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十月二十二日(土)旧友の作戦
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「何で俺が巻き込まれるんだよ!」
運転席で小柄な司法書士が声を荒らげた。助手席で道路マップを広げていた宇佐見が、間髪入れず、長い腕で大学の先輩を小突いた。
「仕事を受けたなら、最後までキッチリやりなさいよ!先輩でしょう!」
「こういう時だけ後輩面すんな……って、何だその論理!俺の仕事は相続の手続きだけで、お前らの宝探しアドベンチャーなんぞ知るかよ!」
二人の言い争いに、後部座席にいた白井はただひたすら押し黙った。
あの晩、宇佐見がレストランで歌の作者に気が付いた直後、いきなり伊藤家の人間と連絡を取ってみようと言い出したのだ。藤石が取得した相続関係の書類の中に、母方の実家の住所らしきものが含まれていたからだ。
さすがにそれは気が引けた。いくら母親の実家とはいえ、当人ならともかく一度も会ったこともない自分など、他人に等しいのだから。
――いや、実際に血縁のない赤の他人だ。
すると、宇佐見は相変わらず子どものように頬を膨らませて言った。
「じゃあさ、何でそんなに浮かない顔しているわけ?」
「……それは」
母親が死んだばかりなのだ。当たり前だ。
――それだけなのか?
「アサトはさ、オレに親孝行しておけって言ってくれたけど、そこなんじゃない?自分では何もしてやれなかったことが、今だって悔しいんでしょ?」
「……」
「仮にそうじゃないなら、チビ書士に相続の手続きをお願いできた時点で、心晴れやかにハンバーグ食べられるはずだよ。こんなオレが、気になっているんだから、思いやりのある優しいアサトくんが気にならないはずない」
宇佐見はもう、途中から笑っていた。異国から来たような友人は、やはり――。
「やっぱり、高校時代からウサさんは何も変わらないよ。強引で、おせっかいで、物珍しがりで」
――心を読むのが上手くて。
「ふふ。オレ、気になったことは、とことん最後まで突き詰めるからね!まかせてよ!」
白井は迷ったが、宇佐見がここまで言ったら引かない性格なのはよくわかっていた。国家試験を控えた友人に負担はかけられないと、結局白井は宇佐見の提案を飲むことにしたのだ。
ただ、この宇佐見も周到で、見ず知らずの親戚を相手に、いきなりコンタクトを取るのは危険だと判断し、何と手紙の中に司法書士藤石の名刺を忍ばせたというのだ。法的な手続きのために、説明が必要だの署名が必要だのと、書き連ねたのである。
おかげで、何も事情を知らされていない藤石の元に、先方――白井の母の親族から電話連絡が入ってしまったらしいのだ。
藤石がため息まじりに言った。
「せっかく休みだったのに」
すかさず宇佐見が大きくうなずいた。
「さすが、市民の味方!町の親切な法律家の先生デスね」
「降りろバカ。俺は本気で怒っているんだぞ」
「あの」
怒っている、の言葉に白井は思わず藤石に声をかけた。
「本当にすみません……無理を言って」
「無理を言ったのは、どうせこのチョモランマだろうよ。お前はコイツを止めたと、俺は信じたいところだが?」
「え、あ、はい……」
たった一度しか会っていないのに、こちらの人間関係を完全に把握されている。藤石の人となりを見破る目は計り知れない。白井は少し怖くなった。
赤信号を前に車が減速した。
藤石は大きくため息を吐く。
「シロップ」
「は、はい」
「俺さ、もう仕事関係ないから、好き放題言わせてもらうぞ」
すでに、好き放題言われている気がするが、言い返したところで意味はない。白井は、バックミラーからこちらを見つめる眠そうな眼差しに、観念して頷いてしまった。
藤石がもう一度ため息を吐いた。
「電話で聞いた限りじゃ、先方の伊藤サン――お前のお袋さんが結婚前に住んでいた家は、すでに本家には誰も住んでなくて、そのうち取り壊して売りに出すんだと言っていたよ」
「え……誰も住んでいないんですか」
それなら、一体――。
宇佐見が横から口を出した。
「誰からチビ書士に電話が来たのさ」
「伊藤家の一人娘の伊藤ヒサ江さんだ。今は嫁いで名字は大鳥だそうだが……つまりは、伊藤家の養女になったシロップのお袋さんの【書類上のお姉さん】だ」
信号が青に変わる。藤石は車を発進させながら話を続けた。
「たまたま後片付けのために出入りをしていたら、郵便局の兄ちゃんが封筒を持ってオロオロしていたんだと。どうも、そのあたりは、だだっ広い土地に家が何軒か建っている地域らしくてね。住所は全部一緒。だから、必死こいて探していたみたいなんだが……」
車を発進させながら、藤石は宇佐見を睨みつけた。
「いくら何でも、無茶なんだよ。あの相続関係の書類には確かに伊藤家の住所の情報があったけど、今現在そこに住んでいる証明にはならないんだ。たまたま、その大鳥さんが郵便屋を見かけて、受け取ってもらえただけに過ぎない。お前ら、第一印象から最悪なんだぞ」
それを聞いて、白井は肩をすくめた。一言一句、藤石の言い分は正しい。
ところが、宇佐見は勝ち誇ったような顔で、こともあろうか運転席の藤石の横っ面をいきなり叩いた。
当然のごとく、小柄な男が憎々しげな声で言った。
「……何しやがる」
「つ、ま、り!受け取ってもらえたんでしょう?」
「運が良かっただけだぞ」
「いいや、違う!生きているんだよ!」
「は?」
藤石と同時に、白井も声を上げた。
「ウサさん……誰に宛てて手紙書いたの?」
淡い茶色の瞳が笑ってこちらを向く。
「フクちゃんよ!伊藤フクちゃん宛てに書いたんだよ!」
「……え?」
「誰だよ、そりゃ」
宇佐見がVサインをしてみせた。
「実際に、そこには誰も住んでなくても、登録があるから郵便ボーイは配達するんだから!郵便物が配達されるってことは、まだ住所登録があるってことでしょう?」
――。
「大正生まれのフクちゃんは、まだこの世にいらっしゃるってことよ!」
運転席で小柄な司法書士が声を荒らげた。助手席で道路マップを広げていた宇佐見が、間髪入れず、長い腕で大学の先輩を小突いた。
「仕事を受けたなら、最後までキッチリやりなさいよ!先輩でしょう!」
「こういう時だけ後輩面すんな……って、何だその論理!俺の仕事は相続の手続きだけで、お前らの宝探しアドベンチャーなんぞ知るかよ!」
二人の言い争いに、後部座席にいた白井はただひたすら押し黙った。
あの晩、宇佐見がレストランで歌の作者に気が付いた直後、いきなり伊藤家の人間と連絡を取ってみようと言い出したのだ。藤石が取得した相続関係の書類の中に、母方の実家の住所らしきものが含まれていたからだ。
さすがにそれは気が引けた。いくら母親の実家とはいえ、当人ならともかく一度も会ったこともない自分など、他人に等しいのだから。
――いや、実際に血縁のない赤の他人だ。
すると、宇佐見は相変わらず子どものように頬を膨らませて言った。
「じゃあさ、何でそんなに浮かない顔しているわけ?」
「……それは」
母親が死んだばかりなのだ。当たり前だ。
――それだけなのか?
「アサトはさ、オレに親孝行しておけって言ってくれたけど、そこなんじゃない?自分では何もしてやれなかったことが、今だって悔しいんでしょ?」
「……」
「仮にそうじゃないなら、チビ書士に相続の手続きをお願いできた時点で、心晴れやかにハンバーグ食べられるはずだよ。こんなオレが、気になっているんだから、思いやりのある優しいアサトくんが気にならないはずない」
宇佐見はもう、途中から笑っていた。異国から来たような友人は、やはり――。
「やっぱり、高校時代からウサさんは何も変わらないよ。強引で、おせっかいで、物珍しがりで」
――心を読むのが上手くて。
「ふふ。オレ、気になったことは、とことん最後まで突き詰めるからね!まかせてよ!」
白井は迷ったが、宇佐見がここまで言ったら引かない性格なのはよくわかっていた。国家試験を控えた友人に負担はかけられないと、結局白井は宇佐見の提案を飲むことにしたのだ。
ただ、この宇佐見も周到で、見ず知らずの親戚を相手に、いきなりコンタクトを取るのは危険だと判断し、何と手紙の中に司法書士藤石の名刺を忍ばせたというのだ。法的な手続きのために、説明が必要だの署名が必要だのと、書き連ねたのである。
おかげで、何も事情を知らされていない藤石の元に、先方――白井の母の親族から電話連絡が入ってしまったらしいのだ。
藤石がため息まじりに言った。
「せっかく休みだったのに」
すかさず宇佐見が大きくうなずいた。
「さすが、市民の味方!町の親切な法律家の先生デスね」
「降りろバカ。俺は本気で怒っているんだぞ」
「あの」
怒っている、の言葉に白井は思わず藤石に声をかけた。
「本当にすみません……無理を言って」
「無理を言ったのは、どうせこのチョモランマだろうよ。お前はコイツを止めたと、俺は信じたいところだが?」
「え、あ、はい……」
たった一度しか会っていないのに、こちらの人間関係を完全に把握されている。藤石の人となりを見破る目は計り知れない。白井は少し怖くなった。
赤信号を前に車が減速した。
藤石は大きくため息を吐く。
「シロップ」
「は、はい」
「俺さ、もう仕事関係ないから、好き放題言わせてもらうぞ」
すでに、好き放題言われている気がするが、言い返したところで意味はない。白井は、バックミラーからこちらを見つめる眠そうな眼差しに、観念して頷いてしまった。
藤石がもう一度ため息を吐いた。
「電話で聞いた限りじゃ、先方の伊藤サン――お前のお袋さんが結婚前に住んでいた家は、すでに本家には誰も住んでなくて、そのうち取り壊して売りに出すんだと言っていたよ」
「え……誰も住んでいないんですか」
それなら、一体――。
宇佐見が横から口を出した。
「誰からチビ書士に電話が来たのさ」
「伊藤家の一人娘の伊藤ヒサ江さんだ。今は嫁いで名字は大鳥だそうだが……つまりは、伊藤家の養女になったシロップのお袋さんの【書類上のお姉さん】だ」
信号が青に変わる。藤石は車を発進させながら話を続けた。
「たまたま後片付けのために出入りをしていたら、郵便局の兄ちゃんが封筒を持ってオロオロしていたんだと。どうも、そのあたりは、だだっ広い土地に家が何軒か建っている地域らしくてね。住所は全部一緒。だから、必死こいて探していたみたいなんだが……」
車を発進させながら、藤石は宇佐見を睨みつけた。
「いくら何でも、無茶なんだよ。あの相続関係の書類には確かに伊藤家の住所の情報があったけど、今現在そこに住んでいる証明にはならないんだ。たまたま、その大鳥さんが郵便屋を見かけて、受け取ってもらえただけに過ぎない。お前ら、第一印象から最悪なんだぞ」
それを聞いて、白井は肩をすくめた。一言一句、藤石の言い分は正しい。
ところが、宇佐見は勝ち誇ったような顔で、こともあろうか運転席の藤石の横っ面をいきなり叩いた。
当然のごとく、小柄な男が憎々しげな声で言った。
「……何しやがる」
「つ、ま、り!受け取ってもらえたんでしょう?」
「運が良かっただけだぞ」
「いいや、違う!生きているんだよ!」
「は?」
藤石と同時に、白井も声を上げた。
「ウサさん……誰に宛てて手紙書いたの?」
淡い茶色の瞳が笑ってこちらを向く。
「フクちゃんよ!伊藤フクちゃん宛てに書いたんだよ!」
「……え?」
「誰だよ、そりゃ」
宇佐見がVサインをしてみせた。
「実際に、そこには誰も住んでなくても、登録があるから郵便ボーイは配達するんだから!郵便物が配達されるってことは、まだ住所登録があるってことでしょう?」
――。
「大正生まれのフクちゃんは、まだこの世にいらっしゃるってことよ!」
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