女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

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女王さま、戦場へ赴く。

ふたたび戦端は開かれて。

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 御前会議。
 急ぎ参集した閣僚の前で、あたしは蒼白な顔をして座っていた。

 足のふるえが止まらない。

 どうしよう。
 どうしよう?

 帝国の侵攻って……何が起こったの?

「状況をご説明いたします、陛下」

 軍部の長、ルーク将軍が立ち上がってまず口をひらく。発言の許可を求めているのがわかったので、あたしはうなずいた。
 一同を見回し、説明を始めたルーク将軍の声は落ち着いていて、まったく動じていなかった。こんなに頼りになる人があたしの側にいてくれる。そう思っただけでもう泣きそうなくらい嬉しかった。

 だけど将軍の報告は、生やさしくはなかった。

「カランタン岬が帝国に占領されました。昨日のことです」

 話を聞いていくうち、あたしは血の気が引いた。


 ◇


 帝国とこの国を隔てている細長い海。それを総称して、アンタークツ海と呼んでいる。
 その幅は場所によってさまざまで、狭いところは百メートルくらい、広いところは二、三キロくらいある。
 その狭いところ、カランタン海峡と称している場所。そこに面したカランタン岬に向けて、対岸から向かって来る船があるのを守備兵たちが発見した。
 ここは海が狭くなっている場所。対岸に渡りやすい場所だ。そこを、海の流れと直角に航行する船がある。しかも数は大小二十隻以上。尋常ではなかった。

 守備兵たちは鏑矢を撃ったり、警告したけれど船は止まらない。
 やがて接岸した船から上陸してきたのは、武装した帝国の兵士。その数五百以上。兵士たちはすぐさま抜刀し、襲いかかってきた。
 対する守備兵はわずか三十。だがいずれも一騎当千の魔族の戦士だ。ヒト族相手に負けるはずがない。守備兵たちも抜刀し――でも応戦することはできなかった。

 帝国との休戦協定。戦闘行為はしないとお互いに約束した。だから、状況もわからぬままむやみに戦うことはできない。たとえ自分の身を守るためであっても。

 守備兵たちは、ためらった。力はあっても心やさしい人たちだ。彼らは何より国に迷惑をかけることを怖れた。自分の命の危機にあっても他人のことを思いやれる。彼らは本当の勇士だった。
 そこに、かさにかかって帝国兵が襲い掛かる。守備兵たちは苦戦した。

 帝国兵はどんどん内部に侵攻し、カランタンの村人にまで襲いかかった。魔族とはいえ、戦う術を持たない非戦闘員。それを守るには、守備兵の数は少なすぎた。

 攻めたてられ、追い立てられ、それでも村人をかばいながら、守備兵は逃げた。今は逃げるしかできなかった。斬られて刺されて、それでも怯まず村人の盾となって帝国兵の前に立ちはだかり、文字通り身を挺して村人が逃げる時間を稼いだ。

 反撃がないのをいいことに勢いづく帝国兵。たまらず反撃すると、露骨に休戦協定を口にする者までいた。確信犯だ。わかっていて攻め込んできたのだ。

 それでも守備兵は、耐えた。村人を逃がすために。今はもう、それしか目的がなかった。本来ならこの国を、国土を守ることが使命のはずなのに。そのための力は充分にあるはずなのに。彼がその力を十全にふるう機会はついに与えられなかった。

 無力感を覚えながら、剣を受け矢を受け魔法を受け、守備兵は脱落していった。

 ひとり。またひとり。

 そうして、全ての守備兵がろくに戦うこともできず、戦死した。全滅だった。


 ◇


「その甲斐あって、村人は全て逃げおおせることができました。現在、カランタン岬は帝国軍の占領下にあります」

 ルーク将軍は静かに言い終えた。

 あたしは震えていた。
 会議の前とは違う。緊張から来る震えじゃなかった。
 
 怒り。悲しみ。

 いろいろな感情が入り乱れて、それに飲み込まれたあたしは全身の震えを止められない。

 涙があふれた。
 あとからあとから。止めることなどできなかった。
 拳を握って、目をぎゅっとつぶって、それでもとても耐えられなかった。

 どうして。
 どうしてこんなひどいことが。

 命を賭けて村人を救った守備兵さんたち。

 正面切って戦ったら、絶対に負けるはずない。なのに戦えない。
 どれほど悔しかったことだろう。
 守るべき場所が、人が、目の前で傷つけられていく。それを守る力があるのに、できない。
 どれほど歯がゆかったことだろう。

 だん! とテーブルを叩きつけて、あたしは立ち上がった。

「将軍! いますぐ兵を集めて!」

 許せない。
 こんなひどいこと、絶対に許せない。

 守備兵さんたち。
 あなたたちは、頑張った。
 持てる力の限りを尽くした。

 誇っていいよ。
 自信を持って、胸を張って、誇っていいよ。

 本当はあなたたち一人ひとり、抱きしめて褒めてあげたい。
 だけどもう、それはかなわない。
 だから。

「陛下? なにをなさるのです?」
「決まってるわ。敵討ちよ!」

 ルーク将軍の問いに、あたしは即座に叫び返した。
 こんな理不尽なこと、見過ごせるもんですか。

「陛下、落ち着いて下さい」
「落ち着けるわけないでしょ! 帝国の奴ら、絶対に許さない! 残らず討ち取って全員の首を墓前に供えてあげなくちゃ、死んでいった人たちが浮かばれないわ! 将軍、今すぐに……」
「陛下!」

 びくうっ。
 普段は穏やかな将軍の厳しい声に、あたしの動きは一瞬止まった。

「陛下、どうかお静まり下さい。こたびのこと、すでに外交問題です。うかつに動いてはなりません」
「将軍の言う通りです」

 ルーク将軍に続いて、ザクレス卿もあたしをたしなめる。

「これは帝国の罠である可能性すらあります。こちらの反攻を待って、紛争に持ち込む算段かも知れませぬ」

 あたしは力なく、椅子にもたれかかった。
 やがて、しゃくりあげた。涙を止めることができなかった。
 口惜しい。なんて不甲斐ない。

 ふたりの声には、辛抱強くあたしを説得しようという気づかいが感じられた。それがわからないほど、あたしも馬鹿じゃない。

 でも。
 でもでも。

「あんまりだよ、こんなの。死んでいった人たち、可哀そうすぎるよう……」

 みんなの命を守るどころか、その名誉を守ってあげることもできないなんて。
 大国の顔色をうかがって立ち回りを思案しなくちゃいけないなんて。
 なにが女王だ。笑わせる。

「ちくしょー。ちくしょー……みんな、ごめん。ごめんなさい。ごめ……えぐっ」

 自分の力のなさが恨めしい。
 死んでいった者たちに、なんと言って詫びたらいいんだろう?

「陛下」

 落ち着いた声は、いつものルーク将軍だ。

「陛下、ありがとうございます。そのお心だけで充分にございます。兵たちも喜んでおりましょう」
「だけど! だからって!」
「陛下、そう思っていただけるのならどうか、兵たちの守りたかったものをお守りください。この国の行く末を。あなたさまはこんなことでつまずく方ではないはずです」

 将軍の眼差しは、暖かかった。
 将軍だけじゃない。みんなが優しい目で、あたしを見守ってくれる。

 ありがとう、気遣ってくれて。
 あたしには過ぎた部下たちだ。
 こんなに力を与えてもらって、応えなかったらあたしの存在意義なんてない。

 まだ涙は止まらなかったけど、あたしは子供みたいにごしごしと目を拭った。

「……取り乱してごめんなさい。そうね。次の手を考えましょう」

 みんなが守りたかったもの。
 みんなが愛する、この国。
 みんなが愛した、この国の人たち。

 守らなくちゃ。
 あたしが。

 守ってみせる。
 絶対に。


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