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3.生徒会長エイル・アルマーズ
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学園の授業が始まると、ユーリは真面目に授業を受けようとしていた。
それもこの世界の知識が著しく欠落しているユーリ。
これを機にしっかり覚えておくのも悪役になる上で必要だと思っていたのだ。
しかし、全く聞き慣れないワードの数々は、ユーリからしたら催眠術のようにしか思えず、気がついたらどの教科でもウトウトとして今にも眠りそうになっていた。
◇
そして、ようやく一日の授業が終わる。
ユーリは不服そうにミーアと共に自室へと戻っていく。
「絶対にあの教師たち、俺を罠に填めるつもりだったぞ。やはり悪人たる俺を屠るには、卑怯な手を使うしかないみたいだな」
「ふふふっ、ユーリ様は色々と忙しいですから、お疲れなんですよ。そういえば、以前お話しになっていたポテト畑の件ですけど、ランベルトさんから承諾が取れた旨の手紙が届いておりましたよ。次の休みにでも行ってみますか?」
「――何を言ってるんだ、ミーア。承諾が取れたならすぐにでも向かうぞ!」
「えっ? で、でも、明日もまた授業がありますよね?」
「もちろん無断で休む! これも悪人らしいだろう?」
「そ、それはダメですよ!」
ミーアがユーリに対して詰め寄ってくる。
その珍しい態度にユーリは少し驚いていた。
「ど、どうしてダメなんだ?」
「だ、だって、ユーリ様はただの悪党ではなくて、真の大悪人を目指しているのですよね? なら目立つようなことはしないで、授業はしっかり受ける。その上で裏で世界を支配する。その方が大悪人っぽくないですか?」
ミーアとしては自分が仕えているユーリがいかにして真面目に授業を受けてくれるか、それを必死に考えた結果伝えた言葉だった。
しかし、それがユーリの心に響き、ニヤリと微笑む。
「くくくっ、確かにミーアの言うとおりだな。俺は取れたてポテトを食うことを成し遂げないといけない。その目的を悟られないようになるべく普段通りの生活を……。いや、教師たちの罠を回避した上で誰にもバレることなく、裏でポテトを独り占めする! これこそが真の悪というものだな」
「はいっ、その通りですよ!」
何かがおかしかったが、それでもユーリが嬉しそうにしていたので、ミーアは同意して頷き返していた。
ユーリより少し背が高い。つまり、世間一般で見ると小柄な金髪の少年とまるで執事のようにすら見える、背筋を伸ばした細目の少年。
同じ学年の人間ならば顔を見ればわかるはずだ。ミーアが。
しかし、その二人はユーリが一度も見たことのない人物たちだった。
エイル・アルマーズ――アルマーズ公国の君主の息子である彼はセントミジュ学園において、生徒会長の座に君臨していた。悪を憎み、正義をこよなく愛する彼は些細な規則違反すら見逃さない、公明正大な人物として学園内では知られていた。
ラミル・ミルグリ――生徒会補佐を行うエイルの幼なじみにして、彼の良き理解者。ただ、いつも笑みを絶やさずに、瞳の奥では何を考えているのかわからない。しかし、エイルが道を逸れそうになった時は正しい道に戻していた、エイルが唯一信頼している人物だった。
そんな彼らがユーリの部屋の前で待っていた。
――また面倒ごとに巻き込まれそうだ。
ユーリは一気に怪訝そうに表情を曇らせていた。
「ユーリ・ライナ・ウルアース。話があります。お時間よろしいですか?」
エイルがユーリに対して手を前に出して話しかけてくる。
その表情からははっきりと自信を読み取ることができた。
おおよそ話を聞いてもらえると信じて疑っていないのだろう。
ただ、ユーリを常識で測ること自体が間違っている。
相手が欲しているものは与えない。
それこそが悪人たるユーリの行動原理だった。
「俺はないな」
エイルの隣を通り、そのまま部屋に入ろうとする。
一瞬、呆気に取られるエイル。
しかし、大慌てでユーリの前に立ち塞がる。
「い、いきなり無視しようとしないでください!」
「だって、知らない人について行くな。もしついて行ったが最後、どんなことをされてもおかしくない。そう教わらなかったか? あれっ、話したら、だったか?」
「話したら、ですよ。ユーリ様」
ユーリのそばに近づき、彼の耳にそっと小声で教えるミーア。
ただ、この件に関しては意味さえ通じればよかった。
エイルはハッとなって、改めて頭を下げてくる。
「これは失礼しました。僕はこのセントミジュ学園の生徒会長、エイル・アルマーズと言います。こちらは生徒会の補佐をしてくれているラミル・ミルグリ。お見知り置きを」
「あぁ、俺はユーリ・ライナ・ウルアースだ。それじゃあ、失礼する」
今度こそ部屋に入ろうとするが、再び大慌てでエイルがユーリの前に立ち塞がっていた。
「ま、まだ話は終わっていないですよ!?」
「俺の話はもう終わったんだけど……」
――生徒会長と話をするなんて、絶対に面倒ごとになるとわかるから避けたいな。
それに生徒会といえば、学内の正義を司る組織。
そして、生徒会長はその長たる人間。つまり正義の代行者。
それはつまり、学内の英雄、といっても過言ではないかもしれない。
――ちょっと待て。英雄?
ユーリはじっくりとエイルを見る。
わざわざ生徒の長たる人物が一体自分に何のようだ?
簡単なことだ。
学園の正義を司ってる生徒会長が自分に会う理由。
しかも相手はアルマーズ公国と長と縁のある人物であろう事は、その名前で分かる。
――なるほどな、俺が悪人であるかを確認しに来たのだな。つまりこいつが神託の光の英雄。絶対に近づいたらいけない相手だろう。
ますます話す理由がなくなっていく気がする。
しかし、あまりにも安易に追い返しても、悪人認定されそうだ。と判断したユーリは引きつった笑みを浮かべながら、部屋の扉を開く。
「仕方ない。廊下で話すのも悪いし、中に入ってくれ。ミーア、飲み物の準備をしてくれ」
本当なら毒の一つでも入れたいところだが、相手が英雄ならそれも簡単にバレてしまうだろう。
結局のところ、普通に王子として応対をして、なるべく早く、怪しまれることなく追い返す。
平穏な悪人生活のためにはそれしかない。
そして、エイルに隠れて裏で悪の組織を結成する。
――今は孤児院の奴らかミーアくらいしかいないが、もっと数を増やしていって、英雄すらも倒せるようになったときに、世界を俺が支配してやる。
ユーリは先の展開を思い描き、悪い笑みを浮かべながらエイル達を招き入れた。
◇
ユーリのことを英雄だと思っているバノンが、彼とエイルが親しそうに廊下で話をして、部屋に招き入れたシーンを目の当たりにしていた。
「やはり、ユーリ王子は英雄で決まりだな。あの正義の固まりであるエイルが親しそうに話しているくらいだからな」
「そのようでございますね。では我々はいかがしますか? 早速襲撃しますか?」
「馬鹿を言うな! 確かにエイルやユーリ王子くらいなら俺たちでも制圧できる。しかし、エイルの側に控えているラミルはかなりの剣の達人と聞く。それに、ユーリ王子のメイド。彼女は一見普通のメイドのように見えるが、かの英雄殿の護衛を任されるほどだぞ? 隠密行動や索敵においては、右に出る者はいないほどの力の持ち主だ。おそらく、我々がこうして隠れていることにも気づいているのだろう。だから下手なことはできない。まだ、力をつけるまでは様子を見るだけだ」
「はっ、出過ぎたことを言ってしまい申し訳ありません」
執事の男は頭を下げていた。
「いや、気にするな」
「それと、もう一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「何だ? 言ってみろ」
「どうして、光の英雄はエイルではなくてユーリ王子と判断されたのですか?」
「簡単なことだ。エイルは悪を憎みすぎている。悪を犯した人間を徹底的に排除する。それによって恨みを買うこともあるだろう。恐怖によって悪を縛り付けるやり方は英雄たり得ない。同じく正義の行動をしているユーリ王子は悪を憎んで人を憎まず。彼によって悪行を防がれた人間は、後々ユーリ王子のことを称賛している。そのあたりの違いだな。まぁ、どちらも俺たちの敵には違いないぞ。ただ――」
バノンはニヤリと微笑みながらユーリの部屋の扉を眺めていた。
「付け入る隙があるとしたらユーリ王子の方だな。お人好しなのだから、近づいて友にでもなれば隙の一つでもできるだろう」
「かしこまりました。では、私はこれからのユーリ王子の行動予定を調べさせていただきますね」
「任せたぞ!」
去って行く執事の姿を見送りながら、バノンは嫌な予感を感じる。
――最後にユーリ王子が見せた笑顔。あれは英雄のそれではなくて、悪人のもののようだった。……まさかな。
今までの活動から鑑みて、ユーリが悪人であるはずがないことは一目瞭然である。
でもどうしてか、バノンはそのことが引っかかり、なにか腑に落ちなかった。
それもこの世界の知識が著しく欠落しているユーリ。
これを機にしっかり覚えておくのも悪役になる上で必要だと思っていたのだ。
しかし、全く聞き慣れないワードの数々は、ユーリからしたら催眠術のようにしか思えず、気がついたらどの教科でもウトウトとして今にも眠りそうになっていた。
◇
そして、ようやく一日の授業が終わる。
ユーリは不服そうにミーアと共に自室へと戻っていく。
「絶対にあの教師たち、俺を罠に填めるつもりだったぞ。やはり悪人たる俺を屠るには、卑怯な手を使うしかないみたいだな」
「ふふふっ、ユーリ様は色々と忙しいですから、お疲れなんですよ。そういえば、以前お話しになっていたポテト畑の件ですけど、ランベルトさんから承諾が取れた旨の手紙が届いておりましたよ。次の休みにでも行ってみますか?」
「――何を言ってるんだ、ミーア。承諾が取れたならすぐにでも向かうぞ!」
「えっ? で、でも、明日もまた授業がありますよね?」
「もちろん無断で休む! これも悪人らしいだろう?」
「そ、それはダメですよ!」
ミーアがユーリに対して詰め寄ってくる。
その珍しい態度にユーリは少し驚いていた。
「ど、どうしてダメなんだ?」
「だ、だって、ユーリ様はただの悪党ではなくて、真の大悪人を目指しているのですよね? なら目立つようなことはしないで、授業はしっかり受ける。その上で裏で世界を支配する。その方が大悪人っぽくないですか?」
ミーアとしては自分が仕えているユーリがいかにして真面目に授業を受けてくれるか、それを必死に考えた結果伝えた言葉だった。
しかし、それがユーリの心に響き、ニヤリと微笑む。
「くくくっ、確かにミーアの言うとおりだな。俺は取れたてポテトを食うことを成し遂げないといけない。その目的を悟られないようになるべく普段通りの生活を……。いや、教師たちの罠を回避した上で誰にもバレることなく、裏でポテトを独り占めする! これこそが真の悪というものだな」
「はいっ、その通りですよ!」
何かがおかしかったが、それでもユーリが嬉しそうにしていたので、ミーアは同意して頷き返していた。
ユーリより少し背が高い。つまり、世間一般で見ると小柄な金髪の少年とまるで執事のようにすら見える、背筋を伸ばした細目の少年。
同じ学年の人間ならば顔を見ればわかるはずだ。ミーアが。
しかし、その二人はユーリが一度も見たことのない人物たちだった。
エイル・アルマーズ――アルマーズ公国の君主の息子である彼はセントミジュ学園において、生徒会長の座に君臨していた。悪を憎み、正義をこよなく愛する彼は些細な規則違反すら見逃さない、公明正大な人物として学園内では知られていた。
ラミル・ミルグリ――生徒会補佐を行うエイルの幼なじみにして、彼の良き理解者。ただ、いつも笑みを絶やさずに、瞳の奥では何を考えているのかわからない。しかし、エイルが道を逸れそうになった時は正しい道に戻していた、エイルが唯一信頼している人物だった。
そんな彼らがユーリの部屋の前で待っていた。
――また面倒ごとに巻き込まれそうだ。
ユーリは一気に怪訝そうに表情を曇らせていた。
「ユーリ・ライナ・ウルアース。話があります。お時間よろしいですか?」
エイルがユーリに対して手を前に出して話しかけてくる。
その表情からははっきりと自信を読み取ることができた。
おおよそ話を聞いてもらえると信じて疑っていないのだろう。
ただ、ユーリを常識で測ること自体が間違っている。
相手が欲しているものは与えない。
それこそが悪人たるユーリの行動原理だった。
「俺はないな」
エイルの隣を通り、そのまま部屋に入ろうとする。
一瞬、呆気に取られるエイル。
しかし、大慌てでユーリの前に立ち塞がる。
「い、いきなり無視しようとしないでください!」
「だって、知らない人について行くな。もしついて行ったが最後、どんなことをされてもおかしくない。そう教わらなかったか? あれっ、話したら、だったか?」
「話したら、ですよ。ユーリ様」
ユーリのそばに近づき、彼の耳にそっと小声で教えるミーア。
ただ、この件に関しては意味さえ通じればよかった。
エイルはハッとなって、改めて頭を下げてくる。
「これは失礼しました。僕はこのセントミジュ学園の生徒会長、エイル・アルマーズと言います。こちらは生徒会の補佐をしてくれているラミル・ミルグリ。お見知り置きを」
「あぁ、俺はユーリ・ライナ・ウルアースだ。それじゃあ、失礼する」
今度こそ部屋に入ろうとするが、再び大慌てでエイルがユーリの前に立ち塞がっていた。
「ま、まだ話は終わっていないですよ!?」
「俺の話はもう終わったんだけど……」
――生徒会長と話をするなんて、絶対に面倒ごとになるとわかるから避けたいな。
それに生徒会といえば、学内の正義を司る組織。
そして、生徒会長はその長たる人間。つまり正義の代行者。
それはつまり、学内の英雄、といっても過言ではないかもしれない。
――ちょっと待て。英雄?
ユーリはじっくりとエイルを見る。
わざわざ生徒の長たる人物が一体自分に何のようだ?
簡単なことだ。
学園の正義を司ってる生徒会長が自分に会う理由。
しかも相手はアルマーズ公国と長と縁のある人物であろう事は、その名前で分かる。
――なるほどな、俺が悪人であるかを確認しに来たのだな。つまりこいつが神託の光の英雄。絶対に近づいたらいけない相手だろう。
ますます話す理由がなくなっていく気がする。
しかし、あまりにも安易に追い返しても、悪人認定されそうだ。と判断したユーリは引きつった笑みを浮かべながら、部屋の扉を開く。
「仕方ない。廊下で話すのも悪いし、中に入ってくれ。ミーア、飲み物の準備をしてくれ」
本当なら毒の一つでも入れたいところだが、相手が英雄ならそれも簡単にバレてしまうだろう。
結局のところ、普通に王子として応対をして、なるべく早く、怪しまれることなく追い返す。
平穏な悪人生活のためにはそれしかない。
そして、エイルに隠れて裏で悪の組織を結成する。
――今は孤児院の奴らかミーアくらいしかいないが、もっと数を増やしていって、英雄すらも倒せるようになったときに、世界を俺が支配してやる。
ユーリは先の展開を思い描き、悪い笑みを浮かべながらエイル達を招き入れた。
◇
ユーリのことを英雄だと思っているバノンが、彼とエイルが親しそうに廊下で話をして、部屋に招き入れたシーンを目の当たりにしていた。
「やはり、ユーリ王子は英雄で決まりだな。あの正義の固まりであるエイルが親しそうに話しているくらいだからな」
「そのようでございますね。では我々はいかがしますか? 早速襲撃しますか?」
「馬鹿を言うな! 確かにエイルやユーリ王子くらいなら俺たちでも制圧できる。しかし、エイルの側に控えているラミルはかなりの剣の達人と聞く。それに、ユーリ王子のメイド。彼女は一見普通のメイドのように見えるが、かの英雄殿の護衛を任されるほどだぞ? 隠密行動や索敵においては、右に出る者はいないほどの力の持ち主だ。おそらく、我々がこうして隠れていることにも気づいているのだろう。だから下手なことはできない。まだ、力をつけるまでは様子を見るだけだ」
「はっ、出過ぎたことを言ってしまい申し訳ありません」
執事の男は頭を下げていた。
「いや、気にするな」
「それと、もう一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「何だ? 言ってみろ」
「どうして、光の英雄はエイルではなくてユーリ王子と判断されたのですか?」
「簡単なことだ。エイルは悪を憎みすぎている。悪を犯した人間を徹底的に排除する。それによって恨みを買うこともあるだろう。恐怖によって悪を縛り付けるやり方は英雄たり得ない。同じく正義の行動をしているユーリ王子は悪を憎んで人を憎まず。彼によって悪行を防がれた人間は、後々ユーリ王子のことを称賛している。そのあたりの違いだな。まぁ、どちらも俺たちの敵には違いないぞ。ただ――」
バノンはニヤリと微笑みながらユーリの部屋の扉を眺めていた。
「付け入る隙があるとしたらユーリ王子の方だな。お人好しなのだから、近づいて友にでもなれば隙の一つでもできるだろう」
「かしこまりました。では、私はこれからのユーリ王子の行動予定を調べさせていただきますね」
「任せたぞ!」
去って行く執事の姿を見送りながら、バノンは嫌な予感を感じる。
――最後にユーリ王子が見せた笑顔。あれは英雄のそれではなくて、悪人のもののようだった。……まさかな。
今までの活動から鑑みて、ユーリが悪人であるはずがないことは一目瞭然である。
でもどうしてか、バノンはそのことが引っかかり、なにか腑に落ちなかった。
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