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第3話:深読みのシグレと月の雫
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『星詠みのエトランゼ』という、甘く美しい表層の下に広がる、深く時に暗い迷宮のような世界。柳田八雲は完全に、そして深く、その世界の虜となっていた。失恋の痛みはいつしかこの熱狂的な没入によって意識の遠い片隅へと追いやられ、代わりに作品への純粋な愛情と、その複雑に絡み合った謎を解き明かしたいという、彼の本質ともいえる強い欲求が、彼の心を、そして彼の時間を支配するようになっていた。彼の大学ノートは、もはやあの無機質で孤独な幾何学模様の迷宮ではなく、『星エト』に関する情報――登場人物の相関図、ステレイティア王国の年表、古代文字の解読メモ、そして無数の伏線リストとそれに対する詳細な仮説――で、熱に浮かされたようにびっしりと埋め尽くされていた。
リナが持つペンダントの紋章の意味は? カイルの親友と初恋の相手の死の真相は? 「暁の蛇」の真の目的は? そして物語の核心に関わる「忘れられた月の民」とは一体何者なのか? 考察は次から次へと湧き上がり、ノートのページを黒々と埋め尽くしていく。一つの仮説が検証されると新たな疑問が生まれ、それがまた次の考察へと繋がっていく無限の連鎖。この純粋な知的興奮に満ちた思考のプロセス。そして物語の深淵に触れているかのような、目眩にも似た陶酔感。それは彼にとって新たな座標軸の発見であり、同時に、受け入れがたい現実からの心地よい逃避でもあったのかもしれない。
しかし、その熱狂が深まれば深まるほど、八雲は新たな、そして抗いがたい欲求に駆られるようになっていた。この溢れ出る考察と、日に日に膨れ上がっていく作品に対する熱い想いを、誰かと共有したい。このページをめくるたびに訪れる発見の喜び、複雑に絡み合った伏線が一本の線として繋がった瞬間の、脳髄が痺れるような興奮を、誰かに伝えたい。語り合いたい。同じ熱量で、この物語の深淵について議論したい。
だが、誰と? 現実世界のクラスメイトたちに、この少女漫画への常軌を逸した熱量をぶつけたところで、おそらく白い目で見られるか、よくて生暖かい苦笑いを返されるのが関の山だろう。中学時代の苦い記憶――自分の好きなものを語って嘲笑された経験――が蘇る。主に最新のゲームの攻略情報や深夜アニメの感想、あるいは部活動の話題が共通言語である彼らにとっては、それはあまりにも「違う世界」の話に違いなかった。栞に拒絶された理由、「見ている世界が違う」という言葉が、重く彼の心にのしかかる。理解されないことへの恐怖が、彼の口を重く閉ざさせた。孤独な考察は時に息が詰まるほどだった。内側でマグマのように煮えたぎる熱い思いを、どこへ向ければいいのか分からない。
どうすれば、この熱量を、誰にも引かれることなく、自分の内面をさらけ出すリスクを最小限に抑えながら、思う存分語り合えるだろうか。そしてできれば、同じ熱量を持つ見知らぬ誰かと繋がりたい。誰かの意見を聞きたい。自分の仮説をぶつけてみたい。反論されたい。肯定されたい。八雲は、広大で、そして匿名性の高いインターネットの海に活路を見出すことにした。
顔も名前も知らない他者と、共通の興味関心だけで繋がることができる場所であるSNS。これなら、自分の正体を明かすことなく、同じ作品を愛する人々と繋がれるかもしれない。自分の考察が誰かの目に留まり、共感を得られるかもしれない。あるいは、もっと鋭い考察を持つ誰かと出会えるかもしれない。それは彼にとって、失恋によって揺らいだ自己肯定感を回復させるための、そして自分の「世界」が他者にも受け入れられる可能性を試すための、ささやかな、しかし切実な希望となった。まるで暗い深海に差し込む一条の光のように思えた。
彼は早速、考察発表用の新しいSNSアカウントを作成した。無数のユーザーが匿名で存在し、日々膨大な情報が流れ去っていく巨大なデジタル空間。アカウント名は、いくつかの候補の中から悩んだ末に「深読みのシグレ (@fukayomi_shigure)」とした。「時雨(しぐれ)」という言葉が持つ、晩秋から初冬にかけて降る冷たく静かな通り雨の情景。そのどこか物悲しく、けれど同時に神秘的で洗い流すような浄化のイメージを伴う響きが、彼が魅了された『星エト』の舞台である古王国ステレイティアの霧深い森や、物語全体を覆う切なく美しい雰囲気に不思議と合っているように感じられたからだ。それに「シグレ」という柔らかくどこか中性的な響きなら、少女漫画のファンコミュニティの中で、男性であることが不必要に意識されることなく、純粋に考察内容で交流できるかもしれない、という考えもあった。アイコンには、著作権フリーの素材サイトで見つけた朝霧が深く立ち込める幻想的な森の画像を選んだ。幾重にも重なる木々のシルエットと白く霞む霧のコントラストが、ステレイティアの風景を想起させ、匿名性を保ちつつも彼の感性の一端を表現しているように思えた。それは彼が現実世界で被っている無個性な仮面とは違う、彼がなりたい自分、あるいは彼の内面世界を投影したもう一つの仮面だった。
プロフィール欄には多くを語らず、ただ一言「『星詠みのエトランゼ』の深淵を覗き込みたい。静かに、深く。」とだけ記した。多くを語らずとも、発信する内容そのもので理解者を惹きつけたいという、彼のプライドの表れでもあったかもしれない。そして彼は、まるで長い間堰き止められていたダムが放流を始めるかのように、これまでノートに書き溜めてきた膨大な考察を、ポストという短文の断片的な情報形式に落とし込み、インターネットの広大な、そして時に無慈悲な海へと解き放ち始めた。
キャラクターの行動原理に対する深層心理的な分析では、カイルの抱えるトラウマがリナへの過保護ともいえる執着にどう影響しているのか、その根源にある満たされなかった承認欲求について論じた。一見何気ない風景描写やセリフの裏に隠された作者の意図の解読としては、三巻でリナが見た不吉な夢に出てきた「枯れた白い花」の描写が、実は古代ステレイティアの滅びの伝承と象徴的にリンクしているのではないかと指摘した。今後の展開に関する大胆な予想では、あの穏やかで優しい側近こそが実は「暁の蛇」の黒幕である可能性を示唆した。その根拠として、彼の過去の発言の矛盾点と、作者の過去作における裏切りキャラクターのパターン分析を挙げた。そして未回収の伏線についての詳細なレポートと、それに基づく壮大な仮説も展開した。彼の考察は、『星エト』を知らない人が読んでもある種のミステリを解き明かすような面白さを感じられるように、普遍的な人間の感情や歴史のパターンといった視点も交えながら、丁寧に言葉を選んで綴られた。
そのポストは、時に学術論文のように冷静かつ緻密な論理で構成され、根拠となる作中のコマの画像やファンブックの該当ページの引用などが丁寧に添付されることもあった。またある時には、特定のキャラクターへの深い共感と愛情に満ちた、読む者の心を揺さぶるような熱のこもった言葉で綴られた。深夜、自室のスタンドのほのかな灯りの下、キーボードを叩くカチャカチャというリズミカルな音だけが響く。彼は時間を忘れ、食事も忘れ、夢中で言葉を紡いでいった。それは孤独な作業でありながら、未知の誰かとの対話を夢見る、祈りにも似た行為だった。
特に、物語の核心に迫ると彼が確信していた「忘れられた月の民」に関する一連の考察ポストの連投は、予想を超える大きな反響を呼んだ。彼は作中の断片的な情報――古代遺跡の壁画に残されたシンボル、古文書に記された神話や伝承の断片、登場人物たちの血筋や特殊な能力の類似性、ステレイティア王家の隠された系譜、さらには作者が過去のインタビューでポロリと漏らした意味深な一言まで――を丹念に拾い上げ、それらを粘り強く、執念深く繋ぎ合わせることで、「忘れられた月の民」が単なる過去の滅びた民族ではなく、実は現在のステレイティア王国の体制の根幹に関わる重大な秘密を握っており、その末裔が今もなお歴史の影で、あるいは意外な人物として生き続けているのではないか、という大胆かつ論理的な仮説を展開したのだ。それはまるで複雑に絡み合った暗号文を解読するかのような、スリリングで知的なプロセスであり、八雲自身、書きながら興奮を禁じ得なかった。
その考察は、『星エト』ファンの間で、まるで静かな水面に投じられた大きな石のように、瞬く間に波紋を広げた。誰かが「シグレって人の月の民考察、ヤバい。鳥肌立った」と呟けば、それが次々と引用され、拡散されていく。「#星詠みのエトランゼ考察」というハッシュタグを通じて、彼のポストは熱心なファンたちの目に留まり、驚きと称賛をもって迎えられたのだ。有名なファンブログで取り上げられたり、彼の仮説を巡ってSNS上で小さな議論が巻き起こったりもした。八雲のスマートフォンの画面には、通知を示すアイコンが点滅し、次々と新しい反応が表示された。画面をスクロールする指が追いつかないほどの勢いだった。ピコン、ピコン、ピコン…。静かな自室に響く無機質な通知音が、彼にとってはまるで万雷の喝采のように聞こえた。
「こんな読み方があったなんて、目から鱗! 今まで疑問だった点が全部繋がった気がする!」
「伏線が全部繋がって鳥肌が立った…! 特にカイルの母親の出自に関する仮説、ありえるかも…! だとしたら悲しすぎるけど…」
「シグレさんの考察を読むと、物語がただのファンタジーじゃなくて、もっと深い歴史の謎解きミステリーみたいに見えてくる。すごい…! 次の展開が待ちきれない!」
「この人、もしかして作者の関係者なんじゃないの!? ってくらい、作品への愛と理解度が尋常じゃない…! 分析が鋭すぎる!」
「言葉選びが美しい…。考察なのに、どこか詩的で、キャラクターへの愛が伝わってくる。泣きそうになった」
絶賛のコメントがリプライや引用リポストの形で殺到した。いいねとリポストの数は八雲の予想を遥かに超え、瞬く間に数千、数万に達した。通知音が、まるで祝福の鐘のように、彼の静かな自室に鳴りやまない。
「深読みのシグレ」は、まさに彗星のごとく現れた超新星として、『星詠みのエトランゼ』考察界隈で一躍その名を知られる存在となったのだ。彼の緻密な分析と時に見せる熱い情熱、そして何より作品への深い愛情が、多くのファンの心を掴んだのだった。
鳴りやまないスマートフォンの通知音。画面には見知らぬアカウントからの賞賛の言葉が滝のように流れ落ちていく。八雲は自室のベッドの上で、少し熱を帯び始めたスマートフォンを握りしめ、興奮と、それからほんの少しの戸惑いを覚えていた。自分の考察が、自分の言葉が、これほど多くの人に読まれ、評価されている。それは、自分の内面の世界が初めて他者に、しかもこれほど多くの人々に認められたような感覚であり、純粋に嬉しかった。論理を積み重ね、隠された意味を探るという、彼が最も得意とし、しかし現実ではなかなか理解されなかったことが、こうして誰かの心を動かしている。その事実は、失恋によって少し萎縮していた彼に、静かな、しかし確かな自信を与えてくれた。まるでずっと暗い水底に独りでいた自分が、初めて水面に顔を出し、温かい太陽の光を浴びたような、そんな感覚だった。
増え続けるフォロワーのリストを、彼は少し興奮した面持ちで指でゆっくりとスクロールしていた。様々なアニメキャラクターや自作イラスト、美しい風景写真などのアイコンが並ぶ中、彼の指がある一点でぴたりと止まった。息が一瞬止まる。
月と、そこから滴り落ちる一粒の銀色の雫が、繊細なラインアートで優雅に絡み合うように描かれた、美しくどこか儚げなイラストのアイコン。それは強烈な既視感を伴って彼の目に飛び込んできた。いや、見間違いのはずがない。それは栞がクラスで皆が使っているSNSのアカウントで使っているアイコンと酷似していたのだ。八雲もクラスメイトの動向を探るためにこっそりとそのアカウントをフォローしていた。デザインは全く同じではない。タッチも少し違う。だが、モチーフとその醸し出す静謐でどこか物悲しい雰囲気が、あまりにも似通っていた。
アカウント名は「月の雫 (@moon_drop_915)」。
まさか。そんなはずはない。世界には何億というアカウントがあるのだ。偶然だ。そう思おうとした。けれど心臓が警鐘を鳴らすように早鐘を打ち始め、指先が急速に冷たくなっていくのを感じた。全身の血がさーっと引いていくような嫌な感覚。震える指で、彼は祈るような気持ちでその「月の雫」のプロフィールページへと飛んだ。スマートフォンの冷たく滑らかなガラスの感触が、やけにリアルに感じられた。
「『星詠みのエトランゼ』と、静かで綺麗なものが好き。」
自己紹介文には、そう短く、しかし彼女らしい言葉遣いで記されていた。間違いない。月山栞だ。彼女がこんな考察用の、あるいは趣味専用の、おそらくはクラスの誰にも知られていないであろう秘密のアカウントを持っているとは知らなかった。それは彼女だけの静かでパーソナルな場所なのだろう。八雲の全身から再び血の気が引くような感覚がした。呼吸が浅くなり、早くなる。どうしよう。
彼はまるで禁断の扉を開けるかのように、恐る恐る彼女のタイムラインを遡った。そこには『星エト』の好きなシーンの引用や、美しいファンアートがあった。彼女は絵も得意らしかった。繊細なタッチで描かれたリナやカイルの切ない表情のイラスト。それは教室で見る彼女からは想像もつかないような豊かな色彩と感情に満ちていた。そして時折、作品から感じた切なさや感動を綴った、短いポエムのような感傷的な呟きが並んでいた。それは教室で見るどこか壁を作っているような彼女とは違う、よりパーソナルで内省的な彼女の「見ている世界」の一端だった。八雲はそのギャップに驚き、同時に彼女の知られざる内面に触れたような気がして、妙な高揚感を覚えた。もっと知りたいという思いが再び頭をもたげる。
そして彼は、決定的なポストを見つけてしまった。それは数時間前に彼が投稿した「深読みのシグレ」の「忘れられた月の民」に関する最新の考察ポストを引用したもので、そこにはこんなコメントが、彼女らしい少し丁寧すぎるくらいの、そして感情が籠もった言葉遣いで添えられていたのだ。
「シグレさん(@fukayomi_shigure)の考察、今回も本当に胸に響きました…。特に、リナが背負う孤独と、『月の民』の辿ったかもしれない悲しい運命に寄り添うような言葉が…。歴史の大きな流れだけでなく、そこに生きたであろう一人ひとりの小さな魂の痛みまで想像させるような、こういう、痛みを知っているような細やかな感性は、やっぱり女性ならではですよね。同じ女性として、すごく共感します…。」
――女性ならではですよね。
――同じ女性として、すごく共感します。
栞は「深読みのシグレ」を完全に、一点の疑いもなく、女性だと信じ切っている。
八雲は持っていたスマートフォンを危うくベッドの下に落としそうになるほどの衝撃を受けた。頭の中が真っ白になる。耳の奥でキーンという高い金属音が鳴っているような気さえした。全身の血が急速に冷えていく。どうしよう。どうすればいい?
(訂正しないと…)
そう思った。匿名のままで、さらに彼女を騙し続けるのは良くない。それは、自分の良心が許さなかった。たとえ、この奇跡のような繋がりが失われる可能性があったとしても。
しかし、どう伝えれば? いきなり「実は男です」とDMを送るのは、あまりにも唐突で、彼女を驚かせ、傷つけてしまうかもしれない。もっと、自然な形で、彼女自身に気づいてもらう方法は…? いや、そんな悠長なことをしている場合ではない。誤解は早く解くべきだ。
彼は数分間、返信の文面を考えあぐねた。感謝の気持ちは伝えたい。でも、性別については、どう切り出すべきか。直接的すぎず、しかし、誤解は解けるように…。
そして、彼は意を決して、DMの返信画面を開いた。震える指で、言葉を打ち込んでいく。
「月の雫さん、こんばんは。考察を読んでくださって、そして、いつも温かいコメントを本当にありがとうございます。あなたの言葉は、私にとっても、大きな励みになっています。特に、キャラクターの細やかな感情に寄り添ってくださる視点には、いつも感銘を受けています」
まずは、感謝の気持ちを誠実に伝える。そして、問題の核心に、慎重に触れる。
「感性について、そう言っていただけて光栄です。ただ…そうですね、物語の感じ方に、性別はあまり関係ないのかもしれませんね。大切なのは、その物語をどう受け止め、どう心を動かされるか、ということではないでしょうか」
彼は送信ボタンを押す前に、何度もその文章を読み返した。「性別はあまり関係ないのかもしれませんね」。これで、伝わるだろうか。あまりに遠回しだろうか。いや、これくらいが、今の自分にできる精一杯の誠実さかもしれない。彼は、祈るような気持ちで、送信ボタンを押した。心臓が、ドクン、ドクンと大きく脈打っている。
返信が来るまでの時間は、永遠のように長く感じられた。彼はスマートフォンの画面をつけたまま、ベッドの上で息を詰めて待った。数分後、ピコン、と控えめな通知音が鳴った。月の雫からの返信だ。
恐る恐る、DMを開く。
「シグレさん、お返事ありがとうございます。…そ、そうですよね。ごめんなさい、私、すごく失礼なことを言ってしまいました…。性別なんて関係ない、本当に、おっしゃる通りです。ただ、シグレさんの言葉があまりにも心に響いたので、勝手に、思い込んでしまって…。恥ずかしいです…」
文面からは、彼女の戸惑いと、そして自分の思い込みに対する羞恥心が伝わってきた。八雲は、ほっと胸を撫で下ろすと同時に、彼女をそんな気持ちにさせてしまったことへの申し訳なさで胸が痛んだ。
(よかった、伝わった…でも、嫌われただろうか…?)
不安に思いながら、続くメッセージを読む。
「でも、あの、それでも、やっぱりシグレさんの考察は素晴らしいと思いますし、シグレさんの言葉から感じる感性や人柄そのものが、私にとっては、とても大切なものなんです。だから…もし、ご迷惑でなければ、これからも、性別とか関係なく、一人の人間として、友達として、お話させていただけませんか…? シグレさんの紡ぐ言葉をもっと知りたいです。そして、私の感想も、聞いてもらえたら嬉しいです」
八雲は、そのメッセージを読み終えた瞬間、安堵と、そして予期せぬ感動で、目頭が熱くなるのを感じた。彼女は、自分が男性かもしれないと気づいた上で、それでも関係を続けたいと言ってくれている。自分の考察や言葉そのものに価値を見出してくれている。それは、彼が心の奥底で求めていた、本当の意味での承認なのかもしれない。
「もちろんです。こちらこそ、ぜひ。月の雫さんの感想、いつでも聞かせてください」
彼は、今度は少しだけ軽い気持ちで、しかし心からの感謝を込めて、そう返信した。
こうして、二人の奇妙な、そして危うさをはらんだ秘密の対話は、一つの壁を乗り越え、新たな段階へと進むことになった。八雲の心の中では、安堵と喜び、そしてまだ消えない罪悪感と、これからどうなるのだろうという一抹の不安が、複雑に渦巻いていた。それでも、今はただ、この予期せぬ形で繋がった絆を、大切にしたいと思った。彼の二重生活は、より深く、そして複雑な様相を呈しながら、続いていくことになる。
リナが持つペンダントの紋章の意味は? カイルの親友と初恋の相手の死の真相は? 「暁の蛇」の真の目的は? そして物語の核心に関わる「忘れられた月の民」とは一体何者なのか? 考察は次から次へと湧き上がり、ノートのページを黒々と埋め尽くしていく。一つの仮説が検証されると新たな疑問が生まれ、それがまた次の考察へと繋がっていく無限の連鎖。この純粋な知的興奮に満ちた思考のプロセス。そして物語の深淵に触れているかのような、目眩にも似た陶酔感。それは彼にとって新たな座標軸の発見であり、同時に、受け入れがたい現実からの心地よい逃避でもあったのかもしれない。
しかし、その熱狂が深まれば深まるほど、八雲は新たな、そして抗いがたい欲求に駆られるようになっていた。この溢れ出る考察と、日に日に膨れ上がっていく作品に対する熱い想いを、誰かと共有したい。このページをめくるたびに訪れる発見の喜び、複雑に絡み合った伏線が一本の線として繋がった瞬間の、脳髄が痺れるような興奮を、誰かに伝えたい。語り合いたい。同じ熱量で、この物語の深淵について議論したい。
だが、誰と? 現実世界のクラスメイトたちに、この少女漫画への常軌を逸した熱量をぶつけたところで、おそらく白い目で見られるか、よくて生暖かい苦笑いを返されるのが関の山だろう。中学時代の苦い記憶――自分の好きなものを語って嘲笑された経験――が蘇る。主に最新のゲームの攻略情報や深夜アニメの感想、あるいは部活動の話題が共通言語である彼らにとっては、それはあまりにも「違う世界」の話に違いなかった。栞に拒絶された理由、「見ている世界が違う」という言葉が、重く彼の心にのしかかる。理解されないことへの恐怖が、彼の口を重く閉ざさせた。孤独な考察は時に息が詰まるほどだった。内側でマグマのように煮えたぎる熱い思いを、どこへ向ければいいのか分からない。
どうすれば、この熱量を、誰にも引かれることなく、自分の内面をさらけ出すリスクを最小限に抑えながら、思う存分語り合えるだろうか。そしてできれば、同じ熱量を持つ見知らぬ誰かと繋がりたい。誰かの意見を聞きたい。自分の仮説をぶつけてみたい。反論されたい。肯定されたい。八雲は、広大で、そして匿名性の高いインターネットの海に活路を見出すことにした。
顔も名前も知らない他者と、共通の興味関心だけで繋がることができる場所であるSNS。これなら、自分の正体を明かすことなく、同じ作品を愛する人々と繋がれるかもしれない。自分の考察が誰かの目に留まり、共感を得られるかもしれない。あるいは、もっと鋭い考察を持つ誰かと出会えるかもしれない。それは彼にとって、失恋によって揺らいだ自己肯定感を回復させるための、そして自分の「世界」が他者にも受け入れられる可能性を試すための、ささやかな、しかし切実な希望となった。まるで暗い深海に差し込む一条の光のように思えた。
彼は早速、考察発表用の新しいSNSアカウントを作成した。無数のユーザーが匿名で存在し、日々膨大な情報が流れ去っていく巨大なデジタル空間。アカウント名は、いくつかの候補の中から悩んだ末に「深読みのシグレ (@fukayomi_shigure)」とした。「時雨(しぐれ)」という言葉が持つ、晩秋から初冬にかけて降る冷たく静かな通り雨の情景。そのどこか物悲しく、けれど同時に神秘的で洗い流すような浄化のイメージを伴う響きが、彼が魅了された『星エト』の舞台である古王国ステレイティアの霧深い森や、物語全体を覆う切なく美しい雰囲気に不思議と合っているように感じられたからだ。それに「シグレ」という柔らかくどこか中性的な響きなら、少女漫画のファンコミュニティの中で、男性であることが不必要に意識されることなく、純粋に考察内容で交流できるかもしれない、という考えもあった。アイコンには、著作権フリーの素材サイトで見つけた朝霧が深く立ち込める幻想的な森の画像を選んだ。幾重にも重なる木々のシルエットと白く霞む霧のコントラストが、ステレイティアの風景を想起させ、匿名性を保ちつつも彼の感性の一端を表現しているように思えた。それは彼が現実世界で被っている無個性な仮面とは違う、彼がなりたい自分、あるいは彼の内面世界を投影したもう一つの仮面だった。
プロフィール欄には多くを語らず、ただ一言「『星詠みのエトランゼ』の深淵を覗き込みたい。静かに、深く。」とだけ記した。多くを語らずとも、発信する内容そのもので理解者を惹きつけたいという、彼のプライドの表れでもあったかもしれない。そして彼は、まるで長い間堰き止められていたダムが放流を始めるかのように、これまでノートに書き溜めてきた膨大な考察を、ポストという短文の断片的な情報形式に落とし込み、インターネットの広大な、そして時に無慈悲な海へと解き放ち始めた。
キャラクターの行動原理に対する深層心理的な分析では、カイルの抱えるトラウマがリナへの過保護ともいえる執着にどう影響しているのか、その根源にある満たされなかった承認欲求について論じた。一見何気ない風景描写やセリフの裏に隠された作者の意図の解読としては、三巻でリナが見た不吉な夢に出てきた「枯れた白い花」の描写が、実は古代ステレイティアの滅びの伝承と象徴的にリンクしているのではないかと指摘した。今後の展開に関する大胆な予想では、あの穏やかで優しい側近こそが実は「暁の蛇」の黒幕である可能性を示唆した。その根拠として、彼の過去の発言の矛盾点と、作者の過去作における裏切りキャラクターのパターン分析を挙げた。そして未回収の伏線についての詳細なレポートと、それに基づく壮大な仮説も展開した。彼の考察は、『星エト』を知らない人が読んでもある種のミステリを解き明かすような面白さを感じられるように、普遍的な人間の感情や歴史のパターンといった視点も交えながら、丁寧に言葉を選んで綴られた。
そのポストは、時に学術論文のように冷静かつ緻密な論理で構成され、根拠となる作中のコマの画像やファンブックの該当ページの引用などが丁寧に添付されることもあった。またある時には、特定のキャラクターへの深い共感と愛情に満ちた、読む者の心を揺さぶるような熱のこもった言葉で綴られた。深夜、自室のスタンドのほのかな灯りの下、キーボードを叩くカチャカチャというリズミカルな音だけが響く。彼は時間を忘れ、食事も忘れ、夢中で言葉を紡いでいった。それは孤独な作業でありながら、未知の誰かとの対話を夢見る、祈りにも似た行為だった。
特に、物語の核心に迫ると彼が確信していた「忘れられた月の民」に関する一連の考察ポストの連投は、予想を超える大きな反響を呼んだ。彼は作中の断片的な情報――古代遺跡の壁画に残されたシンボル、古文書に記された神話や伝承の断片、登場人物たちの血筋や特殊な能力の類似性、ステレイティア王家の隠された系譜、さらには作者が過去のインタビューでポロリと漏らした意味深な一言まで――を丹念に拾い上げ、それらを粘り強く、執念深く繋ぎ合わせることで、「忘れられた月の民」が単なる過去の滅びた民族ではなく、実は現在のステレイティア王国の体制の根幹に関わる重大な秘密を握っており、その末裔が今もなお歴史の影で、あるいは意外な人物として生き続けているのではないか、という大胆かつ論理的な仮説を展開したのだ。それはまるで複雑に絡み合った暗号文を解読するかのような、スリリングで知的なプロセスであり、八雲自身、書きながら興奮を禁じ得なかった。
その考察は、『星エト』ファンの間で、まるで静かな水面に投じられた大きな石のように、瞬く間に波紋を広げた。誰かが「シグレって人の月の民考察、ヤバい。鳥肌立った」と呟けば、それが次々と引用され、拡散されていく。「#星詠みのエトランゼ考察」というハッシュタグを通じて、彼のポストは熱心なファンたちの目に留まり、驚きと称賛をもって迎えられたのだ。有名なファンブログで取り上げられたり、彼の仮説を巡ってSNS上で小さな議論が巻き起こったりもした。八雲のスマートフォンの画面には、通知を示すアイコンが点滅し、次々と新しい反応が表示された。画面をスクロールする指が追いつかないほどの勢いだった。ピコン、ピコン、ピコン…。静かな自室に響く無機質な通知音が、彼にとってはまるで万雷の喝采のように聞こえた。
「こんな読み方があったなんて、目から鱗! 今まで疑問だった点が全部繋がった気がする!」
「伏線が全部繋がって鳥肌が立った…! 特にカイルの母親の出自に関する仮説、ありえるかも…! だとしたら悲しすぎるけど…」
「シグレさんの考察を読むと、物語がただのファンタジーじゃなくて、もっと深い歴史の謎解きミステリーみたいに見えてくる。すごい…! 次の展開が待ちきれない!」
「この人、もしかして作者の関係者なんじゃないの!? ってくらい、作品への愛と理解度が尋常じゃない…! 分析が鋭すぎる!」
「言葉選びが美しい…。考察なのに、どこか詩的で、キャラクターへの愛が伝わってくる。泣きそうになった」
絶賛のコメントがリプライや引用リポストの形で殺到した。いいねとリポストの数は八雲の予想を遥かに超え、瞬く間に数千、数万に達した。通知音が、まるで祝福の鐘のように、彼の静かな自室に鳴りやまない。
「深読みのシグレ」は、まさに彗星のごとく現れた超新星として、『星詠みのエトランゼ』考察界隈で一躍その名を知られる存在となったのだ。彼の緻密な分析と時に見せる熱い情熱、そして何より作品への深い愛情が、多くのファンの心を掴んだのだった。
鳴りやまないスマートフォンの通知音。画面には見知らぬアカウントからの賞賛の言葉が滝のように流れ落ちていく。八雲は自室のベッドの上で、少し熱を帯び始めたスマートフォンを握りしめ、興奮と、それからほんの少しの戸惑いを覚えていた。自分の考察が、自分の言葉が、これほど多くの人に読まれ、評価されている。それは、自分の内面の世界が初めて他者に、しかもこれほど多くの人々に認められたような感覚であり、純粋に嬉しかった。論理を積み重ね、隠された意味を探るという、彼が最も得意とし、しかし現実ではなかなか理解されなかったことが、こうして誰かの心を動かしている。その事実は、失恋によって少し萎縮していた彼に、静かな、しかし確かな自信を与えてくれた。まるでずっと暗い水底に独りでいた自分が、初めて水面に顔を出し、温かい太陽の光を浴びたような、そんな感覚だった。
増え続けるフォロワーのリストを、彼は少し興奮した面持ちで指でゆっくりとスクロールしていた。様々なアニメキャラクターや自作イラスト、美しい風景写真などのアイコンが並ぶ中、彼の指がある一点でぴたりと止まった。息が一瞬止まる。
月と、そこから滴り落ちる一粒の銀色の雫が、繊細なラインアートで優雅に絡み合うように描かれた、美しくどこか儚げなイラストのアイコン。それは強烈な既視感を伴って彼の目に飛び込んできた。いや、見間違いのはずがない。それは栞がクラスで皆が使っているSNSのアカウントで使っているアイコンと酷似していたのだ。八雲もクラスメイトの動向を探るためにこっそりとそのアカウントをフォローしていた。デザインは全く同じではない。タッチも少し違う。だが、モチーフとその醸し出す静謐でどこか物悲しい雰囲気が、あまりにも似通っていた。
アカウント名は「月の雫 (@moon_drop_915)」。
まさか。そんなはずはない。世界には何億というアカウントがあるのだ。偶然だ。そう思おうとした。けれど心臓が警鐘を鳴らすように早鐘を打ち始め、指先が急速に冷たくなっていくのを感じた。全身の血がさーっと引いていくような嫌な感覚。震える指で、彼は祈るような気持ちでその「月の雫」のプロフィールページへと飛んだ。スマートフォンの冷たく滑らかなガラスの感触が、やけにリアルに感じられた。
「『星詠みのエトランゼ』と、静かで綺麗なものが好き。」
自己紹介文には、そう短く、しかし彼女らしい言葉遣いで記されていた。間違いない。月山栞だ。彼女がこんな考察用の、あるいは趣味専用の、おそらくはクラスの誰にも知られていないであろう秘密のアカウントを持っているとは知らなかった。それは彼女だけの静かでパーソナルな場所なのだろう。八雲の全身から再び血の気が引くような感覚がした。呼吸が浅くなり、早くなる。どうしよう。
彼はまるで禁断の扉を開けるかのように、恐る恐る彼女のタイムラインを遡った。そこには『星エト』の好きなシーンの引用や、美しいファンアートがあった。彼女は絵も得意らしかった。繊細なタッチで描かれたリナやカイルの切ない表情のイラスト。それは教室で見る彼女からは想像もつかないような豊かな色彩と感情に満ちていた。そして時折、作品から感じた切なさや感動を綴った、短いポエムのような感傷的な呟きが並んでいた。それは教室で見るどこか壁を作っているような彼女とは違う、よりパーソナルで内省的な彼女の「見ている世界」の一端だった。八雲はそのギャップに驚き、同時に彼女の知られざる内面に触れたような気がして、妙な高揚感を覚えた。もっと知りたいという思いが再び頭をもたげる。
そして彼は、決定的なポストを見つけてしまった。それは数時間前に彼が投稿した「深読みのシグレ」の「忘れられた月の民」に関する最新の考察ポストを引用したもので、そこにはこんなコメントが、彼女らしい少し丁寧すぎるくらいの、そして感情が籠もった言葉遣いで添えられていたのだ。
「シグレさん(@fukayomi_shigure)の考察、今回も本当に胸に響きました…。特に、リナが背負う孤独と、『月の民』の辿ったかもしれない悲しい運命に寄り添うような言葉が…。歴史の大きな流れだけでなく、そこに生きたであろう一人ひとりの小さな魂の痛みまで想像させるような、こういう、痛みを知っているような細やかな感性は、やっぱり女性ならではですよね。同じ女性として、すごく共感します…。」
――女性ならではですよね。
――同じ女性として、すごく共感します。
栞は「深読みのシグレ」を完全に、一点の疑いもなく、女性だと信じ切っている。
八雲は持っていたスマートフォンを危うくベッドの下に落としそうになるほどの衝撃を受けた。頭の中が真っ白になる。耳の奥でキーンという高い金属音が鳴っているような気さえした。全身の血が急速に冷えていく。どうしよう。どうすればいい?
(訂正しないと…)
そう思った。匿名のままで、さらに彼女を騙し続けるのは良くない。それは、自分の良心が許さなかった。たとえ、この奇跡のような繋がりが失われる可能性があったとしても。
しかし、どう伝えれば? いきなり「実は男です」とDMを送るのは、あまりにも唐突で、彼女を驚かせ、傷つけてしまうかもしれない。もっと、自然な形で、彼女自身に気づいてもらう方法は…? いや、そんな悠長なことをしている場合ではない。誤解は早く解くべきだ。
彼は数分間、返信の文面を考えあぐねた。感謝の気持ちは伝えたい。でも、性別については、どう切り出すべきか。直接的すぎず、しかし、誤解は解けるように…。
そして、彼は意を決して、DMの返信画面を開いた。震える指で、言葉を打ち込んでいく。
「月の雫さん、こんばんは。考察を読んでくださって、そして、いつも温かいコメントを本当にありがとうございます。あなたの言葉は、私にとっても、大きな励みになっています。特に、キャラクターの細やかな感情に寄り添ってくださる視点には、いつも感銘を受けています」
まずは、感謝の気持ちを誠実に伝える。そして、問題の核心に、慎重に触れる。
「感性について、そう言っていただけて光栄です。ただ…そうですね、物語の感じ方に、性別はあまり関係ないのかもしれませんね。大切なのは、その物語をどう受け止め、どう心を動かされるか、ということではないでしょうか」
彼は送信ボタンを押す前に、何度もその文章を読み返した。「性別はあまり関係ないのかもしれませんね」。これで、伝わるだろうか。あまりに遠回しだろうか。いや、これくらいが、今の自分にできる精一杯の誠実さかもしれない。彼は、祈るような気持ちで、送信ボタンを押した。心臓が、ドクン、ドクンと大きく脈打っている。
返信が来るまでの時間は、永遠のように長く感じられた。彼はスマートフォンの画面をつけたまま、ベッドの上で息を詰めて待った。数分後、ピコン、と控えめな通知音が鳴った。月の雫からの返信だ。
恐る恐る、DMを開く。
「シグレさん、お返事ありがとうございます。…そ、そうですよね。ごめんなさい、私、すごく失礼なことを言ってしまいました…。性別なんて関係ない、本当に、おっしゃる通りです。ただ、シグレさんの言葉があまりにも心に響いたので、勝手に、思い込んでしまって…。恥ずかしいです…」
文面からは、彼女の戸惑いと、そして自分の思い込みに対する羞恥心が伝わってきた。八雲は、ほっと胸を撫で下ろすと同時に、彼女をそんな気持ちにさせてしまったことへの申し訳なさで胸が痛んだ。
(よかった、伝わった…でも、嫌われただろうか…?)
不安に思いながら、続くメッセージを読む。
「でも、あの、それでも、やっぱりシグレさんの考察は素晴らしいと思いますし、シグレさんの言葉から感じる感性や人柄そのものが、私にとっては、とても大切なものなんです。だから…もし、ご迷惑でなければ、これからも、性別とか関係なく、一人の人間として、友達として、お話させていただけませんか…? シグレさんの紡ぐ言葉をもっと知りたいです。そして、私の感想も、聞いてもらえたら嬉しいです」
八雲は、そのメッセージを読み終えた瞬間、安堵と、そして予期せぬ感動で、目頭が熱くなるのを感じた。彼女は、自分が男性かもしれないと気づいた上で、それでも関係を続けたいと言ってくれている。自分の考察や言葉そのものに価値を見出してくれている。それは、彼が心の奥底で求めていた、本当の意味での承認なのかもしれない。
「もちろんです。こちらこそ、ぜひ。月の雫さんの感想、いつでも聞かせてください」
彼は、今度は少しだけ軽い気持ちで、しかし心からの感謝を込めて、そう返信した。
こうして、二人の奇妙な、そして危うさをはらんだ秘密の対話は、一つの壁を乗り越え、新たな段階へと進むことになった。八雲の心の中では、安堵と喜び、そしてまだ消えない罪悪感と、これからどうなるのだろうという一抹の不安が、複雑に渦巻いていた。それでも、今はただ、この予期せぬ形で繋がった絆を、大切にしたいと思った。彼の二重生活は、より深く、そして複雑な様相を呈しながら、続いていくことになる。
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