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女王さま、戦場へ赴く。
決意する女王さま。
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帝国の首都には、我がバンクロディ王国の領事館がある。
そこへ向けて、あたしたちは鴉(からす)を飛ばした。
伝令の鴉。魔法使いの使い魔だ。
馬よりはるかに早く、正確。知能も高くて自分で判断し行動する力を持つ。
文書をただ届けるだけじゃなく、見られてまずい内容は直接伝言することもできる。もちろん目当ての人以外にはしゃべらない。ヒト族が知らない秘密兵器だ。
領事館に即座に状況を伝え、皇帝の意図を直接問い質すよう命じる。
返ってきた返事はほぼ予想通りだった。
――自分たちは報告を聞いていない。休戦協定がある以上、侵攻などあるわけがない。とにかく事実確認を急ぐ。
「自分たちはあずかり知らぬ、というわけね」
――ならば一部兵士の独断による造反と見て対処するが、よいか?
強気の突っ込みには強気の返事が来た。
――貴国バンクロディは休戦協定を遵守してくれるものと期待している。むやみに戦端を開くことは厳に慎まれたい。場合によっては帝国も相応の対応をとる用意がある。
「自分たちで攻めておいて、よく言う」
取り敢えず、言質は取った。
帝国との遣り取りは、残らず鴉が記憶している。今はそれで充分だ。
念のため、現地の責任者、対岸の領地を治めるベリアンダル伯爵にも使いを送ったけど、返事は同じだった。休戦協定を盾にこちらを牽制、いや恫喝している。
「つまりこれは、口裏を合わせていると考えていいわね?」
「はい。間違いないかと」
ザクレス卿に確認するまでもない。
ここまでおんなじだと、不自然だものね。
でもこれは予想の範囲内。
見てなさいよ。目にもの見せてあげるわ。
「で、カランタンの様子は?」
あたしはルーク将軍に訊いた。目下の一番の心配は、そこの動向。
「今のところ、彼奴らは戦線を拡大するつもりはないようです。陣地を守って動いていません」
「そう。それは良かったわ」
あたしはほっと胸をなでおろした。状況確認とか交渉とか、こっちがぐずぐずしている間にどんどん侵攻されるのが一番怖かったから。まずはひと安心、かな。
「ですが」
でも将軍の報告はそれで終わらなかった。
「彼奴ら、海峡を制圧できたのをいいことに、好き放題のようですな」
「というと?」
「我が国の船に対するいやがらせです」
船を止めて臨検を行ったり、安全保障税などと称して通行税をせしめているらしい。
「なにしてくれてんの、あいつら?」
「海峡の安全は自分たちが守っているから、だそうですよ」
「あの野郎どもめええぇぇぇ!!」
思わず口をついて出る、お下品な言葉。そんなあたしを将軍は苦笑いしながら眺めている。
悪いけど将軍、あなたほどあたしは大人になれないわ。
あいつら、つぶす。絶対につぶす!
◇
「休戦協定の精神にもとづき、即座に兵を納められたい。さもなくば相応の対応をとる」
帝国に対して何度目かの警告あるいは請願の使いを出した後、あたしは御前会議で宣言した。
「カランタン岬から敵を排除し、領土と制海権を奪回します」
おお、という声。
「ですが陛下」
まず口を開いたのはザクレス卿。
「戦となりますぞ。帝国とことを構えることになりますが?」
剣こそ取らないけれど、帝国と正面切ってやり合っているのは事実上この人だ。憂慮するのはわかる。でも。
「もう既に始まっちゃってるわ。始まってしまった以上、ここは絶対に取り返しておかなきゃいけない」
あたしは地政学に詳しくない。けど、カランタン岬が重要な拠点であることはわかる。
この海峡の両岸を帝国が抑えているということは、海峡の交通を帝国が自由にできるということ。ひいてはアンタークツ海全体の交通を帝国に掌握されることになりかねない。
さらに帝国と戦になった時、この岬がバンクロディ王国侵攻の拠点になってしまう。橋頭保は絶対に潰しておかなくちゃならない。
だから小鬼族の国ロキア国とも、何だかんだと集られながらつき合いを続けているのだ。同じシオドリア亜大陸の中に帝国の味方を作るわけにはいかないからなのだ。
「それに何より、舐められたまま終わるわけにはいかないわよ。弱小だからって手を出せば痛い目に遭うって思い知らせてやらないと」
外交だ交渉だとかっこつけても、しょせん男どもの争いって相手より強いか弱いか、相手より上か下かだけなのだ。だから舐められたら終わり。相手は際限なくつけ上がる。
だから勝てないまでも、舐めてかかるとひどい目に遭うってことは思い知らせてやらなきゃならない。はあ、男ってほんと、めんどくさい。
でも、やらなくちゃ。
死んでいった人のためにも。
「ルーク将軍」
「はっ」
「至急兵を集めて下さい。我が国から速やかに敵を排除します」
「かしこまりました」
「ザクレス卿」
「はっ」
「ごめんなさいね。あなたには迷惑をかけます。戦の後の交渉、お任せします」
「かしこまってございます」
「サティアス卿」
「はっ」
「あなたにも迷惑をかけます。戦費の拠出、避難民の慰撫を」
「ご心配なさいますな。やりくりはお任せ下さい」
みんな、緊張している。
中でもあたしが一番緊張していた。
ミルドレッドが女王になってから経験する、初めての戦争。
不安だ。不安でたまらない。
どれだけの血が流れるんだろう。たくさんの人が傷つき、死ぬ。そうとわかっていても、あたしは「死ね」と命令しなくちゃならない。
責任の重さに膝が震えた。怖い。怖いよ。
「陛下」
落ち着いた声に、現実に引き戻された。
ルーク将軍だった。
「陛下。どうかご心配なく。陛下の思いはみなの幸せであること、よく存じております。微力ながら我ら一同、全力を尽くしますれば」
「……ありがとう」
あたしは泣きそうだった。
みんなが支えてくれる。
こんなあたしを、みんなが。
なんだか恥ずかしくなって、あたしは俯いた。顔が火照っているのがわかる。
うー、恥ずかしい。みんなそんな、微笑ましいものを見るような目で見ないでよ。
でもあたし、間違ってないよね。
国を守って、みんなを幸せにしてあげなくちゃ。
だからみんな、頑張って。
そのための罪なら、あたしが背負うから。
そこへ向けて、あたしたちは鴉(からす)を飛ばした。
伝令の鴉。魔法使いの使い魔だ。
馬よりはるかに早く、正確。知能も高くて自分で判断し行動する力を持つ。
文書をただ届けるだけじゃなく、見られてまずい内容は直接伝言することもできる。もちろん目当ての人以外にはしゃべらない。ヒト族が知らない秘密兵器だ。
領事館に即座に状況を伝え、皇帝の意図を直接問い質すよう命じる。
返ってきた返事はほぼ予想通りだった。
――自分たちは報告を聞いていない。休戦協定がある以上、侵攻などあるわけがない。とにかく事実確認を急ぐ。
「自分たちはあずかり知らぬ、というわけね」
――ならば一部兵士の独断による造反と見て対処するが、よいか?
強気の突っ込みには強気の返事が来た。
――貴国バンクロディは休戦協定を遵守してくれるものと期待している。むやみに戦端を開くことは厳に慎まれたい。場合によっては帝国も相応の対応をとる用意がある。
「自分たちで攻めておいて、よく言う」
取り敢えず、言質は取った。
帝国との遣り取りは、残らず鴉が記憶している。今はそれで充分だ。
念のため、現地の責任者、対岸の領地を治めるベリアンダル伯爵にも使いを送ったけど、返事は同じだった。休戦協定を盾にこちらを牽制、いや恫喝している。
「つまりこれは、口裏を合わせていると考えていいわね?」
「はい。間違いないかと」
ザクレス卿に確認するまでもない。
ここまでおんなじだと、不自然だものね。
でもこれは予想の範囲内。
見てなさいよ。目にもの見せてあげるわ。
「で、カランタンの様子は?」
あたしはルーク将軍に訊いた。目下の一番の心配は、そこの動向。
「今のところ、彼奴らは戦線を拡大するつもりはないようです。陣地を守って動いていません」
「そう。それは良かったわ」
あたしはほっと胸をなでおろした。状況確認とか交渉とか、こっちがぐずぐずしている間にどんどん侵攻されるのが一番怖かったから。まずはひと安心、かな。
「ですが」
でも将軍の報告はそれで終わらなかった。
「彼奴ら、海峡を制圧できたのをいいことに、好き放題のようですな」
「というと?」
「我が国の船に対するいやがらせです」
船を止めて臨検を行ったり、安全保障税などと称して通行税をせしめているらしい。
「なにしてくれてんの、あいつら?」
「海峡の安全は自分たちが守っているから、だそうですよ」
「あの野郎どもめええぇぇぇ!!」
思わず口をついて出る、お下品な言葉。そんなあたしを将軍は苦笑いしながら眺めている。
悪いけど将軍、あなたほどあたしは大人になれないわ。
あいつら、つぶす。絶対につぶす!
◇
「休戦協定の精神にもとづき、即座に兵を納められたい。さもなくば相応の対応をとる」
帝国に対して何度目かの警告あるいは請願の使いを出した後、あたしは御前会議で宣言した。
「カランタン岬から敵を排除し、領土と制海権を奪回します」
おお、という声。
「ですが陛下」
まず口を開いたのはザクレス卿。
「戦となりますぞ。帝国とことを構えることになりますが?」
剣こそ取らないけれど、帝国と正面切ってやり合っているのは事実上この人だ。憂慮するのはわかる。でも。
「もう既に始まっちゃってるわ。始まってしまった以上、ここは絶対に取り返しておかなきゃいけない」
あたしは地政学に詳しくない。けど、カランタン岬が重要な拠点であることはわかる。
この海峡の両岸を帝国が抑えているということは、海峡の交通を帝国が自由にできるということ。ひいてはアンタークツ海全体の交通を帝国に掌握されることになりかねない。
さらに帝国と戦になった時、この岬がバンクロディ王国侵攻の拠点になってしまう。橋頭保は絶対に潰しておかなくちゃならない。
だから小鬼族の国ロキア国とも、何だかんだと集られながらつき合いを続けているのだ。同じシオドリア亜大陸の中に帝国の味方を作るわけにはいかないからなのだ。
「それに何より、舐められたまま終わるわけにはいかないわよ。弱小だからって手を出せば痛い目に遭うって思い知らせてやらないと」
外交だ交渉だとかっこつけても、しょせん男どもの争いって相手より強いか弱いか、相手より上か下かだけなのだ。だから舐められたら終わり。相手は際限なくつけ上がる。
だから勝てないまでも、舐めてかかるとひどい目に遭うってことは思い知らせてやらなきゃならない。はあ、男ってほんと、めんどくさい。
でも、やらなくちゃ。
死んでいった人のためにも。
「ルーク将軍」
「はっ」
「至急兵を集めて下さい。我が国から速やかに敵を排除します」
「かしこまりました」
「ザクレス卿」
「はっ」
「ごめんなさいね。あなたには迷惑をかけます。戦の後の交渉、お任せします」
「かしこまってございます」
「サティアス卿」
「はっ」
「あなたにも迷惑をかけます。戦費の拠出、避難民の慰撫を」
「ご心配なさいますな。やりくりはお任せ下さい」
みんな、緊張している。
中でもあたしが一番緊張していた。
ミルドレッドが女王になってから経験する、初めての戦争。
不安だ。不安でたまらない。
どれだけの血が流れるんだろう。たくさんの人が傷つき、死ぬ。そうとわかっていても、あたしは「死ね」と命令しなくちゃならない。
責任の重さに膝が震えた。怖い。怖いよ。
「陛下」
落ち着いた声に、現実に引き戻された。
ルーク将軍だった。
「陛下。どうかご心配なく。陛下の思いはみなの幸せであること、よく存じております。微力ながら我ら一同、全力を尽くしますれば」
「……ありがとう」
あたしは泣きそうだった。
みんなが支えてくれる。
こんなあたしを、みんなが。
なんだか恥ずかしくなって、あたしは俯いた。顔が火照っているのがわかる。
うー、恥ずかしい。みんなそんな、微笑ましいものを見るような目で見ないでよ。
でもあたし、間違ってないよね。
国を守って、みんなを幸せにしてあげなくちゃ。
だからみんな、頑張って。
そのための罪なら、あたしが背負うから。
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