君よ、土中の夢を詠え

ヒロヤ

文字の大きさ
10 / 32

十月二十二日(土)旧友の作戦

しおりを挟む
「何で俺が巻き込まれるんだよ!」


 運転席で小柄な司法書士が声を荒らげた。助手席で道路マップを広げていた宇佐見が、間髪入れず、長い腕で大学の先輩を小突いた。

「仕事を受けたなら、最後までキッチリやりなさいよ!先輩でしょう!」

「こういう時だけ後輩面すんな……って、何だその論理!俺の仕事は相続の手続きだけで、お前らの宝探しアドベンチャーなんぞ知るかよ!」

 二人の言い争いに、後部座席にいた白井はただひたすら押し黙った。


 あの晩、宇佐見がレストランで歌の作者に気が付いた直後、いきなり伊藤家の人間と連絡を取ってみようと言い出したのだ。藤石が取得した相続関係の書類の中に、母方の実家の住所らしきものが含まれていたからだ。

 さすがにそれは気が引けた。いくら母親の実家とはいえ、当人ならともかく一度も会ったこともない自分など、他人に等しいのだから。

 ――いや、実際に血縁のない赤の他人だ。

 すると、宇佐見は相変わらず子どものように頬を膨らませて言った。

「じゃあさ、何でそんなに浮かない顔しているわけ?」

「……それは」

 母親が死んだばかりなのだ。当たり前だ。

 ――それだけなのか?

「アサトはさ、オレに親孝行しておけって言ってくれたけど、そこなんじゃない?自分では何もしてやれなかったことが、今だって悔しいんでしょ?」

「……」

「仮にそうじゃないなら、チビ書士に相続の手続きをお願いできた時点で、心晴れやかにハンバーグ食べられるはずだよ。こんなオレが、気になっているんだから、思いやりのある優しいアサトくんが気にならないはずない」

 宇佐見はもう、途中から笑っていた。異国から来たような友人は、やはり――。

「やっぱり、高校時代からウサさんは何も変わらないよ。強引で、おせっかいで、物珍しがりで」

 ――心を読むのが上手くて。

「ふふ。オレ、気になったことは、とことん最後まで突き詰めるからね!まかせてよ!」

 白井は迷ったが、宇佐見がここまで言ったら引かない性格なのはよくわかっていた。国家試験を控えた友人に負担はかけられないと、結局白井は宇佐見の提案を飲むことにしたのだ。

 ただ、この宇佐見も周到で、見ず知らずの親戚を相手に、いきなりコンタクトを取るのは危険だと判断し、何と手紙の中に司法書士藤石の名刺を忍ばせたというのだ。法的な手続きのために、説明が必要だの署名が必要だのと、書き連ねたのである。

 おかげで、何も事情を知らされていない藤石の元に、先方――白井の母の親族から電話連絡が入ってしまったらしいのだ。



 藤石がため息まじりに言った。

「せっかく休みだったのに」

 すかさず宇佐見が大きくうなずいた。

「さすが、市民の味方!町の親切な法律家の先生デスね」

「降りろバカ。俺は本気で怒っているんだぞ」

「あの」

 怒っている、の言葉に白井は思わず藤石に声をかけた。

「本当にすみません……無理を言って」

「無理を言ったのは、どうせこのチョモランマだろうよ。お前はコイツを止めたと、俺は信じたいところだが?」

「え、あ、はい……」

 たった一度しか会っていないのに、こちらの人間関係を完全に把握されている。藤石の人となりを見破る目は計り知れない。白井は少し怖くなった。

 赤信号を前に車が減速した。

 藤石は大きくため息を吐く。

「シロップ」

「は、はい」

「俺さ、もう仕事関係ないから、好き放題言わせてもらうぞ」

 すでに、好き放題言われている気がするが、言い返したところで意味はない。白井は、バックミラーからこちらを見つめる眠そうな眼差しに、観念して頷いてしまった。

 藤石がもう一度ため息を吐いた。

「電話で聞いた限りじゃ、先方の伊藤サン――お前のお袋さんが結婚前に住んでいた家は、すでに本家には誰も住んでなくて、そのうち取り壊して売りに出すんだと言っていたよ」

「え……誰も住んでいないんですか」

 それなら、一体――。

 宇佐見が横から口を出した。

「誰からチビ書士に電話が来たのさ」

「伊藤家の一人娘の伊藤ヒサ江さんだ。今は嫁いで名字は大鳥だそうだが……つまりは、伊藤家の養女になったシロップのお袋さんの【書類上のお姉さん】だ」

 信号が青に変わる。藤石は車を発進させながら話を続けた。

「たまたま後片付けのために出入りをしていたら、郵便局の兄ちゃんが封筒を持ってオロオロしていたんだと。どうも、そのあたりは、だだっ広い土地に家が何軒か建っている地域らしくてね。住所は全部一緒。だから、必死こいて探していたみたいなんだが……」

 車を発進させながら、藤石は宇佐見を睨みつけた。

「いくら何でも、無茶なんだよ。あの相続関係の書類には確かに伊藤家の住所の情報があったけど、今現在そこに住んでいる証明にはならないんだ。たまたま、その大鳥さんが郵便屋を見かけて、受け取ってもらえただけに過ぎない。お前ら、第一印象から最悪なんだぞ」

 それを聞いて、白井は肩をすくめた。一言一句、藤石の言い分は正しい。

 ところが、宇佐見は勝ち誇ったような顔で、こともあろうか運転席の藤石の横っ面をいきなり叩いた。

 当然のごとく、小柄な男が憎々しげな声で言った。

「……何しやがる」

「つ、ま、り!受け取ってもらえたんでしょう?」

「運が良かっただけだぞ」

「いいや、違う!生きているんだよ!」

「は?」

 藤石と同時に、白井も声を上げた。

「ウサさん……誰に宛てて手紙書いたの?」

 淡い茶色の瞳が笑ってこちらを向く。

「フクちゃんよ!伊藤フクちゃん宛てに書いたんだよ!」

「……え?」

「誰だよ、そりゃ」

 宇佐見がVサインをしてみせた。

「実際に、そこには誰も住んでなくても、登録があるから郵便ボーイは配達するんだから!郵便物が配達されるってことは、まだ住所登録があるってことでしょう?」

 ――。


「大正生まれのフクちゃんは、まだこの世にいらっしゃるってことよ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ
ホラー
 変遷していく呪いに終わりのときは来るのだろうか――?  突然、英嗣の母親に、蔵を整理するから来いと呼び出されたり、相変わらず騒がしい毎日を送っていた七月だが。  ある日、若き市長の要請で、呪いの七竃が切り倒されることになる。  七竃が消えれば、呪いは消えるのか?  何故、急に七竃が切られることになったのか。  市長の意図を探ろうとする七月たちだが――。  学園ホラー&ミステリー

処理中です...