幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

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第三章 風の鍵の乙女

13.避けられぬ戦へ向け。

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 空が明るくなってきた。

「もうこのくらいなら、普通に飛べるだろう?」

 ぼくは肩の上の鴉に訊いた。

『ああ、問題ない』
「じゃ、先に行ってみんなに急を知らせてくれ。ぼくはここで待っているから」
『?』

 すでに限界を超えていた。
 サキと離れておよそ一晩、ぼくの体温はとうに尽きていた。魔法の紐の魔力もすでにない。

「もう身体が動かせないんだ。早く助けに来てくれると、嬉しい」
『わかった。おとなしくしていたまえ』
 いさんで飛んでいく鴉を見送りながら、ぼくは物陰を見つけて座り込んだ。
 情けない。役に立つどころか、とんだお荷物だ。
 あとは回収してもらうのを待つしかない。情報収集の成果があったことが、せめてもの救いだろうか。
 ぼくの意識は急速に暗くなっていった。



 + + + + +


「遼太さん!」「リョウタ!」「リョウタさま!」
「……やあ、ただいま」

 気がついたのはベッドの上だった。どうやら地獄に落ちずにすんだらしい。三人の少女に囲まれたぼくは、上体を起こした。

「……どのくらい眠っていた?」
「一日。朝鴉が戻ってきて、急いでリョウタを探しに行って、連れて帰って今夕方だよ」

 クルルが答えてくれた。そのクルルも、向かいのサキも目に涙がにじんでいる。
 ぼくは二人の頭をなでた。

「サキ。クルル。心配かけたね。それに、昨日から頑張ってくれてありがとう。ご苦労さま」

 泣き笑いの二人は、それでも嬉しそうにしている。

「あの、リョウタさま……」

 横から遠慮がちに声がかかる。いけない、大事な人を忘れていた。

「ミアさま」

 ベッドから降りたとうとして、ぼくはよろめいた。そのまま片膝をついたかっこうで、エルミアに話しかける。

「ご無事でなによりでした」
「ご無事で、ではありませんわ!」

 思わぬエルミアの叱責に面くらう。なんだ、何かまずいことを言ってしまったか?
 でもエルミアの表情は、今にも泣きそうだ。
「心配いらないと言っておきながら意識不明で運び込まれるなんて……わたくしがどれだけ心配したか、わかっておいでなのですか?!」
「……はい、申し訳ございません」

 ぼくは深く頭を下げて、苦笑しているのが見えないように表情を隠した。

「もう二度と、わたくしなどの身代わりになってはいけません。約束ですよ?」
「はい。ご配慮、いたみいります」
「では、お腹もすいたでしょう。ロゼッタに何か用意させますわ」

 そう言ってエルミアは、そそくさと部屋を出て行った。

「やれやれ」

 ベッドに座りなおしたぼくに、サキがいたずらっぽい目を向ける。

「遼太さん。もう逃げられないのです」
「なにが?」
「ミアさまはもう遼太さんにぞっこんなのです。覚悟を決めるです」
「は? なんで?」

 サキは「呆れた」というふうに両手を挙げて首を振った。む、なんか何でもお見通しと言わんばかりの振る舞いがちょっと悔しい。

「あんな熱烈な愛の告白をしておいて、今さら知らないでは済まされないのです」
「いつ? ぼくそんなこと言った?」
「あらあら」

 ますますサキがお姉さんぽい大人目線で迫ってくる。

「本当に自覚がないのですか? あの屋敷の二階でミアさまに言ったこと、覚えてないのですか?」
「なになに? リョウタがまた女を口説いてたの?」
「ええ。クルルが必死で戦っているときに、遼太さんてば熱心にミアさまに愛の告白を……」

 きっ! とクルルがこっちを振り返る。

「リョウタぁ。あんた、人を働かせといて、陰でなにやってんのよ!」
「待て。そんなわけないだろ」

 自分に自信のない女の子を元気づけようと思って、いろいろ言葉を尽くしただけだ。決して愛の告白とか、そんなつもりじゃない。
「はあ」とサキがわざとらしくため息をついて、

「あれが無意識なら、逆にすごいです。やっぱりディベリアさんの言う通り女たらしなのかしら」
「ちょっと待て!」

 なんか今のは、いろいろな意味で不本意だぞ!


 ちょうどその時、エルミアが戻ってきた。

「リョウタさま。今すぐ食べ物をお持ちしますね。まだお身体がおつらいでしょうから、わたくしが食べさせて差し上げますわ」

 ベッドの上に手をついたエルミアは、満面の笑顔をぼくに近づける。思わずのけぞったぼくは、エルミアの向こうに立つ少女たちの視線に気がついた。

(ほらご覧なさい。もう観念するのです)
(リョウタってば、なにやってんのよ!)

 余裕の表情で腕を組んで見返すサキと、猫みたいに背中の毛を逆立てんばかりのクルルがいた。



 + + + + +


 恒例の心温まる(?)痴話ゲンカがひと段落して、ぼくはモリガン子爵にあいさつに出向いた。

 子爵はぼくの手を取って頭を下げた。

「ありがとう、リョウタどの。ミアを救ってくれたと聞いた。なんと礼を言ったらいいか」
「そんな、おそれおおいです。ロゼッタさんとこの娘たちの活躍のおかげですよ」
「そうやって謙遜するのだな、きみは。まったく不思議な人物だ」

 素性の知れないよそ者のぼくに対して、そんなに率直に頭を下げる貴族さまも、不思議な部類に入ると思う。

「ところで……これは戦支度ですか?」
「うむ。退避する準備を始めている」

 子爵の声が硬く緊張する。
 目覚めた時から、屋敷の空気が慌ただしいのは感じていた。

「今朝きみの知らせを聞いた時は、まさかという思いもあったのだが、女性陣にひどく叱られてな」
「遼太さんは、すごいのです」
「リョウタの言うことなら間違いないよ」

 ぼくの両脇からサキとクルルが誇らしげに言い、子爵とぼくを苦笑させた。

「わたくしも、及ばずながらお力になろうと」

 父親の隣で、エルミアがもじもじしながら言い添える。ミアさま、その思わせぶりな態度はお父さまに要らぬ不安を与えるのではありませんか?
 だが父のモリガン子爵は気にしたふうもなく、

「すぐに兵を出してきみを取り返せ、とものすごい剣幕で詰め寄られてな。私がだめなら、姉のアメリアに兵を借りるとまで言い出した」

 いささか持て余し気味のようだ。

「だが、きみの情報は私の聞いた情報とも符合するところがある。きみの話も合わせると、やはり当家は相当な危機に立たされているらしい」

 前日、モリガン子爵が不在だったのは、情報を集めに外出していたからだ。今回はその隙を突かれる格好になってしまった。

「いったんこの地を引き払い、領民にも疎開してもらう。我々は沖合のクローマ島に移動するつもりだ」

 ひとたび攻め込まれれば当主はもとより領民たちもどんな扱いを受けるか分からない。なにしろ逆賊の扱いだ。領地もろとも更地に潰して塩を撒けくらいは言い出しかねない。
 かと言って当家には武力らしい武力はなく、とても領地と領民を守り切れない。各々自力で逃げてもらうことになるだろう。

「兵力が必要だが、ミアの言う通りアメリアを頼るしかないかも知れん」

 聞けば先日嫁いだ長女アメリア・エリザベータの嫁ぎ先はそれなりの武門の家系らしく、そしてアメリア自身も男まさりのやんちゃな性格で、兵たちの人気も高いのだとか。

「いずれにせよ、明日にはここを出るつもりだ」

 子爵の言葉にぼくはうなずいた。
ただし。

 籠城戦とは、援軍が期待できる時にこそ効果的だ。
 援軍を見込めない籠城は、破滅の先送りでしかない。
 まして、相手は国軍。兵力差は考えるのもばかばかしくなるくらいだ。

 果たして、今後の趨勢はどうなるだろう。



 + + + + +


 翌日、何艘かの船に分乗し、移動することほぼ一日。クローマ島に辿り着いた。

「クローマ島という名前は、烏に由来すると言われているんだ。わがモリガン家も烏が守り神と言われている。そして、鴉を連れたきみたちだ。これだけ守り神が集まれば、我々の勝利は約束されたようなものだよ」

 子爵にしては珍しい軽口のように思えた。それだけ不安を抱えているということなんだろう。

 クローマ島は小さな島だが岩礁というほどでもない。ぼくの記憶にある限りでは、江の島くらいの大きさだろうか。
 大きさのわりには切り立った箇所が多く、船がつけられる場所も限られている。住むには向かないが、守るにはなかなかいいかも知れない。

「帆船で移動できれば早かったんだがね」

 モリガン子爵が言う。子爵家所有の大型帆船はあるのだが、風がないため動かせない。
 この世界で風が途絶えてからどのくらいなのだろう。環境だけでなく経済にも大打撃だ。

「先代の頃にはその船でもって交易なども行っていたんだがね。ここ十何年かは海路は壊滅だよ。最近やっと蒸気機関の船が出てきたが、まだまだ高価で数が足りない」

 思えばクルルの国でも、水という必要不可欠な物資が不足して死活問題だった。風だって馬鹿にできない。
 そしてその風だが、予定通りなら間もなく取り戻せるはずだ。まことに不本意ながら。


 島に移って半日後。
 見張りの知らせに、緊張が走る。島に近づく船があると言う。
 しかしほどなく、それがアメリア・エリザベータに率いられた援軍だとわかって、一同は大いに活気づいた。

「お父さま! アメリア・エリザベータ・モリガン・ブラックモア、実家の危機に馳せ参じましてよ!」

 白銀しろがねに輝く細身の甲冑に身を包んだアメリアは、きりっとした表情も凛々しく、頼もしく見えた。少なくともぼくなんかより数十倍は頼りになる。

「しかしブラックモア伯爵家の立場は悪くならないか? 王子に弓引く反逆者だと……」
「なんの。正当の王位継承者はベルリアン殿下ではありませんか。反逆者などと言われる筋合いはございません」

 アメリアは豪快といっていい笑い方で笑い飛ばす。
 引き連れた兵士は八十名ほど。正直これで国軍と対等に渡り合えるとは思えないが、そんなことはまったく気にしていないようだ。むしろお祭りさわぎに乗っかってきた、という勢い。

 そして彼女は、ぼくをしげしげと眺めて、

「きみが近ごろ噂の魔導士くんか。思ったより普通だな」
「それはどうも」
「ちゃんとミアを幸せにしてやってくれたまえよ」
「リア姉さま! なにをさらっととんでもないことを!」
「あはははは」

 笑いながら、アメリアは兵士の方へ行き、凛とした声で号令をかける。さばさばしたとても陽気な人だ。
 籠城戦なんてどうしても士気を維持するのが難しいものだが、この人なら大丈夫な気がする。


 島の中央、一番高い辺りが指令所とされた。ここなら島のほぼ全域が見渡せる。
 その代わり、逃げ場がない。ここまで攻めてこられたらもうなす術はない。
 だが今はそれを言っても仕方がなかった。今いる人数で、できる限りのことをするだけだ。

「最初は水際の攻防になります」

 次女のシンシア嬢が状況を説明する。士官や幕僚が着るようなローブを羽織っている。参謀役、というところだろうか。

「この島にいかに上陸させないようにするか。地形を利用して、取り付く兵を叩き落とします」

 こちらは数で劣るが、この地形なら攻城戦と同じく守る方が有利だ。島の周囲は切り立ったところが多く、取り付くのが難しい。

「そしてさらに船着き場を潰してひとつだけにします」

 シンシアの発言に全員が軽く驚いた。

「もとより逃げ場はないのですから、敵に付け込まれそうな場所は潰してしまった方がよいのです」

 シンシアの言っていることは過激だが、語り口は冷静で、みなを落ち着かせる効果があった。
 この作戦ならうまくいく、そんな気にさせてくれる。なかなか、うまい。

「緒戦は水際に全力を注ぎますが、仮に上陸されてもまだ手はありますから焦らなくても大丈夫です」
「それは頼もしいな。どんな手だい?」

 問いかけるアメリアに、シンシアは穏やかな微笑みを向けた。

「もちろん、姉さまに全力で戦ってもらいますわ」
「やれやれ」

 アメリアは肩をすくめたが、ちっとも大変そうじゃない。


「頼りになるお姉さま方ですね」

 ぼくはエルミアにそう語り掛けた。

「昔からリア姉さまもシア姉さまも、男の子みたいに戦ごっこなどしていましたから」
「そうなんだ」
「年上の男の子でもなかなか勝てなくて、みんなずいぶん悔しがっていましたわ」
「それはそれは……」

 ぼくが苦笑すると、エルミアも合わせて笑った。

「でもわたくしは、こんな時に何の役にも立てませんね。ただ守られているだけなんて」

 さみしそうに言うエルミア。
 でも、そうじゃない。

「そんなことない」

 ぼくは力を込めて言った。

「確かにあなたは、剣を振るって戦うことはできないかも知れない。だけど、もっと重要な役割があるんです。あなたにしか出来ない、世界を救う役割が」
「?」

 唐突なぼくの言葉は、やはりエルミアに上手く伝わらなかったようだ。

「でも、リョウタさまにそう言ってもらえて、とても嬉しいですわ」

 それでもエルミアは笑ってくれた。そして、

「できればあの姫さまたちのように、世界のためじゃなく、リョウタさまのお役に立ちたいと思います」

 そう言って、赤くなりながら目を伏せた。

「あら、ミアさま。ずいぶん積極的でいらっしゃいますのね。わたくしのリョウタさまを取られてしまいそうですわ」

 ふいに後ろからエルミアの肩を抱いたのはロゼッタさん。

「ちょっとロゼッタ! なにを言っているのですか? わたくしはそんなつもりじゃ……」
「あら、ではリョウタさまをわたくしが頂いてしまってもよろしいのですか?」
「そ、それは困ります……」

 口達者な年上のお姉さんにいじられてどうしていいかわからず、エルミアは顔を真っ赤にして「う~~~」とうなっている。それがロゼッタさんには可愛くてたまらないようだ。

「モテる男はつらいねぇ、リョウタ?」

 近づいてきたクルルがにやにやしながら、ぼくの腕をぎゅっとつねった。


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