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17.早朝
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七時になった。スマホのアラームが鳴り、俺は目を覚ました。
「……まだ寝たい」
しかし皆はもう起きているだろう。とりあえず椅子に干しておいた海水パンツ(黄)に履きかえた。Tシャツは寝間着にしていたものをそのまま着続けることにした。
部屋の鏡を見ながら寝癖をいじっているうちに、昨日の記憶が蘇ってきた。磯野が死んだ。姫島に閉じ込められた。磯野と稲島さんが付き合っていたことを知った。仁美たちが五年前の事故の要因の一部を作ったことを知った。クリスのバスローブが盗まれた。
とりあえず明日まで待てば、三枝さんが迎えにきてくれる。それまでおとなしくしていよう。俺は部屋のドアを開けてリビングに向かった。
「おはよー」
寝ぼけ眼で欠伸をしながら、リビングに足を踏み入れた。俺と仁美とアーヤ以外、全員がすでにリビングに集合していた。皆、意外と早起きだな。
「って、お前。何だ、その服?」
思わず大西の服にツッコミを入れてしまった。彼がいつも、非常に個性的な服を着ているのは知っている。しかし今日の彼の服は、さらに群を抜いて個性的だった。だって蛍光オレンジ色のつなぎファッションだったから。これならどんな人混みに巻き込まれても、彼を見失わないで済む。ただし網島で人混みに巻き込まれることなんて、まず考えられない。
「お前、いつもすげえ変わった服を着ているが、嫁さんは何も言わないのか?」
もうすぐ四児のパパだろ。そろそろ髪の色と共に落ち着いたらどうだ。
「えっ。この服、うちの嫁がインターネットで買ったんですよ。俺のピンクの頭に似合うだろうって」
似た者夫婦。類は友を呼ぶ。朱に染まれば赤くなる。日本には彼らにピッタリの言葉がたくさんある。
ところで大西のファッションの次に気になったのが、俺がリビングに入った瞬間の皆の視線だ。俺を責めている訳ではない。何かに怯えて助けを求めているようだ。一言でどう表現すればいいのか分からないが、とにかくピリピリした空気を醸しだす視線だった。
そして新田は昨晩と同様、ソファに横になっていた。こいつはまだ起きないのか。だから皆が迷惑がっているのか。そういえば朝食の準備がされている様子がない。こいつが起きないせいだろう。竹川も大西も新田の後輩だし、稲島さんだって支店長とはいえ、熊男に文句は言いづらいのかもしれない。仕方ないから俺が文句を言ってやるか。
「おい、新田。お前、そろそろ……」
起きろ。そう言ってタオルケットをはぎ取ろうとした手を、稲島さんの手が掴んだ。彼女の手はこうして見ると、俺の手よりだいぶ日に焼けている。俺が白すぎるだけか。
「カエデ、ダメだよ。新田くんに触っちゃ」
サクラが心細い表情で、そう言った。
「あのね、実は……」
「新田くん、息をしていないみたいなの」
サクラの声にかぶせて、稲島さんが俺の手を解きながら、とんでもないことを口にした。俺の目は一気に覚めた。
「え、新田が?」
それってつまり、死んでいるということか?
俺はソファでタオルケットに包まれながら横になっている新田の近くに寄った。彼の顔や体をよく観察してみる。
さっきまでは、ただ寝坊しているだけだと思った。しかしよく見ると、胸が上下に動いていない。ということは息をしていない。顔もよく見ると、生気が感じられなかった。
「本当に死んでいるのか?」
「死んでいるわ」
クリスが、食器用の洗剤を切らしてしまったわ、くらいのことのように言い放った。今日は、黒を基調としているがピンクの挿し色が入ったゴスロリドレスを着ている。
「呼吸、脈、心臓、すべて確かめてみて、死んでいると判断したわ」
俺がリビングに入ってきたときの皆の視線の意味を理解した。
「何で新田は死んだんだ?」
見たところ外傷はない。血が出ているとか、首に何かを巻きつけた跡とか、そんなのは確認できなかった。
「突然死ってやつか」
真っ先に思いついたのが、心臓麻痺。まさかあの新田が? まだ若いのに。昨日の夕飯のとき具合が悪そうにしていたが、まさか突然死を予兆していたとは。ひょっとして、昨晩、俺がタオルケットをかけたとき、すでに死んでいたのか。いや微かではあるが、寝息は聞こえていた。それに死んでいるなら、クリスが気付いただろう。
「網姫の呪い」
予想はついたが、クリスがお決まりの台詞をつぶやいた。
「何を言っているんだよ。新田の死は、海とはまったく関係ないだろ」
「あなた知らないの? 網姫伝説で、網姫が毒を盛られていたじゃない」
「えっ? 毒?」
新田の死が、毒によるものだというのか。というかクリス、網島に来てから間もないのに、網姫伝説を知っていたのか。
「外傷がないし。確かに毒によって死んだというのも考えられるけど」
稲島さんも、毒による可能性を考えているようだ。
「でも、もし毒によるものだとすると……それって殺人だよな?」
磯野と違って、事故ではない。殺意を持った人間が、悪意を持って死なせた。この中に、新田を死なせた犯人がいる可能性がある。
「まさか新田くんまで死んじゃうなんて。これってクマノミダイビングクラブ的に、やばいどころか、超やばいんじゃない!?」
まさにサクラの言う通りだ。昨日までやばいレベルだったが、今朝になって、超やばいレベルに上がった。
「ひょっとして昨日の夕飯、直樹さんの分、毒が混ぜられていたとか? だって直樹さんが辛そうにしていたのって、食べている途中でしたよね?」
竹川の話にも一理あるが、クリスが非常に不機嫌そうに竹川を睨みつけた。
「私が食事に毒を盛ったとでも言いたいの?」
クリスが隣にいた竹川を、ものすごい顔で睨んだ。三十センチ以上の身長差があるが、迫力でいえば完全に逆転している。
「いえ、そういう訳ではありません」
竹川が慌てて首を横に振る。しかし昨日の夕飯に毒を盛られたというのは、可能性としては、なくはない。
「もし新田さんの食事にだけ毒が混ざっていたとして、それってどの時点で混ぜられたんでしょうか?」
大西の冷静な疑問に、俺は昨晩の皆の行動を思い出した。
「昨日、クリスが食事の盛り付けをして、大西と竹川が配膳をした、っていう認識で問題ないか?」
竹川と大西は、問題ない、と首を縦に振って肯定した。
「皆を疑うのは嫌だけど、あえて言わせてもらうと、クリスさん、竹川くん、大西くん、の三人には毒を盛るチャンスがあった、ってことよね」
稲島さんの言葉に、三人は嫌そうな顔をしながらも、否定はしなかった。
「あと、ここで私を容疑者から外してしまうのはフェアじゃないから言うけど。私はお皿の配膳はしていないけど、麦茶は入れて配ったの。だから私にもチャンスはあったわ」
さすが稲島さん。主観だけで物事を見ない。
「それから、新田くんより前にリビングに来てソファに座っていた葉山さん。彼女も皆の目を盗んで、新田くんのお皿に毒を盛ることはできたわ」
仁美を疑いたくないが、彼女は新田に対して、あまりいい感情を持っていなかった。毒を盛らなくても、いたずらでタバスコとかは混ぜていそうだ。昨晩の夕飯はサンドイッチだったから、本当に混ぜていたならすぐに気付いただろうが。
「あと望月くん。あなたもソファ側のテーブルについたんだし。あなたも容疑者よ」
「えっ。ちょっと待ってくださいよ」
俺が容疑者だって。そんなバカな。
「ソファにはすでに仁美が座っていたんですよ。何か変な物を混ぜたら、すぐに彼女が気付くじゃないですか」
それとも俺たちが共犯だとでも? 俺が誰かを殺すなら、単独犯でやるぞ。共犯者が裏切らないとは限らないからな。
「でも葉山さんは途中で席を立って、リビングから出て行ったじゃない」
そういえばそうだった。頼む、あのときの仁美。リビングから出て行かないでくれ。
しかしそうなると、容疑者から外れるのは、アーヤとサクラか。ついでにウィルも外しておいてやるか。
「そして肝心な容疑者がまだいるわ。新田くん本人よ」
「えっ。それって、自殺ってことですか?」
まさか。新田が自殺だなんて。
「新田くん、磯野くんが死んだこと、そんなにショックだったのかな」
サクラ、お前が本心で言っている訳ないと思うが、ちゃんと言わせてもらう。そんな訳は絶対にない。
「それからもう一つ疑問なんですが。ほとんどの人に毒を盛る可能性があったとして、どうやって新田さんをターゲットにできたのでしょうか」
そこなんだよ、大西。容疑者を絞り出してはみたものの、あくまで皿に毒を盛ることができた連中を洗い出しただけだ。まさか無差別殺人で、誰でも良かった、とか。
「確実に直樹さんを狙うとなると……それができたのって直樹さん本人を除けば、カエデさんしかいないじゃないですか」
「は? 何を言っているんだ」
ふざけるな、竹川。何で俺しかいないって思うんだ。
「だって考えてみてください。自分のよそった皿がどこの席に運ばれるか分からないクリスさんにはまず無理。俺と誠二と比呂乃さんだって、直樹さんがどこの席に座るか分からないから無理。仁美さんだって、毒を盛るならカエデさんが来るより前しかないですけど、残る二つの席のどちらに直樹さんが座るか分からないから無理」
「いや俺だって、新田がどっちに座るか分からなかったぞ」
途中で仁美が、席を立ったからな。
「でも仁美さんが帰ってきたとき、普通なら、自分がもともと座っていた席に座ろうとするでしょう。すると直樹さんの席って、もう一つしかないじゃないですか」
そう言われると、確かにそうだ。まずいな。このままじゃ俺が、容疑者の最有力候補になるぞ。
「でも望月さんが最初から新田さんを狙って毒を盛るというのも、無理がありますよね。だって彼がソファ側の席に着いたのって、稲島さんの指示でしたから」
「そうだよ! 俺はもともと、テーブル側の席に着くつもりだったんだし」
大西、よく言ってくれた! これで俺が新田を狙って殺したということは考えづらくなった。
「あとは、そもそも毒が盛られたのが、料理じゃなかった可能性があるわ」
ここで更なる助け船を出してくれたのはクリスだった。俺をかばってくれたのか。それとも自分の料理に異物を混入されたのが、よっぽど耐えられなかったのか。
「例えば夕食の前に、遅行性の毒を盛られた、ということはないかしら。そして症状が出始めたのが、ちょうど夕食のときだった」
その可能性もある。俺は新田が夕食の前に、どこで何をしていたか知らない。
「夕食の前に新田くんが、何か食べたり飲んだりしていたのを見た人いない?」
稲島さんの問いに、誰もが答えなかった。みんなの顔色をうかがいながら、誰かが何かを言い出すのを待っていた。
「誰かが用意しなくても、冷蔵庫には自由に飲める缶ジュースが置いてあったし、キッチンには自由に食べられるお菓子も置いてあった。誰かがそこに毒を盛って新田さんに提供したというのも、充分に考えられるわ」
そう考えると、すべての人間が容疑者として当てはまる。
「あの、俺ちょっと考えたんですけど」
ここで大西が、口を挟んだ。今日の彼の姿を見ていると、どうもアイスキャンデーが食べたくなってくる。
「新田さんが毒で殺された、っていうのは分かるんですよ。あの人を真っ向から殺そうとしたら、大抵の人が返り討ちにあうだろうし」
分かる。俺と新田がリングの上に立ったら、俺は五秒で負けるだろう。俺も新田を殺すなら、きっと毒殺を選ぶだろう。
「ただその毒って、どうやって調達したんでしょう。姫島にお店なんて一店舗もありません。そうすると犯人は、最初から新田さんを殺すつもりで、毒を外から持ち込んだんでしょうか」
つまり新田の死は衝動的なものでなく、最初から計画されたもの、ということか。
「そうとも限らないわ。例えばこの家には、洗剤だって殺虫剤だって除草剤だってあるもの」
おいクリス。それを言うと、この家の主であるお前が第一容疑者になるぞ。まあ、鍵のかかった箱に保管していたわけではないだろうが。
「なるほど。でもさ、どれもその辺のお店で、一般人が買えるようなものだぜ。そういうのって、間違えて口に入れたときにすぐ吐き出すよう、すごい苦くしてあるっていうじゃないか」
「そう言われてみればそうね。じゃあ望月さん、ちょっと味見してくれないかしら」
「は? 嫌だよ。竹川、お前がやれよ」
「何を言っているんですか。絶対に嫌ですよ。誠二、代わりにお前がやってくれないか」
「……」
俺たちは次々と、洗剤の味見を人に押しつけていった。
「あとは、ニコチンとか」
俺がそう言った途端、全員が、この中で唯一の喫煙者である大西の顔を見た。自分が疑われていると知っても、彼は特に弁明はしない。黙って事の成り行きを見守っている。
「ニコチンが使われたとしても、大西くんのものとは限らないわ。磯野だって吸っていたし。あいつの部屋を漁れば出てくるでしょう」
稲島さんは、自分と磯野の関係をばらされてから、その辺りを有耶無耶にすることをしなくなった。
「そういえば昨日、新田が大西の煙草を床にばらまいたんだよな? クリスが掃除をしてくれたけど。そのときに回収し忘れていた煙草を拝借したのかもしれないぜ」
「あら私の掃除にミスがあったとでも言いたいの?」
「掃除にミスがなかったとしたら、大西の煙草のニコチンが原因なら掃除をしたお前が疑われるぞ!?」
俺は何も発言しない方が正解だったのか……?
「あとは、姫島にトリカブトが生えているなら、それを使うとか」
網姫伝説によると、網島には昔、トリカブトが生えていたらしいじゃないか。姫島にも生えている可能性がある。
「えっ。この島、トリカブトが生えているの?」
「私は見たことないわ。以前、姫島中を探してみたけれど、とうとう見つからなかった。たまたま見つけられなかっただけかもしれないけど」
サクラの問いに、クリスがそう答えた。というか何でそんなものを探しているんだよ。こいつがトリカブトを手にしたら、絶対に変な薬を作り出すぞ。
「あの、すみません。さっきからずっと、直樹さんが毒殺された前提で話を進めていますが。そもそも可能性の問題であって、ただの突然死の可能性だってあるんですよね」
竹川が俺たちを引き戻した。そうなんだよな。でも昨日から立て続けに人が死ぬなんて、こんな偶然はあり得るのだろうか。
「それに直樹さんの死が殺人だったとしても、俺たちの中に犯人がいるとは限らないですよ。この姫島に、第三者が隠れている可能性もありますよね?」
竹川の言葉に、俺たちの身体は凍りついた。この姫島に、俺たち以外に誰かいる、だって?
「このペンション、俺たちが自由に出入りできるように、鍵をかけていないでしょう。誰かがこっそり入り込んで、キッチンの冷蔵庫のジュースを毒入りジュースと交換して、こっそり立ち去る。充分、考えられますよ」
可能性はゼロではない。でもそれをペンションの誰にも気付かれずにやるって、かなり難しい気がするぞ。ミステリ小説のネタにはまず採用されないな。
「何はともあれ、新田くんのこと、葉山さんと瀬戸さんに話さない訳にはいかないわよね」
稲島さんが大きくため息をついた。アーヤにとっては、友達どころか恋人までこの網島で失ったんだ。新田の死こそ、クマノミダイビングクラブにまったく責任はない。しかしそんなこと、アーヤにとっては関係ないだろう。どんな反応をされるか、想像できない。俺は腹の底からため息をついた。
「どうする? 二人が降りてきてから話す? それともこっちから話しに行く?」
リビングの時計を見ると、七時半を過ぎたところだ。朝食は七時半と言ってあるので、そろそろ二人が降りてくるだろう。
しかし七時四十五分になっても、仁美もアーヤも降りてこなかった。そもそも十五分の間、上の階から生活音すら聞こえてこない。まだ寝ているのか。それとも部屋にいないのか。
「あの、俺、起こしてきましょうか?」
竹川がおそるおそる提案してくれた。俺たちは誰も反対せず、面倒ごとを引き受けてもらうことにした。しかし彼は階段をトントンと上がったあと、数分後に一人で戻ってきた。
「仁美さんの部屋もアーヤさんの部屋も、ノックしてみましたが、誰も出てきません。何の音も聞こえないですし。ひょっとして部屋にいないのかも……」
どうしましょうか、と俺たちの判断を仰ぐ。俺や稲島さんの判断なしで、勝手な行動はできないだろう。
「俺も見て来るよ」
俺はそう言って、リビングを出て二階に向かった。後ろから竹川もついてくる。本当は同じ女性である稲島さんが様子を見に行った方がいいだろうが、アーヤとは昨日の確執があって気まずいだろうし、俺の方がまだマシだろう。
一階のキッチン手前にある階段を上り、二階に上った。手前の部屋から、磯野、新田、アーヤ、仁美、に割り当てられている。
「おーい、仁美、まだ寝ているのか?」
俺はまず、仁美の部屋のドアをドンドンと叩いた。ドアに耳を当ててみたが、何も聞こえてこない。
「俺も試したんですけど、まったく反応なかったですよ。俺がドアを叩く音は、もっとおとなしめでしたが」
竹川のやつ。さりげなく、自分の方が紳士だということをアピールしてくる。そういうのは女性相手にしてくれ。
「仁美。もし鍵をかけていないなら、入るぞ」
俺はとんでもないことを口走って、ドアをゆっくりと開けた。このペンションの各部屋には、外からかける鍵はなく、内側からかけない限りドアは開く。
ドアは問題なくゆっくり開いた。仁美、鍵をかけないで寝たのか。網島の住人は家の鍵すらかけない不用心な奴が多い。でもお前は今、東京に住んでいる年頃の女性なんだから、少しは用心しとけ。
ドアを開けたら、目の前の壁に窓があった。右手にベッド、左手に机と椅子。これはクリスの部屋を除いて(見せてもらえたことがない)、どこの客室も同じだろう。当然、俺の部屋も同じだ。
部屋の中を確認したが、仁美はいなかった。朝から姫島の散歩に出かけたのだろうか。赤い小さなキャリーバッグが床に置かれ、開いた状態になっている。中身は服やポーチなど。下着らしいものも視界に入ったが、俺は慌てて目を逸らした。
ベッドは多少はしわがあるものの、きれいに整えられている。俺の寝て起きた直後のままになっているベッドと大違いだ。机の上には、ポーチ、化粧品(口紅とか、そういう分類までは分からない)、などが置かれている。そしてスマホと、小さめサイズのドライヤーが置いてあった。男性用の風呂場にはドライヤーが置かれていたし、女性用の風呂場にも置かれているだろう。それなのにドライヤーを持参したのか。
俺はホテルや旅館に泊まるとき、できるだけそこで用意されているものを使えばいいと思っているので、自然と荷物は少なくなる。今回の合宿だって、Tシャツと下着が泊数分と、短パン兼用の海水パンツ(黄)を一枚しか持ってきていない。しかし女性は、服を日数分はもちろんだが、シャンプーなどのバスグッズはもちろん、歯ブラシ、クシ、ドライヤーなど、宿泊先に置いてあるのに自分のものを用意する人がいると聞く。荷物が増えても肩が凝るだけなのに。男性に持ってもらうつもりだから気にしていないって人もいるのだろう。
「カエデさん、アーヤさんの部屋も、仁美さんの部屋と同じですよ」
竹川はいつの間にか、アーヤの部屋を開けたらしい。もし部屋に彼女がいて着替えでもしていたら、ビンタされる覚悟はできていたのか。ちなみに俺はできていたぞ。
アーヤの部屋を覗くと、確かに仁美の部屋と同じ感じだった。違うところは、アーヤのキャリーバッグはピンクで、仁美のものと比べてサイズが大きい。そして開けられたキャリーバッグの中や机が、仁美よりもゴチャゴチャしていた。
「やっぱり二人で朝の散歩に出かけたんでしょう。玄関に靴があるか確認しましょう」
竹川の提案に乗り、俺たちは階段を降りて玄関にやってきた。玄関には、階段を降りてくる音を確認しただろうクリスたちが集まっていた。
「あ、カエデたち、戻ってきた! 葉山さんたち、部屋にいた?」
「仁美もアーヤも、部屋にいなかった。もしかしたら、朝の散歩に出かけたのかも」
サクラの問いに俺はそう答えると、玄関にごちゃごちゃと脱ぎ捨ててある大量の靴の中に、女性のサイズの靴がいくつあるか確認した。ゴスロリ服に合いそうな靴(つまりクリスの靴だ)を除くと、一つしかなかった。これは稲島さんの靴だろう。
「靴がないってことは、やっぱり外に行ったんだ。俺、探してきます。カエデさん一緒に行きましょう」
竹川は俺にもそう促すと、自分のスニーカーに足を突っ込んだ。しょうがないなと心の中で呟き、俺も自分のスニーカーに足を突っ込む。
「俺も行きましょうか」
大西が自分も探しに行く素振りを見せた。姫島は狭いとはいえ、人手は多い方がいい。
「いや、直樹さんのこともあったし、女性だけで残すのは心配だ。お前はここで、皆と一緒に待っていてほしい」
新田の死が、自然死でない可能性を残している以上、竹川の提案はもっともだ。俺たちは大西に女性陣を任せて、ペンションをあとにした。
「……まだ寝たい」
しかし皆はもう起きているだろう。とりあえず椅子に干しておいた海水パンツ(黄)に履きかえた。Tシャツは寝間着にしていたものをそのまま着続けることにした。
部屋の鏡を見ながら寝癖をいじっているうちに、昨日の記憶が蘇ってきた。磯野が死んだ。姫島に閉じ込められた。磯野と稲島さんが付き合っていたことを知った。仁美たちが五年前の事故の要因の一部を作ったことを知った。クリスのバスローブが盗まれた。
とりあえず明日まで待てば、三枝さんが迎えにきてくれる。それまでおとなしくしていよう。俺は部屋のドアを開けてリビングに向かった。
「おはよー」
寝ぼけ眼で欠伸をしながら、リビングに足を踏み入れた。俺と仁美とアーヤ以外、全員がすでにリビングに集合していた。皆、意外と早起きだな。
「って、お前。何だ、その服?」
思わず大西の服にツッコミを入れてしまった。彼がいつも、非常に個性的な服を着ているのは知っている。しかし今日の彼の服は、さらに群を抜いて個性的だった。だって蛍光オレンジ色のつなぎファッションだったから。これならどんな人混みに巻き込まれても、彼を見失わないで済む。ただし網島で人混みに巻き込まれることなんて、まず考えられない。
「お前、いつもすげえ変わった服を着ているが、嫁さんは何も言わないのか?」
もうすぐ四児のパパだろ。そろそろ髪の色と共に落ち着いたらどうだ。
「えっ。この服、うちの嫁がインターネットで買ったんですよ。俺のピンクの頭に似合うだろうって」
似た者夫婦。類は友を呼ぶ。朱に染まれば赤くなる。日本には彼らにピッタリの言葉がたくさんある。
ところで大西のファッションの次に気になったのが、俺がリビングに入った瞬間の皆の視線だ。俺を責めている訳ではない。何かに怯えて助けを求めているようだ。一言でどう表現すればいいのか分からないが、とにかくピリピリした空気を醸しだす視線だった。
そして新田は昨晩と同様、ソファに横になっていた。こいつはまだ起きないのか。だから皆が迷惑がっているのか。そういえば朝食の準備がされている様子がない。こいつが起きないせいだろう。竹川も大西も新田の後輩だし、稲島さんだって支店長とはいえ、熊男に文句は言いづらいのかもしれない。仕方ないから俺が文句を言ってやるか。
「おい、新田。お前、そろそろ……」
起きろ。そう言ってタオルケットをはぎ取ろうとした手を、稲島さんの手が掴んだ。彼女の手はこうして見ると、俺の手よりだいぶ日に焼けている。俺が白すぎるだけか。
「カエデ、ダメだよ。新田くんに触っちゃ」
サクラが心細い表情で、そう言った。
「あのね、実は……」
「新田くん、息をしていないみたいなの」
サクラの声にかぶせて、稲島さんが俺の手を解きながら、とんでもないことを口にした。俺の目は一気に覚めた。
「え、新田が?」
それってつまり、死んでいるということか?
俺はソファでタオルケットに包まれながら横になっている新田の近くに寄った。彼の顔や体をよく観察してみる。
さっきまでは、ただ寝坊しているだけだと思った。しかしよく見ると、胸が上下に動いていない。ということは息をしていない。顔もよく見ると、生気が感じられなかった。
「本当に死んでいるのか?」
「死んでいるわ」
クリスが、食器用の洗剤を切らしてしまったわ、くらいのことのように言い放った。今日は、黒を基調としているがピンクの挿し色が入ったゴスロリドレスを着ている。
「呼吸、脈、心臓、すべて確かめてみて、死んでいると判断したわ」
俺がリビングに入ってきたときの皆の視線の意味を理解した。
「何で新田は死んだんだ?」
見たところ外傷はない。血が出ているとか、首に何かを巻きつけた跡とか、そんなのは確認できなかった。
「突然死ってやつか」
真っ先に思いついたのが、心臓麻痺。まさかあの新田が? まだ若いのに。昨日の夕飯のとき具合が悪そうにしていたが、まさか突然死を予兆していたとは。ひょっとして、昨晩、俺がタオルケットをかけたとき、すでに死んでいたのか。いや微かではあるが、寝息は聞こえていた。それに死んでいるなら、クリスが気付いただろう。
「網姫の呪い」
予想はついたが、クリスがお決まりの台詞をつぶやいた。
「何を言っているんだよ。新田の死は、海とはまったく関係ないだろ」
「あなた知らないの? 網姫伝説で、網姫が毒を盛られていたじゃない」
「えっ? 毒?」
新田の死が、毒によるものだというのか。というかクリス、網島に来てから間もないのに、網姫伝説を知っていたのか。
「外傷がないし。確かに毒によって死んだというのも考えられるけど」
稲島さんも、毒による可能性を考えているようだ。
「でも、もし毒によるものだとすると……それって殺人だよな?」
磯野と違って、事故ではない。殺意を持った人間が、悪意を持って死なせた。この中に、新田を死なせた犯人がいる可能性がある。
「まさか新田くんまで死んじゃうなんて。これってクマノミダイビングクラブ的に、やばいどころか、超やばいんじゃない!?」
まさにサクラの言う通りだ。昨日までやばいレベルだったが、今朝になって、超やばいレベルに上がった。
「ひょっとして昨日の夕飯、直樹さんの分、毒が混ぜられていたとか? だって直樹さんが辛そうにしていたのって、食べている途中でしたよね?」
竹川の話にも一理あるが、クリスが非常に不機嫌そうに竹川を睨みつけた。
「私が食事に毒を盛ったとでも言いたいの?」
クリスが隣にいた竹川を、ものすごい顔で睨んだ。三十センチ以上の身長差があるが、迫力でいえば完全に逆転している。
「いえ、そういう訳ではありません」
竹川が慌てて首を横に振る。しかし昨日の夕飯に毒を盛られたというのは、可能性としては、なくはない。
「もし新田さんの食事にだけ毒が混ざっていたとして、それってどの時点で混ぜられたんでしょうか?」
大西の冷静な疑問に、俺は昨晩の皆の行動を思い出した。
「昨日、クリスが食事の盛り付けをして、大西と竹川が配膳をした、っていう認識で問題ないか?」
竹川と大西は、問題ない、と首を縦に振って肯定した。
「皆を疑うのは嫌だけど、あえて言わせてもらうと、クリスさん、竹川くん、大西くん、の三人には毒を盛るチャンスがあった、ってことよね」
稲島さんの言葉に、三人は嫌そうな顔をしながらも、否定はしなかった。
「あと、ここで私を容疑者から外してしまうのはフェアじゃないから言うけど。私はお皿の配膳はしていないけど、麦茶は入れて配ったの。だから私にもチャンスはあったわ」
さすが稲島さん。主観だけで物事を見ない。
「それから、新田くんより前にリビングに来てソファに座っていた葉山さん。彼女も皆の目を盗んで、新田くんのお皿に毒を盛ることはできたわ」
仁美を疑いたくないが、彼女は新田に対して、あまりいい感情を持っていなかった。毒を盛らなくても、いたずらでタバスコとかは混ぜていそうだ。昨晩の夕飯はサンドイッチだったから、本当に混ぜていたならすぐに気付いただろうが。
「あと望月くん。あなたもソファ側のテーブルについたんだし。あなたも容疑者よ」
「えっ。ちょっと待ってくださいよ」
俺が容疑者だって。そんなバカな。
「ソファにはすでに仁美が座っていたんですよ。何か変な物を混ぜたら、すぐに彼女が気付くじゃないですか」
それとも俺たちが共犯だとでも? 俺が誰かを殺すなら、単独犯でやるぞ。共犯者が裏切らないとは限らないからな。
「でも葉山さんは途中で席を立って、リビングから出て行ったじゃない」
そういえばそうだった。頼む、あのときの仁美。リビングから出て行かないでくれ。
しかしそうなると、容疑者から外れるのは、アーヤとサクラか。ついでにウィルも外しておいてやるか。
「そして肝心な容疑者がまだいるわ。新田くん本人よ」
「えっ。それって、自殺ってことですか?」
まさか。新田が自殺だなんて。
「新田くん、磯野くんが死んだこと、そんなにショックだったのかな」
サクラ、お前が本心で言っている訳ないと思うが、ちゃんと言わせてもらう。そんな訳は絶対にない。
「それからもう一つ疑問なんですが。ほとんどの人に毒を盛る可能性があったとして、どうやって新田さんをターゲットにできたのでしょうか」
そこなんだよ、大西。容疑者を絞り出してはみたものの、あくまで皿に毒を盛ることができた連中を洗い出しただけだ。まさか無差別殺人で、誰でも良かった、とか。
「確実に直樹さんを狙うとなると……それができたのって直樹さん本人を除けば、カエデさんしかいないじゃないですか」
「は? 何を言っているんだ」
ふざけるな、竹川。何で俺しかいないって思うんだ。
「だって考えてみてください。自分のよそった皿がどこの席に運ばれるか分からないクリスさんにはまず無理。俺と誠二と比呂乃さんだって、直樹さんがどこの席に座るか分からないから無理。仁美さんだって、毒を盛るならカエデさんが来るより前しかないですけど、残る二つの席のどちらに直樹さんが座るか分からないから無理」
「いや俺だって、新田がどっちに座るか分からなかったぞ」
途中で仁美が、席を立ったからな。
「でも仁美さんが帰ってきたとき、普通なら、自分がもともと座っていた席に座ろうとするでしょう。すると直樹さんの席って、もう一つしかないじゃないですか」
そう言われると、確かにそうだ。まずいな。このままじゃ俺が、容疑者の最有力候補になるぞ。
「でも望月さんが最初から新田さんを狙って毒を盛るというのも、無理がありますよね。だって彼がソファ側の席に着いたのって、稲島さんの指示でしたから」
「そうだよ! 俺はもともと、テーブル側の席に着くつもりだったんだし」
大西、よく言ってくれた! これで俺が新田を狙って殺したということは考えづらくなった。
「あとは、そもそも毒が盛られたのが、料理じゃなかった可能性があるわ」
ここで更なる助け船を出してくれたのはクリスだった。俺をかばってくれたのか。それとも自分の料理に異物を混入されたのが、よっぽど耐えられなかったのか。
「例えば夕食の前に、遅行性の毒を盛られた、ということはないかしら。そして症状が出始めたのが、ちょうど夕食のときだった」
その可能性もある。俺は新田が夕食の前に、どこで何をしていたか知らない。
「夕食の前に新田くんが、何か食べたり飲んだりしていたのを見た人いない?」
稲島さんの問いに、誰もが答えなかった。みんなの顔色をうかがいながら、誰かが何かを言い出すのを待っていた。
「誰かが用意しなくても、冷蔵庫には自由に飲める缶ジュースが置いてあったし、キッチンには自由に食べられるお菓子も置いてあった。誰かがそこに毒を盛って新田さんに提供したというのも、充分に考えられるわ」
そう考えると、すべての人間が容疑者として当てはまる。
「あの、俺ちょっと考えたんですけど」
ここで大西が、口を挟んだ。今日の彼の姿を見ていると、どうもアイスキャンデーが食べたくなってくる。
「新田さんが毒で殺された、っていうのは分かるんですよ。あの人を真っ向から殺そうとしたら、大抵の人が返り討ちにあうだろうし」
分かる。俺と新田がリングの上に立ったら、俺は五秒で負けるだろう。俺も新田を殺すなら、きっと毒殺を選ぶだろう。
「ただその毒って、どうやって調達したんでしょう。姫島にお店なんて一店舗もありません。そうすると犯人は、最初から新田さんを殺すつもりで、毒を外から持ち込んだんでしょうか」
つまり新田の死は衝動的なものでなく、最初から計画されたもの、ということか。
「そうとも限らないわ。例えばこの家には、洗剤だって殺虫剤だって除草剤だってあるもの」
おいクリス。それを言うと、この家の主であるお前が第一容疑者になるぞ。まあ、鍵のかかった箱に保管していたわけではないだろうが。
「なるほど。でもさ、どれもその辺のお店で、一般人が買えるようなものだぜ。そういうのって、間違えて口に入れたときにすぐ吐き出すよう、すごい苦くしてあるっていうじゃないか」
「そう言われてみればそうね。じゃあ望月さん、ちょっと味見してくれないかしら」
「は? 嫌だよ。竹川、お前がやれよ」
「何を言っているんですか。絶対に嫌ですよ。誠二、代わりにお前がやってくれないか」
「……」
俺たちは次々と、洗剤の味見を人に押しつけていった。
「あとは、ニコチンとか」
俺がそう言った途端、全員が、この中で唯一の喫煙者である大西の顔を見た。自分が疑われていると知っても、彼は特に弁明はしない。黙って事の成り行きを見守っている。
「ニコチンが使われたとしても、大西くんのものとは限らないわ。磯野だって吸っていたし。あいつの部屋を漁れば出てくるでしょう」
稲島さんは、自分と磯野の関係をばらされてから、その辺りを有耶無耶にすることをしなくなった。
「そういえば昨日、新田が大西の煙草を床にばらまいたんだよな? クリスが掃除をしてくれたけど。そのときに回収し忘れていた煙草を拝借したのかもしれないぜ」
「あら私の掃除にミスがあったとでも言いたいの?」
「掃除にミスがなかったとしたら、大西の煙草のニコチンが原因なら掃除をしたお前が疑われるぞ!?」
俺は何も発言しない方が正解だったのか……?
「あとは、姫島にトリカブトが生えているなら、それを使うとか」
網姫伝説によると、網島には昔、トリカブトが生えていたらしいじゃないか。姫島にも生えている可能性がある。
「えっ。この島、トリカブトが生えているの?」
「私は見たことないわ。以前、姫島中を探してみたけれど、とうとう見つからなかった。たまたま見つけられなかっただけかもしれないけど」
サクラの問いに、クリスがそう答えた。というか何でそんなものを探しているんだよ。こいつがトリカブトを手にしたら、絶対に変な薬を作り出すぞ。
「あの、すみません。さっきからずっと、直樹さんが毒殺された前提で話を進めていますが。そもそも可能性の問題であって、ただの突然死の可能性だってあるんですよね」
竹川が俺たちを引き戻した。そうなんだよな。でも昨日から立て続けに人が死ぬなんて、こんな偶然はあり得るのだろうか。
「それに直樹さんの死が殺人だったとしても、俺たちの中に犯人がいるとは限らないですよ。この姫島に、第三者が隠れている可能性もありますよね?」
竹川の言葉に、俺たちの身体は凍りついた。この姫島に、俺たち以外に誰かいる、だって?
「このペンション、俺たちが自由に出入りできるように、鍵をかけていないでしょう。誰かがこっそり入り込んで、キッチンの冷蔵庫のジュースを毒入りジュースと交換して、こっそり立ち去る。充分、考えられますよ」
可能性はゼロではない。でもそれをペンションの誰にも気付かれずにやるって、かなり難しい気がするぞ。ミステリ小説のネタにはまず採用されないな。
「何はともあれ、新田くんのこと、葉山さんと瀬戸さんに話さない訳にはいかないわよね」
稲島さんが大きくため息をついた。アーヤにとっては、友達どころか恋人までこの網島で失ったんだ。新田の死こそ、クマノミダイビングクラブにまったく責任はない。しかしそんなこと、アーヤにとっては関係ないだろう。どんな反応をされるか、想像できない。俺は腹の底からため息をついた。
「どうする? 二人が降りてきてから話す? それともこっちから話しに行く?」
リビングの時計を見ると、七時半を過ぎたところだ。朝食は七時半と言ってあるので、そろそろ二人が降りてくるだろう。
しかし七時四十五分になっても、仁美もアーヤも降りてこなかった。そもそも十五分の間、上の階から生活音すら聞こえてこない。まだ寝ているのか。それとも部屋にいないのか。
「あの、俺、起こしてきましょうか?」
竹川がおそるおそる提案してくれた。俺たちは誰も反対せず、面倒ごとを引き受けてもらうことにした。しかし彼は階段をトントンと上がったあと、数分後に一人で戻ってきた。
「仁美さんの部屋もアーヤさんの部屋も、ノックしてみましたが、誰も出てきません。何の音も聞こえないですし。ひょっとして部屋にいないのかも……」
どうしましょうか、と俺たちの判断を仰ぐ。俺や稲島さんの判断なしで、勝手な行動はできないだろう。
「俺も見て来るよ」
俺はそう言って、リビングを出て二階に向かった。後ろから竹川もついてくる。本当は同じ女性である稲島さんが様子を見に行った方がいいだろうが、アーヤとは昨日の確執があって気まずいだろうし、俺の方がまだマシだろう。
一階のキッチン手前にある階段を上り、二階に上った。手前の部屋から、磯野、新田、アーヤ、仁美、に割り当てられている。
「おーい、仁美、まだ寝ているのか?」
俺はまず、仁美の部屋のドアをドンドンと叩いた。ドアに耳を当ててみたが、何も聞こえてこない。
「俺も試したんですけど、まったく反応なかったですよ。俺がドアを叩く音は、もっとおとなしめでしたが」
竹川のやつ。さりげなく、自分の方が紳士だということをアピールしてくる。そういうのは女性相手にしてくれ。
「仁美。もし鍵をかけていないなら、入るぞ」
俺はとんでもないことを口走って、ドアをゆっくりと開けた。このペンションの各部屋には、外からかける鍵はなく、内側からかけない限りドアは開く。
ドアは問題なくゆっくり開いた。仁美、鍵をかけないで寝たのか。網島の住人は家の鍵すらかけない不用心な奴が多い。でもお前は今、東京に住んでいる年頃の女性なんだから、少しは用心しとけ。
ドアを開けたら、目の前の壁に窓があった。右手にベッド、左手に机と椅子。これはクリスの部屋を除いて(見せてもらえたことがない)、どこの客室も同じだろう。当然、俺の部屋も同じだ。
部屋の中を確認したが、仁美はいなかった。朝から姫島の散歩に出かけたのだろうか。赤い小さなキャリーバッグが床に置かれ、開いた状態になっている。中身は服やポーチなど。下着らしいものも視界に入ったが、俺は慌てて目を逸らした。
ベッドは多少はしわがあるものの、きれいに整えられている。俺の寝て起きた直後のままになっているベッドと大違いだ。机の上には、ポーチ、化粧品(口紅とか、そういう分類までは分からない)、などが置かれている。そしてスマホと、小さめサイズのドライヤーが置いてあった。男性用の風呂場にはドライヤーが置かれていたし、女性用の風呂場にも置かれているだろう。それなのにドライヤーを持参したのか。
俺はホテルや旅館に泊まるとき、できるだけそこで用意されているものを使えばいいと思っているので、自然と荷物は少なくなる。今回の合宿だって、Tシャツと下着が泊数分と、短パン兼用の海水パンツ(黄)を一枚しか持ってきていない。しかし女性は、服を日数分はもちろんだが、シャンプーなどのバスグッズはもちろん、歯ブラシ、クシ、ドライヤーなど、宿泊先に置いてあるのに自分のものを用意する人がいると聞く。荷物が増えても肩が凝るだけなのに。男性に持ってもらうつもりだから気にしていないって人もいるのだろう。
「カエデさん、アーヤさんの部屋も、仁美さんの部屋と同じですよ」
竹川はいつの間にか、アーヤの部屋を開けたらしい。もし部屋に彼女がいて着替えでもしていたら、ビンタされる覚悟はできていたのか。ちなみに俺はできていたぞ。
アーヤの部屋を覗くと、確かに仁美の部屋と同じ感じだった。違うところは、アーヤのキャリーバッグはピンクで、仁美のものと比べてサイズが大きい。そして開けられたキャリーバッグの中や机が、仁美よりもゴチャゴチャしていた。
「やっぱり二人で朝の散歩に出かけたんでしょう。玄関に靴があるか確認しましょう」
竹川の提案に乗り、俺たちは階段を降りて玄関にやってきた。玄関には、階段を降りてくる音を確認しただろうクリスたちが集まっていた。
「あ、カエデたち、戻ってきた! 葉山さんたち、部屋にいた?」
「仁美もアーヤも、部屋にいなかった。もしかしたら、朝の散歩に出かけたのかも」
サクラの問いに俺はそう答えると、玄関にごちゃごちゃと脱ぎ捨ててある大量の靴の中に、女性のサイズの靴がいくつあるか確認した。ゴスロリ服に合いそうな靴(つまりクリスの靴だ)を除くと、一つしかなかった。これは稲島さんの靴だろう。
「靴がないってことは、やっぱり外に行ったんだ。俺、探してきます。カエデさん一緒に行きましょう」
竹川は俺にもそう促すと、自分のスニーカーに足を突っ込んだ。しょうがないなと心の中で呟き、俺も自分のスニーカーに足を突っ込む。
「俺も行きましょうか」
大西が自分も探しに行く素振りを見せた。姫島は狭いとはいえ、人手は多い方がいい。
「いや、直樹さんのこともあったし、女性だけで残すのは心配だ。お前はここで、皆と一緒に待っていてほしい」
新田の死が、自然死でない可能性を残している以上、竹川の提案はもっともだ。俺たちは大西に女性陣を任せて、ペンションをあとにした。
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