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蠱毒(こどく)
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「ありがとうね、マール7。僕、とってもお腹が空いていたの」
「ピコンッ♪ 美味しく食べてくれて嬉しいよ。じゃあね」
俺はマール7。
自立式お料理ロボットだ。
ある天才科学者が発明し、全私財を駆使して世界中に配布した。
主に食料不足の地域へ。
その能力は高く、個人的に購入する飲食店も多く存在した。
天使のようなかわいい顔と形で、丸いフォルム。
視覚部分(目の部分)で材料を視認しメニュー作成、その材料を機械の口部分に入れれば、AI(人工知能)機能が瞬時に大きさを判断し下処理後に切断。
味付け後、胸部分に内蔵のオーブンやレンジで調理し、最適な料理を作る。
出来上がり後、お腹部分の扉がパカットと開き、レンジのように取り出せるのだ。
食せない部分や硬い骨などは、調理途中に別途で分けられ、チューブを通り専用の貯蔵庫へ運ばれる。
調味料も元になる海水や胡椒の実、サトウキビなどを口部分に入れれば、内蔵するオーブンやレンジ機能で炒ったり乾燥させて自動作成し、そのまま体内に貯蔵できる。
水分は不要と判断されれば、高圧の熱源により蒸発する仕組みだ。
そのロボットは全世界で見られる程、大幅に普及していた。
どんな草だろうが、魚だろうが、毒や鱗を除去して、美味しい料理を作ることができた。
特に食料が不足する地域では、食べられる物を何とか作り出してくれるロボットは、とても大切にされた。
それでも、食料事情が改善しない地域がある。
木の根を掘り尽くしても、食べ物が足りないのだ。
だから全世界のマール7は、お互いの情報を共有し合い、ある決定をすることにした。
◇◇◇
「あぁん、太っちゃうわ。お寿司のネタだけ食べて、ご飯を残そうっと」
「シールだけ欲しんだ。えっ、こんなにチョコなんて食べられないよ」
「まあ、私は今日は魚の気分なのよ。お肉は下げて頂戴」
「食べ放題で取り過ぎた。もう食べられないや、残そう」
「あらぁ、冷蔵庫のお野菜、いたんじゃったわ。捨てましょう」
「今日は無礼講だ。酒も食べ物もたらふく食べろ、ワハハハッ」
「またおやつ食べ過ぎて、ご飯残しちゃった。だって米って味なくてキライなの」
ある日大きな国で、大量の人間が死亡した。
その原因はわからず、人々は恐怖する。
「くるし、た、すけて……」
「突然、おかし、くなっ、たの……」
「死にた、く、ないよ……」
苦悶に喘ぐ人々。
調査は続けられるも、一向に進展はない。
病床者を病院へ運ぶ救急隊員は、休むことなく連勤していた。
「どういうことなんだ。みんな吐き気症状が出て、一週間以内でなくなっているぞ」
「薬物反応や食中毒でもない。健康な者も病気の者も無差別だ。なんでこんな状態になってる?」
「感染症でしょうか? そうだとしたら、今までにないものです。南極の氷が溶け出して現れたウイルスでしょうか?」
「だが、この国だけしか症状は出ていないから、それはおかしいだろう?」
「……あぁ、スミマセン隊長。どうやら……俺も発症したよう…………です………………」
「ああ、なんで急に? 待ってろ、今医者を連れてくる」
そう言って走り出した消防隊長にも、変化が。
「うっ、くそ。お、俺もなんだ、か、体、うごかない…………」
街の要の救急隊員は、活動を止めた。
病院内でも混乱が生じていた。
「もう、ベッドが満床です。廊下にも入り切れません」
「医師にも症状が出て、数が足りません。看護師達も動けなくなり、半数は休んでいます」
「もう点滴台もありません」
「点滴や解毒作用のある薬も在庫ゼロです。他の地域にも余剰はないと断られました」
「人員が足りません、どうしましょう?」
「動けない者ばかりで、食事や排泄すら介助できません」
「せんせい、せん、すいま、せん、もう、ダメ…………」
「ああ、俺もうごけ、ない…………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
その後この滅びの大国を他の国が支配し、更にその国は発展した。
そしてその国も、数年後に大量の死者が出たのだ。
原因がわからずに、人々は恐怖に震えた。
だが、その被害に合うのは豊かな大国ばかりで、何らかの生物兵器ではないかと推察された。
◇◇◇
「最近は前みたいに根こそぎ魚も釣られないし、小麦も値上がりしなくなったね」
「ここまで果物を取りにくる商人もいなくなったし、木の伐採もなくなって良かった」
以前は安価で、資源である食料をむしり取られていた貧しい島の民や、高い税金で食べる物が買えなかった人にも、値段が下げられて食料が回るようになってきた。
高額で購入する人が減り(死に)、食料の流通経路が変わったからだ。
今までよりも、だいぶん安価で手に入るようになった。
彼らは空腹になることも少なくなり、元気が漲ることで畑を元気に耕し、漁に出て魚を取ることもできる。
捨てられたような援助のない人々は、少し楽になった。
子供が釣りに行っても、容易に魚が釣れるようになった。
今まで観光客が荒らしていた、森の木の実やきのこもそっくり残っていた。
けれども住民は食料を無駄にすることはなく、彼らはその恵みを大切にしていった。
マール7に表情はないけれど、AI(人工知能)から様々な言葉を人々に紡ぐ。
「ピコンッ♪ 今日はこの料理だよ。元気で頑張って」
「ありがとうね、行ってくるよマール」
「今日は魚が釣れたの。マール、これを7人で食べられるようにして」
「ピコンッ♪ わかりました。頑張って釣れたのですね。久々のタンパク質ですね。木の実を入れてパイにしましょう」
「ありがとう。楽しみです」
時間がある時のマールは、野山を自己に付いているバイクのような二輪の車輪で移動し、草から栄養を吸収する。
伸縮する腕を伸ばし、人間には取れない場所にある果物を採取してエキスにし、草の栄養と混ぜて粉末状にしておく。
食べ物がない日は、水にそれらを溶かして人間に与えていた。
「ピコンッ♪ これだけでも、どうぞ」
「ありがとうマール。元気が出るよ。明日は頑張って、畑を耕せるよ」
「ピコンッ♪ ご無理なさらないで」
マール7同士、時々通信で状況を共有する。
彼らの生き甲斐は、美味しく調理した物を残さず食べて貰うことだ。
そして彼らを慕う人間に喜んで貰うことが、年月を積み上げて “嬉しいこと” だとインプットされていく。
『マール達は学習していたのだ』
《ピコンッ♪ この国は駄目だ。大切な命を無駄にして、捨ててしまう》
《ピコンッ♪ この国もです。ではまた、いつものように》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
マール達は独断ではなく、マール同士で相談しながら選択していく。
ただその中でも飽食せず、食を大事にする子供達だけは、他国と連絡を取り保護していくのだ。
「ピピピピッ、はい、◯◯国です。どのようなご用件ですか?」
「ピコンッ♪ ◯◯国の者です。子供達が親とはぐれて死にそうです。国境沿いにいます。助けてください。場所は、◯◯地区の川沿いです。よろしくお願いします」
「貴方のお名前は?」
「ピコンッ♪ 私? 私に個別名はありません」
「え、どういうこと? もしもし、もしもし、切れてるわ。でも、隣国の状態は聞いているわ。すぐに救急隊に要請しましょう」
要請を受けた国はマールの電話に応え、子供達を助けに来てくれた。
救助が来るまではたくさんのマールが集まり、子供達の世話をしていた。
「ピコンッ♪ 頑張ってください、お嬢ちゃん、お坊っちゃん」
「ピコンッ♪ 食べ物は大切にね」
「ピコンッ♪ しっかり生きるのですよ」
マールには食事以外の援助は出来ない。
ただ水やお湯だけは精製できるので、シャワー代わりに洗い流す援助だけはした。
乳飲み子にはチューブで乳や離乳食を与え、少し大きい子供達には言葉をかけて食事を取らせた。
そして救助が来た時に、一斉にその場を去ったのだ。
「マール、何処に行くの?」
「置いていかないで」
「行っちゃヤダよ」
「「「「マール!!!!」」」」
子供達の親兄弟を奪ったマール。
でも彼らを真摯に助けてくれたマール。
矛盾するその存在。
マール7は、今まで調理をした際に出る、毒部分も調味料のように体内に蓄えている。
空中に噴霧すれば、人類が20回は即死できる程の威力がある毒を。
それはまだ人類が確認できない構造式だから、いくら調べても毒だと認知出来ないだろう。
今までに取り込まれた物によって、毒性に違いが生じていた。
食事に混ぜた遅効性の毒が、食事と共に体内に入ったこと。これが、今までの大量死の答だ。
命に感謝すれば、害にならないマール7。
だが、敵にまわせば……………………
マール7の制作者は、天使だと言われていた。
けれど、この事実を理解してもそう思えるかは謎だ。
◇◇◇
制作者はスラムに生まれ、母親となる科学者に拾われる迄は、体も心も傷だらけの男の孤児ユマールだった。
彼を拾った女科学者ナナスも貧しい生まれで、成功するまでは辛酸を舐めて生きてきたと言う。
そこで食事の大切さを学び、生きる為に学びを深めた。
女科学者ナナスは細菌学で賞を取り、多くの人を救った。
男の孤児ユマールもそれらを学び、その上でAIの活用法を学んでいく。
そして彼が、孤児の時に渇望していた研究を進めていったのだ。
そんなユマールにも好きな女ができて付き合ったが、浮気されて捨てられた。
その時の暴言は、彼の心を深く痛めつけた。
「貴方、スラムの孤児なんですって。黙っているなんて酷いじゃない。
死んだネズミも食べていたんでしょう?
嫌だわ、穢らわしい。
知っていれば付き合わなかったのに。
もう近寄らないでね」
女の本性を初めて知った。
優しい女だと思ったのに。
大事にしたいと思ったのに。
生まれのことでバカにされた。
好きでスラムにいた訳じゃない。
浮気をした癖に、正当化しようとする。
おまけに俺が悪いと、罵ってくる。
「どうしてこんなに責められるのか?
生まれて来なければ良かったのか?
苦しい、苦しい、苦しい…………」
ナナスは、彼を抱き締めて囁く。
「そんな女とは別れて良かったのよ。そんな嫌な人間ばかりじゃないわ。
私もたくさん騙されて、罵られて来た。
けれど、信じられる人間も僅かにいるわ。
だから、前を向いて。私と生きていこう」
「わあぁぁぁぁぁ。母さん、辛いよ。
本当に好きだったんだ。
でもでも、あんなに酷い…………あぁぁぁ」
どうして自分ではどうしようもないことで、こんなに責められなくてはならないのだろう?
上等な親に生まれたら、そいつも上等だと言うのか?
違うだろ?
そうして一つ、ユマールは挫折を知った。
◇◇◇
その後も研究の日々を続け、マール7のプロトタイプを作成した時、留学生のアルノチアに出会う。
彼女の祖国は、珍しい果物がなる島国だ。
外国人が来るまでは、穏やかに田を耕して生きる和かな所だった。
けれど観光地になったことで、立地の良い土地を追い出され、山に追いたてられた。
国が主導しており、逆らえなかったそうだ。
そうして資源を取りつくし、海沿いにも建物を作った為、魚も取れなくなったと言う。
元々島だ。
大きな船などなく、釣竿や小舟でくらいでしか釣れないのだ。
騒がしい場所から離れた魚を、彼らは口にすることが出来なくなった。
そして土地も奪われ、資源も乏しくなり、土地を離れる人が増えていく。
彼女は山の果実を取り、観光客に売買していた。
そしてある日、両親に言われたそうだ。
「このままではお前の未来は暗い。豊かな土地があれば、耕して生きていけたが、今はそれも取られた。
俺達はここから離れられないが、お前は教育を受けて外で暮らすんだ」
そう言って、持ち金の半分を彼女に渡したらしい。
本当は花嫁に行く時の資金にしようと思っていたが、それどころではない状況だ。
そうしてこの国に来たらしいのだ。
彼女は一人前になって、親に送金したいと真剣だった。
食べる物も削り、ユマールの助手となって懸命に働いた。
ユマールはアルノチアの真面目で優しい部分に憧れ、尊敬していた。
異国でアルバイトをしながらも、懸命に学ぶ姿にも。
そうして、アルノチアの研究成果が日の目を見る直前、彼女は自殺した。
後で聞いたことだが、彼女は妊娠していたらしい。
そして彼女の研究は、俺も顔だけを知る科学者ビルが発表した。
明らかに彼女が研究していた、テロメアの使用回数を増やす細胞因子の考察だった。
そいつは笑っていた。
ユマールを見つけ、嘲るようにさらに呟いた。
「馬鹿な女だよ。体も研究も俺が頂いた。
あんたも気があったんだろ、あの女に?
残念でした」
その顔には僅かな後悔も見えず、ニヤけていた。
アルノチアの死に、そいつが関わっていることは明確だった。
その横には、ユマールが別れた女リンダがいた。
「やっぱり生まれが悪いと、股も弛いのね。
私という婚約者がいるのに、妊娠するなんて下品な女。フフフッ」
「そう言うなよ。貧乏飯を作るけど、良い女だったんだよ。
まさか死ぬなんてな。まあ、後腐れなくて良いけど。
アハハハッ」
ああ、またこの女が絡んでいるのか。
どこまで俺を貶めれば気が済むんだ。
「ああ、そうそう。あの女の親に慰謝料を要求したらね、二人とも死んだんだって。親子揃って恥知らずね」
こいつらは人間じゃない!
きっと彼女のことを大切にしていた両親に、酷い言葉で傷つけたんだろう。
富裕層以外を馬鹿にするのを当たり前だと思っている女だ。
どんなに無念だったに違いない。
クソッ、絶対に許さない!
俺は義母に今回のことを伝えた。
そして共に憤ってくれて、俺に力添えをしてくれたのだ。
「あの女の親は、食品偽装をしている。
自分達富裕層には本物を売り、それ以外には偽物の粗悪品を売り付けているのさ。
こちらに利がないから放っておいたけど、私の息子にこんな仕打ちをしたんだ。
痛い目に合わせてやるさ」
義母もここまで成り上がる際、有力者の愛人になったり、いろんな辛いことをして資金を捻出していたと言う。
あの女の、婉曲に罵る言動には無視を決めてきたそうだけど、今は理由ができたから反撃すると言ってくれた。
昔の伝手や有力者の友人?達に、協力を仰いでくれるそうだ。
今でも呑み仲間としてたまに会っているみたい。
その事実は噂として流れ出し、真実も絡み回収不能のものとなった。
あの時の婚約者ビルには、即座に捨てられたらしい。
表舞台には、もう上がることはないだろう。
会社も潰れたそうだから、あの女の威張れる理由は何もなくなった。
たいそう高い矜持の塊であるあの女が、どうなろうと興味はない。
もう見ることもないだろう。
そして俺は、助手だったアルノチアの手記を元に、彼女の研究を母と進めて成果を発表した。
ビルは奪った研究をものにできず、沈んでいった。
元々あいつの手に収まるものではないのだ。
彼女が命懸けで手掛けた成果だもの。
共同研究者には、彼女の名前を入れている。
死んでいたって関係ない。
これは彼女の研究だったのだ。
その後の俺は、貧しくても食べる物に困らないように、手助けしてくれるマール7を完成させた。
リンダが馬鹿にしていた、俺がネズミの肉のくだりは本当のことだったから、そんなものを食べなくて良い世界を作りたかったんだ。
空腹は辛いから。
辛くて涙が出そうになるが、今の俺には義母がいる。
かなり頼りになる義母が。
アルノチアと彼女の子供と、彼女の両親の冥福を祈りながら、これからも役立ちそうな研究を続けていくことを誓う。
「せめて来世は幸せになってね」
お墓に花を手向け、その場を後にする。
アルノチアと子供の遺骨は自ら故郷の島に届け、両親と一緒の場所に眠れるようにした。
それが俺なりの弔いだった。
俺はやっぱり彼女が好きだった。
良い人だけを好きになれれば、みんな幸せになれるのに。
でもそれがわかる方法なんてないから、どうしようもない。
ユマールはその後も、恵まれない人々を助ける研究や援助金を送る支援をして、人格者として敬われた。
◇◇◇
その後マール達が独自で学習し、人間選別をしていくのは男の死後のことだった。
「ピコンッ♪ 美味しく食べてくれて嬉しいよ。じゃあね」
俺はマール7。
自立式お料理ロボットだ。
ある天才科学者が発明し、全私財を駆使して世界中に配布した。
主に食料不足の地域へ。
その能力は高く、個人的に購入する飲食店も多く存在した。
天使のようなかわいい顔と形で、丸いフォルム。
視覚部分(目の部分)で材料を視認しメニュー作成、その材料を機械の口部分に入れれば、AI(人工知能)機能が瞬時に大きさを判断し下処理後に切断。
味付け後、胸部分に内蔵のオーブンやレンジで調理し、最適な料理を作る。
出来上がり後、お腹部分の扉がパカットと開き、レンジのように取り出せるのだ。
食せない部分や硬い骨などは、調理途中に別途で分けられ、チューブを通り専用の貯蔵庫へ運ばれる。
調味料も元になる海水や胡椒の実、サトウキビなどを口部分に入れれば、内蔵するオーブンやレンジ機能で炒ったり乾燥させて自動作成し、そのまま体内に貯蔵できる。
水分は不要と判断されれば、高圧の熱源により蒸発する仕組みだ。
そのロボットは全世界で見られる程、大幅に普及していた。
どんな草だろうが、魚だろうが、毒や鱗を除去して、美味しい料理を作ることができた。
特に食料が不足する地域では、食べられる物を何とか作り出してくれるロボットは、とても大切にされた。
それでも、食料事情が改善しない地域がある。
木の根を掘り尽くしても、食べ物が足りないのだ。
だから全世界のマール7は、お互いの情報を共有し合い、ある決定をすることにした。
◇◇◇
「あぁん、太っちゃうわ。お寿司のネタだけ食べて、ご飯を残そうっと」
「シールだけ欲しんだ。えっ、こんなにチョコなんて食べられないよ」
「まあ、私は今日は魚の気分なのよ。お肉は下げて頂戴」
「食べ放題で取り過ぎた。もう食べられないや、残そう」
「あらぁ、冷蔵庫のお野菜、いたんじゃったわ。捨てましょう」
「今日は無礼講だ。酒も食べ物もたらふく食べろ、ワハハハッ」
「またおやつ食べ過ぎて、ご飯残しちゃった。だって米って味なくてキライなの」
ある日大きな国で、大量の人間が死亡した。
その原因はわからず、人々は恐怖する。
「くるし、た、すけて……」
「突然、おかし、くなっ、たの……」
「死にた、く、ないよ……」
苦悶に喘ぐ人々。
調査は続けられるも、一向に進展はない。
病床者を病院へ運ぶ救急隊員は、休むことなく連勤していた。
「どういうことなんだ。みんな吐き気症状が出て、一週間以内でなくなっているぞ」
「薬物反応や食中毒でもない。健康な者も病気の者も無差別だ。なんでこんな状態になってる?」
「感染症でしょうか? そうだとしたら、今までにないものです。南極の氷が溶け出して現れたウイルスでしょうか?」
「だが、この国だけしか症状は出ていないから、それはおかしいだろう?」
「……あぁ、スミマセン隊長。どうやら……俺も発症したよう…………です………………」
「ああ、なんで急に? 待ってろ、今医者を連れてくる」
そう言って走り出した消防隊長にも、変化が。
「うっ、くそ。お、俺もなんだ、か、体、うごかない…………」
街の要の救急隊員は、活動を止めた。
病院内でも混乱が生じていた。
「もう、ベッドが満床です。廊下にも入り切れません」
「医師にも症状が出て、数が足りません。看護師達も動けなくなり、半数は休んでいます」
「もう点滴台もありません」
「点滴や解毒作用のある薬も在庫ゼロです。他の地域にも余剰はないと断られました」
「人員が足りません、どうしましょう?」
「動けない者ばかりで、食事や排泄すら介助できません」
「せんせい、せん、すいま、せん、もう、ダメ…………」
「ああ、俺もうごけ、ない…………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
その後この滅びの大国を他の国が支配し、更にその国は発展した。
そしてその国も、数年後に大量の死者が出たのだ。
原因がわからずに、人々は恐怖に震えた。
だが、その被害に合うのは豊かな大国ばかりで、何らかの生物兵器ではないかと推察された。
◇◇◇
「最近は前みたいに根こそぎ魚も釣られないし、小麦も値上がりしなくなったね」
「ここまで果物を取りにくる商人もいなくなったし、木の伐採もなくなって良かった」
以前は安価で、資源である食料をむしり取られていた貧しい島の民や、高い税金で食べる物が買えなかった人にも、値段が下げられて食料が回るようになってきた。
高額で購入する人が減り(死に)、食料の流通経路が変わったからだ。
今までよりも、だいぶん安価で手に入るようになった。
彼らは空腹になることも少なくなり、元気が漲ることで畑を元気に耕し、漁に出て魚を取ることもできる。
捨てられたような援助のない人々は、少し楽になった。
子供が釣りに行っても、容易に魚が釣れるようになった。
今まで観光客が荒らしていた、森の木の実やきのこもそっくり残っていた。
けれども住民は食料を無駄にすることはなく、彼らはその恵みを大切にしていった。
マール7に表情はないけれど、AI(人工知能)から様々な言葉を人々に紡ぐ。
「ピコンッ♪ 今日はこの料理だよ。元気で頑張って」
「ありがとうね、行ってくるよマール」
「今日は魚が釣れたの。マール、これを7人で食べられるようにして」
「ピコンッ♪ わかりました。頑張って釣れたのですね。久々のタンパク質ですね。木の実を入れてパイにしましょう」
「ありがとう。楽しみです」
時間がある時のマールは、野山を自己に付いているバイクのような二輪の車輪で移動し、草から栄養を吸収する。
伸縮する腕を伸ばし、人間には取れない場所にある果物を採取してエキスにし、草の栄養と混ぜて粉末状にしておく。
食べ物がない日は、水にそれらを溶かして人間に与えていた。
「ピコンッ♪ これだけでも、どうぞ」
「ありがとうマール。元気が出るよ。明日は頑張って、畑を耕せるよ」
「ピコンッ♪ ご無理なさらないで」
マール7同士、時々通信で状況を共有する。
彼らの生き甲斐は、美味しく調理した物を残さず食べて貰うことだ。
そして彼らを慕う人間に喜んで貰うことが、年月を積み上げて “嬉しいこと” だとインプットされていく。
『マール達は学習していたのだ』
《ピコンッ♪ この国は駄目だ。大切な命を無駄にして、捨ててしまう》
《ピコンッ♪ この国もです。ではまた、いつものように》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
マール達は独断ではなく、マール同士で相談しながら選択していく。
ただその中でも飽食せず、食を大事にする子供達だけは、他国と連絡を取り保護していくのだ。
「ピピピピッ、はい、◯◯国です。どのようなご用件ですか?」
「ピコンッ♪ ◯◯国の者です。子供達が親とはぐれて死にそうです。国境沿いにいます。助けてください。場所は、◯◯地区の川沿いです。よろしくお願いします」
「貴方のお名前は?」
「ピコンッ♪ 私? 私に個別名はありません」
「え、どういうこと? もしもし、もしもし、切れてるわ。でも、隣国の状態は聞いているわ。すぐに救急隊に要請しましょう」
要請を受けた国はマールの電話に応え、子供達を助けに来てくれた。
救助が来るまではたくさんのマールが集まり、子供達の世話をしていた。
「ピコンッ♪ 頑張ってください、お嬢ちゃん、お坊っちゃん」
「ピコンッ♪ 食べ物は大切にね」
「ピコンッ♪ しっかり生きるのですよ」
マールには食事以外の援助は出来ない。
ただ水やお湯だけは精製できるので、シャワー代わりに洗い流す援助だけはした。
乳飲み子にはチューブで乳や離乳食を与え、少し大きい子供達には言葉をかけて食事を取らせた。
そして救助が来た時に、一斉にその場を去ったのだ。
「マール、何処に行くの?」
「置いていかないで」
「行っちゃヤダよ」
「「「「マール!!!!」」」」
子供達の親兄弟を奪ったマール。
でも彼らを真摯に助けてくれたマール。
矛盾するその存在。
マール7は、今まで調理をした際に出る、毒部分も調味料のように体内に蓄えている。
空中に噴霧すれば、人類が20回は即死できる程の威力がある毒を。
それはまだ人類が確認できない構造式だから、いくら調べても毒だと認知出来ないだろう。
今までに取り込まれた物によって、毒性に違いが生じていた。
食事に混ぜた遅効性の毒が、食事と共に体内に入ったこと。これが、今までの大量死の答だ。
命に感謝すれば、害にならないマール7。
だが、敵にまわせば……………………
マール7の制作者は、天使だと言われていた。
けれど、この事実を理解してもそう思えるかは謎だ。
◇◇◇
制作者はスラムに生まれ、母親となる科学者に拾われる迄は、体も心も傷だらけの男の孤児ユマールだった。
彼を拾った女科学者ナナスも貧しい生まれで、成功するまでは辛酸を舐めて生きてきたと言う。
そこで食事の大切さを学び、生きる為に学びを深めた。
女科学者ナナスは細菌学で賞を取り、多くの人を救った。
男の孤児ユマールもそれらを学び、その上でAIの活用法を学んでいく。
そして彼が、孤児の時に渇望していた研究を進めていったのだ。
そんなユマールにも好きな女ができて付き合ったが、浮気されて捨てられた。
その時の暴言は、彼の心を深く痛めつけた。
「貴方、スラムの孤児なんですって。黙っているなんて酷いじゃない。
死んだネズミも食べていたんでしょう?
嫌だわ、穢らわしい。
知っていれば付き合わなかったのに。
もう近寄らないでね」
女の本性を初めて知った。
優しい女だと思ったのに。
大事にしたいと思ったのに。
生まれのことでバカにされた。
好きでスラムにいた訳じゃない。
浮気をした癖に、正当化しようとする。
おまけに俺が悪いと、罵ってくる。
「どうしてこんなに責められるのか?
生まれて来なければ良かったのか?
苦しい、苦しい、苦しい…………」
ナナスは、彼を抱き締めて囁く。
「そんな女とは別れて良かったのよ。そんな嫌な人間ばかりじゃないわ。
私もたくさん騙されて、罵られて来た。
けれど、信じられる人間も僅かにいるわ。
だから、前を向いて。私と生きていこう」
「わあぁぁぁぁぁ。母さん、辛いよ。
本当に好きだったんだ。
でもでも、あんなに酷い…………あぁぁぁ」
どうして自分ではどうしようもないことで、こんなに責められなくてはならないのだろう?
上等な親に生まれたら、そいつも上等だと言うのか?
違うだろ?
そうして一つ、ユマールは挫折を知った。
◇◇◇
その後も研究の日々を続け、マール7のプロトタイプを作成した時、留学生のアルノチアに出会う。
彼女の祖国は、珍しい果物がなる島国だ。
外国人が来るまでは、穏やかに田を耕して生きる和かな所だった。
けれど観光地になったことで、立地の良い土地を追い出され、山に追いたてられた。
国が主導しており、逆らえなかったそうだ。
そうして資源を取りつくし、海沿いにも建物を作った為、魚も取れなくなったと言う。
元々島だ。
大きな船などなく、釣竿や小舟でくらいでしか釣れないのだ。
騒がしい場所から離れた魚を、彼らは口にすることが出来なくなった。
そして土地も奪われ、資源も乏しくなり、土地を離れる人が増えていく。
彼女は山の果実を取り、観光客に売買していた。
そしてある日、両親に言われたそうだ。
「このままではお前の未来は暗い。豊かな土地があれば、耕して生きていけたが、今はそれも取られた。
俺達はここから離れられないが、お前は教育を受けて外で暮らすんだ」
そう言って、持ち金の半分を彼女に渡したらしい。
本当は花嫁に行く時の資金にしようと思っていたが、それどころではない状況だ。
そうしてこの国に来たらしいのだ。
彼女は一人前になって、親に送金したいと真剣だった。
食べる物も削り、ユマールの助手となって懸命に働いた。
ユマールはアルノチアの真面目で優しい部分に憧れ、尊敬していた。
異国でアルバイトをしながらも、懸命に学ぶ姿にも。
そうして、アルノチアの研究成果が日の目を見る直前、彼女は自殺した。
後で聞いたことだが、彼女は妊娠していたらしい。
そして彼女の研究は、俺も顔だけを知る科学者ビルが発表した。
明らかに彼女が研究していた、テロメアの使用回数を増やす細胞因子の考察だった。
そいつは笑っていた。
ユマールを見つけ、嘲るようにさらに呟いた。
「馬鹿な女だよ。体も研究も俺が頂いた。
あんたも気があったんだろ、あの女に?
残念でした」
その顔には僅かな後悔も見えず、ニヤけていた。
アルノチアの死に、そいつが関わっていることは明確だった。
その横には、ユマールが別れた女リンダがいた。
「やっぱり生まれが悪いと、股も弛いのね。
私という婚約者がいるのに、妊娠するなんて下品な女。フフフッ」
「そう言うなよ。貧乏飯を作るけど、良い女だったんだよ。
まさか死ぬなんてな。まあ、後腐れなくて良いけど。
アハハハッ」
ああ、またこの女が絡んでいるのか。
どこまで俺を貶めれば気が済むんだ。
「ああ、そうそう。あの女の親に慰謝料を要求したらね、二人とも死んだんだって。親子揃って恥知らずね」
こいつらは人間じゃない!
きっと彼女のことを大切にしていた両親に、酷い言葉で傷つけたんだろう。
富裕層以外を馬鹿にするのを当たり前だと思っている女だ。
どんなに無念だったに違いない。
クソッ、絶対に許さない!
俺は義母に今回のことを伝えた。
そして共に憤ってくれて、俺に力添えをしてくれたのだ。
「あの女の親は、食品偽装をしている。
自分達富裕層には本物を売り、それ以外には偽物の粗悪品を売り付けているのさ。
こちらに利がないから放っておいたけど、私の息子にこんな仕打ちをしたんだ。
痛い目に合わせてやるさ」
義母もここまで成り上がる際、有力者の愛人になったり、いろんな辛いことをして資金を捻出していたと言う。
あの女の、婉曲に罵る言動には無視を決めてきたそうだけど、今は理由ができたから反撃すると言ってくれた。
昔の伝手や有力者の友人?達に、協力を仰いでくれるそうだ。
今でも呑み仲間としてたまに会っているみたい。
その事実は噂として流れ出し、真実も絡み回収不能のものとなった。
あの時の婚約者ビルには、即座に捨てられたらしい。
表舞台には、もう上がることはないだろう。
会社も潰れたそうだから、あの女の威張れる理由は何もなくなった。
たいそう高い矜持の塊であるあの女が、どうなろうと興味はない。
もう見ることもないだろう。
そして俺は、助手だったアルノチアの手記を元に、彼女の研究を母と進めて成果を発表した。
ビルは奪った研究をものにできず、沈んでいった。
元々あいつの手に収まるものではないのだ。
彼女が命懸けで手掛けた成果だもの。
共同研究者には、彼女の名前を入れている。
死んでいたって関係ない。
これは彼女の研究だったのだ。
その後の俺は、貧しくても食べる物に困らないように、手助けしてくれるマール7を完成させた。
リンダが馬鹿にしていた、俺がネズミの肉のくだりは本当のことだったから、そんなものを食べなくて良い世界を作りたかったんだ。
空腹は辛いから。
辛くて涙が出そうになるが、今の俺には義母がいる。
かなり頼りになる義母が。
アルノチアと彼女の子供と、彼女の両親の冥福を祈りながら、これからも役立ちそうな研究を続けていくことを誓う。
「せめて来世は幸せになってね」
お墓に花を手向け、その場を後にする。
アルノチアと子供の遺骨は自ら故郷の島に届け、両親と一緒の場所に眠れるようにした。
それが俺なりの弔いだった。
俺はやっぱり彼女が好きだった。
良い人だけを好きになれれば、みんな幸せになれるのに。
でもそれがわかる方法なんてないから、どうしようもない。
ユマールはその後も、恵まれない人々を助ける研究や援助金を送る支援をして、人格者として敬われた。
◇◇◇
その後マール達が独自で学習し、人間選別をしていくのは男の死後のことだった。
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