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数日後。
私は幸福の会の本部があるビルの近くの公園に来ていた。
入会の手引きをしてもらうために、今は東雲さんと待ち合わせをしているところだ。
「瀬戸さん、お待たせしました!」
「いえ、来たばかりですから」
しばらくして、私の姿を見つけた東雲さんが小走りでやって来た。
彼は今日も爽やかな笑顔を浮かべており、きっちりとスーツを着こなしていた。それでも堅すぎる印象はなく、どこか安心するような柔らかさがあった。
彼は私を先導して歩き始める。
幸福の会とはどんな所なのか、とか色々と雑談をしながら目的地を目指す。
やがて目的地に着いた私たちは小綺麗なビルの中に入った。
中に入ると受付の女性がおり、東雲さんが女性に入会希望者の方です、と私を紹介するとお辞儀をしてくれた。
そのままエレベーターに乗り込むと、彼はボタンを押した。そのままゆっくりと上昇していく。
今日は集会があるらしい。
すぐにでも入信させられるものかと思っていたのだが、東雲さんは「一度参加してみてから決めてくださいね」と、意外にも真っ当な対応だった。
エレベーターから降りて、廊下を進んで行くと、力強い男性の声が外にまで響いていた。
目的の扉の前で立ち止まると、東雲さんは私を講堂に入れる。
中には老若男女問わず五十人ほどの人間がいて、熱心に講壇に立っている男性の話を聞いていた。
空いている席に座ると、東雲さんもその隣に腰掛けた。
「みなさま、こんにちは。わたくしは会長の大上と申します。本日は集まってくださってありがとうございます」
男は穏やかな口調でそう言った。
年の頃は五十代後半といったところだろうか? 白い髪をオールバックにして、鋭い眼光を放つ男だった。その貫禄は凄まじく、彼が発する言葉には妙に説得力があり、まるで魔法にかかったように皆が真剣に耳を傾けていた。
「……では、これより幸福の会の教義について説明させていただきます」
そう言うと、大上と名乗った男が語り出した。
曰く、幸福の会は世界平和を実現するための組織であり、この世の全ての人々が幸せになる権利を持っていること、そしてそのために我々が協力できることを説明していく。
絵に描いたよう胡散臭さに興奮する。
だが、こういうのは形だけでも納得しているふりをしておいた方が良いだろう。
私はうんうんと頷いて、感服した演技をすると、横にいた東雲さんがニコニコとしていた。
「皆さんもご存じの通り、この世の中には悪しき存在がいます。しかし我々はそういった邪悪な存在と戦い、人々を守ることができるのです。それは我々の力をもってすれば容易いこと。是非、この機会に我々と一緒になって戦いましょう!」
「おおー!」
演説が終わると同時に大きな歓声が上がった。
拍手が巻き起こり、それに答えるかのように再び大上の声が響く。
その熱狂にドン引きしつつも、私も立ち上がり大きく拍手をした。
「では、新たな信者さんのために、ここで入信の手続きを行いたいと思います。では、こちらのお部屋はどうぞ」
案内された先は会議室のような場所だった。私の他にも慣れない様子の四人と、一人一人の付き添いらしき人が一緒に入っていく。
簡単な書類に記入し、身分証明書を提示してサインをするというものだった。
正直そこまでするのは躊躇われたが、この空気の中で帰れる人がどこにいるというのだろう。
それに動画のことを考えれば……。私は思い切って書類を提出した。
これで晴れて幸福の会の信者となったようだ。
呆気ないものだ、と思って帰ろうとすると、東雲さんに引き止められる。
「まだ儀式がありますよ」
儀式、という言葉にこれは楽しくなりそうだ、と思った。
私は少しワクワクしながら、案内されるままに付いて行った。
案内された先に会ったのは地下にある広い空間だった。
天井が高く、壁はコンクリートが剥き出しになっている。
「え……」
床には何かのマークのようなものが描かれていて、中央に大きな祭壇が鎮座していた。
なんだか魔女の黒魔術のようだ、と思うと私は少し物怖じしてしまった。
「では皆さん、脱いで下さい」
「えっ?」
「あぁ、下着は着けたままで結構ですよ。さすがに恥ずかしいでしょうから」
東雲さんの突然の言葉に皆戸惑うが、次々に衣服を脱ぎ始めていた。
仕方ないので、私もそれに従うことにする。
とんでもなく恥ずかしいことには恥ずかしいのだが、動画のネタとしては申し分ないと判断したからだ。
「では、そこの台に横になってください」
言われるままに寝そべると、目を閉じてと言われて、視界が閉ざされた。
「それじゃ始めます。準備はいいですか?…………いきますよ」
東雲さんがそう宣言した直後、私の身体に衝撃が走った。
全身に電流が流れているような感覚に思わず声を上げる。
「あああっ!」
「もう少し我慢して下さい」
「ふぅううううう!……ううううううう」
最初はかなり驚いたが、次第に痛みはないことに気が付くと冷静でいられた。
これは一体どういうことなんだろうか?
しばらくすると施術が終わったようで、目隠しを外される。
そのまま他の人が電流らしきものを流されてビリビリしている様子を一緒に眺めると、シュールな状況に笑いそうになってしまった。
「皆さまは晴れて生まれ変わることができました。これにて入会の儀式は完了です。お疲れ様でした。私たちは家族です。助け合いながら生きていきましょう」
と、大上さんがにこにこしながら言った。
それから私はあまりの衝撃に放心状態で家に帰った。そして、すぐに動画の編集を始めた。
私は幸福の会の本部があるビルの近くの公園に来ていた。
入会の手引きをしてもらうために、今は東雲さんと待ち合わせをしているところだ。
「瀬戸さん、お待たせしました!」
「いえ、来たばかりですから」
しばらくして、私の姿を見つけた東雲さんが小走りでやって来た。
彼は今日も爽やかな笑顔を浮かべており、きっちりとスーツを着こなしていた。それでも堅すぎる印象はなく、どこか安心するような柔らかさがあった。
彼は私を先導して歩き始める。
幸福の会とはどんな所なのか、とか色々と雑談をしながら目的地を目指す。
やがて目的地に着いた私たちは小綺麗なビルの中に入った。
中に入ると受付の女性がおり、東雲さんが女性に入会希望者の方です、と私を紹介するとお辞儀をしてくれた。
そのままエレベーターに乗り込むと、彼はボタンを押した。そのままゆっくりと上昇していく。
今日は集会があるらしい。
すぐにでも入信させられるものかと思っていたのだが、東雲さんは「一度参加してみてから決めてくださいね」と、意外にも真っ当な対応だった。
エレベーターから降りて、廊下を進んで行くと、力強い男性の声が外にまで響いていた。
目的の扉の前で立ち止まると、東雲さんは私を講堂に入れる。
中には老若男女問わず五十人ほどの人間がいて、熱心に講壇に立っている男性の話を聞いていた。
空いている席に座ると、東雲さんもその隣に腰掛けた。
「みなさま、こんにちは。わたくしは会長の大上と申します。本日は集まってくださってありがとうございます」
男は穏やかな口調でそう言った。
年の頃は五十代後半といったところだろうか? 白い髪をオールバックにして、鋭い眼光を放つ男だった。その貫禄は凄まじく、彼が発する言葉には妙に説得力があり、まるで魔法にかかったように皆が真剣に耳を傾けていた。
「……では、これより幸福の会の教義について説明させていただきます」
そう言うと、大上と名乗った男が語り出した。
曰く、幸福の会は世界平和を実現するための組織であり、この世の全ての人々が幸せになる権利を持っていること、そしてそのために我々が協力できることを説明していく。
絵に描いたよう胡散臭さに興奮する。
だが、こういうのは形だけでも納得しているふりをしておいた方が良いだろう。
私はうんうんと頷いて、感服した演技をすると、横にいた東雲さんがニコニコとしていた。
「皆さんもご存じの通り、この世の中には悪しき存在がいます。しかし我々はそういった邪悪な存在と戦い、人々を守ることができるのです。それは我々の力をもってすれば容易いこと。是非、この機会に我々と一緒になって戦いましょう!」
「おおー!」
演説が終わると同時に大きな歓声が上がった。
拍手が巻き起こり、それに答えるかのように再び大上の声が響く。
その熱狂にドン引きしつつも、私も立ち上がり大きく拍手をした。
「では、新たな信者さんのために、ここで入信の手続きを行いたいと思います。では、こちらのお部屋はどうぞ」
案内された先は会議室のような場所だった。私の他にも慣れない様子の四人と、一人一人の付き添いらしき人が一緒に入っていく。
簡単な書類に記入し、身分証明書を提示してサインをするというものだった。
正直そこまでするのは躊躇われたが、この空気の中で帰れる人がどこにいるというのだろう。
それに動画のことを考えれば……。私は思い切って書類を提出した。
これで晴れて幸福の会の信者となったようだ。
呆気ないものだ、と思って帰ろうとすると、東雲さんに引き止められる。
「まだ儀式がありますよ」
儀式、という言葉にこれは楽しくなりそうだ、と思った。
私は少しワクワクしながら、案内されるままに付いて行った。
案内された先に会ったのは地下にある広い空間だった。
天井が高く、壁はコンクリートが剥き出しになっている。
「え……」
床には何かのマークのようなものが描かれていて、中央に大きな祭壇が鎮座していた。
なんだか魔女の黒魔術のようだ、と思うと私は少し物怖じしてしまった。
「では皆さん、脱いで下さい」
「えっ?」
「あぁ、下着は着けたままで結構ですよ。さすがに恥ずかしいでしょうから」
東雲さんの突然の言葉に皆戸惑うが、次々に衣服を脱ぎ始めていた。
仕方ないので、私もそれに従うことにする。
とんでもなく恥ずかしいことには恥ずかしいのだが、動画のネタとしては申し分ないと判断したからだ。
「では、そこの台に横になってください」
言われるままに寝そべると、目を閉じてと言われて、視界が閉ざされた。
「それじゃ始めます。準備はいいですか?…………いきますよ」
東雲さんがそう宣言した直後、私の身体に衝撃が走った。
全身に電流が流れているような感覚に思わず声を上げる。
「あああっ!」
「もう少し我慢して下さい」
「ふぅううううう!……ううううううう」
最初はかなり驚いたが、次第に痛みはないことに気が付くと冷静でいられた。
これは一体どういうことなんだろうか?
しばらくすると施術が終わったようで、目隠しを外される。
そのまま他の人が電流らしきものを流されてビリビリしている様子を一緒に眺めると、シュールな状況に笑いそうになってしまった。
「皆さまは晴れて生まれ変わることができました。これにて入会の儀式は完了です。お疲れ様でした。私たちは家族です。助け合いながら生きていきましょう」
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