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前編
しおりを挟む大々的な結婚式を終えたばかりの夫婦の寝室。
ほのかな甘い香りの香が焚かれ、真っ白なシーツにバラの花弁が散りばめられた大きなベッドに腰掛けた金の髪の男は、身を強張らせつつ部屋に入ってきたばかりの花嫁を見ていた。
普段は結い上げられている美しい絹糸のような黒髪は、今は無造作に背中に流されている。
湯上がりのためか、ほんのりと上気し、染まった頬と潤んだ唇が何とも艶めかしい。
そんな色香を纏いながらも、彼女は男を視界に映すとふわりと少女のようなあどけない笑顔を見せた。
「お待たせしてしまいましたか?」
小首をかしげて落ち着いた声音で話しかけられ、彼女に見とれていた男はハッとしたように立ち上がる。
「い、いや。それほど待ってはいない…。それに、そもそも私は…」
おどおどと言葉を発する男。
女はその様子にくすくすと笑い、室内へと歩を進めた。
テーブルにセットされていたワインボトルを手に取り、またふわりと微笑む。
「いただきながらお話しませんか?
時間はたくさんあるのですもの」
まるで友人をお茶に誘うような気軽な声音で誘われ、男は強張らせていた肩の力をわずかに抜き、頷いてソファへと歩み寄った。
サボン王国 第一王子であるミハエル
スフルレ皇国 第二皇女シンシア
小競り合いの続いていた両国の同盟と和平の象徴として、二人の婚約は結ばれた。
有り体に言えば典型的な政略結婚である。
婚約を正式に発表するためサボン王国を訪れたシンシアは、婚約者ミハエルとの初めての顔合わせの席で、常識ではあり得ない宣言をされることとなる。
「僕には愛する恋人が居ます。
貴女と結婚しても、僕の心は彼女だけのもの。この国では公妾が認められています。
いずれ彼女を迎えることを許して欲しいのです。」
下げられた頭の横を、一房の美しい金の束がさらりと音をたてて肩から滑り落ちる。
その様をシンシアはきょとんと眺めていた。
優美に整えられた王宮の薔薇園にあるガゼボにて。
親交を深める目的で儲けられた2人きりのティーパーティー。
初対面の挨拶の後、すぐに黙りこくってしまった婚約者の男が放った最初の言葉が、それであった。
光を受けてキラキラと輝く頭髪を見つめ、シンシアは手に持っていたティーカップをそっと机に戻す。
自分の脇に控えていた侍女が怒りでわなわなと震え、今にも抗議しだしそうなのを視線一つで諌め、ゆっくりと口を開いた。
「…お話しはわかりましたわ。まずは頭をお上げ下さい。」
小首をかしげて促せば、伏せられていた瞳と目が合う。
不安げに揺れるエメラルドを己のルビーで捕らえ、シンシアはふわりと微笑んで頷いた。
「お気持ち、お察し致します。いずれ公妾に、というお話も受け入れましょう」
「!ほ、本当に?よいのですか…?」
泣き喚いて詰られるとでも思っていたのだろうか。喜びよりも驚きが勝るといった表情で確認してくるミハエル。
第一王子ともあろう方が、表情を繕う事もできないのね…
そんな思考はお首にも出さず、シンシアは再び頷き言葉を続けた。
「しかし、私達のこの結婚は和平の象徴のため。私達が不仲では両国民に示しが付きません。
そのため、2つほどお約束をお守りください。それがその女性を迎える条件です」
「それはもちろん…。それで、その条件とは?」
「1つ目は、私達の結婚から公妾を迎えるまで、少なくとも3年はお待ち下さい。早々では不仲を公言しているようなものですので。」
「なるほど…それは確かに。わかりましたお約束します。それで2つ目は?」
「これから行われるであろう、私と貴方の婚約披露のパーティー、結婚式…その他諸々の夫婦の行事は全てきちんと行っていただきます。お互いの国や相手の顔を潰さない、最低限の努力と気遣いをお約束ください。」
最低限、を強調しつつ、少し困ったような複雑そうな表情を作って提案する。
その表情から、それが私の最大限の譲歩だと判断したのだろう。
ミハエルは私の言葉に同意を返し、重々しくしっかりと頷いた。
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