったのだ。孤児が増える理由は十分にある。
その飢饉はしっかりと防がれたので、もうこれ以上酷くなることはなかったが、それでも増えた孤児は減ることはない。
「なるほどな。ここに食料が届く手はずになっている。ルミ、他に必要なものや予算はまとめておけ」
ランベルトがいないので仕事はルミに押しつける。
「えっ? ど、どういうこと?」
「ここにいるやつらは俺の手下だ。最低限食えるようにしてやるのは当然であろう?」
――せっかく目を付けた使い捨ての子分。それと強靱な肉体を持つ大男がセットで来るのだ。せいぜい恩を売っておいて、俺に逆らえないようにしてやる。
打算しかないユーリの行動。
ただ、まさか孤児院を救ってもらえるとは思わず、ルミは小さな声でお礼を言ってくる。
「……ありがとう」
そのルミの従順な態度を見て、ユーリは悪い顔をしてほくそ笑んでいた。
――ようやくルミも俺の威厳を前にしてひれ伏すようになったか。
鼻高々に満足しているユーリ。
そんな彼を見てミーアはポツリ小声で呟いていた。
「ユーリ様、また悪いことをしたつもりで良いことしてるよ……」
以前は臭気と病気すら蔓延しそうな汚い場所だったが、ユーリがここにいた人たちを強制的に立ち退きさせ、町を清掃、新たに作り直した建物にそのまま住まわせた(ランベルトが勝手に)ことによって、今ではすっかり普通の町並みに変わっていた。
ユーリの知らないところで。
その中で、ひときわ大きな建物が今、目指している場所である。
「ユーリ様、孤児院では暴れないでね」
「……相手次第だな」
「もう、そう言うと思ったよ!」
ルミは頬を膨らませながらも、もう諦めが付いたのか素直に案内していた。
そして、大きな建物の中に入ると子供たちがたくさんルミに近づいてくる。
「ルミお姉ちゃん、いらっしゃい。今日もお土産を持ってきてくれたの?」
「ごめんね。今日は急に来ることになったから何も準備できてないんだ」
「えーっ」
「今度ちゃんと持ってくるからね」
ルミが優しい笑みを見せながら子供たちと戯れている。
その様子を見てユーリは、
――ここの子供を人質にすれば、ルミは簡単に従わせることができるな。
と、悪いことを考えていた。
すると、子供の一人がユーリに近づいてくる。
「んっ、なんだ?」
「このお兄ちゃん、悪い人だ! 絶対に悪い人だ!」
突然指を差されて、大声を上げられる。
「ほう、俺のことが分かるか。なかなか見所のある子供だな」
――人質にするのは中止だな。一目で俺のことを見抜く力があるなら、部下として使ってやろう。
ユーリは笑みを浮かべると、子供が声を上げる。
「僕はガキじゃないやい。ちゃんとソルって名前があるんだい!」
「そうか、ソルと言うんだな。お前、なかなか見所のあるやつだな。世界の半分をやるから俺の仲間にならないか?」
「えっ、半分もくれるの? もちろんなるよ!」
ソルはあっさり食いついてくる。
その様子を見ていたルミが慌ててユーリに近づいてきた。
「こらっ、ソル! そんなにあっさり付いていったら駄目だよ! ユーリ様も変なこと言わないで!」
「俺は本心だぞ?」
何の疑いもなく、自信たっぷりに答えるユーリ。
「尚更悪いよ!」
「僕も本心だよ!」
「ソルも余計なことを言わないで!」
ルミが息を荒くしながら、必死にソルが悪の道に逸れるのを止めようとする。
――ちっ、最大の難関はルミだったか。
ユーリは心の中で舌打ちをしながら、次の隙を見計らうことにした。
「それでこのガキたちに話を聞くのか?」
「あーっ、またガキって言ったなー!」
ソルが鋭い視線を向けてくるが、ユーリはそれを無視する。
そんな様子にため息を吐くルミ。
「違うよ。院長ならこの辺りのことに詳しいからね」
「なら、早く呼べ」
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「もう、話が進みませんよ。院長はこの奥にいるのですか? 私が呼んできますね」
呆れ顔になっていたミーアが奥の扉を開くと、そこから巨大な体つきをした神父服の男が現れる。
金色の短髪。青い瞳。服の上からでも分かる筋骨隆々とした体つき。
どう見ても孤児院の長というよりは、戦闘職の人間だった。
突然現れたその姿に思わずミーアはぶつかってしまうが、あっさりとその体にはじき返されていた。
――もしかして、ルミのやつ、悪を滅ぼすために戦士職の人間を雇ったのか!? くっ、油断した。
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敵はルミと戦士と子供が大勢。
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勝ち目がない以上、この場から逃げるしかない。
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扉の側にはルミがいて、逃げるには邪魔になっている。
かといって、扉へ向かうまでにあの戦士に捕まるだろう。
残念ながら、今のユーリはそこまで自分の力に自信はない。
最低限、王子として剣や魔法を学ぶ場は設けられていたのだが、もちろんしっかりとサボってきた。
真面目に受けるよりサボった方が悪人らしいという理由で。
ここでサボっていても実はチート級の能力を持っていた、とかだとなお良かったのだが、特にユーリはそういった能力を持っていなかった。
しかし、それでも困ることはない。
困ったことがあれば部下にやらせたら良い。
自分が先陣をきって戦うのは悪人らしくない。
むしろ、何もせずに後ろで控えていてこその悪人だ。
そういう固い決意の元、訓練をサボってきた。
しかし、今になってほんの少し。砂粒ひとかけらほどは後悔をしていた。
――こうなったらミーアを突っ込ませて、その隙に俺は逃げるか。
そんなことを考え始めていたとき、戦士が口を開く。
「ルミ、来ていたのか?」
「院長、久しぶり。相変わらずでかいね」
「ルミが小さいだけだ」
「そんなことないよ。ぼくはこれでも一般女性……より少しだけ小柄だけど、院長の方ははるかに大きいでしょ」
「そんなことはない。俺も普通に人に比べたらちょっと大きくて、力が強くて、無敵なだけだ」
「それは普通の人って言わないでしょ」
ルミと楽しそうに話す院長と呼ばれた戦士。
――俺を倒すために連れてきた相手ではないのか。見た目に騙された。
ユーリはその二人の様子を見て、悔しそうに口を噛みしめていた。
「それで、今日はどうした……。おやっ?」
院長の視線がユーリの方で止まる。そして、興味深そうにジッと見てくる。
「……なんだ?」
「まさか、こんなところにユーリ王子がお越しくださるなんて、光栄の極みにございます」
男が膝をつき、頭を下げてくる。
その様子に一瞬戸惑ったユーリだが、すぐに気分が良くなる。
それは当然だった。
まさか絶対にユーリが勝てないであろう男が、自分に平伏し頭を垂れているのだ。
これを見て嫌がる人間なんているはずもない。
「俺はただ用事があってきただけだ。ここに来たのもたまたまだ。わざわざ頭を下げなくて良い」
「いえ、ユーリ王子のご命令がなければ、この孤児院もここまで綺麗な建物になりませんでした。感謝してもしたりないくらいです」
――あれっ、この感じ。もしかして、この巨漢は俺の部下になり得るやつなのか?
思わずユーリは笑みがこぼれてしまいそうになる。
しかし、それを必死に堪え、あるべく威厳のある態度を取ろうとする。
「くくくっ、そこまでいうなら感謝してくれてもいいぞ。ただ、そろそろ俺の用事も済ませたい」
「はっ、このアランドールに分かることがありましたら、何なりと聞いてください」
アランドールといった男はもう一度頭を下げてくる。
しかし、そのあとすぐに顔を上げてくると、最初同様の威圧を放ちだして、ユーリの高ぶった気持ちをへし折っていた。
――この男、普通にしていると怖すぎるな。敵ではないから良いが。
一瞬怯んだものの負けじとユーリも腕を組み、悪人らしい態度を取っていると、ルミが声を上げて笑う。
「はははっ、相変わらず院長は怖いよね」
すると、速攻でアランドールが否定していた。
「俺みたいなベビーフェイスを差し置いて、怖いとは何事だ」
「鏡を見てから言おうね」
「そんな高いものは買えん!」
「まぁ、そうだよね」
再びルミとアランドールの雑談が目の前で繰り広げられていた。
そんな中、意を決してユーリは尋ねる。
「お前はこの辺りについて詳しいと聞いたのだが、本当か?」
「えぇ、仰る通りです。私はこの辺りに住んで長いので、一通りの情報は仕入れております。特に孤児になりそうな子をあらかじめ見つけるためには必須でして」
「盗みを働いている子供について知ってるか?」
ユーリの問いかけにアランドールの顔色が少し変わる。
ただでさえ威圧のある姿なのだが、それがより険しいものになり、ユーリは思わず唾を飲んでいた。
「もちろん知っておりますが?」
「なら、そいつらの所へ案内しろ」
「どうするおつもりなのですか? もし酷い罰を与えようとするなら……」
「俺に逆らうやつの末路は二つだ。破滅か服従か。どちらでも好きな方を選ばせてやるつもりだ」
悪い笑みを浮かべるユーリの言葉を聞いて、ルミは慌てだす。
事前にユーリから子供たちを懐柔する、と聞いていたルミには、今の言葉の真意がわかった。
しかし、初めて聞いたアランドールには、悪人にしか見えなかっただろう。
そして、アランドールは子供に手を出す相手を許さない。相手がどんな権力者だろうと。
それが分かっているからこそルミは不安になり、ユーリを止めようとする。
しかし、そのことを聞いたアランドールは一瞬目を見開き、そして、大口を開けて笑っていた。
「はははっ、確かに噂通りのお方ですね、ユーリ王子は」
英雄、ユーリの名前はここ孤児院にも広がっている。
だからこそ、アランドールにはユーリが子供たちを破滅させるような事はない、と分かっていた。選択肢は実質一択。服従、つまり、悪いことをしたら駄目だと説教に来たのだろう。
それならアランドールがさっきまで行っていたことだ。
ただ、アランドールが行うより英雄ユーリが行った方がより効果があるかもしれない。
そう判断したアランドールは、ユーリを信じて頷いていた。
しかし、アランドールの考えは最初から間違っていた。
ユーリがそこまで深い考えを持っているはずがないのだ。
先ほどの二択も敢えて言うことで自分をより悪人らしく見せよう、という考えでしかなく、それ以上深い考えは持っていなかったのだ。
そうとは知らずにアランドールは声を上げる。
「かしこまりました。そういうことでしたら、来なさい!!」
すると、彼が今までいた部屋から盗みを働いていた子供たちが出てきた。
「もしかして、ここの孤児だったのか?」
「えぇ、ここの経営もギリギリで、なんとか私の力になりたいと思ってしてくれたことだったようです。もちろん犯罪は犯罪なので、叱りつけたあと、店員に謝りに行こうと思っていたのですよ」
「そういうことか。ルミ、この孤児院は危ういのか?」
「うん、ぼくもいくらか寄付したりしてるんだけど、それでも孤児は増える一方だったからね。最近になってようやく人数も減りだしてきたけど、それでもギリギリだね」
大飢饉が起こる瀬戸際だったのだ。孤児が増える理由は十分にある。
その飢饉はしっかりと防がれたので、もうこれ以上酷くなることはなかったが、それでも増えた孤児は減ることはない。
「なるほどな。ここに食料が届く手はずになっている。ルミ、他に必要なものや予算はまとめておけ」
ランベルトがいないので仕事はルミに押しつける。
「えっ? ど、どういうこと?」
「ここにいるやつらは俺の手下だ。最低限食えるようにしてやるのは当然であろう?」
――せっかく目を付けた使い捨ての子分。それと強靱な肉体を持つ大男がセットで来るのだ。せいぜい恩を売っておいて、俺に逆らえないようにしてやる。
打算しかないユーリの行動。
ただ、まさか孤児院を救ってもらえるとは思わず、ルミは小さな声でお礼を言ってくる。
「……ありがとう」
そのルミの従順な態度を見て、ユーリは悪い顔をしてほくそ笑んでいた。
――ようやくルミも俺の威厳を前にしてひれ伏すようになったか。
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