オーパーツ? (1話読み切りSF短編集)

ねこまんまときみどりのことり

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こんなはずじゃなかったのに

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 妹が私を蔑む。

「お姉様が苦労するから、どんなに大変かと思っていましたのに。こんな簡単なことに苦労なさるなんて」

 学園の成績が常に一位の妹は、学園に通い出した途端に私を馬鹿にし始めた。


 妹は遥かに出来が良い。
 少なくとも、苦労を重ねて結果を得る私の倍以上に。

 飛び級して学園を卒業し、この国の特殊で高度な企業に就職した。


 幼い時は仲が良かった二人だが、大人に向かうにつれて離れていく。


 妹は科学者になった。
 勤務場所は街から離れ人里からも遠い場所で、白い壁に囲まれた3階建ての棟だった。

 上司に評価されて、すぐ肩書きが上がっていく妹。


 妹は何でもすぐ出来るせいか、人の心が分からない。
 努力は認めず、結果だけを求めるだけだ。

「こんなことも出来ないの?」
「他の方に代わって貰えば?」
「私には必要ないわ!」
「もっと良い方法はないの?」

 急かされて、無理を言われ、実験を誤れば罵倒され、妹と同じ分野の職場の腕利きの先輩(でも部下)達は、新参者の妹により潰されていく。

 ひょんなことから隣国の技術者と知り合った妹は、この国より技術が進んだ隣国にヘッドハンティングされた。

 あっさり職場を去り、隣国に行ってしまった妹。
 妹の上司はがっかりしていたが、今あるプロジェクトを暴露しない※誓約術を受けることを条件に、退職を認めた。

※ここでの誓約術とは:喋ったら死ぬとかではなく、意識に作用して話せなくなる催眠術的なもの。この世界の国家資格者が行う超能力で、強催眠に近い。



 私は医学部を卒業後、砂をかけて辞めていった妹の職場へ恥を忍んで就職面接を受けに行った。
 試験官に自分の長所を聞かれ、私はこう答えた。

「知らないことには、歯を食いしばってでも分かる努力ができることです」

 そう私は天才ではない。
 でも努力はできると自負している。


 妹のことがあったのに、同じ勤務場所に就職することが出来た。
 当然下積みを数年経験し、同僚と意見交換をしながら経験を重ね、厳しくも充実感のある時間を持てた。
 以前に辞めた職員達も、戻って来ているそう。

 私は誰がその職員かは分からないけれども、妹と同じ名字に不安を憶えていた人がいたと聞き、申し訳なく思った。

 けれど共に過ごすにつれ害がないと認識されたようで、今ではみんなと協力して作業を行えている。



『アリス・ブレイクプロジェクト』

 妹達がずっと進めていた計画。
 人間の受精卵に強靭な動物の遺伝子を移植し、過酷な環境でも生きられるように人間を改良していくものだ。

 今までに理論は完成し動物実験上は成功していた。
 だが、いざ人間での実験移行となれば、受精卵提供等の倫理的問題で頓挫した。
 その趣旨を理解した妹が国へ書面にて申請を行い、納得した上で自らの卵子を提供することで承認され、男性の精子は今は亡き科学者のものが利用されることで研究が進められることになった。
 亡き科学者は、体の全てを科学の為にと献体したらしく、精子も冷凍保存されている。

 将来を左右する実験である為一時的に承認された形で、現在は受精卵の当事者が居ないまま、研究が進められていく。

 幾度もの実験により、火星でも生きていける程の強い免疫を持つ人類が生まれた。
 彼の血液から精製した免疫薬を注射すれば、理論上は普通の人間にも免疫が備わることまでが明らかになる。

 かくいう私も、注射をした。
 一般に流通させる前に、安全性を確認する為だ。
 治験前の治験のようなものだと言っても良い。
 その後2年、身体に問題なく抗体もついたことで、この研究は実用化されることになった。

 新しい人類が生まれるまでには、たくさんの失敗もあった。
 胎児になる前に亡くなった個体、産まれてから亡くなった個体、一番多かったのが生後2年までで亡くなった個体だ。

 今回のように成長した個体は初めてだった。
 成長が早かった彼は、今身長が151cmだ。
 野生の動物は、産まれたその日に立ち上がれるものもいるので、やはり生き残るためには早く大きくなる必要があるのかもしれない。
 しかしその後は成長の速度は僅かずつとなり、急激に変化することはなくなった。
 一般の人間の子供のように成長していくのだろうか?


「僕は何の為に生まれたの?」

 彼は5歳だが、思考は大人のようだった。
 知能指数も250を超えていて、間違いなく超天才だろう。

 だから私も嘘を吐かずに、彼の質問に答える。

「近い将来にこの星で暮らせなくなり、他の惑星で暮らす為に貴方の能力が必要だった。……言い訳はしないわ。貴方が生まれたのは、私達のエゴだから」

 私はいつか、彼にこう聞かれると思っていた。
 私が彼の免疫薬を最初に注射したのも、ある意味責任感からだ。
 彼の生まれてきた意味がきちんと示せるように。

 そうでなくても、彼は悟っている気がする。
 私達の行動の全てを。

「貴方は人類の希望よ。これからの人類を生かす為に生まれたの。誰よりも大切な人よ」

 私は心からそう思っている。



 …………でも、と私は考える。
 この計画の実験に関わった時から、私は逃げられない。
 誓約術を受ければ、辞められたのかもしれないけれど、妹の卵細胞が使われていると知り辞められなくなった。
 いや辞めたくなかったのだ。

 妹の何でもないような私への日常の暴言の中に、どうしても素通り出来ない言葉が含まれていた時から。

「お姉様には逆立ちしても出来ないことを、私の体でするのよ。
 産まれた時から抜けているお姉様には、絶対出来ない偉業をね。
 立場が逆でなくて良かったわね。ふふふっ」

 実験内容が漏洩しないように、触れそうな言葉は避けて話したのだろう。
 研究者には魔法の誓約術は必須だから。


 それでも私は、妹の言いたいことが分かったけれどね。
 今まで、身を切るような思いをしてきたのだもの。
 だから余計に、執着してしまったのかもしれない。


 私は彼に、貴方の存在が尊いものだと知らしめたかった。

「貴方の卵細胞には私の妹のものが、精子はここの優秀な研究員のものが使われているわ。貴方は私の甥にあたるの」

 本当は実験体に、個人的な情報を与えてはいけない。
 けれど自分の出自に不安そうな彼に、これ以上秘密にはしておけなかった。
 純粋な倫理感だけではなく、その時には既に、血縁者だと認識していたからなのかもしれない。

 例え培養液の中で育った子供だとしても。

 利用価値のある彼に、研究者は無体なことはしないだろう。
 でも…………彼の細胞や血液、精子などは採取されて、また実験に使われる。
 それでも人権もない動物実験のような、交配(生殖)作業等はしないように、力を尽くして止めるつもりだったが。



 事実を知り呆ける彼に私は微笑み、彼を見つめながら抱きしめた。

「僕には親がいたんだね」
「そうよ、あたりまえじゃない。生まれて来てくれて、ありがとう。
 ……私には生まれた時から子宮がなかったのよ。
 だからこうして、血縁である貴方を幼い時からお世話できると思わなかった。
 ねえソニア、私は幸せ者なのよ」

 実験体である彼は、出自に繋がることを知らされていない。
 地球上で一人ぼっちだと、感じて生きていたのだろう。
 …………だって彼の名前でさえ、ないようなものだ。

『実験番号555番、ソニア62』
 これが彼の名前と言う名の番号。

 本当は彼の前に生まれた、たくさんの幼子達を見送る度に、辛くてここを去ろうと思った。
 けれど、どうしてもできなかった。
 自分が抜けたら、もっと扱いが酷くなるのではないかと、勝手に考えてしまって。

 彼らは私が実験体細胞の関係者と知っているから、無体なことはしていないけれど、科学者の好奇心に底がないことを私はここで知ったから。

 研究者の何気ない一言が、心に突き刺さる日々。

「でも彼は、ちゃんとした人間・・・・・・・・じゃないから」

 私も何度も妹に言われてきた。
 お前は欠陥品だと。
 だから何らかのストッパーが、彼を守る為に必要だと感じたのだ。


 私は他の職員が居ない時は、彼といろんな話をした。
 世間話から学術的な話、妹の話までも。
 私が医者になることよりも、妹が何を研究しているのかを知りたくてここに来たことも。


 もう彼は、以前のような不安な顔をしなくなった。
 私にだけは、微笑んでくれるようになったのだ。
 彼には他の人がいる時は今まで通りに過ごすように言えば、すぐに察してそのように行動してくれた。

 彼の髪は妹と同じで黄金に波打ち、青い瞳は全てを見透かすように輝いていた。
 私の茶髪と瞳とは違う綺麗な色目。
 顔立ちは僅か似ている私に対し、誰もが美しいと認める妹に激似の彼。


 そんな日常の中でも、彼の細胞を使った実験は続いていた。





 ある昼下がり、実験室が突然火の海に見舞われた。
 あらゆる事故の可能性が予測された実験室は、火事になっても消火される仕組みが備わっている。

 それなのにこの炎。
 だからこれは異常事態なのだ。

 ここまで火が廻っては、消火せず外に逃げるしかない。

「ソニア、ここから逃げるわよ」
「良いの、僕がここから出ても?」
「責任は私が取るわ。行くわよ!」

 彼の手をひいて、玄関に向かう私。
 何故だか不思議と、誰の気配も感じない。
 勤務している職員はいる筈なのに。
 もう逃げたのかと思い、周囲を探りながら移動すれば、少し先に数名の人影が見えた。

 そこに立ちふさがるのは、まさかの妹の姿だった。

「それが私の細胞からできたソニアね。お姉様、それを此方に渡して。そうしたら見逃してあげるわ」

 傲慢な態度で命令してくる妹の後ろには、隣国人とおぼしき屈強な男達が数人いる。
 ガスマスクをした妹と彼らは、学会の発表を見てソニアを奪いにきたようだ。

「もともとは私の成果だったのよ。細胞だって提供して研究成果を出していたのに……」
「それは違うわ。研究を続けてきたのは私達よ。何度も何度も失敗を繰り返してきた。苦しい思いをしながらね」
「お姉様は黙って、出来損ないの癖に!」

 悔しそうな表情で、罵声を浴びせてくる妹。

「一応肉親だと思ったけど、もう良いわ。ウザいのよ、あんた。……私の為に死ね!!!」

 男達の手には、液化燃料の容器や血濡れのナイフが握られていた。
 妹は誓約術で実験の話を出来ないから、研究成果の実験物や資料を丸ごと奪いに来たのだろう。

 きっと他の研究所の人は、もう生きてはいないと思う。


 私はソニアだけは渡せないと思った。
 例え離れたとしても、私が死んでしまうとしても。

「私が引き留めている間に、あのドアから逃げるのよ。
 服はこれを持っていって。今まで話したように、人の多い所に紛れるのよ。
 お金はこれを、カードで全額下ろせば暫く生活できるわ。暗証番号は……」

 私は彼に近付き、彼に病衣から職員の私服を着るように渡して逃げ道を口頭で説明した。

 彼の動揺する表情は、泣きそうに情けなかった。

「大丈夫よ。私もすぐ追いかけるから」
「うん。約束だよ」



 彼が移動するのを確認し、私は妹を挑発した。

「貴女の実験は、私達のものなのよ。論文の研究者の中には私の名前も入っているわ。
 でも貴女の名はないのよ。貴女なんて私を馬鹿にしていたのに、今は名もない科学者じゃない。
 完全に負け犬ね」

 私は妹の逆鱗に触れた。
 彼女の一番嫌なことは、格下の私に馬鹿にされることなのだ。
 血の繋がる私に。


「うるさい、うるさい、うるさいのよ。あんた達、この女を先に殺して、ソニアは後よ!」

 途端に男達が近づいてくる。
 火の勢いが強く白い煙が立ち込めて視界も悪いのに、的確な動きで私の姿を捉えた男達は、此方に詰めより私の首を締め上げていく。

「うぐっ、かはっ、うっ……」

 もう駄目だと思った瞬間、男の力がゆるんだ。

 ソニアが男達を殴って倒していたのだ。

「大丈夫ですか?」
「こほっ、ええ、ありがとう」

 気がつけば男達は床に倒れ、妹は醜悪に顔を歪め睥睨する。
「なんなのよ、ソニア。私はあんたの母親なのよ。私がいなければ、あんたは生まれてない。
 ……強い免疫細胞に、怪力もある。隣国への手土産には最高よね。
 無理矢理でも、一緒に行くわよ!」

「行かない、行くわけがない! あんたは他人だ」
「ああ、そう言うのね。もう良いわ」

 妹はスタンガンのような物をソニアに当てた。

「うぐっ、ひぃぐっ」
 ソニアの呻き声が漏れる。

「止めて、そんな酷いこと」
 私は背後から、妹の後頭部をビーカーで殴りつけた。
「痛っ、な、何を………」

 そしてふらつき倒れる妹を後にして、ソニアを引きずって研究棟を出ていく。
 次第にソニアの力が戻り、二人で駆け出した。


「…………ま、待って、よ。…ソ、ニア……」

 妹は衝撃でまだ動けない。
 膝を突いたままで、二人の背中を見つめたまま気絶したのだ。

(……こんなはずじゃ、なかったのに……………………)


 結局研究棟は焼け落ちた。
 そこには外に持ち出せない、炭疽菌の毒素を強めた研究や植物や動物等の神経毒を持つ生物も飼育していたことで、外部への漏洩を防ぐ為即刻閉鎖され、密閉コンクリートで塗り込める処理がなされた。

 中の焼死体も運び出しを禁止され、纏めて全員死亡の通達が出たのだ。


 結果全ての資料がなくなり、ソニアの研究は断念されたのだった。





 私達は逃走中に、燃え盛る炎に包まれる実験棟を振り返った。
 何もかも燃えてしまえば、ソニアから採取された細胞達も新たに作られた受精卵から生まれた命も、生命活動を停止する。
 …………酷い言い方だけど、これで良かったと私は思う。
 ソニアはどう思っているかは、その表情からは読み取れないけれど。

 それでもソニアの弟妹達になる子が、ここで再び誕生させられて寂しく辛く生きるよりも、幾分かはマシな気がして。

 それもエゴでしかないのは、十分わかっている。

 だけどもう、科学者だった私はこの時死んだ。
 今はソニアの家族として、助けられずに死んでいった生命達の冥福を心で祈ったのだ。



 ソニアと私は近くの町で貯金を全額おろして、研究棟のある地域から離れた。

 翌日新聞で研究棟の顛末を知り、死亡扱いになった私達は顔を見合わせて笑ってしまった。

「殺されちゃったね、私達」
「もう、戻れないですね」
「うん、戻れないわ」
「これから、どうしたら良いんでしょうか?」

 どうしようか?と思ったけれど、暗黒街の何でも屋で三人分の戸籍を購入して田舎の村へ逃げた。

 ここの何でも屋は、合法から非合法な物まで何でも仕入れる優れものだ。
 かなり高い買い物になったが、今の私達には力強い存在になった。
 きっと高額なのは、口止め料も入っているのだろう。


 国にとって私達は、切り捨てられても問題なかったモノなのらしい。

 ちょっと失望して、ちょっと気が楽になった。

 私達は本当の伯母と甥で、血の繋がりがある家族だ。
 辛い立場は忘れて、生き直してみても良いんじゃないだろうか?

 ソニアは『ショウネル』へ、私は『ルニア』へと名を変えた。
 夫に逃げられて、街を追われた親子と言うことにして。

 私とショウネルは、2年間田舎の畑で働いてお金を貯めた。
 ショウネルは今年で7歳だけど、戸籍では今年14歳で私は32歳だ。
 本当の年齢は29歳で戸籍より少し若いのだけどね。
 逃げられたという夫の戸籍も買い取っており、他人が関わってくる心配もない。

 本当はお金もあるから労働しなくても良いのだけど、いわゆる実績作りと言うやつだ。

 母子共に体に日焼けや手の荒れを作れば、周囲には資産が多くあると疑われもしなかった。
 その後ショウネルの通学の為に町に移り住むことになり、村人達とは別れを告げることになる。

「この子の近くに、ついてあげたくて」
「わかる、わかる。この子あんたにベッタリだしね。父親に捨てられたんなら、敏感にもなるさね」

「ええ。町で働くのは不安だけど、頑張るわ」
「そうよ、頑張んなさい。子の為なら何とかなるもんさ。それにしても、ショウネルは男前だからね。母親なんかより、彼女に夢中になる日も近いわよ」

「そう、ですよね」
「僕はずっと、母さんと一緒だよ。彼女なんていらないよ」
「あらまあ、ずいぶんマザコンになったね」
「そうですね。あともう少し傍にいて欲しいから、今はこのままで良いかしらね」
「あらあら、こりゃ当分結婚出来ねえな、ショウネルは」

「ふふふっ、はははっ」と、楽しげな声が田畑に響く。


 からかわれてややふて腐れたショウネルは、本当に可愛らしい。
 見た目はれっきとした14歳だ。
 私は自然と頬がゆるむ。

 ここに来た時の彼は、表情がほとんど変わらなかったし、私以外の人を極度に警戒していたのに。

 ……そういう私も、ちゃんとした母親に見えてるかしらね。


 逃げてきた母子を温かく迎えてくれた村人達は、今日もいつも通りに賑やかに見送ってくれる。
 ここの人は優しくて、真面目に労働する私達にいつも手を差し伸べてくれ、悪意のない気持ちに触れることで心底癒されていた。

 慣れない畑仕事は腰も足もきつかったけど、自然の中で気がねせずに過ごせて楽しく、それはショウネルも一緒みたいで、ぎこちない母子を本当の家族にしてくれた場所なのだった。

 畑仕事の時に、離れた人と大声でお喋りするのは初めてだったけど、私もショウネルもそれに慣れてしまい、今ではそれが当たり前で、遠くに姿が見えれば「お帰りなさい」と手を振るくらい普通になった。

 今後も村人達と手紙をやり取りし、時々訪問しようと思う。
 それくらい、大切な場所になったのだった。





 その後、町の学校へ通うショウネルは、楽しそうにその様子を報告してくれる。
 女の子のことを聞けば、友達だから彼女じゃないよと焦っている。
 村でのことを思い出したのだろうか?

 私はショウネルの知能指数が、人より高いことを伝えていた。
 力も少し強いことも。

 彼も心得ていたようで、暫くは様子を見て調整すると言う。
 最初のうちは猛勉強してきたと言えば、悪目立ちはしないだろうと。
 上限を見て合わせるのは、なかなか難しいだろうけど、目立たない工夫はした方が良いと思う。
 これからも平凡に過ごす為ならば、それも仕方ないだろう。


 結局私達は、今までの実験の成果もショウネルの免疫の可能性も、このまま隠して生きることにした。
 だってもう死んだことにされたのだもの、義理立てするのも可笑しいでしょ?

 国はこれからも残されたデータと、新たな可能性を模索して研究していくのだろう。
 ――――――私達はもう離脱したけれど。






 あの事件の時ルニアの妹は、目の覚めた男達に連れられて隣国に戻っていた。

「あんな事件を起こして、この有り様ですか? 全く嘆かわしい。
 まあ、うやむやになったから、良いものの。
 貴女の引き抜きで、元の研究所にいくら払ったと思うのですか? 
 その後に碌な研究成果もあげられずに、金ばかり使って…………貴女にはガッカリですよ。
 今回のことだって、私の部下を何人も貸したのに……」

 あまりの上司の罵倒に、ルニアの妹は憤って叫ぶ。
「そ、そんなこと言うなら、もう辞めるわ。誓約術でも何でも掛ければ良いじゃない!」

 でも上司は、冷たい表情でルニアの妹を貫く。
「先程も言ったでしょ? 貴女には元手がかかっているんですよ。
 ……前の職場でしていたように、これからも卵子の提供はしていただきます。
 それから、ましな研究成果が出せないなら、貴女の体自体で回収しましょうね。
 こちらの国では、貴女の髪も瞳の色も珍しい。
 それにその美貌は我が国の女神に、少しだけ似ているんですよ。
 もうどちらでも構わないんです、僕は。
 最初から損はしないように、出来るならプラスになるように計算していますので。
 なるべく頑張ってください。ご自分の為にね♪」

 ルニアの妹の上司は、とても艶っぽく微笑んだ。
 細いけれどガッチリした筋肉に、すらりとした長い足。
 紫の長い髪は癖もなく艶やかで、長い睫毛に彩られた大きなタレ目は黒と赤が混じった妖しい色だった。

(ああ。思えば私は、この笑みに惹かれてここまで来てしまった。
 前の職場で満足していた筈なのに、どうしても彼について行きたくなってしまった。
 …………自分なら彼を恋人に出来ると、思ってしまったのだ)

 今なら分かる。
 こんなに怖い人、そんなに見たことないもの。
 私は何も考えずに、自分が利口だと傲慢になっていたのね。


 ――――――もう、遅いのかしら? でも諦めはしないわよ!





 ルニアの元の家族は、二人いた娘と連絡が取れなくなった。

「姉の方は死んだと諦めよう。でも私が目をかけていた妹の方も連絡が取れないなんてな」
「妹の方も我が儘でしたから、もう放っておいてはいかが?」

 ルニアの父親は愛人と暮らし、家には戻っていない。  
 気まぐれに妹を褒めて、姉には関わってこなかった。

 周囲に免疫論文のことで姉が褒められことで、漸く(そう言えばいたなあ)と思い出しただけ。
 外面が良いので適当に話を合わせていた程度で、何の感情もなかった。
 金目当ての若い女に、真実の愛と言われて溺れている所だ。
 何れ金が尽きた時思い出すのだろうが、その時には手遅れだろう。


 ルニアの母は、二人を産んだ後家を去っている。
 元々そのような約束の、金の為だけの契約妻だった。
 産んできた子供に愛情は皆無で、既に縁も切っている。
 今は幼馴染みの男と暮らしているが、二人目(ルニアの妹)の時の難産が原因でもう子は産めない体だ。

 それでも彼女は、生きる為に最善の選択をしたと思っている。
 晩年になり子供の行く末について泣いて後悔するが、それも自己満足なだけで何の波風も立たない。
 結局、自己憐憫が強いだけなのだ。




 今日も世界のことは置いておいて、ルニアとショウネルは幸せに過ごしてる。

 一時期世界では、多くの者の命を奪う感染症が流行したが、彼らの住まう場所ではすぐに終息していた。

「きっと華やかな町から離れている場所だから、あんまり流行らなかったのね」

「本当に良かったよ。うちのジュディが死にそうになった時も、ショウネルが助けてくれたしさ。
 こんな小さな村に立派なお医者さんがいてくれて、感謝しかないよ」

「そうよねぇ。先代のお医者さんは年で引退したし、息子の医者も都会に行って戻って来ないし。いつも困っていたからね」

 褒められて照れるショウネルと、それを見てふふふっと笑うルニア。

「後はお嫁さんよね~。良い子もたくさんいるけど、きっと理想が高いんだろうね。
 お母さんが綺麗で知的だから、それと比べちゃうのよね」

「い、いや、別に母さんは、関係ないですよ。僕は仕事が好きだから……ゴニョゴニョ」
「まったくもう、マザコンもほどほどにね」

「もう、違うってば! 酷いよ!」
「ふふふっ、照れなくて良いよ。ルニアは女で一つであんたを育てたんだ。感謝するのは悪いことじゃないんだよ」

「そうよ。うちの子も、少しは母親に感謝して欲しいくらいよ」

「「「「本当よね。苦労も知らないでさ。ワハハッ」」」」


 気持ちの良い人々に囲まれ、いつも穏やかな町だった。
 人の機微に敏感な二人だから、それが偽りならば留まることはなかっただろう。
  
 …………自費を使って研究し、人々を守る薬を作ることも。



 ショウネルは医師に、ルニアは看護師になって、予防接種ワクチンに一味加えた注射をしたのだった。
 感染症後の薬にも、少し調整・・を行っていた。

 彼らの病院のある地域では、世界の惨事後も病気になる人が極端に少なかったと言う。

 さらにこの地域で宇宙飛行士になる適性者が多く、その際の採血で免疫細胞が異様に活性化されている報告が国にあがるのはもうすぐ。
 その数は町民を調べると、3万人にその結果が該当したと言う。
「この結果は人類の希望だ!」とザワツク国会。


 ルニアは微笑んで言う。
「みんなが同じになれば、もう特別な研究とはならないわね」
「そうだね。もうみんなが僕の免疫を持っているんだから」

 結局人類を見捨てられず、出来る範囲でやってしまっていた二人。
 何だかんだ言っても、受け入れてくれた人の優しさに触れたことで、希望を託したいと思ってしまったのだ。

 苦手だったり許せない人がいても、守りたい生きていて欲しい人にもたくさん出会うことができたから。


 あれからショウネルは少し若く見える程度で、年相応に成長している。
 彼が愛するのは、プラトニックにルニアだけだ。
 ルニアもまた同じに、ショウネルを愛している。


 この星の片隅で生涯を母子として過ごし、最期の時まで幸福を感じた二人が確かにいたのだ。







 例の感染症の裏に、ルニアの国が絡んでいたことを知る者は少ない。


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