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第四章 元冒険者、真の実力を見せつける

35:師匠へのお見舞い、受け止められる器

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「はぁ、やばい、キツかった」

 ディスモンドの指揮はいつもより機敏さが求められ、訓練中の空気も張り詰めたものであった。気を張りすぎて疲れてしまった。
 しかし、今日はまっすぐサヴァルモンテ亭に帰ろうとはしなかった。

「オズワルドさん、大丈夫かな」

 訓練に来られないほどなのだろう。熱とか出ちゃってるのかな?

 私は、リッカルドの部屋の隣のオズワルドの部屋のドアをたたく。

 コンコンコン

「クリスタルです。体調はいかがですか」
「おぉ、クリスタルちゃん。入ってきていいよ」

 ドアの向こうから、しゃべり方は同じだが、あのはつらつさがない声が聞こえてきた。

「失礼します」

 ドアを開けて中に入ると、額にタオルを乗せてベッドに横たわるオズワルドの姿が目に飛び込んできた。

「体調不良だとお聞きして、心配で」
「ちょっと熱が出ちゃっただけだよ~。あっ、そうだ」

 そう言って、オズワルドは布団から腕を出して何かを指さす。

「ちょっと待ってください! この包帯は?」

 私は思わず出された腕をつかんでしまった。
 オズワルドの左腕全体に、痛々しい包帯が巻かれているのだ。

「……クリスタルちゃんなら言ってもいいか。もう知ってるもんね」

 私なら言ってもいいこと……?
 オズワルドと目線の高さを合わせるため、片膝をついた。

「実は昨日の訓練が終わったあと、闇市に潜入したんだ。あそこは悪い人がたくさんいるところだから、クリスタルちゃんと初めて会ったときみたいなのが、こっそり行われてるの」
「人さらいですか」
「そう。あとは売春、痴漢などなど――」

 うわぁ……と完全に顔が引きつる私。

「それでね、建物の陰で男に襲われてる女の人がいて、『やめて! 放して!』って叫んでたから僕が助けにいったら……こうなっちゃった」
「向こうも武器を持ってたっていうことですか」
「うん。僕としたことが、右腕はねじ曲げられて左腕はズタズタだよ」

 ヒェッと声にもならない恐怖が襲ってくる。

「もしかして、熱はそのケガからですか?」
「お医者さんはそう言ってたよ」

 とても痛々しいという言葉だけでは収まりそうにない。
 おそらく、右腕は折れていて動かせない。今 布団の上にある左腕も、激痛の中で右腕の代わりをしているのだろう。しかも熱のだるさが追い打ちをかけている。

「で、おでこのタオルを替えてくれないかな? もう乾いちゃって」
「あっ、はい、ぜひ」

 さっきオズワルドが指をさした先に、水桶みずおけが置いてあった。本来はアーチャー家にもいたお手伝いさんのような人がやってくれると思うが、せっかくの機会だ。

 額のタオルを取って、水に浸し、固く絞る。あぁ、腕にケガをしてるときは絞れないもんね。
 タオルをたたんで優しく額に乗せなおす。

「う~ん、冷たくて気持ちいいね~」

 穏やかな顔で目を閉じたオズワルドを見て、少しホッとした私は、「ではそろそろ帰ります」と言ってドアに向かっていく。

「クリスタルちゃん」
「はい」
「わざわざお見舞いに来てくれてありがと~。あと、これも替えてくれてありがと~」
「いえいえ。師匠が倒れたと知って心配だったので」
「頑張って元気になるから、待っててね」
「お大事になさってくださいね」

 私は静かにドアを閉め、横の階段を下りて行った。
 本当はディスモンドのことをオズワルドに聞きたかったが、そんな体調ではなさそうである。直接この目でディスモンドの顔を見られただけで十分な収穫だ。

 明日、リッカルドさんに聞こう。





 ここから立ち去る音が遠くなると、オズワルドは苦痛に顔をゆがめた。歯を食いしばりながら左腕を布団の中に戻す。
 クリスタルの前では我慢していた痛みが一気に腕を走ったのだ。

「はぁ……気がかりなことが多すぎるよ」

 自分の体調とケガの具合はもちろんのこと、兄のディスモンドに指揮をさせてしまったことと、クリスタルに心配をかけてしまったことと、もう一つ。

 なるべくクリスタルに会わせたくなかったのに、自分のせいで会わせることになってしまったのだ。ディスモンドに。

「きっとクリスタルちゃんは気づいたはずだよね。ディスお兄ちゃんが、例の冒険者に似てるってこと」

 大きなため息をつくオズワルド。

「せっかくの逸材に負担をかけちゃいけないから、僕が頑張ってクリスタルちゃんと会わせないようにしなきゃいけなかったのに……」

 今朝、使用人から「今日の訓練はディスモンド様が代わりをなさることになりました」と告げられたときは、申し訳なさでいっぱいになった。本来は自分からお願いをしに行かなきゃならないのに。
 もうディスモンドに合わせる顔はない。

 コンコン

「オズ、入るぞ」

 こちらから返事もしないうちに、誰かが部屋に入ってきた。

「ディスお兄ちゃん……」
「合同訓練終わったから、見に来たが――」
「お兄ちゃん、ごめんなさい」

 ディスモンドの顔を見てとっさに出てきたのは、謝罪の言葉だった。

「謝ることはない。……まぁ、オズが気にしてるのは、クリスタルのことだろ?」

 図星だった。

「お兄ちゃんの顔、見ちゃいましたよね」
「そうだな。近くでしっかりと」
「えっ……?」
「訓練の前に、クリスタルとすれ違った」

 あぁ、最悪だとオズワルドは目を伏せる。

「驚いたような表情をしていた。確実にディエゴの顔と重なっただろうな」

 今にも泣きそうな顔のオズワルドに、兄も目を伏せるしかない。

「だが、ずっと隠すわけにはいかないだろう。いつかはバレる。だから、合同訓練の指揮は今日から俺がまたやることにした。そして、いつかはクリスタルにあのことを話さなきゃならない」
「……そうですね」
「なぁ、オズ」

 ディスモンドは改まったようにオズと目線を合わせる。

「例の事実を、クリスタルは受け止められると思うか?」

 難しい質問だ。うわさと自分が調査した上では、クリスタルは幼いときからパーティを追放されるまで、ずっとひどい仕打ちを受け続けていた。ここに来て少しはマシになっただろうが、きっとディスモンドの顔を見ただけで思い出してしまう。
 そんなクリスタルが、あの事実を消化できるだろうか。

 だが、クリスタルは一度弓を手放したが、再び弓を握ったという。それほどの精神力を持っているのならば、できるかもしれない。

「僕は、できると思います」
「なぜだ?」
「クリスタルちゃんは、強いです。実力だけじゃなくて、精神も」
「過去の記憶というのは、しつこく絡みつくものなのだが」
「いえ、クリスタルちゃんには新たに『双剣』っていう武器を手に入れたんですよ」
「それと、どう関係している」
「クリスタルちゃんは、ひどい仕打ちに耐えられるほどの鋼の精神を、もともと持っているんです。しかも弓はリックお兄ちゃんに認められるほどうまくて、双剣も使える。最強じゃないですか」

 魂胆が分かったディスモンドは、「なるほどな、成長しているということか」と笑った。

 熱に侵されながらよくここまで考えられたなと、自分で自分を褒めたくなった。

「オズの意見を聞けてよかった。ゆっくり休めよ」

 ディスモンドはオズワルドの布団をかけ直すと、そそくさと部屋を出て行った。
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