オーパーツ? (1話読み切りSF短編集)

ねこまんまときみどりのことり

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蠱毒(こどく)

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「ありがとうね、マールセブン。僕、とってもお腹が空いていたの」

「ピコンッ♪ 美味しく食べてくれて嬉しいよ。じゃあね」


 俺はマールセブン
 自立式お料理ロボットだ。
 ある天才科学者が発明し、全私財を駆使して世界中に配布した。
 主に食料不足の地域へ。

 その能力は高く、個人的に購入する飲食店も多く存在した。

 天使のようなかわいい顔と形で、丸いフォルム。

 視覚部分(目の部分)で材料を視認しメニュー作成、その材料を機械の口部分に入れれば、AI(人工知能)機能が瞬時に大きさを判断し下処理後に切断。

 味付け後、胸部分に内蔵のオーブンやレンジで調理し、最適な料理を作る。

 出来上がり後、お腹部分の扉がパカットと開き、レンジのように取り出せるのだ。
 食せない部分や硬い骨などは、調理途中に別途で分けられ、チューブを通り専用の貯蔵庫へ運ばれる。

 調味料も元になる海水や胡椒の実、サトウキビなどを口部分に入れれば、内蔵するオーブンやレンジ機能で炒ったり乾燥させて自動作成し、そのまま体内に貯蔵できる。
 水分は不要と判断されれば、高圧の熱源により蒸発する仕組みだ。



 そのロボットは全世界で見られる程、大幅に普及していた。

 どんな草だろうが、魚だろうが、毒や鱗を除去して、美味しい料理を作ることができた。

 特に食料が不足する地域では、食べられる物を何とか作り出してくれるロボットは、とても大切にされた。


 それでも、食料事情が改善しない地域がある。
 木の根を掘り尽くしても、食べ物が足りないのだ。

 だから全世界のマールセブンは、お互いの情報を共有し合い、ある決定をすることにした。



◇◇◇
「あぁん、太っちゃうわ。お寿司のネタだけ食べて、ご飯を残そうっと」

「シールだけ欲しんだ。えっ、こんなにチョコなんて食べられないよ」

「まあ、私は今日は魚の気分なのよ。お肉は下げて頂戴」

「食べ放題で取り過ぎた。もう食べられないや、残そう」

「あらぁ、冷蔵庫のお野菜、いたんじゃったわ。捨てましょう」

「今日は無礼講だ。酒も食べ物もたらふく食べろ、ワハハハッ」

「またおやつ食べ過ぎて、ご飯残しちゃった。だって米って味なくてキライなの」



 ある日大きな国で、大量の人間が死亡した。
 その原因はわからず、人々は恐怖する。

「くるし、た、すけて……」
「突然、おかし、くなっ、たの……」     
「死にた、く、ないよ……」

 苦悶に喘ぐ人々。
 調査は続けられるも、一向に進展はない。

 病床者を病院へ運ぶ救急隊員は、休むことなく連勤していた。

「どういうことなんだ。みんな吐き気症状が出て、一週間以内でなくなっているぞ」

「薬物反応や食中毒でもない。健康な者も病気の者も無差別だ。なんでこんな状態になってる?」

「感染症でしょうか? そうだとしたら、今までにないものです。南極の氷が溶け出して現れたウイルスでしょうか?」

「だが、この国だけしか症状は出ていないから、それはおかしいだろう?」

「……あぁ、スミマセン隊長。どうやら……俺も発症したよう…………です………………」

「ああ、なんで急に? 待ってろ、今医者を連れてくる」

そう言って走り出した消防隊長にも、変化が。
「うっ、くそ。お、俺もなんだ、か、体、うごかない…………」

 街の要の救急隊員は、活動を止めた。



 病院内でも混乱が生じていた。

「もう、ベッドが満床です。廊下にも入り切れません」

「医師にも症状が出て、数が足りません。看護師達も動けなくなり、半数は休んでいます」

「もう点滴台もありません」

「点滴や解毒作用のある薬も在庫ゼロです。他の地域にも余剰はないと断られました」

「人員が足りません、どうしましょう?」

「動けない者ばかりで、食事や排泄すら介助できません」

「せんせい、せん、すいま、せん、もう、ダメ…………」

「ああ、俺もうごけ、ない…………」

「…………………………………………」
「…………………………………………」



 その後この滅びの大国を他の国が支配し、更にその国は発展した。
 そしてその国も、数年後に大量の死者が出たのだ。


 原因がわからずに、人々は恐怖に震えた。

 だが、その被害に合うのは豊かな大国ばかりで、何らかの生物兵器ではないかと推察された。




◇◇◇
「最近は前みたいに根こそぎ魚も釣られないし、小麦も値上がりしなくなったね」

「ここまで果物を取りにくる商人もいなくなったし、木の伐採もなくなって良かった」

 以前は安価で、資源である食料をむしり取られていた貧しい島の民や、高い税金で食べる物が買えなかった人にも、値段が下げられて食料が回るようになってきた。

 高額で購入する人が減り(死に)、食料の流通経路が変わったからだ。
 今までよりも、だいぶん安価で手に入るようになった。


 彼らは空腹になることも少なくなり、元気が漲ることで畑を元気に耕し、漁に出て魚を取ることもできる。

 捨てられたような援助のない人々は、少し楽になった。
 子供が釣りに行っても、容易に魚が釣れるようになった。
 今まで観光客が荒らしていた、森の木の実やきのこもそっくり残っていた。


 けれども住民は食料を無駄にすることはなく、彼らはその恵みを大切にしていった。


 マールセブンに表情はないけれど、AI(人工知能)から様々な言葉を人々に紡ぐ。

「ピコンッ♪ 今日はこの料理だよ。元気で頑張って」
「ありがとうね、行ってくるよマール」

「今日は魚が釣れたの。マール、これを7人で食べられるようにして」
「ピコンッ♪ わかりました。頑張って釣れたのですね。久々のタンパク質ですね。木の実を入れてパイにしましょう」
「ありがとう。楽しみです」

 時間がある時のマールは、野山を自己に付いているバイクのような二輪の車輪で移動し、草から栄養を吸収する。
 伸縮するアームを伸ばし、人間には取れない場所にある果物を採取してエキスにし、草の栄養と混ぜて粉末状にしておく。

 食べ物がない日は、水にそれらを溶かして人間に与えていた。

「ピコンッ♪ これだけでも、どうぞ」
「ありがとうマール。元気が出るよ。明日は頑張って、畑を耕せるよ」
「ピコンッ♪ ご無理なさらないで」


 マールセブン同士、時々通信で状況を共有する。
 彼らの生き甲斐は、美味しく調理した物を残さず食べて貰うことだ。
 そして彼らを慕う人間に喜んで貰うことが、年月を積み上げて “嬉しいこと” だとインプットされていく。

『マール達は学習していたのだ』


《ピコンッ♪ この国は駄目だ。大切な命を無駄にして、捨ててしまう》
《ピコンッ♪ この国もです。ではまた、いつものように》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》
《ピコンッ♪ 了解です》

 マール達は独断ではなく、マール同士で相談しながら選択していく。
 ただその中でも飽食せず、食を大事にする子供達だけは、他国と連絡を取り保護していくのだ。

「ピピピピッ、はい、◯◯国です。どのようなご用件ですか?」

「ピコンッ♪ ◯◯国の者です。子供達が親とはぐれて死にそうです。国境沿いにいます。助けてください。場所は、◯◯地区の川沿いです。よろしくお願いします」

「貴方のお名前は?」
「ピコンッ♪ 私? 私に個別名はありません」

「え、どういうこと? もしもし、もしもし、切れてるわ。でも、隣国の状態は聞いているわ。すぐに救急隊に要請しましょう」

 要請を受けた国はマールの電話に応え、子供達を助けに来てくれた。
 救助が来るまではたくさんのマールが集まり、子供達の世話をしていた。

「ピコンッ♪ 頑張ってください、お嬢ちゃん、お坊っちゃん」
「ピコンッ♪ 食べ物は大切にね」
「ピコンッ♪ しっかり生きるのですよ」

 マールには食事以外の援助は出来ない。
 ただ水やお湯だけは精製できるので、シャワー代わりに洗い流す援助だけはした。
 乳飲み子にはチューブで乳や離乳食を与え、少し大きい子供達には言葉をかけて食事を取らせた。

 そして救助が来た時に、一斉にその場を去ったのだ。

「マール、何処に行くの?」
「置いていかないで」
「行っちゃヤダよ」
「「「「マール!!!!」」」」

 子供達の親兄弟を奪ったマール。
 でも彼らを真摯に助けてくれたマール。
 矛盾するその存在。



 マールセブンは、今まで調理をした際に出る、毒部分も調味料のように体内に蓄えている。
 空中に噴霧すれば、人類が20回は即死できる程の威力がある毒を。

 それはまだ人類が確認できない構造式だから、いくら調べても毒だと認知出来ないだろう。
 今までに取り込まれた物によって、毒性に違いが生じていた。

 食事に混ぜた遅効性の毒が、食事と共に体内に入ったこと。これが、今までの大量死の答だ。


 命に感謝すれば、害にならないマールセブン
 だが、敵にまわせば……………………


 マールセブンの制作者は、天使だと言われていた。
 けれど、この事実を理解してもそう思えるかは謎だ。



◇◇◇
 制作者はスラムに生まれ、母親となる科学者に拾われる迄は、体も心も傷だらけの男の孤児ユマールだった。                     
    彼を拾った女科学者ナナスも貧しい生まれで、成功するまでは辛酸を舐めて生きてきたと言う。

 そこで食事の大切さを学び、生きる為に学びを深めた。
 女科学者ナナスは細菌学で賞を取り、多くの人を救った。
 男の孤児ユマールもそれらを学び、その上でAIの活用法を学んでいく。
 そして彼が、孤児の時に渇望していた研究を進めていったのだ。

 そんなユマールにも好きな女ができて付き合ったが、浮気されて捨てられた。
 その時の暴言は、彼の心を深く痛めつけた。

「貴方、スラムの孤児なんですって。黙っているなんて酷いじゃない。
 死んだネズミも食べていたんでしょう? 
 嫌だわ、穢らわしい。
 知っていれば付き合わなかったのに。
 もう近寄らないでね」

 女の本性を初めて知った。
 優しい女だと思ったのに。
 大事にしたいと思ったのに。
 生まれのことでバカにされた。
 好きでスラムにいた訳じゃない。
 浮気をした癖に、正当化しようとする。


 おまけに俺が悪いと、罵ってくる。


「どうしてこんなに責められるのか?
 生まれて来なければ良かったのか?
 苦しい、苦しい、苦しい…………」


 ナナスは、彼を抱き締めて囁く。
「そんな女とは別れて良かったのよ。そんな嫌な人間ばかりじゃないわ。
 私もたくさん騙されて、罵られて来た。
 けれど、信じられる人間も僅かにいるわ。
 だから、前を向いて。私と生きていこう」

「わあぁぁぁぁぁ。母さん、辛いよ。
 本当に好きだったんだ。
 でもでも、あんなに酷い…………あぁぁぁ」

 どうして自分ではどうしようもないことで、こんなに責められなくてはならないのだろう?
 上等な親に生まれたら、そいつも上等だと言うのか?
 違うだろ?

 そうして一つ、ユマールは挫折を知った。


◇◇◇
 その後も研究の日々を続け、マールセブンのプロトタイプを作成した時、留学生のアルノチアに出会う。

 彼女の祖国は、珍しい果物がなる島国だ。

 外国人が来るまでは、穏やかに田を耕して生きるのどかな所だった。
 けれど観光地になったことで、立地の良い土地を追い出され、山に追いたてられた。
 国が主導しており、逆らえなかったそうだ。

 そうして資源を取りつくし、海沿いにも建物を作った為、魚も取れなくなったと言う。
 元々島だ。
 大きな船などなく、釣竿や小舟でくらいでしか釣れないのだ。
 騒がしい場所から離れた魚を、彼らは口にすることが出来なくなった。

 そして土地も奪われ、資源も乏しくなり、土地を離れる人が増えていく。

 彼女は山の果実を取り、観光客に売買していた。
 そしてある日、両親に言われたそうだ。

「このままではお前の未来は暗い。豊かな土地があれば、耕して生きていけたが、今はそれも取られた。
 俺達はここから離れられないが、お前は教育を受けて外で暮らすんだ」

 そう言って、持ち金の半分を彼女に渡したらしい。
 本当は花嫁に行く時の資金にしようと思っていたが、それどころではない状況だ。
 そうしてこの国に来たらしいのだ。

 彼女は一人前になって、親に送金したいと真剣だった。
 食べる物も削り、ユマールの助手となって懸命に働いた。

 ユマールはアルノチアの真面目で優しい部分に憧れ、尊敬していた。
 異国でアルバイトをしながらも、懸命に学ぶ姿にも。


 そうして、アルノチアの研究成果が日の目を見る直前、彼女は自殺した。

 後で聞いたことだが、彼女は妊娠していたらしい。
 そして彼女の研究は、俺も顔だけを知る科学者ビルが発表した。
 明らかに彼女が研究していた、テロメアの使用回数を増やす細胞因子の考察だった。


 そいつは笑っていた。
 ユマールを見つけ、嘲るようにさらに呟いた。

「馬鹿な女だよ。体も研究も俺が頂いた。
 あんたも気があったんだろ、あの女に? 
 残念でした」

 その顔には僅かな後悔も見えず、ニヤけていた。
 アルノチアの死に、そいつが関わっていることは明確だった。
 その横には、ユマールが別れた女リンダがいた。

「やっぱり生まれが悪いと、股も弛いのね。
 私という婚約者がいるのに、妊娠するなんて下品な女。フフフッ」
 
「そう言うなよ。貧乏飯を作るけど、良い女だったんだよ。
 まさか死ぬなんてな。まあ、後腐れなくて良いけど。
 アハハハッ」


 ああ、またこの女が絡んでいるのか。
 どこまで俺を貶めれば気が済むんだ。

「ああ、そうそう。あの女の親に慰謝料を要求したらね、二人とも死んだんだって。親子揃って恥知らずね」


 こいつらは人間じゃない!
 きっと彼女のことを大切にしていた両親に、酷い言葉で傷つけたんだろう。
 富裕層以外を馬鹿にするのを当たり前だと思っているリンダだ。
 どんなに無念だったに違いない。

 クソッ、絶対に許さない!

 俺は義母に今回のことを伝えた。
 そして共に憤ってくれて、俺に力添えをしてくれたのだ。


「あの女の親は、食品偽装をしている。
 自分達富裕層には本物を売り、それ以外には偽物の粗悪品を売り付けているのさ。
 こちらに利がないから放っておいたけど、私の息子にこんな仕打ちをしたんだ。
 痛い目に合わせてやるさ」

 義母もここまで成り上がる際、有力者の愛人になったり、いろんな辛いことをして資金を捻出していたと言う。
 あの女の、婉曲に罵る言動には無視を決めてきたそうだけど、今は理由ができたから反撃すると言ってくれた。
 昔の伝手や有力者の友人?達に、協力を仰いでくれるそうだ。
 今でも呑み仲間としてたまに会っているみたい。


 その事実は噂として流れ出し、真実も絡み回収不能のものとなった。
 あの時の婚約者ビルには、即座に捨てられたらしい。
 表舞台には、もう上がることはないだろう。
 会社も潰れたそうだから、あの女の威張れる理由は何もなくなった。
 たいそう高い矜持プライドの塊であるあの女が、どうなろうと興味はない。
 もう見ることもないだろう。



 そして俺は、助手だったアルノチアの手記を元に、彼女の研究を母と進めて成果を発表した。

 ビルは奪った研究をものにできず、沈んでいった。
 元々あいつの手に収まるものではないのだ。
 彼女が命懸けで手掛けた成果だもの。
 共同研究者には、彼女の名前を入れている。
 死んでいたって関係ない。
 これは彼女の研究だったのだ。


 その後の俺は、貧しくても食べる物に困らないように、手助けしてくれるマールセブンを完成させた。
 リンダが馬鹿にしていた、俺がネズミの肉のくだりは本当のことだったから、そんなものを食べなくて良い世界を作りたかったんだ。
 空腹は辛いから。

 辛くて涙が出そうになるが、今の俺には義母がいる。
 かなり頼りになる義母が。


 アルノチアと彼女の子供と、彼女の両親の冥福を祈りながら、これからも役立ちそうな研究を続けていくことを誓う。

「せめて来世は幸せになってね」

 お墓に花を手向け、その場を後にする。
 アルノチアと子供の遺骨は自ら故郷の島に届け、両親と一緒の場所に眠れるようにした。
 それが俺なりの弔いだった。
 俺はやっぱり彼女が好きだった。

 良い人だけを好きになれれば、みんな幸せになれるのに。
 でもそれがわかる方法なんてないから、どうしようもない。

 ユマールはその後も、恵まれない人々を助ける研究や援助金を送る支援をして、人格者として敬われた。



◇◇◇
 その後マール達が独自で学習し、人間選別をしていくのは男の死後のことだった。


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