40 / 59
第三章 風の鍵の乙女
05.そして魔女裁判破り。
しおりを挟む広場には柱が立てられ、その上に高々と、サキが縛り付けられている。
サキのその姿を見て、不覚にもぼくは胸が高鳴ってしまった。美少女のこういう姿は萌え……いやなに、可愛い娘はどんなときでも絵になるものだ。
その「絵になる」さまを一目見ようと、無数の群衆が取り囲んでいた。なにしろ「美しい魔女の処刑」である。そりゃあ誰しも興味をそそられるだろう。
サキの足もとに薪や柴が組み上げられていく。サキは平然と待っている。
やがて異端審問官による宣告がなされ、柴に火がつけられ、もうもうと煙が上がり始める。
「けほけほ」
サキが咳込んでいる。火刑、火あぶりというのは火によって浄化するという象徴的な意味合いが強い。火は勢いよく燃えるようになるまで時間がかかる。受刑者は火に焼かれる前に、大量の煙によって窒息死してしまう方が多い。
「こんなの、うっとうしいのです!」
サキが言うなり、足もとから炎が吹き上がり、柱の根元から先端まで巨大な火の玉が覆い尽くした。
驚いて悲鳴を上げる群衆。炎は一瞬で消えた。燃えるものは全て燃え尽きて、何も残っていない。
息を呑む群衆の前に、縛めを焼き切ったサキが降り立つ。腰に手を当てて傲然と立つ姿に、群衆は声も出ない。
「はい。浄化はおしまいなのです。お気に召しましたか?」
半分は怒りで真っ赤な顔、半分は恐怖で青ざめた顔をしている異端審問官たち。いちように共通しているのは、憤怒だった。自分の権力を、それを上回る力で否定された。これほどの屈辱はないだろう。
+ + + + +
一方、すぐそばの泉では、クルルが今にも水に沈められようとしていた。
足首には重りが結びつけてある。普通なら確実に沈んで浮かんでこられない。事実上、極刑だ。
普通ならば。
異端審問官の宣告を聞いている間も、クルルは余裕の表情だった。泉の上に吊り下げられた棹から切り離され、大きな水音と共にクルルが泉に落ちる。取り囲んだ群衆から大きな声が上がった。
水に落ちる瞬間、クルルが水球で自分を囲んだのを、ぼくは見ていた。自分のまわりを大きな気泡で囲んでいるから、三十分やそこらは水底でも問題ない。
大きな波紋が収まっていく。そして静寂。
普通の人間なら、とうにおぼれている。浮かび上がってくる気配はないのを察して、異端審問官に安堵と満足の表情が広がった。
「そろそろいいだろう。引き上げろ!」
その宣言を聞いていたのだろう。水を通じて。
彼女は水を自在に操れるのだから。
静かな水面はやがて震え始め、揺れ始め、大きく跳ね始め、そして音を立てて大量の水が跳ね上がり、飛び散った。
群衆から悲鳴があがる。まき散らされた水で群衆はぬれねずみになり、右往左往している。
泉の中央では、望楼のように盛り上がった透明な台の上で、クルルが挑発的な眼をして立っていた。
「水に浮いたら魔女、だったよね? 水の上だとどうなの?」
またも憤懣やるかたない異端審問官たち。そもそも神聖であるべき魔女裁判の刑の執行に逆らう者などいるはずがない。思うさま権威を振りかざしていただろうに、今回は一介の異邦人にまんまと恥をかかされてしまった。しかも相手は本物の魔女。祝詞くらいじゃ歯が立たないのがわかるだけに、よけい悔しいだろう。
ぼくは広場に立つふたりの少女に歩み寄り、真ん中に立ってふたりの肩に手を置いた。
ほんとは「よくやった」と今すぐにでも頭をなでてやりたいところだけど、それは我慢する。これから大見得を切らなきゃならない。
息を呑んで見守る群衆にも聞こえるよう、ぼくは声を張り上げた。
「いかがですか? このふたりは正真正銘の『魔女』です。力のほどは見ての通りですが、まだ試し足りないですか? もう少し力較べをしたいという者はいますか?」
どうなることかと成り行きを見守っている群衆と、真っ赤な顔をして悔しさに耐えている審問官を見回す。
自分の優位を確信している相手をやり込めるのは、実に気分がいい。サキとクルルをたっぷり褒めてやりたい。
だけどそれだけでは、今後に差し障りがある。ぼくらはまだこの世界に頼って生きていかなくてはならない。ゆえに妥協案を提示する。
「ですが、ぼくらはあなた方と争うつもりはありません。あなた方の神に逆らうこともしません。ただ少しの居場所をもらえればそれで充分です。ぼくらはあなた方に干渉しない。あなた方もぼくらに干渉しない。どうですか?」
前回は失敗したから、少し具体的な条件を出した。これで少しは相手の意思決定を誘導できるはず。あとは審問官と、教会のメンツが立つかどうかだけだ。うまく折り合いがつくといいのだが。
+ + + + +
街からほど近い郊外。
ぼくらは荷車で、モリガン子爵の領地に移送されているところだ。
街から山を隔てた、海に面した小さな集落。本当に小さい。さびれている、と言ってもいいくらいだ。
いちおう教会の面子として、あくまで咎人を教会管轄下に隔離する、という建前なのだが、どうにも手に負えない問題をさっさと厄介払いしたいのが丸わかりだった。もちろんぼくには、それでまったく異存はない。
そんなわけでぼくらはモリガン子爵の預かりとなり、「教会の厳重な管理のもと、監察と矯正を行う対象」とされた。つまりはその子爵さまのご厄介になるということだ。
「うわあ、海! 海だあ! すごいなあ!」
クルルが夢中になって海を眺めている。内陸暮らしのクルルは、海を見るのが初めてらしい。
「潮の香りがしますねえ」
ぼくもサキも、海を見たことはもちろんあるが、日常的に触れているわけではないので、やっぱり珍しいし、わくわくする。とは言え、遠目には青い海も、やはり少し汚れている感じがした。
ここは郊外。都会よりは水も空気も少しはましな気がするが、それでも空気の汚れは感じるし、人が暮らす環境としては、あまりよいとは言えない。
やがてお屋敷に到着し、ぼくらは館の主人の前に引き出された。
ジュリ・イングラミティア・モリガン子爵。年齢は四十代後半か五十代といったところだろうか。
年相応の肉付きだと思う。今まで見た感じでは西欧のアングロサクソンに近い民族のようなので、その基準からすれば背丈や体格はほぼ標準と言えた。つまりは、あまり個性的ではない。
性格は温厚そうだった。ぼくらに敵対的でもなく、見下すような態度でもなかった。その点はとてもありがたい。どのくらいの付き合いになるか分からないが、人間関係は円満なのに越したことはない。
「魔女をふたりも連れた魔導士というからどんな妖しい人物かと思ったが、おとなしそうなのでほっとしたよ。正直に言うと当家は女ばかりなのでね。荒事には向かないのさ」
貴族のわりに気さくな方だ。当主のほか家族は夫人と娘たちばかりらしい。
「私の方でも特に何かを強制することはない。何もないところだが、くつろぐといい」
「お世話になります」
ぼくは頭をさげ、サキとクルルもそれに倣った。
そこそこ広い屋敷だが、ぼくらは本館ではなく、離れに居場所を与えられた。当然と言えば当然で、牢には入っていなくてもぼくらは虜囚だ。さすがに家族と同じ居館に置いてはくれないだろう。
それでも離れは二階建ての小奇麗な石造りの建物で、部屋は六つほど。充分すぎる広さだ。これで食事付きとは、涙が出るほどの厚いもてなしだ。
とりあえず一階の広間に、ぼくらは陣取った。広いソファに座ってひと息。久しぶりに緊張を解いたぼくの両脇には、サキとクルル。いつもの形だ。
「ああ、やっと人心地がついた」
ぼくがため息まじりに言うと、両脇のふたりが嬉しそうに擦り寄る。
猫のようにじゃれついたクルルが、ぼそりと答えた。
「うん。でもあの子爵さまは気をつけた方がいいかな」
「?」
「あの人、血のにおいがする」
ぼくの身体に緊張が走ったのを見て、クルルがあわてて手を振る。
「いや、そんな今すぐあたしたちをどうこうするとか、そんな感じじゃないんだ。ただ、なんというかな、そういう気配がするんだよ」
なんとなく言いたいことはわかった。人は見かけによらないということか。
こんな頼りなげなぼくでも、幾度も生命の危機を乗り越えてきた。あの人、モリガン子爵もまた、修羅場に生きる人なのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~
イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。
ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。
兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。
(だって飛べないから)
そんなある日、気がつけば巣の外にいた。
…人間に攫われました(?)
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる