女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

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女王さま、戦場へ赴く。

檄を飛ばす女王さま。

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 召集された兵士が広場に集まっている。数は約二百。
 ルーク将軍からの作戦説明と訓示を、あたしは脇に控えて聞いていた。

 今回はあたしも出陣する。親征ということね。
 大仰かも知れない。なにより、あたしが怖い。
 あたし自身は何もできないけど、あたしがそこにいる事自体に意味がある。だったら、行かなくちゃ。

「陛下」

 ルーク将軍に呼びかけられて、あたしは我に返った。

「どうか、兵たちにお言葉を」
「へっ? あ、あたしが?」

 予期せぬ依頼に思わず素が出てしまった。ちょ、まずい。まずいわ。みんなが見てるわ。
 優雅で高貴な、それでいて優しい陽だまりのような女王、ミルドレッド。みんなの素敵なイメージを、果てしなく膨れ上がった虚像をぶち壊しちゃいけないわ。

 素早くすまし顔を取り繕って、あたしは高い所に上がった。二百人の目が一斉にあたしを見る。

 こっ、こわいよ……。
 そんな、ガン見しないでよお願い。

 兵士たちの真剣なまなざし。
 その色は、あこがれ、尊敬。みんな本当にミルドレッドが大好きなのね。

「みなさん、集まってくれてありがとう。みなさんの忠義、とても嬉しく思います」

 舞い上がりながらも話し始めたあたしは、兵士たちの眼の色の中に別の何かがあることに気づいた。

「相手は強大なレマン帝国です。ですが怖れることはありません。あなたたちは強い。あなたたちが帝国の兵士に後れを取ることなど、決してありません」

 話しながらあたしは気づいた。
 兵士たちが抱えているもの、それは不安。
 あり余る力を持ちながら、それをどう使えばいいのかわからず、自分たちがどこへ向かえばいいのか分からず、迷っている不安。
 誰かに道を指し示してほしいと、導いてほしいと願っている目。
 まるで母親にすがる子供の目のようだった。

 ああ、そうか。
 そうだった。
 ミルドレッドは知っていたんだ。
 みんなに頼られていることを。

 だから強くなろうとした。
 みんなを導かなくちゃならないと思って。
 力が欲しいと思い、みんなを救いたいと願った。

 ごめんね、ミルドレッド。
 あなたの願いにこたえたのが、あたしなんかで。
 でもね。

 あなたはひとつ間違ってる。
 あなたは充分に強いよ。誰にも負けないくらい。
 だってこんなにみんなのことを思っているんだもの。
 みんなのために身を捨てることもいとわない、強い心を持っているんだもの。

 それにね。
 みんな強いよ。
 とても強いんだ。
 ただそれを分かっていないだけ。
 自分に自信がないだけ。
 たった一度の敗戦で、みんなそれをなくしてしまった。
 呆然自失、どうしていいか分からないでいるだけ。

 だからね。
 ほんのちょっとでいいんだ。
 背伸びする必要なんかない。
 指を一本、指し示せばいい。

「先の戦争は、苦い経験でした。多くの同胞と国土を失いました。わたくしたちはまだその痛みと悲しみを癒せずにいます」

 わたしはまだ子供だったけれど、覚えている。よく覚えている。
 ふたりの兄さんがふたりとも、二度と戻ってこなかったこと。
 みんながみんな、誰かを、何かを失った。
 わたしたちは痛みと悲しみがつらくて、縮こまってしまった。

「今、再び帝国が侵攻してきています。ですがみなさん、一度敗れたからといって、不当に侵略を受け続けるいわれはないんです。わたくしたちはみな、自分の国で幸せに暮らしていいはずなんです。それを脅かす者は排除する。たとえ相手が強大な帝国であろうと、です」

 そう、大事なものを忘れちゃいけない。
 その大事なものを守るためにたくさんの仲間たちが散っていったのだから。

「怖れることはありません。みなさんには力があります。みなを守る力が。
 なのに今、みなさんはその力を振るうことをためらっています。どうしていいかわからずにいます」

 ぎくっ。
 たくさんの兵士がぴくりと身じろぎした雰囲気を感じる。

「みなさんはどうしたいですか? 自分の家族や友人を守りたくはないですか?
 守るべきものがあって、それを守る力がある。なのに、怖くて前に進めないなら、それでも戦えないなら……そんな奴あキン○マちょん切ってどぶに捨てちまえ!」

 びくうっ。
 全員がすくみ上がった。
 そりゃそうだよね、敬愛する女王さまに一喝されたら。

 あーあ、やっちゃった。
 勢いにまかせて、あたしったらなんてお下劣な。
 清楚な「陽だまりの女王」のイメージが台なしだわ。
 ごめんねミルドレッド。

 でももう止まらない。

「もう一度言います。あなたたちには力があります。なのにその力を使うべきときに使わないなら、守るべきものを守らないなら、それはただの卑怯者です。でもあなたたちはそうではないはずです。
 不安も怖れもあるでしょう。でも未来を信じて。あなたたちは何も間違っていません。あなたたちがその力に相応しい、やさしい心と気高い魂を持っていることを、あたしは知っています。そのあなたたちを、先達は命を賭けて守ってくれました。ならば今度はあなたたちが皆を守ってあげる番です。誰に恥じることもない。
 もっと自信を持って。あなたたちは強いんです。守るべきものが何か、わかっているはずです。その力で、救って下さい、この国を。その腕で、守って下さい、家族を、友人を、このあたしを!」

 あたしを守って、か。なんて卑怯な言い方かしら。
 女を武器にするこんなやり方は好きじゃないけど。
 でも今なら、なんだって使う。それがあなたたちの力になるのなら。

「何度でも言います。あなたたちなら、帝国の兵にも引けは取りません。いえ、負けることなどありません。その腕でこの国を救い、民を救い、そして大いに誇って下さい。この国を救ったのは、みなを守ったのはこの腕なのだと!」

 顔の横にぐっと拳をかかげて、あたしは言葉を切った。

 ……は、恥ずかしい。
 大見得切っちゃった……。

 どうしよう、この空気。
 あたしは拳を握りしめたまま、俯いた。ええい、ここまできたら突き進むのみ!

 と思ったときだった。

 最初は小さなさざめきだった。
 それが大きなざわめきになっていき。
 やがて地響きのようなどよめきとなって。

 気がつけば全員が拳を振り上げて叫んでいた。

「陛下ーっ!」

 絶叫している兵士がいる。

「女王陛下ーっ!」

 杖を振り上げる魔法使いがいる。

「ミルドレッド陛下ーっ!!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら叫ぶ女性兵士がいる。

 でもその場にいる全員、一人残らず。
 みんなが心の底から叫んで、拳を突き上げて。

 あたしの名を呼んでくれている。
 ぞくぞくと鳥肌がたった。何だろ。この高揚感。何だかわからない。でも。

 すごく嬉しい。

 みんなの顔を見た。
 晴れやかだ。泣いている人もいた。

 うん。わかるよ。
 あたし、よくわかるよ。

 認めてほしかったんだよね。
 頼ってほしかったんだよね。
 導いてほしかったんだよね。

 あたしは側のルーク将軍を見た。
 父親みたいな目であたしを見ている。だからそんな、微笑ましそうに見ないでってば。

 わかってる。
 あたしはこれからみんなに、命令を下さなくちゃならない。
 戦えと。死地に赴けと。

 戦うことが罪だと言うなら、よろしい。
 その罪はあたしが全部背負う。女王であるあたしが。
 あなたたちが流した敵の血、自分の血、すべてを魂に刻みつけて、あたしが背負う。
 だからあなたたちは、何も心配しなくていいよ。
 あなたたちが救われるように、あたしも全力を尽くすから。

 あたしは天高く、拳を突き上げた。

「みなの者! 出陣!」
「おおおおおおおお!」

 あたしたちは行く。
 バンクロディの誇りを取り戻す戦いに。



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