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第三章 風の鍵の乙女
03.ろくでもない退避先。
しおりを挟む追っ手は少ないがゼロではない。
森の中を走りながら、ぼくは幻惑魔法を使ってみることにした。自分たちの姿を隠すことができれば、敵をやりすごせるかも知れない。
魔法を発動しながら、脇へよける。少し離れて身を伏せながら、敵から身を隠す。同時に、近くにいた野うさぎに足音をくくりつけ、追い立てた。
うさぎが逃げていくと、がさがさという葉擦れの音が複数、うさぎについていった。これで追っ手には、ぼくたちがまっすぐ森の中を逃げていくように聞こえるはずだ。
狙い通り、剣士たちはその音を頼りにうさぎを追いかけていく。よし。うまくいった。
念のため息を殺してしばらくその場で様子を見る。追っ手は気づかずに離れていくようだ。
「ふう。寿命が縮みましたあ」
ディベリアが大きく息をついて、ぺたりと座り込んだ。ああ、今ぼくも息をつこうと思ってたのに。なにか横取りされた気分だ。
「どうかしましたかあ?」
「……いや。念のために、もう少し奥に隠れよう」
脇道を奥へと進んでいく。まだ魔法を維持しているから、万が一敵兵に遭遇しても見つからないとは思うが、それでもどきどきを押さえ切れない。
用心しながら森の中を進んだ。ぼくはしんがり、先頭はディベリアだ。
樹々の密度がだんだん濃くなり、ついには斜面が盛り上がってゆく手をふさがれた。その脇に、ぽっかりと穴が開いた空間があった。洞窟のようだ。中はよく見えないが、これなら一時的に身を隠すにはいいかも知れない。
その穴の前でぼくは、肩の上の鴉を放った。
「サキとクルルを呼んできてくれ」
鴉はひと声鳴くと、ぼくの肩から飛び立っていった。さて。
「ディベリア」
「なんですかあ?」
「ひとつだけ、甘えていいかな?」
「な、なんでしょう?」
「……手当して」
ぼくの左腕には、まだ矢が突き立ったままだった。これ、けっこう痛いんだけど。
いくら敵に追われていたとはいえ、誰か少しはぼくの心配してくれてもいいじゃないか。心の中でぼくは愚痴った。みんな大変なのは承知しているが、文句のひとつも口に出しておかなければやっていられない、そんな心境だった。
ディベリアがあわてて矢に飛びつく。
「痛い痛い痛い! 動かさないでよ」
「でもそれじゃ、矢が抜けませんよう」
仕方がない。目をつぶって、歯を食いしばって矢を抜いてもらった。
「……くう」
小さい鏃でよかった。文字通りの矢印型だったら、腕の肉がぐちゃぐちゃになるところだった。
血が止まるくらいまで、治癒魔法を施してもらう。ディベリアはあまり得意じゃないみたいだ。けっこう時間がかかった。けれど今はサキとクルルを待っているだけなので、急ぐわけでもない。
「ありがと。助かったよ」
実はまだ痛いんだけど、せっかく治療してくれたんだから、お礼は言っとかないとね。
だがなぜか、ディベリアはずいぶんと照れて赤くなっていた。
「人にお礼を言ってもらえたのなんて、初めてですよう……」
そうなのか。当たり前に感謝しただけなんだけど。
「アタシ、ぐずだからいつも怒られてばかりで……リョウタどのは優しいですね。女たらしだからなんですか?」
ぴしっ。
「いったーい。殴ったあ」
「うるさい」
ただのデコピンだろ。
ちょっとでも感謝しようと思った自分がバカだった。
ディベリアはやっぱりディベリアだった。
+ + + + +
草を踏み分ける足音がする。
「サキ! クルル!」
「遼太さん!」「リョウタ!」
よかった。ふたりとも無事みたいだ。
駆け寄ってくるふたりの頭を、ぼくは両手でなでた。怪我はしていないようだ。
「外の様子は?」
「大丈夫。あたしとサキで、きっちり片づけたよ」
直接見てはいない。が、
さすがは鍵の乙女たち。一時は分断されてひやひやしたけど、あれほどの戦力相手でも何の問題もないみたいだ。
「ふたりともよく頑張ってくれたね。えらいえらい」
「えへへ」「ふふふ」
ぼくは両手でふたりの頭をなでた。ふたりとも嬉しそうだ。その笑顔を見ていると、ぼくまで嬉しくなってくる。
「だけど、あまり離れないよう気をつけて。孤立したら助けられないからね」
「うん。わかった」「はい、気をつけます」
取り敢えず、森の外に出ても大丈夫なようだ。討ちもらしが幾らかいるだろうが、多分大事になるほどじゃない。
「怪我は大丈夫ですか?」
「うん、ディベリアに治療してもらったよ。ディベリア!」
サキの問いに答えてから、ぼくは穴の中に呼びかけた。王都まではもうすぐだ。そこまで行ってしまえば、敵とておいそれと手は出せまい。
「……ディベリア?」
返事はない。ぼくは穴の方をのぞきこんだ。何かあったのか?
すぐ近くにいたはずなのに。
「ディベリア! 司祭さま!」
ぼくは用心しながら、穴の中に入った。サキとクルルも続く。
外の光はすぐに届かなくなり、真っ暗で足もとすら見えなくなった。サキが唇に指を当ててからさっと振ると、火の玉が飛び出して前方の宙に浮いた。少し様子が見えるようになったが、それでも周りは暗い。ぼくら三人は、しっかりと手をつないでいた。
「ディベリア! どうしたんだ!?」
やはり返事はない。何か不慮の事故にでも遭ったのか? 辺りは普通の岩肌で特に変わったところは見つからない。
三人で奥へと進んでいく。見つからない。ぼくは判断に困った。状況がよくわからない。怖がればいいのか。怒ればいいのか。
この穴は意外と深いようだった。ふと、「魔の森」という言葉が浮かんだ。あるいはここは、そういった人智を超えたパワースポットなのだろうか。
「不思議なところだね。どこにつながってるんだろう?」
クルルがぼくの心中を代弁するかのように、口に出して言った。そう、どこかにつながっていそうな気がする。一方で、どこにもつながらない地下迷宮(ダンジョン)をうろうろしている気もする。迷子になる前に、いったん戻った方がいいかも知れない。
だがディベリアと司祭さまは、いったいどこへ?
「あっ、明かりが見えるです!」
サキが小さく叫んだ。前方に小さな白い点が見える。
近づいていくと、だんだん大きくなっていく。どうやら出口にたどり着いたらしい。
すると二人はここまで先にたどり着いたのか?
外に出た。
「出たーっ!」
真っ先に飛び出したクルルが両手を挙げたまま、固まっている。
「やっぱり……」
ぼくは声に出して言った。
サキが回りをぐるりと見回す。
ぼくらが出た場所は、ちょっとした丘の上だった。丘はなだらかに下って、その先に街がある。大きな街並みだ。
「念のために訊くけど、クルル」
ぼくは固まったままのクルルに言葉をかけた。
「ここ、絶対アンカスター国じゃないよね?」
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