岡っ引きの源さんは、今日も朝帰り

ねこまんまときみどりのことり

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聞いてはいけなかったこと

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 小鈴の父親である呉服屋の二平と、彼女の指示で動いた丁稚の文次が、源の住む長屋に呼び出された。 

 同心である浅賀清次郎からの呼び出しなので、仕事も放り出し急いで駆けつけたのだ。


「浅賀様。呼び出しにより参上致しました。
 小鈴が何か、失礼なことをしたので御座いますか? 躾がなっておらず、誠に申し訳御座いません」

 文次を連れた辛そうな顔の二平は、頭が腹につくくらい丁寧に頭を下げた。


「急にすまないな、二平。だが早急に解決すべきことだったのだ。許せよ」

「滅相も御座いません。早急ならば、なおのこと是非もありません」

 
 頭を下げたままで顔を上げない彼らに、清次郎は座敷に上がるように指示した。

「まずは話が進まないから、座敷に上がってくれ。
 すまないがお菊ちゃん、お茶をお願い」

「はい、ただいま。本当の粗茶なので、期待しないでね」

 
 そう言っていそいそと準備がなされる中、ちゃぶ台の回りに小鈴、二平、文次が座らされ、清次郎もそこに加わる。
 源は玄関の土間に立ったまま、外の様子を探っていた。

 小鈴に向けていた冷笑とは違い、普段のように穏やかな顔を見せる清次郎に、彼女小鈴の背筋はまたゾクリと寒くなる。
 その変わり身と、父親が呼ばれたことで。


「はい、お茶をどうぞ。お茶菓子は金平糖だけですみません」

 大事な話に水を差さぬように、お菊も源の隣に立った。すると源がお菊に声をかける。

「せっかく呉服屋さんが来て下さったのだから、茶菓子が金平糖では申し訳ない。
 このお金で、きんつばを5つ買ってきなさい。
 お菊も食べて良いから」

「え、お父ちゃんの分は?」
「俺は良いから。きんつばが売っている壺屋は、少し遠いけど平気か?」

「うん。それは大丈夫だよ。……お父ちゃん、きんつばは私と半分こしようね。じゃあ行って来るね」
「ああ、気をつけてな」


 お菊を見送った後、源は清次郎の方を見て頷いた。そして玄関戸の隙間から、聞き耳を立てる者が居ないか目を光らす。




◇◇◇
「ここに集まって貰ったのは、小鈴が見当違いのことで騒ぎ立てたからなんだ。
 結論から言うと、文次が俺とお菊を見たのは本当だ。
 けどな、その周囲には他の同心や岡っ引きも居たんだよ。
 父親の源もな。
 それがどう言うことか分かるかい?」


 ちゃぶ台で座る3人は身をすくませた。
 ああ、捜査をしている最中だったのかと。


 けれど疑問が残る。
 捜査ならばなおさら、お菊のいる意味が分からないからだ。

 それを察した清次郎が、口を開いた。


「ああ。お菊には、相手に警戒されないように夫婦のように見せていたんだ。
 男一人より、妻がいた方が警戒が緩まるからな。
 他にも変装をしたのは良いが、厳つい男の同心がいたから、そっちに集中警戒して貰えば、こちらが動きやすくなって良かったんだよ。

 あの時に文次が、もし僕に「同心の清次郎様ですか?」なんて声をかけて来たら、捜査は打ち切りになるところだった。それは下手人げしゅにんを逃がすことに繋がっただろう。

 そうなれば被害が増えることになった筈だ。
 お前達が責任を取って下手人を捕まえてくれるならそれも良いが、もし態と逃がしたなら共犯と見なしてお縄にしていたところだ。

 それ程の状況だったのだよ。
 この意味は分かるかい?」


 今さらながら自分の行動を後悔した小鈴と文次。
 そして朧気ながら、娘が捜査を邪魔しそうになったと悟る二平だ。

「あ、あぁ、誠に申し訳ありませんでした。平に平にご容赦下さい。この責めは私が追いますので」

 土下座する二平にならい、小鈴も文次も土下座の形を取った。


「ご、ごめんなさい。そんなつもりではありませんでした。申し訳ありませんでした」
「わ、私は何てことを。ごめんなさい。もうしません。許してください。うえ~ん」


 いつもと違う清次郎の威圧的な態度に、ただ事ではないと分かった文次は、幼いこともあり泣き出した。
 小鈴は震えが止まらなかった。
 自分の嫉妬のせいで悪人の仲間だと思われれば、自分ばかりか家族も罪人となり、この幼い文次まで捕まってしまうかもしれないのだから。

「あ、あの、わ、私のせいなんです。私が文次に命令したから、だから、罰するなら私だけで、お願いします。家族も文次も、関係ないのです。お願いします、お願い、します。どうか、どうか」


 その様子を見て、「今回は不問にしてあげる。たまたま大きな犯罪には繋がらない案件だったから。
 でも次はないからね」と、優しい声で釘を刺した清次郎。

 同時に安堵から涙を流す3人は、先程まで生きた心地がしなかっただろう。


「それとね。お菊には源と共に危険手当てを払って、時々協力をして貰ってるんだよ。
 でもさあ。いつも彼女ばかりだと、さすがに変装にも限界があるから、手駒が欲しいんだ。
 だから小鈴も協力してよ、文次もさ。
 勿論、二平も。
 嫌なんて言わないよね」


 安堵から一転し、逃げられないと感じた3人。
 拒否など出来ず、応じるしかなかった。


「分かりました。出来る限りの協力をお約束致します。ですから、何とぞ娘のことは……」

 小鈴だけは危険に晒したくないとの思いで、何とか頼もうとする二平だったが、当然のように遮られた。

「お菊もしているから、大丈夫だよ。今回みたいな邪魔がなければ、大概安全だから。ねっ」

 満面の笑顔の清次郎には、最早何も言えなくなった二平。それを見て改めて絶望した小鈴。自分も逃げられないと悟り、顔面蒼白の文次。


 そして聞かれていないことを、矢継ぎ早に話し始めたのだ。

「今回は酒の密造だったのさ。他の店より酒代が安いと情報が入り、身銭を切ってサービスしているのかもと思ったが、派手な金遣いが目立っていたからね。
 そのままにしておくと悪党に目を付けられて、もっと悪い犯罪に巻き込まれる可能性があったから、こちらで忠告させて貰ったところだよ。

 既に悪者の傘下に入れられていないか、内偵調査もしていたのだけど、個人レベル(家庭内)の密造を罰する状態で済んでいて助かった件だったのさ。
 今回は罰金で手を打つことになったんだよ。
 僕だって、料理のうまい店を潰したくないからね」 

 ※酒造りには許可や免許が必要で、無許可・無免許での製造は法律違反となった。自家消費目的であっても、酒税法で定められた範囲を超える場合は、違法となる可能性があった。



(あの内海さんが、酒の密造なんてしたのか? 知らなかった。まあ内密に処理したんだろうね)

(本当に捜査だったのね。いつもあの子の周囲に、清次郎がいたのはそのせいなのね。
 私ってば、それなのに嫉妬して……。
 あんなに恐い人をお菊が好きになる筈ないわ。
 二股なんて、あり得ないのに!

 ああ、もう、本当にごめんなさい。
 お父様も、文次も、お菊も…………)
 もう戻れないことに、小鈴の心は後悔で溢れていた。


(特別手当てがあるなら、まあ良いか!)
 文次は早速割りきっていた。
 一文(銭)でも多く稼げば、仕送りが出来ると思って。弟妹が多い生家の農家収入では、食べるのもやっとだから、役に立てるなら何でもやろうと誓った。


「これからは必要に応じて連絡しますね。では今回の話しはこれくらいで。
 もうすぐお菊が帰って来るので、いつも通りでお願いしますよ。
 美味しいきんつばも来ますから」

 
 威圧が解けていつも通りに戻った清次郎に、源は視線を向けた。
(あの人が弱味と引き替えに、断れない条件を出すのは変わらないな。
 それにしても馬鹿だね、小鈴は。
 金があるのに、自分から罠に飛び込んできちゃうんだから)


 その後にお菊が戻り、買って来たきんつばをみんなで食べてからお開きになった。

「はい。大きい方をお父ちゃんにあげる」
「良いよ。大きいのはお菊が食べろよ」

「お父ちゃんの方が大きいから、お父ちゃんが食べなよ。私なら、こっちで十分だから」
「そうか。じゃあ貰うよ。ありがとうな」
「うん、食べよう」

 小鈴らとは真逆の和やかムードで、美味しそうにきんつばを食べるお菊達だった。



 帰り際に。

「ご馳走様、お菊ちゃん。遠くまでご苦労様だったね。ありがとう」
(若い身の上で苦労しているのだね、お菊ちゃんは。もう親無しの孤児だなんて、色眼鏡で見たりしないからね)


「悪かったわ、お菊ちゃん。もう嫌がらせはしないからね、ぐすっ」
「うん、分かったよ。良かったぁ」

(たぶんこってり怒られたのね。自分のお父ちゃんまで呼ばれたら、そりゃあ落ち込むわよね。元気出して小鈴ちゃん)
(……囮捜査。化粧して清次郎様と一緒にか。今から胃が痛いわ)

 お互いぎこちない笑みで許しあった二人は、今後喧嘩するはなかったと言う。



「お菊さん、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
「どういたしまして、文次君は礼儀正しいですね。
 いつもはお客さんのお菓子に、きんつばなんて出ないんだよ。運が良かったね」

 微笑むお菊に、文次もつられて微笑みを返していた。

 明らかに疲れきっている3人を目にし、(お説教されたのかしら? お疲れ様です)と呑気に考えていたお菊は、清次郎の笑顔以外をあまり見たことがないので、彼女達の恐怖は少しも分からないのだった。

 いつの間にか小鈴が囮捜査員になったことで、今後清次郎は彼女小鈴とも出歩くことになり、お菊は何故か分からず、モヤモヤすることになるのだった。
 清次郎は3人を利用することになった経緯を、お菊には知られたくなかった。
 だから彼女お菊から話しを触れられないことで、逆に言い訳も出来なかった。
 源から呆れる視線を送られても、それを貫いているのだった。
(知らせないことでややこしくなるのに……。なに考えてんだか)



 そして今、3人が玄関の敷居を跨ぐ直前、清次郎は二平の耳元にだけそっと囁く。

「僕の本名は片切清次郎で、本当は与力なんだ。
 兄の進之介は南町奉行で、その指示に従い僕らは動いている」
「はぁ、何と、そんなことが!」

 唇に指を当てて、「内緒だよ」と笑う清次郎と、真実を知りさらに落ち込む二平。
 言わずとも協力していく約束だったのに、そんな身分を知った今、いつ下手を打って切られても不思議ではないと思えたのだ。

人間の感情は変化するからと、今も清次郎から監視を付けられている二平なのだった。



 
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