幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

文字の大きさ
7 / 59
第一章 火の鍵の乙女

ぼくはひらく、鍵の乙女……。

しおりを挟む
『異界の冒険』と銘打たれた本。実にみすぼらしい本だが、本当にこれで世界が救えるのか。
 もしナユタという人の言うことが事実なら、おそらくこの本の呪文でサキの能力を覚醒させることができる。サキの言い方だと『ひらく』のか。

 正直、女の子をひらくという表現は、ちょっといやらしい何かを想像させもするのだが、この本にはそんな儀式は書いていなかった……と思う。大丈夫。きっと大丈夫。なに、がっかりすることなんか、ない。何もない。

「どうかしました?」
「い、いや、なんでもないよ」

 ちょっと慌てて本のページをぱらぱらとめくりながら、ぼくはテーブルを回り込んでサキの隣に座った。サキがこっちに向き直る。なんか恥ずかしい。そんなにまじまじと見ないでくれ。

 しかし、これでサキの能力が開眼するのだろうか。だとしたら、すごい。すごいと思う。
 それを思えばやっぱりわくわくを押さえ切れない。

 目指すページを見つけた。やつぱり、緊張する。さあ、どうなるだろう。
 大きく息をついて気を落ち着かせる。

「ええと……。いくよ」
「はい」

 ゆっくりと詠唱を始める。

「火の鍵の乙女よ。赤の姫よ。なれを今ここに開き、世のことわりをここに導かん。なれの身は炎の身、なれの操るは炎の技、しかしてなれわざは世界を滅す。願わくばなれに捧ぐるにえによりて、身を修め、心を鎮め、なれわざをもちて世界を救わんことを」


……。
…………。
……………………。



「な、何にも起きませんね」
「そ、そうだね」
「やっぱり、そう上手くはいきませんよね」
「そうだね」

 二人してひきつり笑いを交わす。

いや、気まずい。
 ものすごく気まずい。
 笑うしかないとはこのことだ。

 やはり世界を救うには、ぼくらではまだ力不足らしい。

 サキは、ほうっと大きく息を吐いた。だいぶ緊張していたようだ。
 何が悪かったのだろう? 手順か? 準備不足か? 何か足りない要素があったか?
 それとも……そもそもが誰かの妄想、でっち上げにすぎないのか?

(いや、そうじゃない)

 何となく手応えらしきものはあったのだ。呪文を詠唱し終わったとき、サキの瞳の奥に何かが閃いた気がした。あれは気のせいだったのだろうか? 願望が見せた幻に過ぎないのか。

「うーん、残念ですねえ。予定では、わたしはすごい力をゲットして、こんな風に……」

 そう言ってサキが右手をさっと横に振る。
 その下に、ほんの一瞬だが、光のようなものが現れて消えた。

「えっ?」
「なに? 今の、なんですか?」

 サキにも見えたらしい。気のせいじゃない。
 ぼくらは顔を見合わせた。やっぱり今回も、何と言っていいのか、どんな表情をしたらいいのか分からない。

 けどこの方法は――間違いじゃない。

「まだ完全じゃないのか。何が足りないんだろう?」

 ページをめくりながら、ぼくは本の内容を思い出していた。特に足りない所はなかったと思う。
 と言うことは、本に書かれていない何かがまだあるのか。

「まさか、『赤の姫』が間違ってるとか、ないよね……?」

 サキはどちらかと言うと、『黒の姫』と言った方がふさわしい。髪は綺麗な黒、服も黒。ソックスも靴も、黒がメインだ。赤と言ったら、艶々とした赤い唇くらいだろうか? 赤系のルージュが好きみたいだから。
 サキを『姫』と称するに異論はまったくない。ないのだが、そもそもこの本に書かれていることがサキのことだとは限らない。もしそうだとすると、また正解から遠ざかってしまう。
 うーむ。これを書いたナユタという人は、この本にどんな意味を隠したのだろう?

「サキはその本、ナユタという人に貰ったって言ったよね?」
「はい」
「その人は他に何か言ってなかった?」
「そうですねえ……。詳しく話を聞く前にはぐれちゃいましたから、もっと何かキーワードがあるのかも知れないです」
「そうか……」 

 ぼくはいったん、本をテーブルの上に置いた。仕方がない。今の自分では、これ以上の何かを見つけるのは難しそうだ。

 ふと外を見て、すっかり夜になっていることに気がついた。

(ものすごい一日だったな……)

 公園でのんびりまったりしていたのが、遠い昔のことみたいだ。
 そこから全力で逃げ出してカラオケボックスに隠れて、そこから出て来たのが多分三時か四時くらいだろうか。
 また全力で逃げて、移動して、預言の書を探して検証。

 そりゃあ夜にもなる。

「お腹すいたでしょ? なにか食べよう」

 何か用意しようと思ってキッチンに立つ。まあ正直ろくなもんはないんだけど、かと言って今外に出たくはなかった。
 はっきり言えば、怖い。ものすごく怖い。
 今だって、うまく隠れられているかどうか。

「あ、わたしも手伝います」

 サキがついてくる。健気だなあ。
 サキが立って歩くだけで、そこに華やかな色がつくような気がする。ぱっと花が咲くようだ。ああ、自分ひとりだけの部屋って、どれだけ味気なかったんだろう。つい今しがたまでそうだったんだけど。
 でも結局、と鍋を出しながら思う。サキはここの住人じゃない。いつまでもここにいるわけじゃない。たまたま、通りすがっただけ。
 隣で食器を用意するサキを見やってちょっと淋しさを感じながら、でも用意する物はインスタントラーメンくらいしかなく、準備はすぐに終わる。
 いや待て、女の子をもてなすに、こんなものしかないのか。
 そう、こんなものしかない。今さら見栄を張ってもしょうがない。サキだってお腹減ってるよね。


「「いただきます」」

 部屋に戻り、また向かい合ってラーメンを食す。
 ぼくはサキが食べるところを、なんとはなしに見ていた。左手で長い髪を押さえて、ちいさな口に箸を運ぶ。しぐさがいちいち、可愛い。

「ん~、おいしいです」
「はは、ただのラーメンだよ」

 そんな大げさな、とぼくは笑いながら答える。取り立ててすごいわけでもない、ひとパック三百円程度のラーメンだ。よほど空腹だったのかな。

「でもやっぱり、誰かと食べるのはおいしいです。ナユタ姉さまとはぐれて、あまり食べてなかったから……」

 あ、そうか。
 サキはここまで一人で逃げてきたのだ。どれほど心細かっただろう。どの位の間逃げているのか分からないが、追っ手を気にしてろくに休めなかったに違いない。
 そんな健気な女の子にラーメンしか食べさせてあげられないなんて。ぼくは自分の甲斐性のなさを呪った。だけどそれでも、二人で食べるのはおいしい。インスタントラーメンでも、おいしい。
 今はこのささやかな幸せをかみしめよう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

処理中です...