君よ、土中の夢を詠え

ヒロヤ

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 この灰色の部屋の中で過ごし始めてだいぶ経つ。

 頭すら出せない小さな小窓では、この部屋の暗さを消すことは出来ない。

 季節などとうにわからなくなっているが、何となく蒸し暑い。


 もう春は終わったようだ。


 夕方、あたりが二、三回ピカピカと明るくなった。
 雷だろうか。
 それも一瞬だけで、またいつものように鉛のようなのっぺりとした壁が浮かび上がる。

 雨。

 サラサラと天井から水滴がしたたり落ち、私の布団に染みを作った。

 ――。

 この雨水に、身を濡らしたことがある。


 山間の小さな村、雪は滅多に降らないものの雨はよく降った。

 子どもの頃、数人の友達が小川で遊んでいるとき、私は一人だけ川には入らずに岸でオオバコやツユクサを摘んで座っていた。
 そのうち空が暗くなり、ポツポツと夕立が降り始め、川にいた子がみんな小屋を目指して次々に川から上がった。

 轟々と唸る水の音。川岸の中で何かの生き物がのた打ち回っているように思えた。

 私はちょうど反対側の岸にいて、小屋まで行くには川を横切らなくてはいけない。
 けれど、私は一番小さくて動きも鈍く、みんながやるように石飛びが出来なかった。

 川の向こう岸に辿り着いた姉が、私を大声で呼ぶ。他にも友達が、早く早くと手招いてくる。

 私は怖くて、一人でオオバコを握ってモジモジしていた。
 それでも何とか、一つ目の石の上に飛び乗れた。

 次第に強くなる雨が着物の裾を濡らし始めた。

 目の前がぼやけて鼻がツンと痛くなると、このまま川に落ちるのも雨に濡れるのも同じだと思い、足を水の中にドボンと突っ込んだ。

 何をしているんだ、石の上を飛んで来いと姉や友達が私を怒った。

 私は涙でかすむ川を一歩ずつ入っていった。

 次の一歩が底につかないと気づいた時には、身体が一気に沈んで膝の上まで水が浸かった。

 ああ、もう向こう岸には行けないのだと私は大声で泣いた。


 髪も顔も着物も足も、冷たい水の中。


 その時、ものすごい力で身体が浮いた。足が川底からしぶきをあげて宙を舞った。

 片方の草履が石に引っかかっていたが、大きな手がそれを掴むのが見えた。

 だんだん向こう岸が近づいて、姉や友達の顔がはっきりと見えてきて、私は怒られる怖さで余計に泣いた。

 頭の上から声がした。

 低いけど大人の声じゃない。不思議な声。


(女の子を一人だけ残すとは何事だ)

(ごめんなさい、兄ちゃん)

 見上げると、そこには見慣れない顔の男の人がいた。誰かのお兄さんらしいけれど。

(もう泣くんじゃないよ)

 その人は優しく私に言った。

(これからの時代、女の子も強くならないといけない)


 そして笑った。


 男の子は乱暴なだけかと思っていたけれど。


 ありがとう。


 私はあの人にちゃんと言えただろうか。


 ありがとう。


「ひう」


 言葉になる前に、発作が起きた。
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