弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり

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スライストの願い

 スライストは公爵令息として、これが普通と思いながら生きてきた。


 
 頼りがいのあるセサミに、美しくて優しいロベリー、やんちゃなクリムがいる穏やかな生活。

 だがスライストが7歳、弟が5歳の時に、母と父は離縁し、邸から母の声がしなくなった。

 その頃から彼への後継者教育が増え、弟は乳母に依存する生活になっていく。父もクリムに厳しくせず、何となく様子を見ているようだった。


 次期後継者と言えど、重要なことは父が掌握したままで、使用人達の主導権も同じだった。


 愚かではない彼が気付かぬ筈もなく、けれど底知れぬ父の恐ろしさで逆らうこともせず。

 
 そんな中で空気を読まず、素行の悪さのあるクリムだったが、特に教育に口を出すこともなく、ただ様子を見ている父。

「ああ。家を継げぬ次男だから、厳しくしないのだろう。一線だけは越えぬように、見守っているのだ」

 弟とは逆で厳しく教育を受け、7歳からは微笑みすら向けられずに育てられた彼は、少し羨ましく思っていた。
 優秀な父の後継ならば、まだまだ学びは不十分なのだろう。だから弟のように、微笑んで貰えないのだと。


 そんな弟はある侯爵家の婿入りを蹴り、現在の妻、コーラスと結婚した。結局は子爵家に婿入りした形だ。
 けれど下位貴族だと侮り、前当主から学ぶこともせずに爵位だけを継ぎ、公爵家にいた時と同じように散財だけを繰り返していく。


 見かねて苦言を呈そうとしても、「当主はクリムなのだから、口を出すな」と、何もできない彼。

 やれば出来た筈だが、どうしても逆らうことが出来なかった。幼い頃からの教育と言う名の洗脳なのだろう。


 そんな閉塞した状態で出会ったのが、ミカヌレだったのだ。

 思えば彼の結婚も、父が都合の良い者を宛がうつもりだったのだろう。
 でも彼は思った。

彼女ミカヌレが傍に居ないなら、もう全てがどうでも良い。一緒に居られるならば、平民として他国で暮らそう」

 
 教育を受けてきた彼は知っていた。
 世界は広く繋がっており、さらにこの国の経済や国防は、世界から見れば真ん中よりも下にあることを。

 だからこそ、採算のない戦いではないと。
 語学の知識と隠密が調査する正確な他国の情勢などは、セサミや家庭教師(身元を隠した隠密)から学んでいた為、おおよその想像はつく。

 実際に他国に赴く父とは違い、全てはまだ想像の域だが。

 そもそもワッサンモフ公爵家が、筆頭公爵家なのに宰相ではないのは、代々の当主が他国のことを調査し備える為に外務大臣を希望したからだ。

 
 現在は暫く戦争もないが、ミカヌレが幼い時にはまだ争いが確かにあった。彼女の祖国は滅ぼされ、彼女はある事情で孤児院で育つことになった。

 まだそれから、26年しか経ていないのだ。


 経済が発展していても、平和とはかけ離れた国がいくつもあるのを知っている。
 逆に国を治める国王が有能で、平和な国があることも。

 その情報を持つことは、武器となるのだ。



 貴族の特権が強いこの国ならば、貴族は幸福に生きられる者が多いだろう。逆に平民達は他国と比べて不自由かもしれない。


 スライストの父はこの国にないが貴族の欲しがる物を、自分の名を隠した商会で仕入れて売りさばく。そして多額の利益を得る。

 逆にこの国では価値がないと思われている物を、安く買い付け高く売れば、ストレートに利益に繋がる。

 護衛となるのは公爵家の隠密や騎士達なので、他の商人のように強奪されることもないのだ。

 本来なら国に(商売的なことを)進言し、国内利益に繋げるのが忠臣なのだが、王族達は自分達の栄華しか考えない為、臣下もそれに倣う。


 だからこそ、彼のセサミはいつでも国を捨てられる準備を整えているのだ。

 ただ『隠密』のような滅私のような存在は、他国でも廃れており、それを隠密達は既に知っている。


 そんなアンバランスな状態で、セサミは多くの隠密に見切られたのだ。



 スライストの望みは多くはない。

 その一つは、家族で安心して過ごすこと。

 そしてその望みは貴族でなくても叶う。いや、貴族でない方が叶いやすいだろう。


「さて。まずはコロネに、何て言おうかな。2年も連絡しなくて、怒っているだろうな」


 頭を悩ませるのは、妻と子のことだけだ。
 ミカヌレやレイアー達にコロネの報告は聞いていたが、いつも心配だったから。


 父子が会えるのは、もうすぐだ。



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