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第3章 アデレードの挑戦

第45話 追われた理由

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「うっ……」

 メグが血と泥に塗れた顔を拭いていると、怪我人が小さく呻いた。

「起きたの? 大丈夫?」

 怪我人はぼんやりとメグを見た。自分の置かれた状況が分かっていないようだ。

「おや、目を覚まされましたか」
「良かったわ」

 怪我人を囲んでいたアデレードとラシッドもほっと安堵したのも束の間、再び玄関のドアを誰かが叩いた。ぎくりと3人が身を固める。

「おーい、お嬢ちゃん」

 ゲアハルトの声だ。気を緩めてアデレードが玄関へ向かう。ドアを開けると、ゲアハルトとカールがいた。

「ゲンさん? それに伯爵も……一体どうされたの?」
「いや、村に変なヤツが来て、方々の家に人捜してるとか言って、ずかずか入り込もうとしてな。偉そうなヤツだったから、横っ面張り倒してやったんだけど。そんで、ここにも来るんじゃねぇかと思って、注意するように言いに来たってわけ」
「それなら、既に来ましたわ」
「まじか……」

 ゲアハルトがうんざりしたような顔をした。

「それで何事もなかったのか、大丈夫か?」
「はい。とりあえずは追い返したのですが……」

 アデレードが少し困惑した顔を見せる。

「どうした?」
「中へどうぞ」

 アデレードが2人を家へ招く。カールと談話室にいるラシッドとメグ、そして怪我人を見て、大体のことは察した。

「あぁ、お二人さん」
「先生、それ、もしかして連中が探している男かい?」
「さぁ、それは何とも。ですが可能性はありますよね」
「フロイライン、どういうことだ?」

 アデレードは2人に怪我人を発見して今までの経緯を説明した。

「行き倒れの男に、人を捜してる変な連中か。まぁ、何か関係していると考える方が妥当だな。しかし、サウザー家がそれにどう絡んでいるのか……」
「サウザー家? 伯爵、どういうことですの?」
「私がここに来たのは、それを聞くためだ。君の方が貴族の情報には詳しいだろう。私の屋敷にも黒ずくめの男達が来た。そして、サウザー家の使いだと名乗ったのでね」

アデレードは未来の王妃として嘱望されてきた身だ。貴族の様々な情報はアデレードの耳にも、当然入ってきていた。その中でもサウザー公爵の評判の悪さは有名だ。

「……今の当主のウルリッヒ様は、放蕩三昧の問題人物なのは確かですわ。国王の甥ということもあって王宮にも我が物顔で出入りしているようです。王子とも年が近いので、親しくされていた……いえ、馴れ馴れしかったと言うべきでしょうか……」

 王子の、邪険にすることも出来ないという感じの、何とも言えない顔を思い出す。そしてアデレードにも、好色そうな目を向けてきた。その不快さは言葉にも出来ない。

「私、あの男大っ嫌いですわ」

 ぷいっとアデレードが横を向く。

「まぁ、それはともかく。遊び人で領主の務めも疎かにしているような人が、熱心に犯罪者を追わせるなんて、少し解せないところですわね」
「サウ、ザー……うっ」

 会話を聞いていた怪我人が体を起こそうとした。慌ててメグが支える。

「その怪我では動けないわ。どうしたの?」
「逃げないとっ……」
「大丈夫ですよ。君を追ってくる人はここにはいません」
「一体何があった? 何故、追われている?」
「それは……」

 男が口ごもる。話すのを恐れているようだ。

「……もしかして、麻薬が関係してます?」

 ラシッドの言葉に男がぎくっと体を揺らした。

「先生、どういうことだ?」
「あの、独特の甘ったるい匂いの正体です。ある植物を乾燥させて、煎じるとあぁいう匂いがするのを思い出したのです。少量なら薬として有用ですので、私も嗅いだことがありました。ただ大量に体に入れると幻覚を見たり、おかしな行動を取るようになったりと危険なのです。それに強い依存性もある」
「では連中は薬物の常習者か……まさかサウザー公爵も?」

 全員が怪我人の方を見ると、黙って頷いた。そして、観念したように話し出した。
 男は名をクリスと言い、王都でサウザー公爵が囲っていた愛人の屋敷で働いていた。そこで見てしまったのだ。大量の麻薬が秘密裡に保管されているのを。

「ふーん、なるほど。国王の甥ともあろうヤツが、愛人宅でこっそり麻薬吸ってるヤク中ってばれたら大事ってわけだ」

 呆れたようにゲアハルトが頭を掻いた後、ニヤリと笑った。

「こうなったら、一芝居うつしかないな」
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