幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

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第三章 風の鍵の乙女

05.そして魔女裁判破り。

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 広場には柱が立てられ、その上に高々と、サキが縛り付けられている。
 サキのその姿を見て、不覚にもぼくは胸が高鳴ってしまった。美少女のこういう姿は萌え……いやなに、可愛い娘はどんなときでも絵になるものだ。
 その「絵になる」さまを一目見ようと、無数の群衆が取り囲んでいた。なにしろ「美しい魔女の処刑」である。そりゃあ誰しも興味をそそられるだろう。

 サキの足もとに薪や柴が組み上げられていく。サキは平然と待っている。
 やがて異端審問官による宣告がなされ、柴に火がつけられ、もうもうと煙が上がり始める。

「けほけほ」

 サキが咳込んでいる。火刑、火あぶりというのは火によって浄化するという象徴的な意味合いが強い。火は勢いよく燃えるようになるまで時間がかかる。受刑者は火に焼かれる前に、大量の煙によって窒息死してしまう方が多い。

「こんなの、うっとうしいのです!」

 サキが言うなり、足もとから炎が吹き上がり、柱の根元から先端まで巨大な火の玉が覆い尽くした。
 驚いて悲鳴を上げる群衆。炎は一瞬で消えた。燃えるものは全て燃え尽きて、何も残っていない。

 息を呑む群衆の前に、縛めを焼き切ったサキが降り立つ。腰に手を当てて傲然と立つ姿に、群衆は声も出ない。

「はい。浄化はおしまいなのです。お気に召しましたか?」

 半分は怒りで真っ赤な顔、半分は恐怖で青ざめた顔をしている異端審問官たち。いちように共通しているのは、憤怒だった。自分の権力を、それを上回る力で否定された。これほどの屈辱はないだろう。



 + + + + +


 一方、すぐそばの泉では、クルルが今にも水に沈められようとしていた。
 足首には重りが結びつけてある。普通なら確実に沈んで浮かんでこられない。事実上、極刑だ。

 普通ならば。


 異端審問官の宣告を聞いている間も、クルルは余裕の表情だった。泉の上に吊り下げられた棹から切り離され、大きな水音と共にクルルが泉に落ちる。取り囲んだ群衆から大きな声が上がった。

 水に落ちる瞬間、クルルが水球で自分を囲んだのを、ぼくは見ていた。自分のまわりを大きな気泡で囲んでいるから、三十分やそこらは水底でも問題ない。

 大きな波紋が収まっていく。そして静寂。
 普通の人間なら、とうにおぼれている。浮かび上がってくる気配はないのを察して、異端審問官に安堵と満足の表情が広がった。

「そろそろいいだろう。引き上げろ!」

 その宣言を聞いていたのだろう。水を通じて。
 彼女は水を自在に操れるのだから。

 静かな水面はやがて震え始め、揺れ始め、大きく跳ね始め、そして音を立てて大量の水が跳ね上がり、飛び散った。

 群衆から悲鳴があがる。まき散らされた水で群衆はぬれねずみになり、右往左往している。
 泉の中央では、望楼のように盛り上がった透明な台の上で、クルルが挑発的な眼をして立っていた。

「水に浮いたら魔女、だったよね? 水の上だとどうなの?」

 またも憤懣やるかたない異端審問官たち。そもそも神聖であるべき魔女裁判の刑の執行に逆らう者などいるはずがない。思うさま権威を振りかざしていただろうに、今回は一介の異邦人にまんまと恥をかかされてしまった。しかも相手は本物の魔女。祝詞くらいじゃ歯が立たないのがわかるだけに、よけい悔しいだろう。


 ぼくは広場に立つふたりの少女に歩み寄り、真ん中に立ってふたりの肩に手を置いた。
 ほんとは「よくやった」と今すぐにでも頭をなでてやりたいところだけど、それは我慢する。これから大見得を切らなきゃならない。
 息を呑んで見守る群衆にも聞こえるよう、ぼくは声を張り上げた。

「いかがですか? このふたりは正真正銘の『魔女』です。力のほどは見ての通りですが、まだ試し足りないですか? もう少し力較べをしたいという者はいますか?」

 どうなることかと成り行きを見守っている群衆と、真っ赤な顔をして悔しさに耐えている審問官を見回す。
 自分の優位を確信している相手をやり込めるのは、実に気分がいい。サキとクルルをたっぷり褒めてやりたい。

 だけどそれだけでは、今後に差し障りがある。ぼくらはまだこの世界に頼って生きていかなくてはならない。ゆえに妥協案を提示する。

「ですが、ぼくらはあなた方と争うつもりはありません。あなた方の神に逆らうこともしません。ただ少しの居場所をもらえればそれで充分です。ぼくらはあなた方に干渉しない。あなた方もぼくらに干渉しない。どうですか?」

 前回は失敗したから、少し具体的な条件を出した。これで少しは相手の意思決定を誘導できるはず。あとは審問官と、教会のメンツが立つかどうかだけだ。うまく折り合いがつくといいのだが。



 + + + + +


 街からほど近い郊外。
 ぼくらは荷車で、モリガン子爵の領地に移送されているところだ。
 街から山を隔てた、海に面した小さな集落。本当に小さい。さびれている、と言ってもいいくらいだ。

 いちおう教会の面子として、あくまで咎人を教会管轄下に隔離する、という建前なのだが、どうにも手に負えない問題をさっさと厄介払いしたいのが丸わかりだった。もちろんぼくには、それでまったく異存はない。

 そんなわけでぼくらはモリガン子爵の預かりとなり、「教会の厳重な管理のもと、監察と矯正を行う対象」とされた。つまりはその子爵さまのご厄介になるということだ。

「うわあ、海! 海だあ! すごいなあ!」

 クルルが夢中になって海を眺めている。内陸暮らしのクルルは、海を見るのが初めてらしい。

「潮の香りがしますねえ」

 ぼくもサキも、海を見たことはもちろんあるが、日常的に触れているわけではないので、やっぱり珍しいし、わくわくする。とは言え、遠目には青い海も、やはり少し汚れている感じがした。
 ここは郊外。都会よりは水も空気も少しはましな気がするが、それでも空気の汚れは感じるし、人が暮らす環境としては、あまりよいとは言えない。

 やがてお屋敷に到着し、ぼくらは館の主人の前に引き出された。

 ジュリ・イングラミティア・モリガン子爵。年齢は四十代後半か五十代といったところだろうか。
 年相応の肉付きだと思う。今まで見た感じでは西欧のアングロサクソンに近い民族のようなので、その基準からすれば背丈や体格はほぼ標準と言えた。つまりは、あまり個性的ではない。

 性格は温厚そうだった。ぼくらに敵対的でもなく、見下すような態度でもなかった。その点はとてもありがたい。どのくらいの付き合いになるか分からないが、人間関係は円満なのに越したことはない。

「魔女をふたりも連れた魔導士というからどんな妖しい人物かと思ったが、おとなしそうなのでほっとしたよ。正直に言うと当家は女ばかりなのでね。荒事には向かないのさ」

 貴族のわりに気さくな方だ。当主のほか家族は夫人と娘たちばかりらしい。

「私の方でも特に何かを強制することはない。何もないところだが、くつろぐといい」
「お世話になります」

 ぼくは頭をさげ、サキとクルルもそれに倣った。


 そこそこ広い屋敷だが、ぼくらは本館ではなく、離れに居場所を与えられた。当然と言えば当然で、牢には入っていなくてもぼくらは虜囚だ。さすがに家族と同じ居館に置いてはくれないだろう。
 それでも離れは二階建ての小奇麗な石造りの建物で、部屋は六つほど。充分すぎる広さだ。これで食事付きとは、涙が出るほどの厚いもてなしだ。

 とりあえず一階の広間に、ぼくらは陣取った。広いソファに座ってひと息。久しぶりに緊張を解いたぼくの両脇には、サキとクルル。いつもの形だ。

「ああ、やっと人心地がついた」

 ぼくがため息まじりに言うと、両脇のふたりが嬉しそうに擦り寄る。
 猫のようにじゃれついたクルルが、ぼそりと答えた。

「うん。でもあの子爵さまは気をつけた方がいいかな」
「?」
「あの人、血のにおいがする」

 ぼくの身体に緊張が走ったのを見て、クルルがあわてて手を振る。

「いや、そんな今すぐあたしたちをどうこうするとか、そんな感じじゃないんだ。ただ、なんというかな、そういう気配がするんだよ」

 なんとなく言いたいことはわかった。人は見かけによらないということか。
 こんな頼りなげなぼくでも、幾度も生命の危機を乗り越えてきた。あの人、モリガン子爵もまた、修羅場に生きる人なのかもしれない。



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