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第二章 水の鍵の乙女
剣士、魔術師、と魔法使い?
しおりを挟む既に騒ぎは誰の目にも明らかだった。
中央の館にはかがり火が焚かれ、戦士たちが慌ただしく動き回る。
だが誰も状況を把握しきれずにいた。
ひとつは、侵入者の正体や目的がわからないこと。
もうひとつは、戦いが二箇所で起こっていたこと。
だから状況を承知していたのは、追われている当事者、ぼくとサキだけだったんじゃないかと思う。
しかし、シエナの村の戦士たちも無為に時を過ごすことなく、敵を求めて散らばっていた。
その一群と、ぼくは鉢合わせした。人数は十人ほどか。
「塔が壊された。生贄の姫はなんとか助け出したが、賊が迫っている。後を頼む」
何か訊かれる前に早口でまくしたて、戦士たちを焚きつけた。
現にぼくらを追って、例の屈強な剣士が迫ってきていた。
「おう。まかせろ」
戦士たちは勇ましく駆け出した。
だが、出会って十合とは保たなかった。
武器が違いすぎた。敵は鍛造された鋼の刃。もしかするとミスリルとかオリハルコンとか、反則級の武器かも知れない。
何より技量が違いすぎた。
こいつに勝てるのか。
いや。
何度繰り返したかわからない、誓いを心の裡につぶやく。
勝たねばならない。
背中にいるこの娘のために。
+ + + + +
館の敷地に飛び込んだ。奥の広間に駆け込む。
一段高い所にいる執政官。生贄の娘のことは憶えていてくれたようだ。水色の髪に獣耳だから目立つ。
だが普通の人と同じ服に着替えた異人のぼくのことは覚えていなかった。
「なにごとだ。一体何が起こっている?」
「贄の娘を狙って賊が襲ってきました。この娘を守らねばなりません」
嘘は言っていない。ただ、ターゲットはクルルだけじゃない。
とにかく門を固めよ、と執政官は怒鳴ったが、手勢の数はそれほど多くない。あの剛剣の使い手たちを相手に、防ぎきれるだろうか。
門が閉ざされる寸前。
「きゃー! 待って待って!」
その隙間から風のように転がり込んできた影があった。
サキだった。
「サキ!」
「遼太さん!」
サキがぼくの胸に飛び込んでくる。その姿に、ぼくは目のやり場に困った。身に纏うものがなにもない姿。思わず顔が火照ってしまう。
「サキ、これ……早く着て」
クルルを降ろし、手早く自分の上着を脱いでサキに渡す。見てない、見てないよ。サキの裸なんか見てないってば。
自分の姿に気づいたサキは顔を赤らめながら、貫頭衣を被った。ちょっとぶかぶかで、襟首や脇から大事な所が見えそうだけど、見てないよ。見てないってば。
「誰に言い訳してるのさ?」
「うひゃあっ!?」
後ろから耳もとに声をかけられて、ぼくは跳び上がった。
「クルル。おどかさないでよ」
今夜一番心臓が縮み上がったかも知れない。大丈夫かぼくの心臓。大立ち回りはこれからなのに。
「で、何がどうなってるのさ?」
「キリエです」
クルルの問いに、サキがぼくに言った。
やっぱりか。
むしろ当然、とぼくは思った。
「すごい魔術師を連れてます」
「こっちも世紀末覇者みたいな武人が追ってきてるよ」
人数は少ないが、百戦錬磨の小隊みたいだ。
こちらも総力を上げてかからないと、死ぬ。
「敵が来ます! とにかく、まずはみなさん奥へ下がってください」
その場の全員に声をかけた。
「それから、魔術師さんいますか?」
「なんですか?」
ローブ姿の魔術師は意外なことに女性だった。銀の髪の、まだ少女と言っていい年齢だろうか。どうだろう。使えるかな。
ちょっと不安に思ったのはたしかだけど、それは顔に出さず、
「よかった。ご協力お願いします」
「え? え? でもアタシは司祭さま直属の魔法使いですし……」
魔術師が戸惑いながらも反論を言いつのろうとした時だった。
分厚い樫の扉に縦横の筋が瞬時に斬り込まれ、次の瞬間にはばらばらに砕け散った。
悠然と現れたのは、甲冑姿の均整の取れた身体つきの騎士。
両脇には、余裕すら感じさせる笑顔の魔術師。そして威圧感たっぷりの武人。
さらに後ろにも幾人かの剣士、魔術師が控えている。総勢8人ほど。
「何者だ!? ゆえなくしてこの狼藉、無礼であろう!」
声を張ったのは執政官の側に控える補佐官、テレヌスだった。
誰何に対し、魔術師が前に進み出てにこやかに一礼する。
「これはこれは、失礼をいたしました。わたくしめはフラムと申します。アスガールという異郷の、つまらぬ魔術師にございます」
サキが身をこわばらせてぼくの腕にしがみつく。
人を食った態度だが、サキがこれほど警戒する相手だ。やっかいな相手に違いない。
「わたくしども、国に仇なす賊を追ってはるばるやってまいりました。賊どもの無駄な抵抗のせいで貴国の安寧をおびやかしてしまったこと、まことに慙愧の念に堪えませぬ」
腰の低い態度で口上を述べる魔術師。
巧妙にぼくらを悪者にしようとしている。
「お詫びのしようもございませんが、出来る限りの償いはいたしましょう。賊を捕らえさえすれば、退去するにやぶさかではございませぬ。そこな三名の賊」
魔術師の鋭い眼光に射抜かれて、ぼくは息がつまった。
なんて威圧感。やっぱりただものじゃない。
「黒髪の男女、そして獣人の娘をお渡しいただければ、早々に退散する所存。いかがでございましょう?」
「ふざけるな!」
怒声を返したのは補佐官ではなく、司祭だった。
「この娘は我が国の神聖な生贄となる者だ。貴様らのような異端の者どもに渡せるものか!」
いやあ、聖職者ってほんと、異端認定好きだよね。
ぼくはちょっと呆れ返って、憤怒の塊と化している司祭を眺めた。
「身のほどを思い知らせてくれよう。神の鉄槌を下してくれるわ! ディベリア!」
「無理無理無理無理、無理ですよう、司祭さまあ」
情けない声に、ぼくは腰が砕けそうになった。
見ると、さっきの魔術師だ。ディベリアというのか、あの娘。
今にも泣きそうな顔になっている。
「あんなすごい人たちに、アタシが敵うわけないじゃないですかあ」
「馬鹿者! きさま神のご加護を受けし魔導士ではないか!!」
「ただの魔法使いですよう。魔導士なんて全然力不足ですってばあ」
「大馬鹿者! 神の御前で宣誓しておきながら、きさま神を愚弄するか!!」
「あんな下駄はかせた宣誓の儀なんて、なしですよう。お願いですから勘弁してください」
「この痴れ者がっ!!!」
なんか、かわいそうになってきた。
大丈夫かな、あの娘。もう逃げた方がいいよ、ほんとに。
と、魔術師フラムの隣の武人が一歩前に進み出た。
「我ら、国に仇なす不逞の賊を追ってまいった」
身体つきに相応しいいかつい声だ。
「非礼の段は詫びよう。だが賊をかくまうというのであれば、我らとて引き下がるわけにはゆかぬ。荒事になるを承知のうえであろうな?」
ただ語る声だけで充分な恫喝だ。こんなのと一対一で対峙したくない。もうしてるけど。
そしておそらく、もう一回しなきゃならないけど。
「これこれ、ラガン。そんなに脅すものではありませんよ」
魔術師フラムが穏やかな笑顔を向ける。
「みなさまと事を構えるつもりはございませぬ。わたくしどもも穏便に事をすませたいのです。ですが、これなるラガンの力はみなさまにもとくとご覧いただいたものと存じておりますが……」
フラムは下から睨むように、言葉を切った。
重苦しい沈黙。
自称魔法使いのディベリアがしゃくりあげる声だけが聞こえる。
(まずいな……)
司祭は怒り心頭だが、残念ながら手勢の残りも20名ほど、しかもラガンやキリエの技量を見てしまっている。とてもみな戦える状態ではなさそうだ。
執政官や補佐官が、ぼくらを売り渡して事を済ませようという雰囲気になるのは、まずい。地元の人間まで敵に回すのはあまりに分が悪すぎる。
なんとかしないと。頭を使え。今が踏ん張りどころだ。
ぼくは前に進み出た。
「キリエ」
腕組みしたまま黙して語らない甲冑の騎士に、ぼくは呼びかけた。
「この国の水のエレメントを奪ったのはおまえたちか?」
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