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第四章 元冒険者、真の実力を見せつける
49:父への制裁、きらめく金のピンバッジ
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次の日、訓練の前に私は騎士団長に応接室に来るよう言われた。「いい話がある」とのこと。
コンコンコン
「失礼しま……!?」
扉を閉めたくなった。しかし、中に団長がいる手前、そんなことはできない。
「お、お父さま。お久しぶりです」
なぜか父がいた。もう会うことはないと思っていた父に。父は「久しぶり」どころか会釈もしない。目を一瞬合わせただけだった。
どこがいい話なのかと、速くなる鼓動を落ち着けようとしていると、「私の隣に座って」と団長に示された。
父の隣ではないらしい。
「はい、出てきておくれ」
団長が右手を上げると、ドアで行き来できる隣の団長室から、ぞろぞろと何人も出てくる。
母、サム兄、姉、セス兄、ディスモンド、リッカルド、オズワルド。父や私より早く、この寮に来ていたのだろう。
「さて、アーチャーさん。もうお聞きしていると思いますが、我が騎士団で唯一弓と双剣を扱うクリスタル君が、二十五年前のキング・カイタンより強いデス・トリブラスを倒しました。あなたがお嬢様を捨ててから、お嬢様はめきめきと上達し、双剣も扱えるようになり、今やわざと昔の自分のような撃ち方ができるほどになりました」
このたった三文にこれほど嫌味を詰めこめる団長が恐ろしい。
「私や息子がクリスタル君との対話を重ね、耳を疑うことが伺えましたので、この度アーチャーさんをお呼びした次第でございます」
声色を変えることなく笑顔で話すので、余計に怖い。
こんなこわばった表情をしている父を初めて見る。
「まず、幼少のころからクリスタル君にだけ態度を変えていたようですね」
父は未だに黙ったままだ。認めたくないとみえる。
「詳しくはディス、リック、オズ、よろしく」
団長が三兄弟に委ねると、三人はポケットから紙を取り出して読み上げる。
「一つ、クリスタルだけ安物の出来の悪い弓を使わせる」
「二つ、出来の悪い弓だと知っておきながら、うまく発射できないと強く叱る」
「三つ、サムとセスに『クリスタルは下手だから厳しくしてやらねばならない。甘やかすな』と命令する」
「四つ、実力相応ではない大会に出させ、優勝しろと無茶な圧をかける」
「五つ、クリスタルにだけ手をあげる」
ため息をつく団長。「幼少のころだけでもここまで出てくるとは。ひどいものですねぇ」と父をにらみつけた。
父が黙っているのをいいことに、団長は父に言った。
「こう思っていましたか? 『きょうだいの上から三人は自分の思いどおりに育っているが、末っ子はどうやら弓の才能がないかもしれない。ならば厳しくすればいい』。……厳しくするという意味をはき違えないでくださいな。あなたがしたことは、子どもへの虐待です」
ついに、父へ『虐待』という言葉が突きつけられた。
「子どもへの虐待は、ウォーフレム王国憲法第二十二条の、生存権に準ずるところの『子どもは健やかに育つ権利を有する』に違反している」
憲法全文を暗記していそうなリッカルドが、すらすらと真顔で口に出した。
「そもそも違法なんですよ。あとは、器物損壊罪。他人の道具が入った袋を投げ、弓を破損させましたね。弓を教える者が他人の弓を意図的に壊すなんて、指導者失格です」
騎士団長に言われてしまえば、さすがの父も言い逃れはできない。騎士は警察の役目も担っている。
団長に目で合図されたディスモンドが、静かに父の手首と手首を縛りつけた。
「あなたにはこれから牢屋で罪を償ってもらいます。加えて、名字はく奪です。今度はあなたがアーチャー家を追放される番です」
名字は過去の功績をたたえて贈られるもので、父の祖先がアーチャーという名字を、母の祖先がフォスターという名字をもらっている。
その功績に泥を塗るような、あまりにひどいことを犯した場合、はく奪も有り得る。
「罪人を連れていく前に、クリスタルにいいことを教えてやろう」
そう言って団長は、席を立って隣の団長室に行ってしまった。戻ってくると、団長の手には厚紙と小さな金色の物体があった。
「このあと正式に皆の前で発表するが、ここでも伝えておこう。クリスタル・フォスター・アーチャーをベーム騎士団副団長に任命する」
……えっ?
何を言われたのか理解できず、固まる私。任命書と書かれた紙と、ピンバッジをとりあえず受け取った。
「えぇっ、ええ!?」
三兄弟でさえ聞かされていなかったのか、目を丸くして団長の方をいっせいに見ている。
「今回、デス・トリブラス討伐作戦に行かせて、クリスタル君の実力と精神がさらに磨かれた。弓と双剣の使いどころの見極め、弱点を見抜く力、経験を遺憾なく発揮し導く力。副団長という役職を設けたことはなかったが、それにふさわしい逸材が現れた。そう見てよいだろう」
私は震える手でワッペンにピンバッジをつけた。剣と弓が交差しているような形のピンバッジだ。
「あ……ありがとうございます。頑張ります!」
任命書に書かれた私の名前。追放されてからあえて名字を名乗ってこなかったが、名乗ってよいのだと認められたような気がした。
「クリスタル、おめでとう!!」
真っ先に姉が拍手で祝福してくれた。
「頑張るんだぞ!」
サム兄やセス兄も拍手をすると、母もつられて拍手し始める。
「クリスタルにはつらい思いをさせてしまったけれど、応援してるわ」
あぁ、お母さままで。
視界がぼやけ、あっという間に涙がぼろぼろと溢れてきた。実力が上がって精神が鍛えられても、この泣き虫というものは変わらないのだと思う。
私はこのあと、寮の庭で行われた叙任式で、正式に副団長に任命された。
父がいなくなったので家に戻ることも考えたが、母の「家はまだあなたにとってつらいところでしょうから」と気遣いをしてもらったので、たまに顔を出すくらいに決めた。
訓練が終わると、私は小さな子どものごとく猛ダッシュでサヴァルモンテ亭に帰った。一分でも一秒でも早く伝えたい。
「エラさん! 聞いてください!」
「おぉ、何だい?」
「私、副団長になりました!」
「……ふ、副団長!?」
エラは持っていたスプーンを、思わず床に落としてしまった。お客さんが全員私を見ている。
「すげぇな、クリスタルちゃん! 大出世じゃねぇか!」
常連さんがスタンディングオベーションをすると、他のお客さんも続々とその常連さんの真似をする。
スプーンを拾って泡水につけたエラが手招きをした。もうこれだけで何をされるか分かっている。のこのこと厨房に歩いていく。
「よかったなぁ! でかした!」
エラは私を抱き寄せ、私の頭をなでる。
「あぁ、クリスタルが苦しんでるときからずっと見守ってきたあたしにとっては、クリスタルは子どもみたいなものだ。自分のことのように嬉しいよ」
「こうして仕事していられるのも、エラさんのサポートとおいしいご飯のおかげです。他にも感謝してもしつくせません。ありがとうございます」
初対面からお世話になりっぱなしのエラには、このように恩を返すしかない。まだぜんぜん恩は返し切れていないが。
「副団長なら、より『王子』三兄弟とお近づきになるのかー」
常連さんがつぶやく。
「『王子』って、どういうことですか?」
「知らないのか! じゃあ教えてやる」
また私だけ知らないことがあったらしい。
「国王のご子息であるマシュー王太子が、別名『尽善尽美の王子』と言われている。それにあやかって、王都の民が勝手に騎士団の三兄弟に別名をつけたんだ」
あー、勝手に言ってるだけなら知らなくても同然かな? 王都でそう呼ばれてるだけなら、元冒険者の私じゃ知りえないし。
「ディスモンドは『獅子奮迅の王子』、リッカルドは『疾風迅雷の王子』、オズワルドは『神出鬼没の王子』だ」
近くで接している私でも、確かに合っていると思う。よく見ているんだなと感心していると、
「そんな王子様たちに囲まれて、ハーレムじゃねぇか」
と、爆弾発言をされる。
「は、ハーレムっ!?」
「さてと。主人、お会計!」
「はいよ」
言ったら言いっぱなしの、言い逃げをして、その常連さんはさっさと店を出て行ってしまった。……ずるい。
私はいつの間にか、こう呼ばれていた。『凍てつく氷の三刀流』と。「優しいけど怒らせると怖そう」だからだそう。
……合ってない! ぜーんぜん合ってない!
だが、響きはきれいなので気に入っていることは、私だけの秘密としておく。
【完】
コンコンコン
「失礼しま……!?」
扉を閉めたくなった。しかし、中に団長がいる手前、そんなことはできない。
「お、お父さま。お久しぶりです」
なぜか父がいた。もう会うことはないと思っていた父に。父は「久しぶり」どころか会釈もしない。目を一瞬合わせただけだった。
どこがいい話なのかと、速くなる鼓動を落ち着けようとしていると、「私の隣に座って」と団長に示された。
父の隣ではないらしい。
「はい、出てきておくれ」
団長が右手を上げると、ドアで行き来できる隣の団長室から、ぞろぞろと何人も出てくる。
母、サム兄、姉、セス兄、ディスモンド、リッカルド、オズワルド。父や私より早く、この寮に来ていたのだろう。
「さて、アーチャーさん。もうお聞きしていると思いますが、我が騎士団で唯一弓と双剣を扱うクリスタル君が、二十五年前のキング・カイタンより強いデス・トリブラスを倒しました。あなたがお嬢様を捨ててから、お嬢様はめきめきと上達し、双剣も扱えるようになり、今やわざと昔の自分のような撃ち方ができるほどになりました」
このたった三文にこれほど嫌味を詰めこめる団長が恐ろしい。
「私や息子がクリスタル君との対話を重ね、耳を疑うことが伺えましたので、この度アーチャーさんをお呼びした次第でございます」
声色を変えることなく笑顔で話すので、余計に怖い。
こんなこわばった表情をしている父を初めて見る。
「まず、幼少のころからクリスタル君にだけ態度を変えていたようですね」
父は未だに黙ったままだ。認めたくないとみえる。
「詳しくはディス、リック、オズ、よろしく」
団長が三兄弟に委ねると、三人はポケットから紙を取り出して読み上げる。
「一つ、クリスタルだけ安物の出来の悪い弓を使わせる」
「二つ、出来の悪い弓だと知っておきながら、うまく発射できないと強く叱る」
「三つ、サムとセスに『クリスタルは下手だから厳しくしてやらねばならない。甘やかすな』と命令する」
「四つ、実力相応ではない大会に出させ、優勝しろと無茶な圧をかける」
「五つ、クリスタルにだけ手をあげる」
ため息をつく団長。「幼少のころだけでもここまで出てくるとは。ひどいものですねぇ」と父をにらみつけた。
父が黙っているのをいいことに、団長は父に言った。
「こう思っていましたか? 『きょうだいの上から三人は自分の思いどおりに育っているが、末っ子はどうやら弓の才能がないかもしれない。ならば厳しくすればいい』。……厳しくするという意味をはき違えないでくださいな。あなたがしたことは、子どもへの虐待です」
ついに、父へ『虐待』という言葉が突きつけられた。
「子どもへの虐待は、ウォーフレム王国憲法第二十二条の、生存権に準ずるところの『子どもは健やかに育つ権利を有する』に違反している」
憲法全文を暗記していそうなリッカルドが、すらすらと真顔で口に出した。
「そもそも違法なんですよ。あとは、器物損壊罪。他人の道具が入った袋を投げ、弓を破損させましたね。弓を教える者が他人の弓を意図的に壊すなんて、指導者失格です」
騎士団長に言われてしまえば、さすがの父も言い逃れはできない。騎士は警察の役目も担っている。
団長に目で合図されたディスモンドが、静かに父の手首と手首を縛りつけた。
「あなたにはこれから牢屋で罪を償ってもらいます。加えて、名字はく奪です。今度はあなたがアーチャー家を追放される番です」
名字は過去の功績をたたえて贈られるもので、父の祖先がアーチャーという名字を、母の祖先がフォスターという名字をもらっている。
その功績に泥を塗るような、あまりにひどいことを犯した場合、はく奪も有り得る。
「罪人を連れていく前に、クリスタルにいいことを教えてやろう」
そう言って団長は、席を立って隣の団長室に行ってしまった。戻ってくると、団長の手には厚紙と小さな金色の物体があった。
「このあと正式に皆の前で発表するが、ここでも伝えておこう。クリスタル・フォスター・アーチャーをベーム騎士団副団長に任命する」
……えっ?
何を言われたのか理解できず、固まる私。任命書と書かれた紙と、ピンバッジをとりあえず受け取った。
「えぇっ、ええ!?」
三兄弟でさえ聞かされていなかったのか、目を丸くして団長の方をいっせいに見ている。
「今回、デス・トリブラス討伐作戦に行かせて、クリスタル君の実力と精神がさらに磨かれた。弓と双剣の使いどころの見極め、弱点を見抜く力、経験を遺憾なく発揮し導く力。副団長という役職を設けたことはなかったが、それにふさわしい逸材が現れた。そう見てよいだろう」
私は震える手でワッペンにピンバッジをつけた。剣と弓が交差しているような形のピンバッジだ。
「あ……ありがとうございます。頑張ります!」
任命書に書かれた私の名前。追放されてからあえて名字を名乗ってこなかったが、名乗ってよいのだと認められたような気がした。
「クリスタル、おめでとう!!」
真っ先に姉が拍手で祝福してくれた。
「頑張るんだぞ!」
サム兄やセス兄も拍手をすると、母もつられて拍手し始める。
「クリスタルにはつらい思いをさせてしまったけれど、応援してるわ」
あぁ、お母さままで。
視界がぼやけ、あっという間に涙がぼろぼろと溢れてきた。実力が上がって精神が鍛えられても、この泣き虫というものは変わらないのだと思う。
私はこのあと、寮の庭で行われた叙任式で、正式に副団長に任命された。
父がいなくなったので家に戻ることも考えたが、母の「家はまだあなたにとってつらいところでしょうから」と気遣いをしてもらったので、たまに顔を出すくらいに決めた。
訓練が終わると、私は小さな子どものごとく猛ダッシュでサヴァルモンテ亭に帰った。一分でも一秒でも早く伝えたい。
「エラさん! 聞いてください!」
「おぉ、何だい?」
「私、副団長になりました!」
「……ふ、副団長!?」
エラは持っていたスプーンを、思わず床に落としてしまった。お客さんが全員私を見ている。
「すげぇな、クリスタルちゃん! 大出世じゃねぇか!」
常連さんがスタンディングオベーションをすると、他のお客さんも続々とその常連さんの真似をする。
スプーンを拾って泡水につけたエラが手招きをした。もうこれだけで何をされるか分かっている。のこのこと厨房に歩いていく。
「よかったなぁ! でかした!」
エラは私を抱き寄せ、私の頭をなでる。
「あぁ、クリスタルが苦しんでるときからずっと見守ってきたあたしにとっては、クリスタルは子どもみたいなものだ。自分のことのように嬉しいよ」
「こうして仕事していられるのも、エラさんのサポートとおいしいご飯のおかげです。他にも感謝してもしつくせません。ありがとうございます」
初対面からお世話になりっぱなしのエラには、このように恩を返すしかない。まだぜんぜん恩は返し切れていないが。
「副団長なら、より『王子』三兄弟とお近づきになるのかー」
常連さんがつぶやく。
「『王子』って、どういうことですか?」
「知らないのか! じゃあ教えてやる」
また私だけ知らないことがあったらしい。
「国王のご子息であるマシュー王太子が、別名『尽善尽美の王子』と言われている。それにあやかって、王都の民が勝手に騎士団の三兄弟に別名をつけたんだ」
あー、勝手に言ってるだけなら知らなくても同然かな? 王都でそう呼ばれてるだけなら、元冒険者の私じゃ知りえないし。
「ディスモンドは『獅子奮迅の王子』、リッカルドは『疾風迅雷の王子』、オズワルドは『神出鬼没の王子』だ」
近くで接している私でも、確かに合っていると思う。よく見ているんだなと感心していると、
「そんな王子様たちに囲まれて、ハーレムじゃねぇか」
と、爆弾発言をされる。
「は、ハーレムっ!?」
「さてと。主人、お会計!」
「はいよ」
言ったら言いっぱなしの、言い逃げをして、その常連さんはさっさと店を出て行ってしまった。……ずるい。
私はいつの間にか、こう呼ばれていた。『凍てつく氷の三刀流』と。「優しいけど怒らせると怖そう」だからだそう。
……合ってない! ぜーんぜん合ってない!
だが、響きはきれいなので気に入っていることは、私だけの秘密としておく。
【完】
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