あの角を曲がれば、美少女とモンスター

桐坂数也

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異世界の少女と、放課後デート。

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 「おはよう、志朗」
 「おはようユーリ、じゃなくて由梨亜さん。制服はどう?この世界の感覚はどうかな?」

 朝の駅。志朗はエスコートという名目でユーリ=狩野由梨亜と共に登校することにしていた。

 「ええと、その」
 由梨亜は急に恥ずかしそうに顔を赤らめた。
 「このスカート、短かすぎない?すごく頼りないんだけど」
 そう言って由梨亜は、スカートの前を鞄で隠した。
 (可愛い……。)
 「とっても似合ってるよ。だいたい露出度で言ったら、前の服の方のがよっぽど派手だったと思うけど?」
 「だってあれはちゃんとアーマーでよろっていたもの」

 二人並んで歩きながら、こんな役得は二度とないかも知れないな、などと志朗は思った。同時に、今異世界にいる由里絵を思い出していた。自分は由里絵のどこが好きだったんだろう?由里絵と、目の前にいる由梨亜を、自分はどう感じているんだろう?

 「……あんた今、由里絵のこと考えてたでしょ?」
 「え?いや、そんな事ないって」
 あせる志朗を疑わしげににらむ由梨亜。まったくこの娘は、どうしてこんなに勘が鋭いんだろう。 由梨亜の表情は、女の勘というより磨き抜かれた野生の勘、という言葉を連想させた。

 登校してみると、ユーリは狩野由梨亜としてちゃんと受け入れられていた。金髪のツーサイドアップも誰も気にしていない。まあすれ違うすべての男どもが振り返って二度見してしまうのは、当然なのだが。

 「アーマーがないのって、気楽でいいわぁ。物陰のモンスターにおびえなくてすむし」
 一日が終わる頃には、この世界にすっかりなじんだようだ。由梨亜は楽しそうに笑っていた。最初に会った時は快活だが、もっと野性的でとげとげしかった。今はその角が取れて、自然に柔らかい明るさになっている。
 (こんな娘だったんだ)
 これでは男どもが群がってくるのは時間の問題だ。かくいう自分もその一人だと、志朗は認めざるを得なかった。ずっと一緒にいて、話をしていたい。

 「そんなにいつも警戒してたの?」
 「そりゃそうよ。下手すれば命にかかわるもの」
 「敵のいない世界で、剣士さまはすっかりだらけているな」
 「えー、なにその言い方、ひどい」
 怒ってみせても、それすら可愛くみえる。
 だが、だらけているというのは間違いだ。曲がり角や物陰など、視線の届かない所の手前では必ず、由梨亜は一瞬動きを止める。身体が危機回避を覚えているのだ。

 「ところでさ、志朗。この世界を案内してくれない?」
 帰り道に由梨亜が言い出した。
 「知識は由里絵からもらったけど、やっぱり実際に見てみたいし、感じてみたいわ」
 知識や技能はあっても、感情は別物であるらしい。

 「そうだね。どこに行きたい?」
 「牛丼屋っ!」
 「……それはきみのような娘にはちょっと」
 可愛い娘、という形容詞はとても恥ずかしくて口に出せなかった。

 「えー、ご飯たらふく食べてみたいのに」
 口を尖らせて文句を言う姿は可愛いのだが、口にしたセリフには色気のかけらもない。もしかして痩せの大食いとかいうやつ?フードファイター系?

 「むこうじゃ、ゆっくり食べられないのよ。いつも臨戦態勢だから」
 可愛くても、やはり生粋の剣士なんだ、と志朗は改めて知らされた。しかしさすがに牛丼はどうかと思う。

 「ええと、手始めにハンバーガーとか、どう?」
 「あ、そっちでもいいや。案内して」

 そして二人とも、昨日の曲がり角は避けてハンバーガーショップに向かった。今日は異世界に行きたくなかった。特に志朗は、久しぶりに普通の日常生活―――それもとびきりシアワセな―――で一日を終えたかった。

 由梨亜によれば、向こうにも牛丼屋やハンバーガーショップはあるという。
 「でもこっちの世界は、人通りが多いわ」
 「そうだね。ごみごみしてる」
 「ううん。なんか、安心する」
 由梨亜の感じ方、口にする感想が、どれも志朗には新鮮だった。
 そして由梨亜にさらに惹かれていく自分を感じていた。

 「そう言えば、昨日ニーナがくれたものは、なに?」
 「ああ、あれはね」
 由梨亜は小銭入れを取り出した。開けてみると中には例の、昭和65年の硬貨が何枚か入っている。

 「これをこの世界に蒔いていくのよ。あの世界とつながる種になるから」
 「それって、意味があるのか?」
 「由里絵みたいに、あの世界に行きたい人がいっぱいいるでしょ?その人たちのための種であり、鍵となるものよ。だから今も、これで買ってきた」
 いたずらっぽく由梨亜が笑う。

 「ふーん。ユーリはやっぱり、あっちの世界に戻りたい?」
 「んー、あたしはこっちがいいかな。魔法は使えないし不便なことも多いけど、こっちがいい」
 それはおれがいるから?と訊けるほどの勇気は、志朗にはなかった。取り敢えずこちらの世界の生活に満足してくれているようなので、よしとしよう。

 「でもそんなに熱心にこっちの人を呼んで、何か得することでもあるのかな?」
 「さあ?ニーナの考えてることだから、詳しくは分からないけど」
 そういえばニーナは、こっちの世界の元号を知っていた。どこで知ったのだろう?こっちに来たことがあるのだろうか。

 「それよりさあ」
 二段重ねビッグサイズのハンバーガーをほおばりながら、由梨亜が言う。
 「もっといろいろ見てみたいな。図書館とか、美術館とか。そうそう遊園地も。魔法がない国の魔法の国って、どんなかしら?」
 (身もふたもない言い方だな)

 リアル魔法の国のアトラクションに較べたら、この国のアトラクションなんて子供だましにすぎないのでは?と思ったが、それはそれで楽しみたいらしい。
 「じゃ、週末の予定は決まりね。よろしくっ!」
 由梨亜は大喜びで、元気よくおねだりしたのだった。
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