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第二章 水の鍵の乙女
月下に忍び寄る剛剣と魔法。
しおりを挟む「はあ……」
サキはひとり、ため息をつく。
「ひとりで留守番は退屈ですねえ」
牢屋に一人。独り言をつぶやくくらいしかすることがない。
「夫の帰りを待つ妻としては、夜食を用意しておくべきですよねえ」
自分の独り言に自分で照れながら、両手を頬に当ててくねくねと身をよじるサキ。
もちろん、食事の用意など出来るはずもない。ここは牢屋だ。
再びため息をついた時、サキは気配に気がついた。
「あまり再会したくない気配ですねえ」
「そんなつれない事をおっしゃらないでくださいよ、赤の姫。わたくしは初対面ですし」
「魔術師さんですか?」
笑顔で現れたローブの男にサキは問いかけたが、視線は油断なくその後ろの人物に向けられている。
兜で表情はよく見えない。しかし、忘れようもない殺気。
「執念深いお方ですねえ」
「国の命運がかかっているゆえ、な」
サキが真っ先に考えたのは、いかに遼太と合流するか、だった。
一番わかりやすいのは、派手に炎を上げること。だがこの牢には、ほかにも人がいる。見境なしに全てを焼き払うというわけにはいかない。
「業火の炎弾!」
サキは素早く手を掲げて、火の玉を敵に投げつけた。
牢の格子を焼きながら襲いかかる業火を、剣士は魔法剣で、魔術師は防御魔法で弾き返す。
その隙にサキは窓の柵に炎を投げつけ、窓の周りの石壁ごと吹き飛ばし、そこから外へ飛び出した。
「さすが、うわさに違わぬ恐ろしき力ですな」
ちっとも恐れ入った様子もなく、魔術師が追いすがる。手に持った杖を振ると、暗黒の大きな球体がすっぽりとサキを包み込んでしまう。
「闇の使いよ。かの姫を捕らえて、とこしえの無常に閉ざし……」
「煉獄の炎球!」
暗黒の球体を紅の球体が焼き払う。サキは外に出た。追いかける魔術師の杖からいくつもの氷の槍が現れる。
「凍てつく槍よ! 貫け!」
「業火の砲弾!」
鋭く放たれ、サキに襲い掛かる氷の槍。それを焼き砕くサキの炎。
その陰から無数の小さな針が飛んでいた。サキの反応は一瞬遅れ、幾本かの針がサキの腕に突き刺さる。
「火よ昇華せよ!」
身体に触れた異物を、身にまとった衣服ごと、瞬時に焼き捨てた。
大きく後ろに跳んで距離をとる。
「ほう。いい勘をしている」
魔術師が賞讃半分、忌々しさ半分といった声を上げる。
「毒ごとすべて熱で焼いたか。素晴らしい」
「あなたもなかなか、やりますねえ」
腕がしびれる。毒針だった。即座に処分したものの、無傷とはいかなかった。だが一瞬遅れれば、動けなくなっていたかも知れない。
(手ごわいです)
だがまだ動ける。
今の炎で、縛めの枷もあっさりと焼き切った。身体は自由に動く。
急いで遼太と合流しないと。
一糸まとわぬ姿のまま、もちろん裸足で、サキは走り出した。
追うは鍛え抜かれた体躯を持つ、魔法剣士。
サキは跳び上がって家のひさしを掴み、器用に身体を跳ね上げた。紅い髪が舞い踊り、屋根の上に立つ。
だが剣士も魔術師も、遅れをとることはなかった。瞬時に同じ高さに立っている。
追跡劇は、常人が追い切れない場所で再び開始される。
+ + + + +
低くとどろく音に、クルルの耳がぴくっと動き、ぼくも辺りを見回した。
「何の音?」
「……何かが燃える音? 誰かが魔法を使ってるみたい」
(サキだ)
なぜかぼくは、そう直感した。窓から外を見る。
遠くに火の手が上がっている。炎は何かが燃えているのではなく、瞬時に湧き上がっては消えた。
間違いない。サキが誰かと戦っている。
サキを独り残してきてしまった事を、ぼくはものすごく後悔した。こんなタイミングで敵が襲って来るなんて。油断していた。
だけどぼく自身もすぐに、当事者であることを思い知らされる。
「誰か来るよ。甲冑の音がする。四人くらいだ」
クルルの警告に、ぼくは身をこわばらせた。
敵の標的は、赤の姫、サキ。鍵の乙女を開く術者、ぼく。
そしてもう一人の鍵の乙女。
有言実行。さっきの大見得をこんなに早く実行することになろうとは。
ぼくはクルルに言ったのだ。
「大丈夫。きみは必ずぼくが守る」と。
窓から下を見る。
クルルの言うとおり、四人の戦士が塔に近づいてきた。
先頭の男は、「武人」という言葉がぴったりの偉丈夫だ。
これを相手に逃げ切れるのか?
とりあえず、ここは堅固な石造りの塔の上。鍵もかかっている。おいそれと入っては来られないだろう。そう思っていたのは、決して油断ではないと思う。
武人が剣を抜いた。でかい。キリエが持っていた剣よりひと回り、いやふた回り大きい。
「まさか堅い木の扉や石壁を斬ったりしないよね?」
ぼくと並んで下を眺めながら、クルルが不安そうに言う。いや、ぼくもそう願いたい。願いたいんだけど。
「うりゃあっ!」
気合一喝、武人が剣を斜めに振り上げた。
剣圧が衝撃波を生み、塔の屋根の一角を吹き飛ばした。
「きゃあっ!」
ぼくはとっさにクルルを抱きかかえてかばった。石かレンガか、大小の破片がばらばらと降り注ぐ。
「な……なにあれ? 人間なの?」
うん、ぼくも最初そう思った。
お前ら化け物か。
だけど、何回か経験するうちに(いやな経験だ)、何となくタネがわかってきた。
隣に魔術師らしき人物がいる。多分、剣に魔法を付与して強化しているのだろう。
しかしタネがわかったところで、手ごわいことに変わりはない。ましてこの剣士、剣だけでもものすごそうだ。
剣士は腰だめに剣を構えた。第二撃が来る。
「クルル。逃げるよ」
「え? どうやって?」
ぼくは来る時に使った縄を右手に巻き付けた。
気合とともに、剣士の第二撃。塔の根元を真っ正面からぶった斬り、石壁が爆裂して粉々に飛び散った。
大きく傾ぐ石の塔。
「うきゃあ! 倒れる倒れる!」
「つかまってろ!」
「え? え? きゃああああああっ!!」
左手でクルルの腰を抱きかかえ、ゆっくりと倒れゆく塔の窓から飛び降りた。
縄がぴんと張る。握りしめた右手の中を縄がこすれていく。
(いたいいたいいたいいたいいたい!!!!)
手のひらが皮どころか肉ごと持っていかれるような痛みだ。おかけで落下する勢いをだいぶ殺せたが、途中で縄がぷっつりと切れた。
「うげ!?」
地面に背中から落ちて息が詰まる。クルルはぼくの手を離れてひらりと着地した。さすが猫娘。
クルルはすっくと立ちあがったが、ぼくは立つ瀬がない。
それでもクルルに助け起こされる前に跳ね起きて、一緒に手近の藪の陰に駆け込む。
「はあっ。はあっ。び、びっくりしたあ。なんて無茶するのよ!」
「ごめんごめん」
形だけ謝ったけど、もう散々追い回されたせいか、無茶と思えない自分がこわい。
剣士たちは倒れた塔の中を探している。こっちが隠れているのはまだ見つかっていない。今のうちだ。
「クルル。逃げるよ。走れるね?……クルル?」
ひと息ついた、と思った。けれどクルルはまだ荒い息をしている。両手両ひざをついて苦しそうだ。
「どうしたの? どこか怪我した?」
「……いましめが……苦しい」
首輪を外そうと指を動かしている。
「塔が……囲いが破られたから、魔法が発動したみたい」
なんてこった。
幽閉場所、塔を破壊されてしまったから、脱走の意志ありと見なされてしまったのかも知れない。
クルルのいましめ、手枷足枷首枷が、逃亡を防ごうと彼女を締め上げている。
ぼくにはこの魔法は解除できない。
「どうすればいい? 楽になる方法はないの?」
そうは言いつつ、ぼくも手足に痛みを感じる。ぼくの方はだいぶ手抜きのようだが、本命の水の乙女はそう簡単に逃がすつもりはないらしい。
しかし魔法を無効化するのは無理としても、少しでも緩める方法はないのだろうか。
「多分……術者の近くにいれば、緩んでくれると思うよ」
術者。術を施した魔術師か。
ということは、村の中央、いや執政官のいる館に向かえばいいのか。
きっとそこに、司祭やお付きの魔術師も一緒にいるはず。
「わかった。行こう」
抱きかかえて走るのは、残念ながらぼくには無理だ。ぼくはクルルをおぶって、剣士たちに見つからないよう慎重に藪を離れた。
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