書架の蜜、指先の熱

Sina

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六話

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 図書室の最奥、除籍本が積み上がる「死んだ書架」の影は、昼なお暗い。
 羽鳥圭は、埃の積もった背表紙の列に身を潜めていた。三日前、校門で見かけた織田が、女子生徒と親しげに笑い合っていた光景が、網膜の裏側に焼き付いて離れない。
 それは、理科準備室で味わった蜂蜜の甘さを、一瞬で苦い劇薬に変えるのに十分だった。

「……いた。こんな湿っぽいところに隠れて、何をしているんだ」

 低い声が、古い紙の匂いを切り裂いた。
 振り返る間もなく、左右の書架に逞しい腕が突き立てられる。羽鳥は、織田准の身体が作る「檻」の中に閉じ込められた。
 織田の吐息が、羽鳥の耳元を熱く撫でる。

「避けているな、俺を」
「自意識過剰だよ。僕はただ、整理すべき本が山積みだっただけだ」

 羽鳥は冷淡を装い、手元にある百科事典の端を強く握りしめた。指先が白く強張る。
 織田からは、練習明けの熱い皮膚の匂いと、焦燥の入り混じった激しい体温が放射されていた。

「嘘をつけ。目が合っても、お前は透明な壁でも見るような顔をする。俺が何か、お前の気に障ることをしたか?」
「君が誰と笑おうと、僕の知ったことじゃない。君は太陽の下で走る人だ。僕のような影の住人に、その光を分け与える義務はない」

 言葉は、自分自身の胸を切り刻むナイフとなって零れ落ちた。
 織田の瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿る。彼はさらに一歩、逃げ場のない距離まで踏み込んできた。羽鳥の背中が、冷たい書架の木肌に押し付けられる。

「影だの光だの、文学的な逃げ口上はやめろ。俺が今、誰の熱を欲しがっているか、本当にわからないのか?」

 織田の手が、羽鳥の顎を強引に持ち上げた。
 眼鏡の奥で、羽鳥の瞳孔が大きく散開する。至近距離で見つめる織田の瞳は、地獄の底から垂らされた一本の銀糸のように、羽鳥の理性を搦め取っていく。
 喉の奥が、熱い塊を飲み込んだように震えた。

「……離して。ここは神聖な図書室だ」
「静かにしろよ。司書様が、自分から規律を破る音が聞こえるぞ」

 織田の親指が、羽鳥の乾いた下唇をゆっくりと辿る。
 その感触は、レモンよりも鮮烈で、どの古書に記された恋文よりも残酷に羽鳥の心臓を打ち抜いた。
 逃げ場のない静寂の中で、二人の呼吸だけが不規則に重なり合い、蜘蛛の糸のように細く、切実な繋がりを編み上げていた。

「羽鳥、お前……心臓が、うるさい」

 囁かれた言葉に、羽鳥は抗う術を失った。
 彼はただ、自分を縛り付けるこの心地よい「糸」が、永遠に切れないことを願って、静かに目を閉じた。
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