幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

文字の大きさ
26 / 59
第二章 水の鍵の乙女

剣士、魔術師、と魔法使い?

しおりを挟む

 既に騒ぎは誰の目にも明らかだった。

 中央の館にはかがり火が焚かれ、戦士たちが慌ただしく動き回る。
 だが誰も状況を把握しきれずにいた。

 ひとつは、侵入者の正体や目的がわからないこと。
 もうひとつは、戦いが二箇所で起こっていたこと。

 だから状況を承知していたのは、追われている当事者、ぼくとサキだけだったんじゃないかと思う。

 しかし、シエナの村の戦士たちも無為に時を過ごすことなく、敵を求めて散らばっていた。
 その一群と、ぼくは鉢合わせした。人数は十人ほどか。

「塔が壊された。生贄の姫はなんとか助け出したが、賊が迫っている。後を頼む」

 何か訊かれる前に早口でまくしたて、戦士たちを焚きつけた。
 現にぼくらを追って、例の屈強な剣士が迫ってきていた。

「おう。まかせろ」

 戦士たちは勇ましく駆け出した。
 だが、出会って十合とは保たなかった。
 武器が違いすぎた。敵は鍛造された鋼の刃。もしかするとミスリルとかオリハルコンとか、反則級の武器かも知れない。
 何より技量が違いすぎた。


 こいつに勝てるのか。


 いや。

 何度繰り返したかわからない、誓いを心の裡につぶやく。
 勝たねばならない。
 背中にいるこの娘のために。



+ + + + +


 館の敷地に飛び込んだ。奥の広間に駆け込む。

 一段高い所にいる執政官。生贄の娘のことは憶えていてくれたようだ。水色の髪に獣耳だから目立つ。
 だが普通の人と同じ服に着替えた異人のぼくのことは覚えていなかった。

「なにごとだ。一体何が起こっている?」
「贄の娘を狙って賊が襲ってきました。この娘を守らねばなりません」

 嘘は言っていない。ただ、ターゲットはクルルだけじゃない。
 とにかく門を固めよ、と執政官は怒鳴ったが、手勢の数はそれほど多くない。あの剛剣の使い手たちを相手に、防ぎきれるだろうか。

 門が閉ざされる寸前。

「きゃー! 待って待って!」

その隙間から風のように転がり込んできた影があった。

 サキだった。

「サキ!」
「遼太さん!」

 サキがぼくの胸に飛び込んでくる。その姿に、ぼくは目のやり場に困った。身に纏うものがなにもない姿。思わず顔が火照ってしまう。

「サキ、これ……早く着て」

 クルルを降ろし、手早く自分の上着を脱いでサキに渡す。見てない、見てないよ。サキの裸なんか見てないってば。

 自分の姿に気づいたサキは顔を赤らめながら、貫頭衣を被った。ちょっとぶかぶかで、襟首や脇から大事な所が見えそうだけど、見てないよ。見てないってば。

「誰に言い訳してるのさ?」
「うひゃあっ!?」

 後ろから耳もとに声をかけられて、ぼくは跳び上がった。

「クルル。おどかさないでよ」

 今夜一番心臓が縮み上がったかも知れない。大丈夫かぼくの心臓。大立ち回りはこれからなのに。

「で、何がどうなってるのさ?」
「キリエです」

 クルルの問いに、サキがぼくに言った。

 やっぱりか。
 むしろ当然、とぼくは思った。

「すごい魔術師を連れてます」
「こっちも世紀末覇者みたいな武人が追ってきてるよ」

 人数は少ないが、百戦錬磨の小隊みたいだ。
 こちらも総力を上げてかからないと、死ぬ。

「敵が来ます! とにかく、まずはみなさん奥へ下がってください」

 その場の全員に声をかけた。

「それから、魔術師さんいますか?」
「なんですか?」

 ローブ姿の魔術師は意外なことに女性だった。銀の髪の、まだ少女と言っていい年齢だろうか。どうだろう。使えるかな。
 ちょっと不安に思ったのはたしかだけど、それは顔に出さず、

「よかった。ご協力お願いします」
「え? え? でもアタシは司祭さま直属の魔法使いですし……」

 魔術師が戸惑いながらも反論を言いつのろうとした時だった。

 分厚い樫の扉に縦横の筋が瞬時に斬り込まれ、次の瞬間にはばらばらに砕け散った。

 悠然と現れたのは、甲冑姿の均整の取れた身体つきの騎士。
 両脇には、余裕すら感じさせる笑顔の魔術師。そして威圧感たっぷりの武人。
 さらに後ろにも幾人かの剣士、魔術師が控えている。総勢8人ほど。

「何者だ!? ゆえなくしてこの狼藉、無礼であろう!」

 声を張ったのは執政官の側に控える補佐官、テレヌスだった。
 誰何に対し、魔術師が前に進み出てにこやかに一礼する。

「これはこれは、失礼をいたしました。わたくしめはフラムと申します。アスガールという異郷の、つまらぬ魔術師にございます」

 サキが身をこわばらせてぼくの腕にしがみつく。
 人を食った態度だが、サキがこれほど警戒する相手だ。やっかいな相手に違いない。

「わたくしども、国に仇なす賊を追ってはるばるやってまいりました。賊どもの無駄な抵抗のせいで貴国の安寧をおびやかしてしまったこと、まことに慙愧の念に堪えませぬ」

 腰の低い態度で口上を述べる魔術師。
 巧妙にぼくらを悪者にしようとしている。

「お詫びのしようもございませんが、出来る限りの償いはいたしましょう。賊を捕らえさえすれば、退去するにやぶさかではございませぬ。そこな三名の賊」

 魔術師の鋭い眼光に射抜かれて、ぼくは息がつまった。
 なんて威圧感。やっぱりただものじゃない。

「黒髪の男女、そして獣人の娘をお渡しいただければ、早々に退散する所存。いかがでございましょう?」
「ふざけるな!」

 怒声を返したのは補佐官ではなく、司祭だった。

「この娘は我が国の神聖な生贄となる者だ。貴様らのような異端の者どもに渡せるものか!」

 いやあ、聖職者ってほんと、異端認定好きだよね。
 ぼくはちょっと呆れ返って、憤怒の塊と化している司祭を眺めた。

「身のほどを思い知らせてくれよう。神の鉄槌を下してくれるわ! ディベリア!」
「無理無理無理無理、無理ですよう、司祭さまあ」

 情けない声に、ぼくは腰が砕けそうになった。
 見ると、さっきの魔術師だ。ディベリアというのか、あの娘。
 今にも泣きそうな顔になっている。

「あんなすごい人たちに、アタシがかなうわけないじゃないですかあ」
「馬鹿者! きさま神のご加護を受けし魔導士ではないか!!」
「ただの魔法使いですよう。魔導士なんて全然力不足ですってばあ」
「大馬鹿者! 神の御前で宣誓しておきながら、きさま神を愚弄するか!!」
「あんな下駄はかせた宣誓の儀なんて、なしですよう。お願いですから勘弁してください」
「この痴れ者がっ!!!」

 なんか、かわいそうになってきた。
 大丈夫かな、あの娘。もう逃げた方がいいよ、ほんとに。


 と、魔術師フラムの隣の武人が一歩前に進み出た。

「我ら、国に仇なす不逞の賊を追ってまいった」

 身体つきに相応しいいかつい声だ。

「非礼の段は詫びよう。だが賊をかくまうというのであれば、我らとて引き下がるわけにはゆかぬ。荒事になるを承知のうえであろうな?」

 ただ語る声だけで充分な恫喝だ。こんなのと一対一で対峙したくない。もうしてるけど。
 そしておそらく、もう一回しなきゃならないけど。

「これこれ、ラガン。そんなに脅すものではありませんよ」

 魔術師フラムが穏やかな笑顔を向ける。

「みなさまと事を構えるつもりはございませぬ。わたくしどもも穏便に事をすませたいのです。ですが、これなるラガンの力はみなさまにもとくとご覧いただいたものと存じておりますが……」

 フラムは下から睨むように、言葉を切った。

 重苦しい沈黙。
 自称魔法使いのディベリアがしゃくりあげる声だけが聞こえる。

(まずいな……)


 司祭は怒り心頭だが、残念ながら手勢の残りも20名ほど、しかもラガンやキリエの技量を見てしまっている。とてもみな戦える状態ではなさそうだ。
 執政官や補佐官が、ぼくらを売り渡して事を済ませようという雰囲気になるのは、まずい。地元の人間まで敵に回すのはあまりに分が悪すぎる。

 なんとかしないと。頭を使え。今が踏ん張りどころだ。


 ぼくは前に進み出た。

「キリエ」

 腕組みしたまま黙して語らない甲冑の騎士に、ぼくは呼びかけた。

「この国の水のエレメントを奪ったのはおまえたちか?」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

処理中です...