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新生活

25.それぞれの今

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 神木への魔力補填完了から一夜明け、今日もアテナ、レヴィ、ノエル、貴族と各騎士団長といったお馴染みのメンバーが会議室に集まった。
「じゃーん! これが時の神様に運んできてもらった俺愛用の調理器具と、真紘ちゃんがお願いしてくれた地球産の調味料でーすッ!」
 顔よりも大きな中華鍋を掲げ、嬉々として報告する重盛を見つめ周囲は絶句していた。アテナの高らかな笑い声だけが部屋に響き渡る。
 背中を丸めた真紘は何度も頭を下げる。
「すみません、特に願いを思いつかなかったので……」
「いいのよ、誰にも負けないパワーが欲しいとか、絶世の美男になりたいとか、そういった欲求じゃないのが、また、うっふふ! 面白いわ、楽しいわぁ! レヴィ、これはしっかり後世に残さなければね、ちゃんと記録してちょうだい」
「ほっほっほ、お任せください」
 お茶会のような和やかな雰囲気から弾き出されたかのように、ノエルは部屋の隅で萎れた花のようになっていた。
 マルクスが昨日登城したのは、真紘と重盛が無事に役目を果たせたか確認するためで、夕方前にはまた自領に帰っていったらしい。確認するだけなら魔石の通話で事足りるはずだが、教会に迎えに来たからには最後まで見届けるべきだという責任感もあるのだろう。顔を見て安心したと優しく背中を叩いてくれた。
 なんとも面倒見が良い人だと真紘は甚く感動したものだ。
 だが、ノエルにとっては尊敬する上司。彼はしっかり救世主のサポートをするようにと命を受けているのだ。きっとどのように報告すべきか悩んでいるのだろう。
「何でも叶うと知った上で、願い事をしたので大丈夫ですよ。マルクスさんには僕達からちゃんと説明しますので」
「ですが、昨日もボロボロの真紘様と重盛様に会ったあと、ちゃんと魔石通話の説明をしたのかとこってり絞られたのですよ……! 歴代の救世主様方は最強の剣や、幸運が舞い込むように加護を付けてほしいとか、もっとご自身のためになることをお願いしていたのに……」
 うな垂れたままのノエルの隣にいつの間にか移動していたアテナが彼の肩を叩いた。ノエルはその衝撃で「ゥヴッ!」と聞いたことのないような呻き声を上げて沈み込んだ。
「もう終わったことなんだから仕方ないじゃない! マルクスだって貴方の仕事っぷりは知ってるわ。あの子が自分の代わりを任せるくらい信頼しているのよ。報告書だけだと驚くかもしれないけど、怒らないはずよ。むしろ私と同じで笑っちゃうんじゃない?」
 アテナの頼もしい言葉にノエルは目を潤ませ神に祈るように両手を握りしめている。
 重盛も大きく頷き、ノエルに語り掛ける。
「通話の件はマジ反省してる、せっかく教えてくれたのに、申し訳ないっす! でも、ばあちゃんのいう通り、俺達ノエルさんがいたからこの世界のお金も数えられるようになったし、魔石の使い方も覚えたんだからさ! まあ、エナドリ飲んで元気だしな?」
 彼を悩ます原因の半分である重盛はクイっと飲むジェスチャーをした。いつの間にかノエルを励ます会になっている。
 直属の上司よりも偉いこの国のトップに肩を揉まれているのは良いのだろうか。
 中間管理職って大変なんだなぁ、というお気楽な元学生、現在無職の真紘は何度か飲んだ茶色の小瓶を想像して、ポンッと宙に出現させると、ノエルに差し出した。
「はい、どうぞ。えっと元気一発のやつです」
「これは何でしょうか……。液剤……? 重盛様が仰っていた“えなどりぃ”ですか?」
「うーん、リアースでいうところの弱ポーションみたいなものですかね」
 皆、珍しいもの見たさにノエルを取り囲み、味は、効果は、と質問攻めだ。
 無からなんでも作れてしまう真紘は、この力をあまり使いたくはなかったが、今回は世話になったノエルを元気づけるため特別だ。
 この世界で生きていくために、金の使い方についてノエルに色々と教えてもらった。白金、金、銀、銅といった硬貨はどれも実物以上に重たいものに感じた。硬貨に付いた無数の傷はそれだけの人生が関わっている証。
 やはり購入できるものはできるだけ他の人と同じように対価を払いたい。重盛もそれがいいと賛同してくれた。
 地球では馴染みのないため、一度はポーションを飲んでみたいし、いつか自分で作れるようにもなってみたい。そして自分を温かく受け入れてくれたここにいる人たちに感謝を込めて贈りたい。
 エナドリを囲む大人達の歓声を聞きながら、真紘は密かに未来に思いを巡らせていた。


 魔石の魔力補充や、神木についての報告書の提出など、王城で過ごして一ヶ月が経った。
 同じ救世主として召喚されたメンバーの一人、剣士の三枝麻耶(さいぐさまや)と話す機会も増えた。
 麻耶は今回の救世主の中では最年長の二十六歳。年下である真紘と重盛のことを気遣ってくれる、明るく爽やかな春風のような人だった。
 水色のショートヘアはこの世界に来て変わってしまったらしい。一度も染めたことのない黒髪ロングだったのにと本人は愚痴を零していたが、真紘や重盛と同じく、変身願望が心の底にあったのだろう。
 時の神への願い事を聞いてみると、最初は聖女の回復を願ったが、それは本人が願えば済むことなので、自分の好きなことを願えと曾祖母の顔をした神に説得されたという。最終的には曾祖母の遺品である万年筆が欲しいと願った。
 彼女は誇らしげに、年代物とは思えないほど艶やかな鼈甲の万年筆を見せてくれた。
 印刷会社に勤めていた麻耶は、この世界でもう一度ライターとしての夢を追ってみることにしたそうだ。
「ペンは剣よりも強しってね!」
 勇者を言葉で説得できなかった麻耶は異世界に召喚された初日のことをとても悔いていた。
 自分より年下と思われる聖女も守れず、力も敵わなかった。あの時、自分がもっと早く対話を試みていたら何か変わっていたのかもしれないと、悔しさを滲ませて彼女は胸元にさした万年筆をそっと握った。
 ペンは剣よりも強し――。
 剣士の麻耶だからこそぴったりなスローガンだと真紘は思った。

 王城内の魔石の魔力補充はあっという間に終わったので、真紘、重盛、麻耶の三人はいつものように集まり、騎士団やギルドに配給する魔石の魔力補充を行っていた。
 重盛と麻耶は操れる属性に得手不得手があるため、一つの属性に絞り量産していたが、火に特化した魔力、水に特化した魔力、と振り分けながら補充するのは真紘にとって朝飯前な作業であった。
 傍から見れば、中庭でお茶を飲みながら内職しているといった地味な光景だ。

 勇者は未だに姿を見せない。姿どころか名前すら知らないのだ。
 学生服を着ていたため、十代だろうと麻耶は云う。
 何度か部屋の前まで赴き声を掛けてみたが、返事は一度もなかった。
 真紘が勇者を気にするのが気に食わないのか、三度目にしてついに重盛は青筋を立てながらドア越しに勇者を煽り出した。真紘とて同じ救世主としてできることはしたいが、そこまで肩入れするつもりはなかったため、今のところは重盛の尻尾を撫でながらやんわり宥めて、引き返すに留めている。

 さらに聖女もまだ目覚めない。
 自分の回復よりも望むこととは一体何なのだろうか。
 真紘が回復魔法を覚えて協力したいと申し出たが、麻耶が確認した聖女のステータスは全回復していたため、精神的なものだろうと看病する神官は云っていた。
 精神に干渉するような魔法は王城の書庫にすら資料はほぼない。そんな魔法を使えるほど、魔力を保有する人間がいないのだから当たり前である。
 今は聖女が自ら目覚める時を待つしかない。
 同じ救世主という立場の人間としてできることはないか。真紘はそんなことを考えながら今日も魔石を大量に捌いていくいくのであった。
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