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第三章 風の鍵の乙女
02.逃げて逃げて逃げて。
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「ちょっと止めてください」
サキが後ろから身を乗り出してきた。
どうした? 何かあった? トイレタイム?
「変な熱の動きが残っているです」
サキが前の方を見回しながら言った。
サキは熱や炎を操るだけでなく、それを感知することもできる。赤外線センサーのように、熱の移動や痕跡を感じることができるのだ。だから伏兵がいることも体温でわかるし、熱の痕跡で誰かがいたこともわかる。蛇みたいな能力だ。
「うん? どうかした?」
クルルも顔を出してきた。ふと気づいたように鼻をひくひくさせると、
「かすかだけど、なんだろう? 知らないにおい。ちょっとツンとくる」
顔をしかめる。さすが獣人。ぼくには何も感じないけど、わずかな違和感がわかるんだ?
サキは黙って、指先にほんの小さな火の玉を出すと、それを指で弾いて前に飛ばした。
火の玉はゆるゆると放物線を描いて飛んでいき、十メートルほど先の地面に落ちると、
どかん
もの凄い爆発を引き起こした。
「うひゃあっ!」
クルルは耳を押さえて縮こまり、馬は驚いて暴れ、ディベリアがあわててなだめにかかる。
「なんだ! 何ごとだ!」
司祭さままですっ飛んで来る。
前を見やると、もうもうと煙が上がっていた。
「……爆薬?」
「ですね」
どうやら爆薬が埋められていたらしい。気づかずに直進していたら、吹き飛ばされて間違いなくみんな死んでいただろう。
「よく気がついたね。サキ、えらいえらい」
「えへへ」
ぼくはサキの頭をなでてやった。照れるサキが可愛らしくて、思わずぎゅってしたくなる。
「あ、いいなあ。あたしも!」
「はいはい」
クルルの頭もなでてやり、ご満悦の少女ふたりと、じっとりと眺めてよこすディベリアの視線を受けながら、ぼくは辺りを見回した。
この世界に火薬はまだない。ということは。
「ディベリア。馬は大丈夫?」
「え? はい。なんとか落ち着きました」
「よし。じゃあ、逃げるよ」
「は?」
同時に、道の両側から喚声が上がった。
+ + + + +
左右それぞれ、十人くらいか。甲冑をまとった剣士たちが剣や槍を振りかざし、駆け寄ってくる。
「ディベリア、出して! クルル、あそこに水ぶっかけて!」
まだ煙をあげてくすぶっている箇所をぼくは指さした。
「わかった。滋味の水球!」
クルルが水の球を出現させてそこにぶちまけた。馬車がその上を走りすぎる。
(だけど、あの鎧は……)
ぼくは後ろを振り返った。
あの甲冑は、アスガールの剣士。しかも、格段に人数が多い。もう新手が追ってきたのか。
だけど、彼らは徒歩。このままなら逃げ切れるはずだ。
だが、安心するのはまだ早かった。
道の前方左側、切り立った岩山の上から、大岩がいくつも降ってきた。
あわててディベリアが手綱を引くが、馬車はそう簡単には止まらない。
「このっ! 打撃の氷柱!」
クルルが手をかざし、氷の柱を次々と岩にぶち当てる。岩は幾度も氷にぶつかって砕けていくが、破片までは止めきれない。
岩が石になり、その欠片が馬車に降り注ぐ寸前、ぼくは手をかざした。防御魔法が展開し、残る小石を弾いた。
馬車はなんとか無事にトラップを切り抜ける。何とかなった。同時にがくりと手をついたぼくに、サキが驚いて近寄る。
「遼太さん!?」
「大丈夫。まだ慣れてないから」
魔法を実戦で使ったのは初めてだ。だが使える。充分通用する。
けど、ものすごく体力をもっていかれるのがわかる。どのくらいまで使えるかわからないけど、多分あまりたくさんは使えない。
崖が途切れて視界が開けた。左は野原、右の向こうに森があって、その間を道が続いている。隠れるところはあまりないけど、このまま振り切れる。
そう思った矢先、通りすぎた崖のふもとが動いた。何人か、いや、十数人か。横に展開して手にしているのは弓。
まずい、飛び道具だ。
十数本の矢が飛んでくる。
「あぶない! 頭下げて!」
叫ぶぼくの頭上や脇を、幾本もの矢が掠め飛んでいった。みんなあわてて、荷台の上で伏せる。
だけど馬を操るディベリアはむき出しの馭者台の上だ。どうする? 守れるか?
ぼくはディベリアにおおいかぶさるようにして、頭だけ下げた。ひゅん!と風切り音が耳もとで鳴って、心臓が縮こまる。生きた心地がしなかった。飛んでくる矢なんて、ぼくの目で追い切れるわけがない。
「!」
一本がぼくの左腕に刺さった。
「いたいいたいいたい!」
焼け串を刺されるって、こういう痛み?
いやそんなことを言っている場合ではなくて、痛い。すごく痛い。
「遼太さん!」「リョウタ!」
同時にぼくに近寄るサキとクルル。次の瞬間、サキが弓の部隊をきっと睨んだ。
「遼太さんに何をする!!」
言うなりサキは飛び降りた。瞬時に戦乙女となった赤の姫。眼には紅い怒りが宿り、髪は逆立って紅に燃え立っている。
「サキ! だめだ!」
ぼくが止めるのも聞かず、サキは走りながら叫ぶ。「業火の炎弾!」
あっという間に数人が炎の指弾に射抜かれ、倒れる。
そして敵陣に躍り込んだサキは、指を突きつける。
「灰燼に帰せ!」
さらに数人が、炎も上げずにまっ黒焦げになり、崩折れた。
「遼太さんをいじめる人は、このわたしが許しません!」
荒ぶる火の鍵の乙女。
ああ、キレちゃった。
かわいそうに……弓兵。ぼくに矢を当てたばっかりに。みなごろしかな。
だけど残念ながら、敵を気遣っている余裕はなかった。
「ディベリア。そっちに行っちゃだめだ。道を逸れないで」
「えっ?」
左から射掛けてきたということは、右に追い込もうとしている可能性が高い。その先にあるのは森。待ち伏せにはもってこいの地形だ。
果たして、右手の森を通り過ぎると剣士がわらわらと飛び出してきた。幸い馬車とは距離があって届かない。
(よし!)
伏兵は看破した。剣士たちと見る見る距離が開き始める。これで振り切れる。
と思った瞬間、馬車が激しく跳ねた。
「きゃあっ!」
ディベリアが馭者台から放り出されて吹っ飛んでいく。手を伸ばすまでもなく、ぼくも一緒に飛ばされていた。
かっこよく着地なんてとても無理。なんとかディベリアを抱え込んだ。背中から地面に落っこちて息が詰まる。
「いたたた……」と、ディベリアがうめいた。けれど怪我はしていないようだ。
「ディベリア、無事か? 何があった?」
「はい、大丈夫ですう。道に石を置かれてました。乗り上げて跳ね飛ばされましたあ」
まだ仕掛けがあったのか。
起き上がる間に前後から敵が迫って来る。このままでは囲まれてしまう。
「大丈夫。あたしにまかせて」
その前に立ちはだかったのは、クルルだった。
さっそうと、とはいかず、頭を押さえている。
「さっきは痛かったあ。だけど」
水色の髪の上で、猫耳が怒りに震えている。
「リョウタにあだなす者は、このあたしが許さないよ!」
一気に髪が濃い青に染まる。
「酷薄の氷槍!」
空中に浮きあがる氷の槍。鋭くとがった透明な凶器を敵に向かって次々と撃ち出す。打ち倒される正面の敵。
「苛烈の水輪!」
両手を左右に突き出す。手のひらの先に高速回転する水の円盤が現れ、左右の敵をなぎ倒していく。
ただの水も、青の姫の手にかかれば凶悪な武器になる。走りながら、目に入る敵を当たるをさいわい次々と打ち倒す。接近した敵の一団にクルルも飛び込んで格闘になる。
跳び、蹴り、水と氷で叩き伏せる。さすがは獣人、身体能力も半端ないし魔法との連携も絶妙だ。だけど。
「だめだクルル! 離れるな!」
敵をまとめて引きつけて、馬車との距離が開いていく。
いつもなら耳のいいクルルも、熱くなっていてぼくの声が届かない。
戦況に流されて味方が分断されてしまった。手痛いミスだ。
サキとクルルは心配ない。それぞれ無類の戦乙女だ。相手が大軍勢であろうと負けるはずがない。
だが残ったぼくらはひ弱な非戦闘員にすぎなかった。ここで下手を打ってほくらが二人の足手まといになってしまっては、悔やんでも悔やみきれない。せめて自分たちの身は自分たちでなんとかしないと。
「仕方ない。いったん森に逃げ込もう。ディベリア」
「いいんですかあ?」
「ああ、もう森に敵はいないはず。大丈夫だ」
追っ手が残っているが、今こちらに関心を払っている者は少ない。いったん馬車を捨てて、ディベリアと司祭さまを森に向かわせる。せめて二人の姫の邪魔にならないように。
どうやって合流するかは、また考えるしかない。
サキが後ろから身を乗り出してきた。
どうした? 何かあった? トイレタイム?
「変な熱の動きが残っているです」
サキが前の方を見回しながら言った。
サキは熱や炎を操るだけでなく、それを感知することもできる。赤外線センサーのように、熱の移動や痕跡を感じることができるのだ。だから伏兵がいることも体温でわかるし、熱の痕跡で誰かがいたこともわかる。蛇みたいな能力だ。
「うん? どうかした?」
クルルも顔を出してきた。ふと気づいたように鼻をひくひくさせると、
「かすかだけど、なんだろう? 知らないにおい。ちょっとツンとくる」
顔をしかめる。さすが獣人。ぼくには何も感じないけど、わずかな違和感がわかるんだ?
サキは黙って、指先にほんの小さな火の玉を出すと、それを指で弾いて前に飛ばした。
火の玉はゆるゆると放物線を描いて飛んでいき、十メートルほど先の地面に落ちると、
どかん
もの凄い爆発を引き起こした。
「うひゃあっ!」
クルルは耳を押さえて縮こまり、馬は驚いて暴れ、ディベリアがあわててなだめにかかる。
「なんだ! 何ごとだ!」
司祭さままですっ飛んで来る。
前を見やると、もうもうと煙が上がっていた。
「……爆薬?」
「ですね」
どうやら爆薬が埋められていたらしい。気づかずに直進していたら、吹き飛ばされて間違いなくみんな死んでいただろう。
「よく気がついたね。サキ、えらいえらい」
「えへへ」
ぼくはサキの頭をなでてやった。照れるサキが可愛らしくて、思わずぎゅってしたくなる。
「あ、いいなあ。あたしも!」
「はいはい」
クルルの頭もなでてやり、ご満悦の少女ふたりと、じっとりと眺めてよこすディベリアの視線を受けながら、ぼくは辺りを見回した。
この世界に火薬はまだない。ということは。
「ディベリア。馬は大丈夫?」
「え? はい。なんとか落ち着きました」
「よし。じゃあ、逃げるよ」
「は?」
同時に、道の両側から喚声が上がった。
+ + + + +
左右それぞれ、十人くらいか。甲冑をまとった剣士たちが剣や槍を振りかざし、駆け寄ってくる。
「ディベリア、出して! クルル、あそこに水ぶっかけて!」
まだ煙をあげてくすぶっている箇所をぼくは指さした。
「わかった。滋味の水球!」
クルルが水の球を出現させてそこにぶちまけた。馬車がその上を走りすぎる。
(だけど、あの鎧は……)
ぼくは後ろを振り返った。
あの甲冑は、アスガールの剣士。しかも、格段に人数が多い。もう新手が追ってきたのか。
だけど、彼らは徒歩。このままなら逃げ切れるはずだ。
だが、安心するのはまだ早かった。
道の前方左側、切り立った岩山の上から、大岩がいくつも降ってきた。
あわててディベリアが手綱を引くが、馬車はそう簡単には止まらない。
「このっ! 打撃の氷柱!」
クルルが手をかざし、氷の柱を次々と岩にぶち当てる。岩は幾度も氷にぶつかって砕けていくが、破片までは止めきれない。
岩が石になり、その欠片が馬車に降り注ぐ寸前、ぼくは手をかざした。防御魔法が展開し、残る小石を弾いた。
馬車はなんとか無事にトラップを切り抜ける。何とかなった。同時にがくりと手をついたぼくに、サキが驚いて近寄る。
「遼太さん!?」
「大丈夫。まだ慣れてないから」
魔法を実戦で使ったのは初めてだ。だが使える。充分通用する。
けど、ものすごく体力をもっていかれるのがわかる。どのくらいまで使えるかわからないけど、多分あまりたくさんは使えない。
崖が途切れて視界が開けた。左は野原、右の向こうに森があって、その間を道が続いている。隠れるところはあまりないけど、このまま振り切れる。
そう思った矢先、通りすぎた崖のふもとが動いた。何人か、いや、十数人か。横に展開して手にしているのは弓。
まずい、飛び道具だ。
十数本の矢が飛んでくる。
「あぶない! 頭下げて!」
叫ぶぼくの頭上や脇を、幾本もの矢が掠め飛んでいった。みんなあわてて、荷台の上で伏せる。
だけど馬を操るディベリアはむき出しの馭者台の上だ。どうする? 守れるか?
ぼくはディベリアにおおいかぶさるようにして、頭だけ下げた。ひゅん!と風切り音が耳もとで鳴って、心臓が縮こまる。生きた心地がしなかった。飛んでくる矢なんて、ぼくの目で追い切れるわけがない。
「!」
一本がぼくの左腕に刺さった。
「いたいいたいいたい!」
焼け串を刺されるって、こういう痛み?
いやそんなことを言っている場合ではなくて、痛い。すごく痛い。
「遼太さん!」「リョウタ!」
同時にぼくに近寄るサキとクルル。次の瞬間、サキが弓の部隊をきっと睨んだ。
「遼太さんに何をする!!」
言うなりサキは飛び降りた。瞬時に戦乙女となった赤の姫。眼には紅い怒りが宿り、髪は逆立って紅に燃え立っている。
「サキ! だめだ!」
ぼくが止めるのも聞かず、サキは走りながら叫ぶ。「業火の炎弾!」
あっという間に数人が炎の指弾に射抜かれ、倒れる。
そして敵陣に躍り込んだサキは、指を突きつける。
「灰燼に帰せ!」
さらに数人が、炎も上げずにまっ黒焦げになり、崩折れた。
「遼太さんをいじめる人は、このわたしが許しません!」
荒ぶる火の鍵の乙女。
ああ、キレちゃった。
かわいそうに……弓兵。ぼくに矢を当てたばっかりに。みなごろしかな。
だけど残念ながら、敵を気遣っている余裕はなかった。
「ディベリア。そっちに行っちゃだめだ。道を逸れないで」
「えっ?」
左から射掛けてきたということは、右に追い込もうとしている可能性が高い。その先にあるのは森。待ち伏せにはもってこいの地形だ。
果たして、右手の森を通り過ぎると剣士がわらわらと飛び出してきた。幸い馬車とは距離があって届かない。
(よし!)
伏兵は看破した。剣士たちと見る見る距離が開き始める。これで振り切れる。
と思った瞬間、馬車が激しく跳ねた。
「きゃあっ!」
ディベリアが馭者台から放り出されて吹っ飛んでいく。手を伸ばすまでもなく、ぼくも一緒に飛ばされていた。
かっこよく着地なんてとても無理。なんとかディベリアを抱え込んだ。背中から地面に落っこちて息が詰まる。
「いたたた……」と、ディベリアがうめいた。けれど怪我はしていないようだ。
「ディベリア、無事か? 何があった?」
「はい、大丈夫ですう。道に石を置かれてました。乗り上げて跳ね飛ばされましたあ」
まだ仕掛けがあったのか。
起き上がる間に前後から敵が迫って来る。このままでは囲まれてしまう。
「大丈夫。あたしにまかせて」
その前に立ちはだかったのは、クルルだった。
さっそうと、とはいかず、頭を押さえている。
「さっきは痛かったあ。だけど」
水色の髪の上で、猫耳が怒りに震えている。
「リョウタにあだなす者は、このあたしが許さないよ!」
一気に髪が濃い青に染まる。
「酷薄の氷槍!」
空中に浮きあがる氷の槍。鋭くとがった透明な凶器を敵に向かって次々と撃ち出す。打ち倒される正面の敵。
「苛烈の水輪!」
両手を左右に突き出す。手のひらの先に高速回転する水の円盤が現れ、左右の敵をなぎ倒していく。
ただの水も、青の姫の手にかかれば凶悪な武器になる。走りながら、目に入る敵を当たるをさいわい次々と打ち倒す。接近した敵の一団にクルルも飛び込んで格闘になる。
跳び、蹴り、水と氷で叩き伏せる。さすがは獣人、身体能力も半端ないし魔法との連携も絶妙だ。だけど。
「だめだクルル! 離れるな!」
敵をまとめて引きつけて、馬車との距離が開いていく。
いつもなら耳のいいクルルも、熱くなっていてぼくの声が届かない。
戦況に流されて味方が分断されてしまった。手痛いミスだ。
サキとクルルは心配ない。それぞれ無類の戦乙女だ。相手が大軍勢であろうと負けるはずがない。
だが残ったぼくらはひ弱な非戦闘員にすぎなかった。ここで下手を打ってほくらが二人の足手まといになってしまっては、悔やんでも悔やみきれない。せめて自分たちの身は自分たちでなんとかしないと。
「仕方ない。いったん森に逃げ込もう。ディベリア」
「いいんですかあ?」
「ああ、もう森に敵はいないはず。大丈夫だ」
追っ手が残っているが、今こちらに関心を払っている者は少ない。いったん馬車を捨てて、ディベリアと司祭さまを森に向かわせる。せめて二人の姫の邪魔にならないように。
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