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第三章 風の鍵の乙女
11.変わり身で美少女に。
しおりを挟むもうすぐ日が暮れる。いくら目印がついているとは言っても、完全に真っ暗になってしまったら追い切れないかも知れない。
内心少しあせりながら、クルルと共にぼくは歩を進めていた。
だが心配はいらないようだった。ほどなく、馬車が停車しているのが見えてきた。
場所は、集落から外れかけて通りを脇へそれたところ。ごく小さな一軒家の前に止まっている。
その陰にはサキがいた。
「サキ」
「遼太さん!」
ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってきたサキ。顔だけ振り返って一軒家を指す。
「あの中に逃げ込みました」
「よし。よくやったね」
ぼくに頭をひとなでされて、満面の笑みのサキ。その脇を通り過ぎて、クルルが突入しようとする。
「待ってクルル」
「どうして? 早く助けないと」
「わかってる。だけど、少しぼくの計略を聞いてくれないか?」
「計略?」
ぼくはサキとクルルに、自分の「悪だくみ」を話した。
「そんなことができるのですか?」
サキが訊き返す。無理もない。実はぼくもそう思っている。
だけど、できるという確信はあった。あとはどれだけ核心に迫れるか。問題はそれだけだ。
「だけど、危なくない? ばれたら命が危ないよ」
クルルがちょっと心配そうに言う。
「ありがとう。でも大丈夫。上手くやるよ」
「でも……」
「クルル。大丈夫」
そう言ってくれたのはサキだった。クルルの手をとって、
「遼太さんが大丈夫というなら、大丈夫。今までだって、そうだったでしょ?」
「……そうだね」と、クルルもうなずいた。
「あたしたちはリョウタを信じてる。でも、危なくなったら迷わず呼んでよ」
「うん。頼りにしてるよ」
ぼくはサキとクルルの頭をなでた。
「よし。行こうか」
+ + + + +
ぼくの言う「計略」とは、それほど大したものではない。そもそもこの小さな建物にそれほど大人数が詰めているはずもなく、それを制圧するだけならサキかクルル、どちらかだけでも充分だ。
だがそこでぼくが思いついたのは、むしろ悪戯のような仕掛けだった。はっきり言って意味があるかどうかもわからない。だが何もしないよりまし、という程度のものだ。
陰からサキとクルルが飛び出して、ドアの両脇に張り付く。ふたりは目くばせして、勢いよくドアを開け放った。
飛び込んでいったのはクルル。たちまち戦闘になり、荒々しい音が聞こえ出す。
ぼくはドアに駆け寄って、自分とサキに幻惑の魔法を施した。これで姿は見えないはず。
ふたりして歩いて中に入る。
「酷薄の刀剣!」
クルルが氷の剣を振りかざしている。取り囲む男たち。振り回される剣をのけぞってかわし、入り乱れる男たちをよけながら、奥の扉までたどり着いた。
クルルには敵を倒すのではなく、なるべく時間を稼ぐよう頼んである。だがこの分だと、手加減する方が難しそうだ。早くしないと。
目立たないよう扉を抜け、サキと一緒に二階へ向かった。今のところ敵はいない。クルルがうまく引きつけてくれている。
ほどなく、開いた幾つ目かの扉の向こうにエルミアを発見した。
「ミアさま! ご無事ですか!?」
「……リョウタさま? それにサキさまも?」
そしてエルミアから発せられた言葉は、意外なものだった。
「なぜ来てしまったのですか?」
とっさに言葉が継げず、ぼくは黙り込んだ。
「わたくしはこのまま敵の手中に拉致されなければいけなかったのに……。なぜ来てしまったのですか?」
「ミアさま。いったい何を……」
「このまま連れていかれれば、敵の首謀者に引見されるはずです。そこで敵と刺し違えるのが、わたくしの役目」
さまざまな感情が見て取れた。決意。でも、迷い。
「……それは子爵さまのご命令ですか?」
「違います!」
ぼくの問いに、エルミアは激しくかぶりを振った。
「お父さまがそんなことを命じるはずがありません。でもこれは、わたくしの役目なのです。何の役にも立てないわたくしに与えられた、ただ一度の機会なのです」
身をこわばらせ、今にも泣き出しそうな少女の前に、ぼくはひざをついた。
「ミアさま。なぜそのようなことをお考えなのですか? あなたのお父さまもお母さまも、あなたをとても愛しておいでです」
「わかっています。だからこそです。わたくしとて、モリガン家の技は受け継いでいます。今こそ役目を果たさないと。それがわたくしにできる、せめてもの恩返し……」
ああ、そうか。
この娘はずっと、負い目を感じて生きてきたのだ。
世話になるばかりで自分ではなにもできず、今もお家の一大事だというのに、人質にされてさらに足を引っ張ろうとしている、と。
ぼくは黙って、エルミアを抱きしめた。
驚きで大きく見開かれた目。そのそら色の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「今までおひとりで、ずっと悩んできたのですね。
大丈夫。ミアさま。あなたはあなたです。なにが出来るとか出来ないとか、そんなことじゃない。
あなたがいてくれるだけで、みんな嬉しいんです」
「でもわたくし……助けられるばかりで、自分じゃなにもできなくて……」
「だったらぼくが助けにきます」
「えっ!?」
思わずエルミアが、ぼくの目を見返す。
「助けにきますよ。何度でも。でもそれはあなたが優秀な兵士だからじゃない。あなたがミアさまだからです。
あなたが死んでしまったら、お父さまやお母さまやロゼッタさんがとても悲しむでしょう。ぼくだってものすごく悲しい。あなたがいてくれるだけで嬉しい。だからずっと一緒にいてください」
「わたくしと、一緒、に……?」
「そう。いてくれるだけでいい。だけど笑ってくれたら、もっと嬉しい。
ね? 一緒に笑ってくれませんか?」
「わたくし……いいのですか?」
「はい」
「いてもいいのですか?」
「はい」
「わたくし……わたくし……ふぇ、うええ……」
エルミアは泣いた。ぼくにしがみついて、泣いた。
ぼくは黙って、頭をなでていた。
きっといつも引け目を感じて、遠慮しながら生きてきたのだろう。
迷惑をかけることを心苦しく思いながら、生きてきたのだろう。
そんなことない。
きみはきみのままで、ここにいていいんだ。
そしてきみには、幸せになる権利がある。
誰よりもきみ自身が苦しんできたのだろうから。
そう思いながら、エルミアの頭を、背中を、なでた。
思いはどこまで伝わるだろう? でもぼくは、伝えたかった。サキに、クルルに、認めてもらえた時のことを。自分が必要とされていると、認めてもらえていると感じることがどれほど素晴らしいことかを。
「……さ、ミアさま。帰りましょう。みんな心配しています」
「……はい」
ぼくはエルミアの涙を拭ってあげた。
よかった。少し元気になったみたいだ。目がきらきらと輝いている。
「じゃ、サキ、頼むよ」
「えっ? リョウタさまは一緒じゃないのですか?」
ぼくは初めて、いたずらっぽい笑いを見せた。
「はい。ちょっと悪企みを、ね。協力してもらえますか?」
「はい?」
ぼくはエルミアの肩に手を触れた。
「ちょっと失礼しますね」
しばらく、ぼくはイメージを探っていた。今までの記憶を、今見ている情報で補強する。自分の中にできるだけリアルなイメージを形づくる。よし、できるはず。
自分の力に結びつけて、イメージを放出。
「えっ?」
「こんなことって……」
エルミアとサキがあっけにとられて見ている前で、ぼくは初めて変化の魔法を使ってみた。
エルミアへの変身を。
+ + + + +
ぼくがエルミアになりすまし、エルミアをさらった黒幕を突き止める。あわよくばその背後関係や事情を探る。それがぼくの考えた「悪だくみ」だった。
「どうですか? ミアさまに見えますか?」
「……すごいです。こんなこともできるのですね」
エルミアがなかば呆然、なかば感心してつぶやいた。
今のぼくは色の詳細が分からない。だから触れたものをそのままコピーするようにした。見え方を変えただけなので、今着ている服や背格好が変わったわけではない。だから触られたらばれてしまうかも知れない。
だけどそれさえ気をつければ、違いは誰にも分からない。外見だけなら完璧なはずだ。
「リョウタさま……。わたくしの身代わりなのですか?」
「ええ。でも大丈夫ですよ。必ず戻りますから」
向かい合うふたりのエルミア。そんなふうに見えたはずだ。
ふいにエルミアが、ぼくに抱きついてきた。
「きっと戻ってきてくださいまし。リョウタさまの代わりはいないのですよ」
「ありがとう。ミアさま」
ぼくは笑って、エルミアをサキに託した。下ではクルルが時間稼ぎに苦闘していることだろう。早く助けてあげないと。
名残惜しそうに何度も振り返りながら、エルミアはサキに連れられて部屋を出ていった。
ふたりが脱出し、騒ぎも収まって小さな建物の中が静まり返る。ぼくは大きく息をついた。あらためて部屋の中を見回す。
大きめの鏡があった。自分の姿を映してみる。ふわふわの髪が可愛らしい、エルミアの姿がそこにあった。自分の背丈より頭ひとつ分ほど低いので、視点に違和感があって船酔いのような気分になる。
さて。
果たしてうまく行くだろうか。
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