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2 移り来たる者たち
初日の終わり
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その場に尻餅をついたまま廊下の奥を見つめていると、横を通りかかった漆原さんに「大丈夫か?」と声を掛けられた。
「あ、平気です」
「そうか。なかなか傑作なのがいるだろ? そのうち『お気に入り』が見つかるよ」
あまり笑えない冗談を残して、漆原さんは一人で廊下を遠ざかっていった。両手をズポンのポケットに突っ込んだ彼の背中は、やがて男子トイレのあたりで左に折れて消えた。
ふと俺は思い当たった。今の日輪高校のような状況に置かれると、男同士で連れションをするということ一つにもいちいち後ろめたさが伴ってしまうのだ。
初日の授業が終わった。学校に残るという3年生4人を残し、俺は西塔と一緒に校門へ急いだ。
新しい級友とは携帯電話番号・LINEの交換を終えた。時刻は午後3時50分になろうとしているところで、「ゲート」が開いている時間帯のせいか、廊下にも玄関にも霊は出没せず閑散としている。
「3年生は今晩泊りがけで部活の用事を済ませるんだって」
「凄い度胸だな」
「結構楽しいらしいよ。命まで取られるわけじゃないし」
「気を付けた方がいいと思うけどなあ」
そんなことを言い合っているうちに校門へたどり着いた。登校時には気付かなかったが、校門外から少し離れた道路脇に飲料の自販機がある。見た目はまだ新しい。俺はその自販機でジュースを買い、先に坂を下りていく西塔に手を振った。
「じゃあ、また明日」
立ち止まった西塔がその日初めて無垢な少年の表情を見せ、「帰らないの?」と尋ねてきた。
「しばらく様子を見ようと思って」
「あ、なるほど」
納得したという軽い笑顔を示して、西塔貢はその場を離れて行った。しばらくして、俺は飲み終えたジュースの缶を自販機横の空き缶入れに放り込んでから、校庭と校舎の様子に目を凝らした。
相変わらず、どこにも人影はない。腕時計を見ると、ゲートが閉まるまであと2分。
腕時計のデジタル表示がゲート閉鎖時刻に達した瞬間、校舎屋上に人影が見えた。それはたちどころに増え、屋上のフェンス際はすべて制服を着た男女でいっぱいになった。同時に、1階の出口という出口から生徒が湧き出し、こちらへ走ってくる。
制服姿、運動部のユニフォームと服装はまちまちだった。ただ、どこかしら今の俺たちとは違う。特に女子は髪型やスカートの丈、靴下の形がてんでんばらばらで、俺は言い伝えでしか知らないルーズソックスというものをその時初めて見た。連中はとうとう校門前に立つ俺の正面まで来て、足を止めた。
学校の敷地から出られないのは連中も同じなのだろうか。見えない壁に前を遮られているかのように押し合いへし合いしながら、かっと見開いた目を無言のまま俺に向けてくる。
よく見ると、顔の造作が福笑いのようにおかしな者が何人もいた。両目の大きさや形が違っていたり、鼻の付いている位置が不自然に高かったり、口が顔の中心線からずれて大きく傾いていたり……。髪を七三分けにした中年の男も交じっているのは、かつて日輪高校に勤務した教職員なのか。
連中の総数は、到底100人ではきかない。200、いや、どう少なく見積もっても300人以上いるだろう。
腹の底に重苦しいものを感じ、背中に嫌な汗がにじんでくる。俺は五鈷鈴を顔の前に掲げ、連中の目の前で3回振った。
見えない壁の前で押し合っている霊たちの圧力が緩み、少しずつ後ろへ引いていく。やがて不愉快そうに顔を見合わせ、「なんだあれ」「シャレが通じないのかよ」などと風の音のような呟きを残して俺に背を向ける。体操着姿は体育館へ、制服組は校舎へと分かれ、誰一人として俺を振り向かない。
その瞬間、制服の内ポケットでスマホが鳴った。
それは財部からのLINE着信で「昨日借りてったチャリ返せよ」とあった。とりあえず俺は「とにかく最悪。詳しいことは後で」と返信し、校門に背を向けた。
「あ、平気です」
「そうか。なかなか傑作なのがいるだろ? そのうち『お気に入り』が見つかるよ」
あまり笑えない冗談を残して、漆原さんは一人で廊下を遠ざかっていった。両手をズポンのポケットに突っ込んだ彼の背中は、やがて男子トイレのあたりで左に折れて消えた。
ふと俺は思い当たった。今の日輪高校のような状況に置かれると、男同士で連れションをするということ一つにもいちいち後ろめたさが伴ってしまうのだ。
初日の授業が終わった。学校に残るという3年生4人を残し、俺は西塔と一緒に校門へ急いだ。
新しい級友とは携帯電話番号・LINEの交換を終えた。時刻は午後3時50分になろうとしているところで、「ゲート」が開いている時間帯のせいか、廊下にも玄関にも霊は出没せず閑散としている。
「3年生は今晩泊りがけで部活の用事を済ませるんだって」
「凄い度胸だな」
「結構楽しいらしいよ。命まで取られるわけじゃないし」
「気を付けた方がいいと思うけどなあ」
そんなことを言い合っているうちに校門へたどり着いた。登校時には気付かなかったが、校門外から少し離れた道路脇に飲料の自販機がある。見た目はまだ新しい。俺はその自販機でジュースを買い、先に坂を下りていく西塔に手を振った。
「じゃあ、また明日」
立ち止まった西塔がその日初めて無垢な少年の表情を見せ、「帰らないの?」と尋ねてきた。
「しばらく様子を見ようと思って」
「あ、なるほど」
納得したという軽い笑顔を示して、西塔貢はその場を離れて行った。しばらくして、俺は飲み終えたジュースの缶を自販機横の空き缶入れに放り込んでから、校庭と校舎の様子に目を凝らした。
相変わらず、どこにも人影はない。腕時計を見ると、ゲートが閉まるまであと2分。
腕時計のデジタル表示がゲート閉鎖時刻に達した瞬間、校舎屋上に人影が見えた。それはたちどころに増え、屋上のフェンス際はすべて制服を着た男女でいっぱいになった。同時に、1階の出口という出口から生徒が湧き出し、こちらへ走ってくる。
制服姿、運動部のユニフォームと服装はまちまちだった。ただ、どこかしら今の俺たちとは違う。特に女子は髪型やスカートの丈、靴下の形がてんでんばらばらで、俺は言い伝えでしか知らないルーズソックスというものをその時初めて見た。連中はとうとう校門前に立つ俺の正面まで来て、足を止めた。
学校の敷地から出られないのは連中も同じなのだろうか。見えない壁に前を遮られているかのように押し合いへし合いしながら、かっと見開いた目を無言のまま俺に向けてくる。
よく見ると、顔の造作が福笑いのようにおかしな者が何人もいた。両目の大きさや形が違っていたり、鼻の付いている位置が不自然に高かったり、口が顔の中心線からずれて大きく傾いていたり……。髪を七三分けにした中年の男も交じっているのは、かつて日輪高校に勤務した教職員なのか。
連中の総数は、到底100人ではきかない。200、いや、どう少なく見積もっても300人以上いるだろう。
腹の底に重苦しいものを感じ、背中に嫌な汗がにじんでくる。俺は五鈷鈴を顔の前に掲げ、連中の目の前で3回振った。
見えない壁の前で押し合っている霊たちの圧力が緩み、少しずつ後ろへ引いていく。やがて不愉快そうに顔を見合わせ、「なんだあれ」「シャレが通じないのかよ」などと風の音のような呟きを残して俺に背を向ける。体操着姿は体育館へ、制服組は校舎へと分かれ、誰一人として俺を振り向かない。
その瞬間、制服の内ポケットでスマホが鳴った。
それは財部からのLINE着信で「昨日借りてったチャリ返せよ」とあった。とりあえず俺は「とにかく最悪。詳しいことは後で」と返信し、校門に背を向けた。
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