あの角を曲がれば、美少女とモンスター

桐坂数也

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異世界への鍵は、異質な十円玉。

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 「別の日本て……ここは、日本?」
 「うん。千葉県だけど?」
 (何ですかこの異世界でその強烈に場違いな単語は?)

 「あらあら。また異世界のお客さまね」
 女の子がもう一人近づいてきた。こちらは見るからに「魔法使い」だった。つばの広いとんがり帽子。足首まであるローブに頑丈そうな杖。髪は緑のロングヘアだ。

 「あ、ニーナ。アイテム回収したよ。ってゆうか、早く傷治して、傷」
 「はいはい」
 金髪の女の子にねだられて、緑の髪の女の子は笑いながら杖をかざした。杖からほのかに光が広がり、金髪の女の子が負っていた細かい傷がみるみる治っていく。
 「はい。治癒と回復、おしまい。おつかれさま、ユーリ」
 「わーい、ありがと」
 そして二人揃って志朗を見た。思わず志朗の視線が泳ぐ。

 (金髪の娘がユーリで、魔法使いがニーナ、か)
 と確認している志朗に、ユーリがつかつかと歩み寄った。

 「ね、あんた」
 「な、なんでしょう?」
 「違う日本から来たんでしょ? 何か変なもの、持ってるでしょ?」
 「変なもの?」
 「あんたの世界にないものよ。いわゆるオーパーツ。持ってるでしょ?」

 何の証拠もなしに断定されて志朗は戸惑った。確かに心当たりはある。あるのだが、まるで悪いことのように断定されるのは不本意だ。

 「これのこと?」
 志朗がおずおずと差し出したそれを、ユーリが受け取った。
 「……十円玉?」
 しばし眺めてから、近寄ってきたニーナに手渡す。

 ニーナは人差し指をあごに当て、裏に表に十円玉を眺めていたが、やがて笑い出した。
 「ふふふ。なるほどね。気がつかなかったわ。そんな手があったなんて」
 「なになに? どういうこと?」
 ユーリが問いかけたが、ニーナはそれには答えず、志朗の方を向いて尋ねた。

 「きみ。名前は?」
 「志朗。三崎志朗」
 「志朗くん、でいいかしら。きみのいる日本では、昭和は何年まであった?」
 「確か……63年?」
 「残念、はずれ。64年よ」
 「えー。昭和は65年まででしょ」
 横からユーリが口を挟んだ。
 「彼……志朗くんのいる世界では違うのよ。彼の世界では昭和は64年まで。もっとも7日間しかなかったから、ないも同然なんだけど。
 そして志朗くんに説明すると、この世界では昭和は65年まであったのよ」
 (ええとつまり、ここは自分の住む日本とはちょっと違う、並行世界の日本ということ? ああ、なるほど)

 などと納得するのはとても無理だった。
 不思議な光景。不可思議な建物。異様な生物。剣と魔法。謎のアイテム。この世界は違いすぎる。
 普通並行世界と言ったら、ほぼそっくり同じでどこかがちょっとだけ違う、そんな世界じゃないのか。

 そんな志朗の感想におかまいなしに、ニーナが説明を続ける。
 「時おり異世界の事物が、別の世界に紛れ込んでしまうことがある。するとね、そのアイテムが時空に歪みを惹き起こすの。ふたつの世界がつながることがあるのよ。
 でもそれには条件がある。人がそれを異世界のアイテムだと認識すること。
 アイテムそれ自体は力を持っていないの。人が認識して初めて力を発揮するのよ。

 きみがこの十円玉の元号に気づかなければ、これはただの十円玉。でも志朗くんはこの十円玉を自分の世界のものではないと『認識』してしまった。それが鍵となって、異世界の扉を開いてしまったのね。
 ようこそ、志朗くん。あなたの住む日本とは違う日本へ!」

 ニーナの解説に志朗は慌てた。
 「ちょっと待ってくれ。じゃあ俺は元の世界に帰れないのか!?」
 「帰れるわよ」
 あっさりとニーナが答える。
 「今来た道を引き返せば戻れるわ。まだ時空の接続は切れてないみたいだし。
 どうする? 帰る? それとももう少し遊んでいく?」
 (遊んでいくって、化け物が跋扈するこの世界でですか?)

 「あー、そうだねえ。ちょうどアイテムも手に入ったし、ニーナに武装してもらいなよ。何がいい? 剣士? 武闘家? あ、エルフの射手なんか似合いそう!」
 なんでそんな無駄に元気なんですか、とユーリに突っ込みむ気力もなく、志朗はあたりを見回した。

 今来た道がある。その向こうは淡い光に包まれていて、確かに元の世界につながっていそうだ。

 「いや、もう帰ります。なんか疲れたしいろいろと」
 「そう。残念だな」
 ユーリは屈託なく笑った。こんな美少女となら、もう少し一緒にいたいと思わないでもなかったが、ここではなく、自分の住む日本で会いたかった。
 モンスターの湧き出るこの世界より、平和な日本でゆっくり会えたら。

 (いやいや)
 志朗は首を振った。邪念は捨てて、まずは生還を第一に考えよう。

 「じゃあ、また来てね。鍵は、これよ」
 ニーナが両手で、志朗の手をきゅっと握った。手の中には、さっきの十円玉。

 (魔法の十円玉、か)
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