女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

文字の大きさ
27 / 28
女王さま、あれこれ試す。

あたし、感動。若き料理人。

しおりを挟む
 山のような政務を泣きながらこなすかたわら、あたしは夢にむかってじたばたしていた。

 もう試行錯誤の連続。っていうか、十やって九失敗。はあ、めげるわこれは。

 この国始まって以来の空前のプロジェクト、テーマパーク。可愛らしい熊猫を目玉に据えるとは言ったものの、それ以外は手探りもいいところ。

「クロエぇ。助けてぇ」
「はいはい」

 毎日三十回は挫けてる軟弱なあたしは、侍従のクロエに甘えるのが唯一のいやしだった。
 はあ、いやされるう。だめだと思いつつもつい頼ってしまう。

「あたし、できるのかなあ、これ」
「大丈夫ですよ。陛下ならきっとできます」

 クロエはあたしをどこまでも信じてくれる。嬉しい。
 そのたびになけなしの勇気が湧いてきて、少し頑張れる気になる。けど、みんなの期待に応えられるかなあ。

「失礼します、陛下」
「はいはい、ザクレス卿。現実に戻る時間なのね」

 いやいやいながらクロエの膝から起き上がるあたし。お母さんに甘えてるみたいで気持ちよかったんだけどな。

「いえ、その前に、今日は来客です」


 ◇


「あら、エゼルくんじゃない!」

 あたしが謁見室で出迎えた人物は、北方イーハの村で会った少年だった。あたしが作ったスープにとても興味を持ってくれた少年だったっけ。

「はい、お久しゅうございます、陛下」

 エゼルは丁寧に頭を下げてくれた。心なしか大人びたような気がする。
 何年も前というわけではないけど、何年も経ったような気がする。いろいろなことがありすぎたわ。

「元気だった?」
「はい。陛下が教えてくださったスープ、あれからずっと練習していました」

 おお、それはすごい。
 あたしのつたない説明でもちゃんと役に立ったかしら。

「練習はしたのですが、自分では上手くできているかわからなくて。それで、かなうことならば陛下に教えを乞いたいと……」
「それでわざわざ王都まで来てくれたの?」

 あたしは感激した。たかがスープのためにそこまで熱心に究めようとしてくれるなんて。

「厚かましいお願いだとは重々承知していますが……」
「とんでもない。あたしでよければいくらでも協力するわよ」

 エゼルははにかみながらも、嬉しそうに笑ってくれた。金の瞳がきらきらしている。いいなあ、若いって。夢と希望にあふれてて、無限の可能性があって。食べた……おっとと、ミルドレッドもうら若き乙女だったわよね。あたしってば、はしたない。

 こほん。
 ともかく、エゼルが修行の成果を見せるべく屋敷の厨房にこもっている間、あたしもいやいや政務に戻ることにする。しくしく。


 ◇


 そして食事の時間。

 あたしの目の前に、小さなカップが置かれた。

「どうぞ。お召し上がりください」

 差し出した料理人姿のエゼルくんはとっても不安そうな面持ちだ。これでいいのだろうか、って迷っているのがよくわかる。

 うん、その気持ちはよくわかるよ。
 仮にも女王陛下にお出しするものが、こんな質素なものでいいのだろうかってね。

 でもね。

 声をかける前に、あたしは黙ってスープをひと口、口に運んだ。

 口に含んだ瞬間。

 暖かいスープから広がる豊かな味。
 さまざまな旨味が溶けあった、芳醇な風味。

 あたしの口から、思わずため息がもれた。

「……すばらしいわ」
「ほ、ほんとですか?」

 不安そうだったエゼルの顔に、安堵の笑顔がぱあっと広がる。

「うん。さすがね。すばらしいコンソメスープだわ」

 コンソメって簡単にできるイメージがあるけど、実はものすごく手間がかかる。肉や野菜のエキスを煮出しながらあくを取り、漉して雑味を取り除く。それを繰り返し、丁寧に丁寧につくったスープが、コンソメ。単純だけどとてもたいへんな料理なのだ。

 それを彼は独力でそこまでたどり着いた。とても丹念に仕事をしたのだろう。それはこのスープの、澄んだ琥珀色をみればわかる。食べてくれる人のことを思って作らなければ、とてもここまでのものはできないだろう。その心遣いが、あたしは嬉しくてならなかった。

「よくここまで……頑張ったわね」
「はい……はい! ありがとうございます!」

 心なしか涙目のエゼル。そうだよね。きっといろいろ悩んだんだ。
 こんな粗末なものでいいのかって。
 でもね、この小さな器には、きみの大変な努力が詰まっているのがよくわかるよ。きみは間違ってない。いい仕事をしたわね。それに協力できて、あたしも嬉しい。

「こんないいものを頂けて、あたしも幸せだわ。なにかご褒美をあげなくちゃね。何がいいかしら?」
「あの、陛下。実は、お願いがあります」

 意を決したように、両手をぎゅっと握りしめて、エゼルが口を開いた。

「なにかしら?」
「ぼくをこのお屋敷の厨房で働かせていただけませんか? もっと陛下にいろいろなものを召し上がっていただきたいのです。いえ、ぼくが作りたいんです。どうかお側に置いていただけませんか?」

 うっ。
 若い男の子の、純粋なきらきらな瞳。そ、それは反則だわ。
 ちょっと、心臓がどきどきよ! おばさん年甲斐もなくときめいちゃうじゃない!

「はあっ。はあっ。ちょっと……」
「どうかなさいましたか、陛下?」

 胸を押さえて横を向いたあたし。ザクレス卿がいぶかしげにのぞき込む。
 いやまさか、おばさん若い子のきらきらにときめいちゃいました、なんて言えませんから。

 気を取り直してもう一度エゼルを見る。真っ直ぐな眼だ。ああ、羨ましい、じゃなくて。
 あたしは少し考えたことがあった。

「エゼル」
「は……はい!」
「あなたの希望には添えないわ」
「えっ!?」

 エゼルは驚愕し、ついで明らかに落胆して肩を落とした。

「そうですか。ぼくではまだ力不足ですね」
「そうじゃないの」

 あたしは椅子から立ち上がってエゼルに歩み寄り、ひざをついてその手を取った。

「あなたのスープ、素晴らしかった。こんな素敵なものをあたしが独り占めするなんてもったいないわ。もっともっと、たくさんの人に食べてほしいのよ」
「陛下……」
「あたしたちは今、イーハの村の近くに大きな、ものすごく大きなテーマパークを作ろうとしてる。国中の人たち、いえ、回りの国からもたくさんの人が訪れるわ。その人たちにあなたのスープを食べさせてあげてほしいの。あなたのスープでみんなに幸せを味あわせてあげてほしいの。バンクロディ王国にはこんな素晴らしい食べ物があるんだって。あなたの力を世界中に見せてあげてほしいの」

 このスープは素晴らしい。
 こんな素晴らしいものをあたしだけが食べているなんて、ばちが当たるわ。

 もっとたくさんの人に。出来る限りたくさんの人に、このスープを。
 エゼルはきっとその料理で、たくさんの人を幸せにできる。その力を振るえるのはここ、王宮じゃない。狙うは、テーマパーク!

 珍しい動物。舌をとろかす食べ物。新鮮な山海の珍味。珍しくて可愛らしい工芸品。
 それらを求めてやってくるお客さまを出迎える極上のおもてなし。

「これよ! これでこそ夢の国は完成するのよ! どれが欠けてもだめ! あなたの協力が不可欠だわ。エゼル、お願い。あたしに力を貸して?」

 気づけばあたしは床にぺったりと座り込んで、エゼルの手を押し戴くようにぎゅっと握っていた。

 横からわざとらしい咳払いが聞こえた。見ると、ザクレス卿が憮然とした顔であたしを見ている。

「陛下。少しは振る舞いにお気を付けください。女王陛下にそんな格好をされては、彼も困っているではありませんか」
「あ、ごめん」

 あたしは慌てて立ち上がる。つい自分の考えに夢中になってしまったわ。考えてみたら、女王にこんなことされたら困るよね?

「若い男だからと見境なく食いつくのはどうかと思いますぞ」
「そ、そんなんじゃないわよっ!」

 ……そりゃ少しは、そんな下心もあったりなかったりしたけどさ。
 くう、サティアス卿に続き、ザクレス卿まで最近遠慮がなくなってきたわね。あたしの威厳というものはどこに行ってしまったのかしら。

「陛下。彼を囲うかどうかはともかく」
「だからそんなことしないってば!!」
「専属の料理人としてお手もとに置いたとて、なんの遠慮がございましょうか。むしろ女王としては、ささやかすぎる我がままではございませんか?」

 それはそうなんだけど。

「でもあたしは、エゼルの料理をもっとたくさんの人に食べてほしいのよ。それでみんなが幸せになればあたしも嬉しいし、エゼルの名声が上がればもっと嬉しいわ」

「陛下……」

 エゼルが言葉を失っている。いやねえ、そんなに感激するほどのことじゃないってば。
 あなたにはもっともっと大きく羽ばたいてほしいんだから。

「陛下のおおせ、望外の喜びに存じます。勅命、しかと承りました。この身を賭して果たすべく精進致します」
「ありがとう、エゼル! あたしの希望だけを押し付けちゃって申し訳ないのだけれど」

 それだけがちょっと心苦しいな。
 そう思っていると、

「それならば、陛下」

 ザクレス卿が横から声をかけてきた。

「テーマパークが出来上がるまでの間、彼を専属料理人としてお側に置いてはいかがでしょうか? 後に独立したとき、『女王の専属料理人』という肩書がつくことになります」
「それはいいわね。エゼルも、それでいいかしら?」
「はい! ありがとうございます!」

 勢いよく頭を下げたエゼルは、輝くばかりの笑顔を見せてくれた。

 しばらくではあるけれど、彼の素晴らしいスープを毎日味わえるなんてね。ふふ、役得。
 まだまだ料理のレパートリーはたくさんあるわよ。
 一緒に研究して、世界一のおもてなしのテーマパークを作らなくちゃね。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

成瀬一
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3) 「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...