4 / 32
***
しおりを挟むこの灰色の部屋の中で過ごし始めてだいぶ経つ。
頭すら出せない小さな小窓では、この部屋の暗さを消すことは出来ない。
季節などとうにわからなくなっているが、何となく蒸し暑い。
もう春は終わったようだ。
夕方、あたりが二、三回ピカピカと明るくなった。
雷だろうか。
それも一瞬だけで、またいつものように鉛のようなのっぺりとした壁が浮かび上がる。
雨。
サラサラと天井から水滴がしたたり落ち、私の布団に染みを作った。
――。
この雨水に、身を濡らしたことがある。
山間の小さな村、雪は滅多に降らないものの雨はよく降った。
子どもの頃、数人の友達が小川で遊んでいるとき、私は一人だけ川には入らずに岸でオオバコやツユクサを摘んで座っていた。
そのうち空が暗くなり、ポツポツと夕立が降り始め、川にいた子がみんな小屋を目指して次々に川から上がった。
轟々と唸る水の音。川岸の中で何かの生き物がのた打ち回っているように思えた。
私はちょうど反対側の岸にいて、小屋まで行くには川を横切らなくてはいけない。
けれど、私は一番小さくて動きも鈍く、みんながやるように石飛びが出来なかった。
川の向こう岸に辿り着いた姉が、私を大声で呼ぶ。他にも友達が、早く早くと手招いてくる。
私は怖くて、一人でオオバコを握ってモジモジしていた。
それでも何とか、一つ目の石の上に飛び乗れた。
次第に強くなる雨が着物の裾を濡らし始めた。
目の前がぼやけて鼻がツンと痛くなると、このまま川に落ちるのも雨に濡れるのも同じだと思い、足を水の中にドボンと突っ込んだ。
何をしているんだ、石の上を飛んで来いと姉や友達が私を怒った。
私は涙でかすむ川を一歩ずつ入っていった。
次の一歩が底につかないと気づいた時には、身体が一気に沈んで膝の上まで水が浸かった。
ああ、もう向こう岸には行けないのだと私は大声で泣いた。
髪も顔も着物も足も、冷たい水の中。
その時、ものすごい力で身体が浮いた。足が川底からしぶきをあげて宙を舞った。
片方の草履が石に引っかかっていたが、大きな手がそれを掴むのが見えた。
だんだん向こう岸が近づいて、姉や友達の顔がはっきりと見えてきて、私は怒られる怖さで余計に泣いた。
頭の上から声がした。
低いけど大人の声じゃない。不思議な声。
(女の子を一人だけ残すとは何事だ)
(ごめんなさい、兄ちゃん)
見上げると、そこには見慣れない顔の男の人がいた。誰かのお兄さんらしいけれど。
(もう泣くんじゃないよ)
その人は優しく私に言った。
(これからの時代、女の子も強くならないといけない)
そして笑った。
男の子は乱暴なだけかと思っていたけれど。
ありがとう。
私はあの人にちゃんと言えただろうか。
ありがとう。
「ひう」
言葉になる前に、発作が起きた。
0
あなたにおすすめの小説
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
七竈 ~ふたたび、春~
菱沼あゆ
ホラー
変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?
突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。
ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。
七竃が消えれば、呪いは消えるのか?
何故、急に七竃が切られることになったのか。
市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。
学園ホラー&ミステリー
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる